その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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173話 ワケありの女給(リュー・リオン)

 

 その酒場で働く者にとっては、日常の一幕と変わらない。木製の、軽く押すだけで開くことが出来るドアが軋む音がフロアに響く音もその一つだ。

 開店からさほど時間が経っていない点が、普段と少し違うだけ。それでも客が来たことは明らかであり、黒髪のショートカットが特徴的な猫人のウェイトレスは普段通りの対応を行うべく入口へと振り返って口を開く。

 

 

「にゃー!お客さ……」

 

 

 しかしどうやら、思ってもみないお客だったらしい。白髪の少年と金髪の娘のコンビは、普段はこの店で働いており本日は鼻血(病欠)している娘によって、ソコソコ詳しい情報が流されている為に猶更だ。

 

 

「にゃ!?お、おみゃーらホントに付き合って」

「客の詮索をしてんじゃないよこのアホ猫!!」

「あいだーっ!?」

「……」

 

 

 時間が早いために、まだ誰も客がいない酒場“豊饒の女主人”。驚愕と共に突っ込みを入れたウェイトレスの頭に対し、店主ミアの鉄拳が落とされた。

 

 苦笑にて応対するベル・クラネル。“豊饒の女主人”とは、客が居らずとも賑やかな酒場である。

 

 もっとも、ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインはオラリオにおいて知らない者が少ない程に有名人。そんな二人が手を繋いで来店したのだから、そこかしこで“あらあら”な雰囲気になっている。

 そんな視線に気づいてパッと手を放そうとしてしまうベルだが、ぎゅっと強く握られて実行できる気配がない。恐る恐る相方に目をやると、ぷっくりと片頬を膨らませて不貞腐れていた。

 

 

「え、えーっと、二名です。席は空いてますか?」

「ええ。ではクラネルさん、こちらです」

 

 

 冒頭の無礼もあって気を利かせたミアが、店の奥側にある端の席を用意したようだ。案内を担当したのはリューだが、この店には美人の店員が多いことは知っているアイズである上に、リューは相変わらずの仏頂面のために特に気にしていないようである。

 案内されたテーブルの席を彼女が引き、先にアイズが、続いてベルが腰を下ろす。ここならば特定の地点以外からは視線が届かないために、気持ち程度ながらもプライバシーを保つことが出来るだろう。

 

 目に力を入れてキョロキョロと数回だけ周囲を見回すベルだが、それは怪しい者が居ないかを探すため。目的が終わるといつもの年相応の表情に戻り、メニューを取ってアイズの方へと向けている。

 そんな行動が嬉しいもののモノ言いたいアイズは、双方が読みやすいようにメニュー表を横に向けなおす。そんなお返しに頬が緩むベルながらも、このようなシチュエーションにおいて何を頼むべきかの予習をしていなかった事とメニューが豊富であるために、アイズと共に目が泳いでいた。

 

 

 結果としては二人で揚げ物二品をつまみながら互いにそれぞれ好みのサラダという、ベルが出した提案が通ることとなった。揚げ物については魚のフライと鶏肉ということで、夕飯としても通じるものとなっている。

 やがて運ばれてきた料理にフォークを伸ばすも、やはり豊饒の女主人だけあって味・調理具合ともに抜群だ。美味しい料理は人を笑顔にさせると言われるが、ここでもまた例外ではないようだ。

 

 注文した料理も残り少なくなったタイミングで、二人は食後のドリンクを注文した。早い夕食だったこともあり店はまだ二人以外に人気がなく、ゆっくりとしていても邪魔になることはないだろう。

 そんなこんなで雑談にも花が咲き、それこそ他愛もない内容を口にして面と向かって笑いあう。普段は口数少ないアイズは、たどたどしい口調ながらも、少年に気に入られるために頑張って話題を作っているという健気さを見せていた。

 

 

 そんななか、話題はヘスティア・ファミリアの現状へとシフトしている。たった二人だったファミリアが突然と30人弱となる大御所の足元という存在となったために、大変ではないかとアイズが心配の気持ちを向けていた。

 返されたベルの回答は、そりゃもう大変という苦笑具合。稼働したてということで、やること成すことが非常に多いのが実情だ。

 

 今のところ管理業務の大半はタカヒロが片手間に終わらせているが、これはご存知リヴェリアの手伝いで得た能力だ。全部を知っているワケではないが、団員管理を除いて要所要所は一通り知っている。

 

 なお、単に真似をしているというワケではない。体制の発足というタイミングであるために、以前から考えていた制度でもってスタートしたのである。

 

 内容は、大御所のトップであるロキ・ファミリアで行われていた体制を彼流に改良したモノだ。ギルドへの報告内容は内容さえ問題なければ書式などは整備されていないために、その点を利用した格好である。

 項目は多岐にわたるのだが、もっとも効果的なのは「複数個所に書き込む必要があった項目」を大幅に減少させたところだろう。もしこれら全てをロキ・ファミリアに適用したならば、仕事量が2割近く減る程の革命的内容だ。

 

 それを知ったリヴェリアが羨ましがってロキに意見を述べているらしいが、既に馴染んでしまった体制を変革するのは並大抵の労力では済まないことだ。故に、慎重に議論がなされているらしい。

 そんな話をするベルだが、生憎とアイズは書類関係の仕事をした事がない。「アイズも幹部だから大変だよね~」と口にする少年の無邪気な一言一句が、グサグサと少女の心に刺さっているのは仕方のないことだろう。

 

 

 ともあれ、とりあえず「色々と大変」という内容は伝わっている。しかし直後にベルが口にした「予定外の一件」という言葉に対してアイズが反応し、強引だったものの一応はギルドにも認められているために、ベルはジャガ丸に関する内容を口にした。

 

 

「実は……ヘスティア・ファミリアで、モンスターを飼うことになっちゃってね」

「えっ……!?」

 

 

 少し強めな驚愕の声と共に、アイズが目を見開いて事実かどうかを問うている。口へと運んでいた最後のフライの切り身を思わず皿の上へと落としてしまうあたり、驚きようが顕著に表れていた。

 ともあれ、それも当然のことだろう。“怪物祭”を開催しているガネーシャ・ファミリアならばともかく、ヘスティア・ファミリアにとってモンスターのテイムとは全く繋がりが無い項目だ。

 

 テイム済みであり自分も見たことがあり大人しいから大丈夫と口にするも、説得力に欠けるのは少年も理解している。どのような格好であれ、基本として“モンスター”とは世界中で忌み嫌われる存在だ。

 モンスターから採取される“魔石”で生活を豊かにしているというのに、なんとも身勝手な話だと捉える者も居るかもしれない。それでも問答無用で襲い掛かってくることで命や生活を脅かす存在は、おいそれと受け入れることはできないだろう。

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインもまた、その感情を抱く一人に他ならない。

 

 

「モンスターは……嫌い。ベルを、ヘスティア・ファミリアを、否定してるわけじゃ、ないんだけど……」

「……やっぱり、そうだよね」

「……うん」

 

 

 かつて己の両親を奪った、憎き存在。そんな黒い竜とは違うものの、所詮は同じ“モンスター”。

 そんな存在と相いれることはできないというのが、一人の少女が10年以上かけて積み上げてきた常識だ。故に決して、何があろうと肯定することはできはしない。

 

 

 もしかしたら、と期待したベルだが、結果は予想通りのものだった。しかし表情を伏せた直後、思いがけない言葉を掛けられることとなる。

 

 

「でも、ベルが、大丈夫って言うなら……大丈夫、なんだと、思う」

「えっ……?」

「だから、今度……私にも、見せて。ベルが、大丈夫って言った、モンスターが……どんな感じなのか、気になるんだ」

 

 

 それでも己が愛する者が大丈夫と言うならば、きっとその存在は大丈夫なのだろう。想像するだけで脳裏に混乱が浮かぶならばと、彼女は考えをベルに託す。

 柔らかな声でもって返された一文こそ、アイズ・ヴァレンシュタインが己に下した決定だ。モンスターを全否定する自身の考えよりも、己にとっての英雄である相方の判断を信じている。

 

 きっと、ベルならば道を外さない。少し依存気味の情景も表れてしまっているが、彼女が今までに置かれていた環境からすると、仕方がない事なのかもしれない。それは、きっと時間が解決してくれる事だろう。

 ともあれ、ヘスティア・ファミリアが飼っているらしいそのモンスターの概要すらも聞いた事がないのが現状だ。彼女もまた怪物祭において何度かテイムの場面は見たことがあるだけに、どのようなモンスターなのかと問いを投げた。

 

 

「そうだねー……四つ足みたいで、全身が骨のような、ちょっと変わったモンスターなんだ」

「変わった、モンスター……?」

「うん、僕もまだダンジョンで見たことがなくて……。雰囲気的に、たぶん深い階層に居るモンスターじゃないかな。あ。アイズなら、もしかしたら見たことがあるかも?」

 

 

 そう言われて、ギクリとするアイズ。正直なところモンスターであるか否か程度の判断材料でダンジョンへと潜っている為に、よほど特徴的でなければ覚えていない。

 ベルの前でそのような事は口にできない為、どうしたものかと数秒の間だけ、考え込む仕草を見せる。幸いにも、逆に質問で返すことができそうな言葉が浮かんだようだ。

 

 

「どうだろう。見た目、怖いの?」

「うーん……怖いか怖くないかでいえば怖い系だね、師匠はカワイイなんて言っちゃってるけど。あ、でも名前は“ジャガ丸”だから、可愛いのかな」

「!いい、名前だね。コボルトとか、カドモスみたいな総称だと、何になるの?」

「ファミリアに来た時に師匠が1回だけ呼んでいただけだから、本当かどうかは分からないんだけど……総称で呼ぶなら、“ジャガーノート”って」

 

 

 文字に起こすならば、“ドンガラガッシャーン!”と言った所。モンスターの名前が発せられた直後、けたたましい音が僅かな揺れと共にベルの後方から鳴り響き、皿やらグラスやら様々な物が割れる音が店内に木霊した。

 何事かと驚きつつも即座に戦闘態勢へとスイッチするベルの手には、一本の小型の隠しナイフが握られている。瞬きほどの時間で音とアイズの間に割り込んで武器を構える背中を目にして、彼女の目が大きく開いた。

 

 

 59階層で目に焼き付いた、思わず頬が緩んでしまう光景が蘇る。己も同じように警戒を見せているが、宜しくないとは分かっていても、この背中に身を委ねたくなってしまう。

 構えているために少し丸まった背中はあの時よりも確かに大きく、それはレベル4になって実力が伴っている故の事。あの時、そして少し前に見た駆け出しの少年は、もういない。

 

 

 しかしながら、音源で発生していた光景を目にしてベルの構えは解かれてしまう。深紅の目を開き驚きの表情を隠せない少年は、少し距離を置いた先で食器の山に埋もれつつ屍となっていた一人のエルフの名前を呟いた。

 

 

「リュー、さん……?」

「リュー、大丈夫かニャー!」

 

 

 同時に、先ほど鉄拳を落とされた猫耳のウェイトレスを筆頭に従業員たちが集まって彼女の容態を心配している。腕で顔を守りつつ床に伏せるリューは起き上がる気配を見せず、よく見ると小さく痙攣しているかのようだ。

 顔見知りとなるベルは駆け寄ろうとするも、アイズとデート中だったことを思い出して思いとどまる。後ろに振り返ると「行っておいで」と言わんばかりの優しい顔を向けられたために、目に力を入れて駆け寄った。

 

 

「動くと危ないにゃ、箒を持ってくるニャ!」

「リューさん、大丈夫ですか?」

 

 

 開店間もないということで業務に余裕があったこともあり、手の空いていたウェイトレスはテキパキと片づけを行っている。床に膝と両手をついているリューだが、立ち上がる気配は見られない。

 声を掛けるベルに気づいたのか、リューは少し顔を上げる。幸いにも怪我の類は無いようであるものの、明らかに様子がおかしいと言って過言は無いだろう。

 

 

「く……クラネル、さん。先ほど、なんと……?」

「えっ……?えっと……ヘスティア・ファミリアで、モンスターを飼う件ですか?」

「モンスターの、種類です……」

「じゃ、ジャガ―ノート」

「ヒッ!」

 

 

 己の聞き間違いだと信じたかった彼女は、“名づけの親”及びその使い走りを除いて知らない筈の名前を聞いたのは何かの間違いだったかと思うも、残念ながら聞き間違いではなかったらしい。目を見開いてビクッと跳ねるように体を震わせ、身体を支える手足は明らかに震えており、尋常ではない反応だ。

 エルフらしく凛とした清楚な表情は欠片も無く、片眉を歪めて口元が震えている。顔の血色は宜しい範囲とは程遠く、まさに恐怖に怯えていると表現することができるだろう。

 

 ベルやアイズからすれば諸事情は分からないが、その実、本当に恐怖に怯えている。数年前、ジャガ丸と同種のモンスターが彼女に植え付けた心的外傷は、いまだ治ることなくリュー・リオンという存在を縛っているのだ。

 業務の続行は不可能と判断したミアは、客がいないこともあって近くのテーブルに座らせた。具体的にはベルが居る一つ横のテーブルだが、腰掛けた彼女は完全に下を向いてしまっている。

 

 

「どう……だった?」

「怪我は、なかったようだけど……」

 

 

 どう表現して良いのか分からず、ベルは口をつぐんでしまう。リューににてこちらの眉も力なく下がっており、ハキハキとした元気の良さは見られない。

 純粋な優しさからくる、リュー・リオンに対する心配の気持ち。そんな感情を抱く少年を見ていたアイズは、静かに右手を少し上げて口を開いた。

 

 

「……すみ、ません」

「なんだい、注文かい?」

 

 

 近くにいたミアを、アイズが呼ぶ。先ほどまでドリンクを飲んでいたはずだが「喉、乾いちゃった」と可愛らしく口にする彼女は、“3つの”果実ジュースを注文した。

 

 

「あと……席。あっちに、移ってもいいですか?」

「へっ?」

 

 

 まさかの言葉に、ベルはポカンとした表情を返すしかなかった。鳩が豆鉄砲を食ったように、そんな表情のまま固まってしまう。

 これにはミアも驚いたが、3つのジュースのことも相まって、口元をわずかに緩めて許可を出している。他のウェイトレスに元居たテーブルの片づけを命じると、バックヤードへと消えていった。

 

 そんな背中を目線で追っていたベルだが、追う対象が居なくなったので、視線は自然と彼女が持つ金色の瞳へ。すると相手は薄笑みを浮かべて、次の文言を口にするのであった。

 

 

「リオンさんのこと。心配、だよね」

「で、でも……」

 

 

 己は今、アイズとのデート中。だというのに他の人のことを考えた自分に腹が立ったが、だからといって見過ごせるかとなれば、大手を振って肯定できると言えないのもまた実情だ。

 そう口には出せないベルだが、ちゃんと相手には伝わっていた。それを知ってなお、彼女は先の台詞を口にしたのである。

 

 

 真紅の瞳に映るは、先と変わらず少し柔らかな少女の微笑。どう言葉をつづけるか迷いに迷っていたベルの背中を、アイズは優しく押すことを決めたのだ。

 

 

 

「私は、何かの為に頑張ってるベルを見るのが、大好き。だから、ベルが、助けたいと思うなら……私は、応援するよ」

 




正妻の余裕。
シリアス君、出番ですよ
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