その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

176 / 255
175話 正義とは

 正義とは、装備を集め更新する事を生き甲斐とし、喧嘩を売って来る、もしくは売ってこない神々を1秒でも早く5656できるように常日頃から尽力する事象を指し示す言葉である。

 

 

「……いや、適切ではないか」

 

 

 などという回答は、彼にとっては正解ながらも。相手はエルフ、かつ先の空気やアイズからの頼りでもある為に真面目に回答すべきと判断した一方で、どのような内容を示すかと数時間ほど悩み耽る。

 

 

 そんな翌日、約束の日。

 

 今更18階層などどうということはないベルとアイズ、そしてタカヒロの三名は、目立たぬようローブに身を包んでダンジョンへと入っていく。道中の戦闘で時間を調整しつつ、指定された時間に目的地へと辿り着いた。

 結果として二分前に到着となっていたのだが、既にそこには身体を覆う程のローブを羽織り立つリューの姿が見えている。ベルとアイズがタカヒロの前に立ち、わざと足音を立てて気付かせるようにして近づいた。

 

 軽く頭を下げることで挨拶をしたリューは、背を向けて歩みを進める。道中に咲いていた花をいくつか摘むと、ピンと伸びた背筋を見せて先へ進んだ。

 後ろに続く3名だが、ベルは、タカヒロがリューの腰回りに強い視線を向けていたことに気付いている。理由は不明ながらも口には出さない方が良いかと、“幸運”が最良の選択肢を選んでいた。

 

 

 ともあれ、斜面を登っていることが分かる道、そのような場所をひたすら進む。10分程歩くと、開けた場所に一つのオブジェのようなものが見えてきた。

 

 

「リューさん、あれは……?」

 

 

 そこそこ眺めが良いエリアの地面に突き刺さる、複数の武器。一メートルの直径の中に納まるように突き立てられ錆び付いたそれらは、誰かが人工的に作ったものであることは明らかだ。

 

 

「私の……かつての仲間の、墓標です」

 

 

 ベルの純粋な疑問に対し、返された言葉は中々に重いものがある。しまった、と言いたげな表情を浮かべ、ベルはすぐさま頭を下げた。

 そんなベルはリューの後ろに居るために、彼女の視界に入る事はないだろう。墓の前へと更に数歩足を進め、当時を振り返るように立ち止まった。

 

 かつてダンジョンで同時に散った、リュー・リオンのかけがえのない仲間たち。彼女たちの墓であることを口にして、リューは先程の花を手向けていた。

 

 

 直後。すぐ横へと移動する、重厚な鎧が鳴るガチャリとした旋律。ベルとリューが言葉を交わしていた辺りでインベントリから一つの箱状の物を取り出していたタカヒロは、リューが置いた花の横へと、その物を寄り添わせている。

 

 

「あまり甘いモノではないが、中身は焼き菓子でね。自分の好みで恐縮だが、良ければ供えさせてくれ」

「……ありがとうございます。焼き菓子なんて……ふふ。皆も、喜ぶでしょう」

 

 

 エルフらしく整う一方、どこか少女のあどけなさを少しだけ残す奇麗な顔。いつもは硬く閉ざされ一定だった表情が、少しだけ緩んだ。

 しかし、それも本当に少しだけ。すぐさま普段の仏頂面へと戻ってしまい、纏う気配は間違いなく第一級冒険者に匹敵する程である。

 

――――地上ではなくダンジョンで話そうと決意したのは、何か理由があるのだろうか。

 

 そのようなことを考えていたタカヒロは、この墓を目にして少しだけ理由が分かった気がした。ここに眠る者達の死に彼女が関わっているのだと思った時、リューが静かに口を開く。

 

 

「身勝手ですが、聞いて頂けますでしょうか」

 

 

 まず口に出されたのは、リュー・リオンという存在がギルドのブラックリストに登録されているという内容だ。ようは犯罪者として指名手配されているということであり、ベルも口を開いて驚いている。

 少なくともベル・クラネルが知る彼女は、そのような“悪”ではない。とはいえ知らないことの方が大半であるために口を開くことが出来ず、静かに話の続きを聞いていた。

 

 内容は簡潔なものであったが、彼女の昔話だった。かつて所属していたファミリアの活動内容、オラリオに暗躍する“悪”を討つという“正義”を掲げるファミリアに属していたこと。

 敵対組織の罠に嵌められ、リュー以外のファミリアのメンバーが全滅したこと。遺体も回収できず、故に遺品を、モンスターに荒らされ難いこの18階層の場所に埋葬することで墓としたらしい。

 

 

 そしてリュー・リオンは、復讐を決意した。轟々と噴火するマグマの如く高ぶる感情の赴くままに、当該人物だけではなく関わった者全てを殺し尽くした。

 恐らくは“疑わしき”程度で、完全に罰するまでは証拠が足りなかった者も居たのだろう。一方で闇派閥との関りを露呈していなかった者もまた生き残っており、報復として、彼女は賞金首と言うブラックリストに登録されてしまったわけだ。

 

 最後に「あれは、もはや正義ではなかった」と、消え入るように彼女は呟く。自らの行いを否定しているかのようだ。

 そして同時に、「ならば、正義とは何か」と口に出して迷いを見せる。彼女は自分自身でも、何が正しかったのかが分からなくなってしまっているのだ。

 

 

 問いを耳にする青年は、未だ一言も発することはなく何も答えない。回答を口にするためには、まだ情報が足りないのだ。

 内容は、リュー・リオンが最も思い出したくないだろう絶望の光景。答えの一つを示すならば、5年前に何が起こったのかを知る必要がある。

 

 

「迷いは分かった、だが“理由”の根底が見えていない。……五年前のダンジョンで、何があった」

 

 

 彼女はぎゅっと強く口を噤み、両手に作る拳に力を入れている。一度ベルとアイズには内容を少しだけ話したが、更に詳細の内容を、たどたどしく口にしていた。

 「正義を捨てなさい」というアストレアからの決定的な一言の場面では、右手で自分を強く抱きしめている。少し小突けば崩れ去ってしまうように、今の彼女はひどく脆い。

 

 

 罠にかけられ、突如して現れたモンスター、ジャガーノート。リューが語る戦闘状況を耳にするタカヒロだが、誰がどう聞いても、命と引き換えにジャガーノートへとダメージを与える周囲が、彼女を生かそうと立ち回っているようにしか受け取れない。

 掛けられた言葉の数々も口に出されており、当時においては実際にそうだった。だからこそリューは、己が生き残ってしまい、挙句の果てに復讐という行為に及んだことを悔いている。

 

 一人の仲間に託した、己の、ファミリアの希望。だが切羽詰まった状況だったということもあり、アストレア・ファミリアの眷属は、結果として起こってしまう現象にまで気をまわすことが出来なかった。

 自分だけが生き残った事実に対して罪悪感を抱くこと、通称“サバイバーズ・ギルト”。此度においてはそれだけではないが、独り残される者というのは、自然と強烈なストレスを抱いてしまう。

 

 

「だからこそ、私ではなく……団長、アリーゼが生き残るべきだと、今でも悔いているんです。あの時せめて、彼女の手を引っ張ることができていれば……」

 

 

 歯が歯に押しつぶされ、軋む音が微かに響く。暫くして、アストレアが彼女に残した言葉と共に語り部の口は閉ざされた。

 

 口元と拳に力を入れるのは、ベル・クラネルも同様である。優しい彼は、あまりにも救いのない結末を耳にして、何もできない自分を悔んでいた。

 文字通り、考えの一つも思い浮かばない。それはアイズも同様であり、かつての過去に重なったのか、顔は斜め下に向けられていた。

 

 そんな彼女の姿を見たベルは、残る一人に顔を向ける。やはり微塵も揺るがない姿を示す少年の師は、一つの答えを示すべく口を開いた。

 

 

「結論から言うならば、それが正義かどうかについて、自分が判断することはできない」

 

 

 耳にした三人全員が、予想外の言葉だった。もちろん、この言葉が出された事には理由があり、続きがある。

 

 

「正義とは面白い言葉でね、主観かどうかで意味合いがひどく変わる。傍からそれを目にすれば、行いを正当化させるために自分自身で発行する免罪符にすぎないことも、また事実だ」

 

 

 抱く者にとっては何事にも代えられない理由ながらも、傍から見れば、極端なことを言うと“どうでもいいと思える程度の理由”。自分自身に関係がないからこそ、同じ理由でも見え方が変わるのだ。

 タカヒロにとっては、リヴェリアを守ることは何事にも代えられない大切な理由。しかし全く関係のない者からすればリヴェリアという人物を失おうが影響はないために、その理由に対してとりわけ感情を抱かぬ程。

 

 故に主観から見れば、自分(正義)とそれに対する相手()とのぶつかり合い。傍から見れば、“互いがそれぞれ主張する正義と正義”のぶつかり合い。相反する二つの正義という矛盾が生じている以上、他人が判断することはできないのだと口にした。

 どちらも正しく、何が正解なのかと議論となっても唯一の正解などありはしない。故にそこの男は、結局のところ正義とは“戦う理由”なのだと、一つの答えを示している。

 

 

――――正義を捨てなさい。

 

 

 リューに対して最後に掛けられた、この言葉。タカヒロは、まずこの点について考えを述べることとした。

 

 神と呼ばれる存在は己の趣味、希望に向かって全力である姿勢は、フレイヤやヘファイストスを見ていればよく分かる。しかしそれらは、基本として“できる”、“できない”程度を理解した上での行動であることも明らかだ。

 

 故に、アストレアという神が掲げた正義。各方面に馬車が運航される程に広大なオラリオの平和を守るという正義(理想)は、たった十数人のファミリアで叶えられるモノではないことも分かっていたことだろう。今までレベル3や4という“器”と出会ったタカヒロは、このような前提の考えを抱いている。

 

 掲げた正義(無謀さ)を誰よりも理解し。到底ながら達成できぬと、誰よりも現実を見ていたから。今更「到底、達成できません」などと言えるはずもなく、己が掲げた旗を下ろす機会を失ってしまったことを知っていたから。

 何名かの団員(子供達)が気付いていると知りながらも。決して到達できぬと知りながらも。その神は、理想を掲げ続ける他に道がなかった。

 

 

 だから、愛しい子供達が身を挺して助けた最後の存在。リュー・リオンだけが生き残り、罠に貶めたファミリアへと復讐をする決意を抱いていると知った時。

 アストレアという存在が作り出し掲げてしまった、重く大きな正義(呪縛)に捕らわれぬよう。彼女はリューの目を見て、去り際に正義(戦う理由)を捨てるよう口にした。

 

 しかし、言葉を掛けた対象が悪すぎる。主神アストレアが発したシンプルすぎる決定的な一言は、良くも悪くも真っ直ぐで馬鹿正直な。それも、如何なる状況においても多数の為に犠牲になる少数すらも無視できない程の潔癖さを持ち合わせるリュー・リオンに呪いを残してしまった。

 自分は今まで何のために戦ってきたのだろうかと、視界が真っ暗になった。悩み、苦しみ抜き、先の言葉のように、自分に生きる資格があるのかと悩み続けたがゆえに、今のリュー・リオンがここにある。

 

 

「あくまでも推察の域に過ぎないが、今の君の心境。そして君の主神が口にした言葉の意図は、この様になっているのだろう」

 

 

 リューが口にした昔話から、このような推察をタカヒロは口にした。リューと関わりが浅い青年が彼女のことを「馬鹿正直」と口にした点は、エルフのセオリーに則っただけのことを付け加えておく。

 エルフという種族の全般に見られる、良いところであり良くないところ。己の考えが正しいと信じることは素晴らしいが、それを相手に押し付ける点や、その考えが通じなくなってしまった時にも独りで抱えてしまい、心がポッキリと折れてしまう。

 

 押し付ける事こそなかったが、あのリヴェリアでさえそうだったと、タカヒロは城壁の上での一幕を思い返す。それこそ身を投げ出してまで救いを求める覚悟を抱いたような翡翠の瞳は、決して目にしていて気持ちのいいものではない。

 

 

 ちなみに、これらの考察は正解だ。だからこそアストレア・ファミリアの少女たちは、リュー・リオンに正義(想い)を託し、彼女を生かす為ダンジョンに散ったのである。

 

 

 様々な裏側を少しでも見てしまうと絶対に抱けない、真っ直ぐで純粋な想い。当時においてアストレア・ファミリアの少女たちが「気を付けろ」と口にする一方で、そんな真っ直ぐな考えを抱けるリューに嫉妬した。

 そういった意味においては、リュー・リオンとベル・クラネルの二人は似ていると言えるだろう。どちらも根は真っ直ぐであり、決して“悪”には染まらないと断言できる人物だ。

 

 

 かつて、ケアンの地において。タカヒロとて、彼女のように正義(理想)を掲げた者など何度も見てきた。

 人類の未来を少しでも切り開くために、果敢にもイセリアルやクトーンへと挑みかかり。敗れ去り、乗っ取られ、逆に人間を襲った結末を、よく知っている。

 

 

 

 なぜならば。そうなってしまった人類の英雄(宿敵)の数々を、その手でもって排除してきたのだから。

 

 

 

 自虐のように「ドロップアイテムのついでに世界を救っただけ」と口にするそこの男だが、このような事実から目を背ける為でもあったかもしれない。深く考えれば考える程に、それこそリューの悩みなど比較にならない程の泥沼へと沈むような内容と言えるだろう。

 引き起こされてしまったことは、覆せない。故にこれ以上は悪化させまいと、人類にとって敵となった数々を例外なしに滅ぼしてきた。

 

 掲げる理想、つまるところの“戦う理由”については、どちらも同じく“人類(オラリオ)の平和の為”。故に根底の規模こそ違えど、どちらも同じ道を歩んで結果を成したと言えるだろう。

 違うのは、過去を見ているかどうかという一点だけ。純粋で真っ直ぐな彼女は過去と向き合い、世界レベルでどうすることもできないと悟った男は今と未来だけを見据えている。

 

 

 

 どちらが正義(正解)かは、断定できない。しかしどちらの選択も、そこに間違いは存在しないのだ。

 

 

 

 そんな、とある男の昔話。詳細までは口に出されないが、敵の全てを始末して地域を救ったという御伽話が口に出された。闇派閥に関連する敵の全てを始末してオラリオの平和に貢献したリューと比べて、いったい何が違うと言えるだろう。

 そしてアイズに対して話したように、復讐とは必ずしも悪ではないことを諭している。此度においては“やりすぎ”た感も拭えないが、結果として闇派閥が活動停止へと追い込まれた結果があるならば、それを悪と呼ぶのは闇派閥の者もしくは理論でしか語ることのできない弱者だけだ。

 

 

 内容を耳にして、空色の瞳を持つ目が見開かれる。自分と同じ反応を目にしたアイズは少しだけ薄笑みを浮かべるも、問答の邪魔になるようなことは行わない。

 いつか、フィンに問いを投げた時のように。口に出される答えが分かっていながら、タカヒロはリューに問いを投げた。

 

 

「今の話を聞いて、その者の事をどう思うか。そうだな、単純な二択にしよう。世界を救った正義と呼ぶべきか、数多の命を奪った悪と呼ぶべきか、どちらか片方で答えてくれ」

「そ、それは……」

 

 

 言葉の先が、続かない。己を正義ではないと決めつけている彼女は、たった今、己から湧き出た答えを認められない。

 

 何故ならば。ほんの数分前まで、自分でその答えを否定していたのだから。

 

 

「……話を戻そう、正義とは何か。自分にとっての正義とは“正しいと信じたこと”のうち、心中に掲げ守り抜くに値するもの。その根底に何があるかとなれば、武器を掲げる“戦う理由”に他ならない」

 

 

 例えるならば59階層、リヴェリア・リヨス・アールヴを守るという戦う理由。故に心中に掲げた正義は、彼女に害をなす精霊の分身を殺すことを“正当化”する。

 話を聞くベルにとっては、最も分かりやすい例えだった。リヴェリアの部分がソックリとアイズに置き換わるだけであり、当時においては彼が抱いていた紛れもない正義に他ならない。

 

 

 リューのように独り生かされ、散った者が残した希望と共に絶望と後悔の念を背負い。なぜ自分が生かされたのかと問いを投げ続け救いの答えを求める者など、青年は何度も目にしてきた。

 命と引き換えに、望んだ者の命を救うことができると同時に。命と引き換えに救われた者に対して、散っていった者達の希望を叶えなければならないという呪いの類を残してしまう。

 

 この理に、例外はない。そもそもにおいて、“託す”とは“そういうコト”だ。

 

 しかし、履き違えてはならない。託す側とは、己の野心や野望を引き継がせたいワケでも、首謀者に対する復讐を望んでいるワケでもない。

 

 

「自分は、君が語った三人のことを全く知らない。だが相手の為に命を捨てる覚悟を抱けるからこそ、信頼があるからこそ。そこまでして託す側とは、託される側に訪れる未来を、“幸せ”を願っていた筈だ」

 

 

 抱いている考えを、真っ直ぐ相手に伝える為か。目に力を入れているタカヒロは、真っ直ぐリューを見つめて言葉を続けた。

 

 

「例え古いものでも、再び手に取れば輝く事もあるだろう。君がアストレア・ファミリアに入ろうと思った理由や、彼女達と共に掲げた戦う理由を、もう一度、ゆっくりと見つめ直しては如何だろうか」

 

 

 かつて青年が受け取った言葉を少し借りて口にされた、最後の言葉。リュー・リオンは、ここにきてアストレアが、散っていった仲間が口にした言葉の真意を受け取ることとなる。

 

 数多の眷属を失って最も泣き崩れたかったであろう、気高き誇りを掲げる主神。そんな彼女が抱いた、残された自分に向けてくれた想いを知り、胸が張り裂けそうな心境だ。

 そして運命の時において、負けると、この場で死ぬと知り覚悟しながらも。掛け替えのない一人の仲間を生かすために立ち向かった友の想いを知り、自分の都合という程度の覚悟で「貴女が生き残った方がよかった」と思ってしまった事に対し、記憶の中にある仲間たちに謝った。

 

 

 言葉の中身を、様々な意味で履き違えていた。リューが貰い受け継いだのは、仲間たちが掲げた紛れもない真の正義(愛情と信頼)なのだ。

 少女たちが掲げた正義は、リュー・リオンの中で確かに生き続けている。もう5年という月日が過ぎたものの、未だ当時の仲間たちの情景を鮮明に思い浮かべることが出来る事が、何よりの証明だ。

 

 

 かつて空色の瞳が目にした光景が、フラッシュバックで蘇る。共に駆け抜けた三人の背中が、幻想だと分かり切っていても、確かに見える。

 空色の目が、更に開く。皆の姿は常に前を向いており、そこに一人分のスペースがあるように見えたのは、リュー・リオンの錯覚だろうか。

 

 

 リュー・リオンにとって必要な答えが、たった一つを除いて全て揃った。

 

 正義とは即ち自分自身が正しいと信じたことであり、武器を掲げる者ならば誰もが抱く戦う理由。

 アストレアが残してくれた言葉とは、主神の掲げた正義に囚われずに生きてほしいという主神の願い。

 かつての仲間達がリューを生かした理由は、真っ直ぐで正直な彼女だからこそ、何事があっても揺るがぬ正義を抱けると信じているから。

 

 

 そして、何よりも。散っていった仲間たちは、リューの幸せを願っていた。

 

 

 先程は遠ざけてしまった最後の答えについて、今の彼女ならば胸を張って口にする事ができるだろう。それは、復讐と呼ばれる行為についても同様だ。

 

 問いを投げ受け取る二人が行ったのは、どちらも全く同じこと。ならばタカヒロが正義(英雄)であり、リューが正義()であるという方程式は成り立たない。

 行いが正義だったかどうかを他人が決めつけることが出来ないのは、先に青年が示したこと。故に彼女は自分自身の手によって、己の中で一つの区切りを付けることができるのだ。

 

 

 リュー・リオンが行ってきたことは、確かにオラリオにおける法の類に触れたかもしれない。復讐と言う形は、決して褒められることではないかもしれない。

 

 だが、しかし。それは彼女が抱いた、紛れもない正義の類(戦う理由)であったのだと。

 そして、復讐という形で乗り越えたならば。自分は過去に囚われず、前に進まなければならないのだと。

 

 漆黒の瞳が(リュー)を捉えて離さず、その瞳に宿る炎は並々ならぬものがある。(リュー)の過去に対して先の答えを貰ったからには、彼女も戦士である以上、応えないという道は存在しない。

 

 

 過去を忘れるわけではなく、目を背けることもなく。

 

 

 受け継ぎ、乗り越えるために。彼女の心に、情景の火が灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで。

 

 

 

 

 どう頑張っても他人+αの域である彼女の悩みに対してタカヒロが凄まじく真面目に考えて答えており、最後に並々ならぬ情熱で視線を向けていた理由については――――

 

 

 

 

――――答えは示した。さぁ謝礼が必要だろう、是非とも携帯している木刀を見せてくれ!!

 

 

 大聖樹の枝で作られた事実は知らないが、彼女が携帯する不思議な長い木刀を目にして興味津々。ベクトルこそズレているが、自分を頼ってくれたアイズやベルに対しても面目は十分だろう。

 

 故に考えは、己の興味へとシフトチェンジ。彼女の悩みについては大真面目に答えつつも内心でワクワクしながらそんなことを思っている、様々な意味で平常運転な自称一般人(装備キチ)であった。

 





原作でベル君があげた答えとは少し違う方向性の答えです。
タカヒロらしいといえば、らしいかな?……ホント、色んな意味で。

■本文:かつて青年が受け取った言葉を少しだけ借りて
⇒27話 最後付近

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。