その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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誰かが気付いて羨む前の話
業務連絡:コーヒー


170話 仕事しろ

 ロキ・ファミリアのホーム、“黄昏の館”。館内を横切る長い廊下を歩いているのは、オラリオで最も有名な冒険者の一人、“剣姫(けんき)”アイズ・ヴァレンシュタインである。

 トテトテと表現できる軽い足取りを当時の者が目にしたならば、遥か昔に彼女が父親を探して、平和な街中を歩き回った時そのものと口にするだろう。数秒おきにクルリと後ろを振り返ると、穏やかな表情を崩さない母親が、いつも見つめてくれていた情景だ。

 

 

 そんな彼女は現在、リヴェリア・リヨス・アールヴを探している。部屋も不在、執務室も不在とくれば、もはや彼女には見当がつかないでいた。

 最近は教導の類も落ち着いている。だったらレフィーヤの所かと廊下を進んで訪れるも、レフィーヤ本人は居たものの、結果としては空振りだ。

 

 しかしそれは、訪ねてきたアイズ・ヴァレンシュタインだからこそ抱ける思考。訪問先に居たレフィーヤが、来訪者を目にして見せた反応は――――

 

 

「アイズさーん!も、ももももしかして私に」

「ごめん、違う」

 

 

 撃沈である。遠のく背中と共にパタンと扉が閉まった数秒後、エルフらしからぬ雄たけびが響くこととなった。

 

 

「あ、フィン」

「うん?」

 

 

 暫く館内を歩いた彼女の目に留まる、見知った小さな、しかし最も頼りになる一人と言える男の背中。種族柄の身長と特徴的な衣類と相まって、誰もが瞬時に見分けることが出来るだろう。

 足取り軽く上半身を振り返るフィンは、そのまま足を止めてアイズと正対する。身長差がある為にアイズが見下ろす格好となっているが、こればかりは仕方がない。

 

 

「リヴェリア、知らない?」

 

 

 やや首をかしげて口に出される問いは、相変わらず微妙に言葉が抜けている。それでも“アイズ語”としては非常に難易度が低く、付き合いの長いフィンならば容易に読み取ることが出来る内容だ。

 今回の場合は、「リヴェリアを探しているが、何処に居るか知っているか」のニュアンスである。脳内でそのように変換したフィンだったが、返事は別の所から行われることとなった。

 

 

「アイズたん、リヴェリアかー?ちぃとワケありでなー、昨日から居らんのや。多分やけど、夜まで戻らんで」

「……?」

 

 

 居ない事は伝わる文面ながらも、何処に居るかについては欠片も触れられていない。

 あえてロキが口にしていないのか、はたまた先の一文に回答が含まれているのだろうか。解読班でもなければ、リヴェリアが何処に居るかを察する事は難しいだろう。

 

 

「……ああ、そういうコトか」

 

 

 解読班に一名追加、何かを察したフィン・ディムナ。アイズに聞こえない程に小さな音量で呟き、誰の所詮で何がどうなっているかを理解した。

 この辺りの理解力が高いのは、彼が知将と呼ばれる理由の一つだろう。なお、他の一つを間違えば知将や智将が致傷へと変わりかねない為に、彼も何かと、波を荒立てぬよう必死であった。

 

 

 黙秘権。それは、誰しもが持ち得る防衛手段である。

 

====

 

 

 時刻はお昼時を僅かに過ぎた頃。朝晩は肌寒いものの、雨模様を伺わせない空色と陽の光もあってオラリオの街は相変わらず活気に包まれており、人一人の存在など、容易く隠してしまうだろう。

 もっとも私服姿のアイズ・ヴァレンシュタインは別であり、数多の、特に男の視線を集めている。人形のように整った彼女の足は、とある場所へと向けて進んでいた。

 

 

 オラリオ西部にあるヘスティア・ファミリアのホーム、“竈火(かまど)の館”。数ある部屋の一つとして、団長であるベル・クラネルの自室も備えられている。

 最も高い戦闘能力を所持している第二眷属の部屋が広いとは言えない5畳程度に対し、こちらは10畳程度の広さが確保されている。理由は聞かされていないベル・クラネルだが、ここはタカヒロが設計段階から一貫していた内容だ。

 

 

 一人で5畳、ならば10畳は?と安易ながらも考えれば答えはすぐに取り出せるのだが、それを知る者は誰も居ない。

 

 

 そのような具合に仕組まれた兎小屋(ベルの部屋)は、ベルの年代とは不釣り合いに少し暗めの木々によってシックな風潮でまとまっている。装飾は少なく費用は掛かっていないものの、これについてもデザイナーはタカヒロで、ベルもすっかりお気に入りだ。

 かつての廃教会こそ知っているアイズだが、ベルの自室に訪れたのは今回が初めて。どこかリヴェリアの部屋を伺わせる落ち着き具合が意外だったようで、少しだけ目を見開いて、部屋とは対照的に落ち着きなく見渡している。

 

 そんなアイズもまたベルにとっては新鮮で、お互い様の状況だ。ファミリア的にアイズはお客様でもある為、ベルはパックながらもお茶を出す準備中。

 備え付けの茶菓子も抜かりはなく、“お客様”を迎える準備としては合格点だろう。飾り気こそなけれど二人掛けのテーブルにセットし、アイズと共に向かい合って席についていた。

 

 

「今日はどうしたの、アイズ」

「リヴェリアが、居ないんだ」

「……で、来ちゃった、と」

 

 

 確かに「リヴェリアが居ない」から「ベルの所に行こう!」と繋がるロジックは全くもって伺えない。一方で、向けられる感情については大変うれしく思う少年は、苦笑で応える他に道がなかった。

 

 

「……ダメだった、かな」

 

 

 どこか悲し気、かつ上目の誘惑。このような攻撃を受けてしまっては、その男が取り得る選択肢は「そんな事はない」という否定だけだ。

 ともあれ、何らかの理由があって訪ねてきてくれた点については揺るぎない。だからこそ何かと頼りになってあげたいと思うベルだが、正直なところお手上げだ。

 

 

 とここで、先日の夜から“隠れ家”にて装備の手入れと洒落こんでいる師のことを思い出す。“九魔姫(ナインヘル)”のことならば最も詳しいだろう上に、何かと頭も回って頼りになる人物だ。

 時刻は昼時を回った直後であり、昼食の邪魔をするつもりもないだろうとベルは脳裏で考える。また、繰り返しとなるが、タカヒロならば“九魔姫(ナインヘル)”へと辿り着けるだろうと確信していた。

 

 これらの事情をアイズに告げると、アイズもまた同意の返事を行って席を立つ。善は急げとでも表現すべきだろうか、さっそく、二人でタカヒロの隠れ家を訪れるらしい。

 

 

 

 

 そんな背中を見送るかの如く、とあるスキルが反応する。少年が持ち得るレアスキル“幸運”が、わるーい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

====

 

 

 場所は変わってオラリオ北西部、住宅区の外れ。ここに、周囲から孤立した土地にポツンと立つ物件がある。

 立地が良いかといえば、答えは否だ。住宅地区である西区には隣接した屋台などがいくらかあるが、ここは完全に商業施設からは離れている。

 

 

 今までの空き家とは違って、妙に雑な作りのまま放置されている突貫工事のドアを始め、シーツが干されていたりと生活感が伺える。家としては、こちらの方が“在るべき姿”と言えるだろう。

 そんな光景を、アイズと並んで物件の扉の前に立ったベルは、横目で見つつ。少し強めのノックと言葉でもって、借家ながらも、家の主を呼び出した。

 

 

 しかし、反応がない。留守なのかと考えるも、暫くして聞こえてくる階段を駆け下りる軽い足音が、在宅であることを示していた。

 玄関を開けて入ってすぐに階段があることと、外が静かだから聞こえているのだろう。そんなことを内心思うベル・クラネルだが、一方で僅かな疑問符が湯水のごとく沸き起こりつつあった。

 

 

 なんだか足音が軽くないか?そもそも普段、装備の手入れは1階で行っていたし、2日を掛けるものなのか?と。

 

 

 

 答え合わせは、玄関ドアを開けた人物によって、数秒もかからず行われることとなった。

 

 

 

 艶やかな翡翠の長髪を団子にくくり、同じ色調の瞳に調和する、同色のエプロン姿。落ち着いた茶色で薄手のセーターに覆われたエルフらしからぬ上部は前に、下部は後に突き出た曲線という色気、そのうち前者を必死に隠しテントを形成しているエプロンの胸元には、可愛らしいハーブ模様の刺繍がワンポイントにあしらわれており、可憐さの中に僅かな可愛さを見え隠れさせている。

 相方を真似たのか、ラフな様相を見せるズボンを纏う。普段の彼女を知る者ならば、目を見開く事だろう。

 

 

 結論。誰がどう見ても、休日に家事をこなす人妻姿。名をリヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 

 王の文字など容姿の端麗さを除いて欠片もなく、ごくごく普通の家庭、当たり前の幸せを謳歌するかの様。きっと、ほんの数秒前までは、昼食の後片づけを行った格好のまま、二人で奏でるクラシック音楽の如く静かな時間を過ごしていたのだろう。

 エルフ故に静かさを愛するリヴェリアだが、かつての御転婆な性格が示す通り、孤独を好む訳ではない。特に今となっては、ファミリアの違いを起因とした場合をさておき、相方と離れるなど考えられない程に達している。

 

 

 恋に沈まむ童の如く

 古りにし妖精(嫗(おみな))にしてや

 かくばかり

 

 

 焦がれを抱いた少女の様に恋に浸ることがあるのだろうか、年輪を重ねた女性だというのに。やや表現を拡張しているが、概ね、このような意味合いだ。

 光景を目にしたエルフ以外の部外者が人類最古の恋愛ポエム集を習ったならば、このような一句が生み出されることだろう。捻り要素として、倒置法を付け加えれば完璧だ。

 

 

 なおタカヒロが耳にしたならば、「孫が出来る歳になろうとも女の胸と尻にしか目を向けぬ男共と比べれば、趣があるではないか」と、皮肉たっぷりのカウンターを返される未来となる。“古りにし”と“(おみな)”は双方共に“年輪を重ねた事”を意味する為に、「何故、二度に渡って表現した?」と殺気を向けられるかもしれない。

 詩の内容が自虐ネタならば、いざ知らず。もしもロキ・ファミリアの一般エルフが意味を耳にしたならば発言者は空中散歩へと案内されることになり、下手をすればオラリオ全土のエルフを勢力に巻き込んで即時開戦の戦争(ウォーゲーム)に直行だ。

 

 

 そんな状況下の一歩手前に、ベル・クラネルは足を踏み入れてしまっているワケで。

 

 

「……す、すみません。お邪魔、でしたでしょうか」

 

 

 抱く本音は「絶大に猛烈にお邪魔でしたね、数秒で消え失せますので命だけは許してください」。今現在の少年からすれば、先の様に悠長なことを考えている余裕はない。

 諸々の事実は知らないものの漂う空気を読んだ少年ベル・クラネルは、冷汗を隠せず浮かべている。既に謝罪を行うために頭は軽く垂れさがっており、視線はすっかり地面へ吸い込まれていた。

 

 己が持ち得るレアスキル、“幸運”の恩恵は何処へやら。本来ならば今のような場合において発動し、何らかの要素が加わって来訪を回避する流れとなるのだろう。仕事をしろ、と己のスキルに苦情を入れるも、もちろん反応などありはしない。

 むしろ、主ベル・クラネルが望んだことを全て叶えている敏腕である。現状は、その結果として生じただけのものだ。

 

 そんなこんなで、何の邪魔が入る事も無くサプライズの訪問完了となっている。だからこそベル・クラネルにとっての盛大な試練が開始されており、ダンジョンの深層など比にならない程の難易度が彼の前に立ちはだかる。

 

 

「……いや、そのような事はない」

 

 

 目線を逸らすことはないリヴェリアは、タカヒロを相手する時と違ってジト目の反応を見せることは無い。ややツン気味の口調を隠せていないのは、シチュエーションの為に仕方なしと言えるだろうか。

 ともあれ、彼女が“態度を崩す”という本来ならば咎められる行為は、本当に信頼した相手にしか行わないのだ。この一点だけを見ても、白髪の二人の間には大きな壁が存在している。

 

 

 なお。

 

 

「お邪魔、します」

「アイズ!?」

 

 

 まるで、「そんなの関係ねぇ」とでも言わんかの如く。前回同様、アイズ・ヴァレンシュタインは遠慮の欠片も見せていない。

 ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館へと戻る時の如く、さも当然のようにリヴェリアの横を通過中。それをジト目でもって追うリヴェリアだが止めることはせず、様々な意味の混じった溜息を付くと、ベル・クラネルを迎え入れた。

 

 

 

 借家の二階。以前と比べて二人掛けのソファ、小さなテーブルと小さなクローゼットが追加で置かれた以外は、全く変化が見られない。

 とはいえ、常日頃から生活が行われているわけではない為に仕方のない事だろう。男一人での生活ではなくなった事もあって掃除や整理整頓の類はしっかりと行われており、生活感のなさは輪をかけて強くなっている程だ。

 

 

 借家とはいえ、人が住んでいる限りは家族長と呼べる人物が存在する。この家については一人の青年であり、ヘスティア・ファミリアに所属する人物だ。

 

 

 オラリオの破滅を狙う闇派閥、その壊滅と言う特命を受けた者。闇派閥に対する所属、ギルドが持ち得る決定的な切り札だ。

 なお現在は与えられた使命も何のその、主神をリスペクトして絶賛“ぐうたら”の真っ最中。先日からここ借家でスローライフを満喫しており、現在もベッドで仰向けになっている。

 

 さきほど相方が来客対応で降りていった事もあり、声からしてベルが訪ねてきた事は知っていた。階段を上ってくる音も丸聞こえである上に相方とは違う足取りだった為に、誰が来たのかと、彼は意識をそちらへと向けている。

 階段を上り切った先まで続く、質素な白系の壁紙が張られた側壁。そこからヒョッコリと出された整った顔は、タカヒロもよく知っている者だった。

 

 

「おや、アイズ君も一緒だったか」

「お邪魔、してます」

 

 

 ベッドの上で仰向けとなったまま、両手で掲げるようにして本を読んでいたタカヒロ。お役御免と言わんばかりに壁に立てかけられた枕は使われていないようであり、その為か本そのものがベッドと水平の角度となっている。

 アイズが来たことで其方へと意識を向けなければならないと意識しつつも、目を動かして彼女の姿を捉えていた。完全に意識を向けることが出来ないのは、書物のタイトルが「低~中層の素材の全て」というタイトルである為に他ならない。彼にとっては未開の地だ。

 

 ともあれ、寝ている間にも読書をするのかとアイズは内心思い、上体を起こすタカヒロへと目を向ける。到底ながら寝起きとは思えず意識もハッキリしており、一方でいつものワイシャツには強めの皺がついていたので、暫く同じ体勢だったことも予測できる。

 シーツについても、タカヒロの身体に沿って皺が寄った部分に対し、首付近から上部分は少し範囲が広く強めの皺が寄っている。恐らくは、そこそこの重量の荷重が暫くの時間をかけて集中していたのだろう。

 

 

 もちろん、アイズがそんな所に気づく筈もない。少し身をよじるようにして上半身を起こしベッドサイドに腰掛けたタカヒロによって証拠は消され、数秒の差でベルが申し訳なさそうに登ってきた。

 

 

「ふあ……」

 

 

 そんなベルのしょげた表情も、珍しいタカヒロの欠伸でもって僅かな驚きへと変貌する。右手で口元を隠しているあたり、僅かだが、誰かの上品さが見え隠れしていた。

 しかし基本的に、この男が寝不足というシチュエーションは有り得ない。レベル100の名に相応しい寝つきの良さもさることながら、性格も影響しているだろう。

 

 

「師匠、珍しいですね。寝不足ですか?」

 

 

 性格と珍しい理由は、ベルと共に鍛錬していた少し前の日々が該当する。そこそこ遅い時間まで本を読んでいた事を知っているベルは先に眠りに入っていたのだが、早朝に行う鍛錬の際は、あまりベルと変わらない時間に起きていた。

 だからこそ自然と疑問が芽生え、あまり意識せずに問いを投げてしまったベル・クラネル。一方のタカヒロは、どう返したものかと言わんばかりに僅かに目線を逸らすと、当たり障りのない内容を口にした。

 

 

「寝不足、と言えばその部類だろう。“人付き合い”の所詮で、昨夜いや夜明け近くまで起きていてな……」

 

 

 ボカされた表現を理解できず、僅かに首を傾げるベルとアイズ。てっきり二人で何処かへ飲みに行っていたのかと思うベルだがアールヴ事件は知っており、かと言ってタカヒロが一人で外出するなど有り得ないとも確信している。

 

 答え合わせをするかのように、一階より微かに聞こえる玲瓏なクシャミの声。真相は、エンピリオンの化身が闇の中へと葬り去った。

 

 

「なるほど……」

「休憩は、大事」

 

 

 理解はできていないもののとりあえず返答を行うベルと、心配しているものの言葉にできていないアイズ。二人の性格がよく表れた返答だ。

 このあとは四人で、ファミリアも含めた近況を報告し合うなど、団らんの時を過ごす事となる。時間が過ぎるのは早いもので夕暮れとなり、それぞれはホームへと帰路に就く。

 

 

 ともあれ、もしも、これらの事情をフェルズが知れば。頭を下げてでも、きっと次の言葉を口にすることだろう。

 

 

 そちらも大事でしょうけれど、仕事をしてください、と。

 

 

 なお言わずもがな、「装備(そちらこそ)」とカウンターを返される未来となる。


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