その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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178話 追い打ち(フォロー)

 

 物事や行事とは、程度はどうあれ計画を立てて行う事が一般的だろう。旅行や食事についてが一般的であり、行先はもとより計画的に貯金を行うなど、長期的なスパンの下で物事は進行する。

 一方で、何の前触れもなく発生する突発的なイベントも存在する。この場合は基本として応対に苦労することとなり、事の大きさ次第では、周りを巻き込む事態に発展するのだ。

 

 

 ロキ・ファミリアのホーム、黄昏の館。城の如く聳え立つ大きな建物は、オラリオにおいて最も目立つ建造物の一つである。

 そんな建物の内部には幾つもの部屋があり、ファミリアに所属している者は、各々の部屋で日常を過ごす。ほとんどの者は集団、もしくは相部屋なのだが、幹部クラスには相応の個室が与えられているのが実情だ。

 

 

「えっと……アレと、コレと……」

 

 

 そのうちの一つに、アイズ・ヴァレンシュタインの個室がある。広さとしては10畳ほどのものがあり、一人で過ごすには十分な広さと言えるだろう。

 今でこそ僅かに私服が増えつつあるが、今まではホームとダンジョンを往復する毎日だった為に私物も僅か。そのために、探し物はすぐに見つかる事となる。

 

 

 そんな最中、彼女は先日の光景を思い返す。

 

 

 先日は18階層で死闘を繰り広げたのちに、ベルを狙う新たな存在、天然刺客(ポンコツエルフ)の存在を知って慌てふためいた。彼女リュー・リオンがエルフと呼ばれる種族だったことも相まって、完全に油断して警戒していなかった事は事実だろう。

 彼女が酒場“豊饒の女主人”に勤めていたこともあって繋がりは薄く、輪をかけて猶更だ。時々共に訪れていたタカヒロならば“理由は不明だが、やけに仲が近い”事を知っていたものの、わざわざアイズに伝える事実でもない為に口を閉じたままだった。

 

 エルフには本来、他種族を排他的に見る傾向がある。オラリオに来ているエルフの冒険者たちは、コレでもまだ少しはマシだと、以前にリヴェリアが愚痴をこぼしていた事を思い出したアイズだが、時すでに遅し。

 とはいえ、ロキ・ファミリアのエルフたちは比較的フレンドリーであるために、アイズにとってはその実感が少なかった事も仕方がない。本当にヘスティア・ファミリアへと改宗(コンバート)するかは即決には至らなかったものの、もしそうなれば、物理的な距離は圧倒的に近くなる。

 

 

 ――――あの(エルフ)は、油断ならない。

 

 

 兎には人を吸い寄せる魔力がある、とでもいうのだろうか。何ルカ・アー何某と初エンカウントした時の装備キチの如く、アイズ・ヴァレンシュタインが持ち得る直感が、吠え叫ぶ犬の如く反応を見せている。

 危ない人物としてはフレイヤ、リューときて、アイズの中では何故だかベート・ローガが追加されている。警戒判定の隙間を彷徨うレヴィスも居るとくれば、彼女もまた己が持ち得るアドバンテージに胡座をかいている余裕は無いだろう。

 

 

 そんな彼女の今日の予定については、ロキ・ファミリアとしての行動も必要ない。言い方を変えれば、非番の類である。

 現代人にとっては狂喜乱舞する日程ながらも、オラリオでは少し異なることだろう。組織としてやるべきことがないとはいえ、個人的な買い物も含め、彼女の予定はそこそこの密度で詰まっていた。

 

 

 その一つが、普段から酷使している武具の手入れと言えるだろう。いつもは寝る前のルーチンワークながらも、最近はダンジョンへ行く頻度が大きく減ったこともあって、こうして日が昇っている最中に行うことも少なくない。大がかりなメンテナンスとなれば餅は餅屋ということで鍛冶師の出番となるが、普段の油さし程度は彼女でも行える。

 車で例えるならば、タイヤに充填する空気圧の調整と似たレベル。体調でいうならば、少し風邪気味かなと感じた際に市販薬を摂取する程度だ。冒険者として生計を立てる上で、アイズ・ヴァレンシュタインに叩き込まれたスキルの一つとなっている。

 

 

 鎧に関しては元々がライトアーマーであり、可動部については手首足首の二か所だけ。その為あまり時間は要しておらず、続いて武器、サーベルの一種であるデスペレートの整備に入るようだ。

 とはいうものの慣れた作業でもあり、彼女は右手でデスペレート用の油を用意しつつ、左手で鞘からデスペレートを引き抜く動作を行っている。あとはそのまま机の上へと運べば、準備の大半が終了だ。

 

 

 前代未聞の異常が発生したのは、その段階を迎える直前である。

 

 

「……パキ?」

 

 

 ふと、随分と軽くなった左手部分を覗き込む。なんだか甲高い音が響いたと認識できたのは、その直後だ。

 続いて力のない金属音がゴトリと音を立てカーペットの上に落下した状況は、彼女の視線を床面へと更に下げる。あまりにも突拍子が過ぎる為に、何が起こったかを理解するまでに数秒を要する事だろう。

 

 

 結論から言えば、ものの見事に、先端から三分の二程の位置より真っ二つ。流石の天然少女アイズとはいえ、こればかりは状況を把握できており――――

 

 

――――折れ、た!?

 

 

 オラリオにおける超硬金属(アダマンタイト)を上回る、最硬金属(オリハルコン)。彼女の愛剣であるデスペレートは、そのような素材を中心として作られている。

 もしもデスペレートが言葉を発する事ができるならば、「もう無理☆」とでも発していたことだろうか。ガレスですらも破壊不可能と言われている金属は、先日の18階層でアイズが発していた“TruePowerrrrr!!”に耐えきれず、極度の疲労によってお役御免となってしまった。

 

 

 いやーな汗、それも冷や汗の類が、アイズの全身を染め上げる。気化熱によって奪われる体温は、全身に僅かな震えを生じさせていた。

 理由は、修理費用(おかね)。将来に備えて家事一般を必死になって覚えている彼女は暗算についてもタカヒロから学んでおり、だからこそ、コレの修理費がどうなるか見当がついてしまった。

 

 以前に借りていた代剣を叩き折った時は、4000万ヴァリス。折れた端も回収できたために素材費用としていくらかペイされたと仮定し安く見積もったとしても、元値は5000万ヴァリス以上だったことだろう。

 その剣に使われていたのは最硬金属(オリハルコン)ではなく、超硬金属(アダマンタイト)。金属の単価だけを比べても、単純計算で10倍程度の差がついている。

 

 

 ってことは、これまた単純計算で、デスペレートの新規購入費用は5億ヴァリス以上。今回もまた破材が残っているとはいえ、どう頑張っても億単位ヴァリスを上回る事は揺るがない。

 何故折れたかについては、考えている暇がない。該当するとなればつい先日に行った18階層での戦闘が当てはまるものの、確かと呼べるロジックすらも浮かばない。

 

 

 兎にも角にも。アイズ・ヴァレンシュタイン、色々な意味で絶対のピンチ。

 

 

 拍車をかけるかの如く様々な思考が頭の中を駆け巡り、どうして良いかが分からない。彼女自身もまたデスペレートが折れるなど僅かにも想定にしておらず、だからこそ混乱と呼べる状態へと突入する。

 普通の剣ならば、真っ先に鍛冶師の元へと持っていくことだろう。しかし借金地獄へと堕ちる前に何か出来ることがあるのではないかと、藁にもすがる可能性に望みをかける。

 

 

 困った時に、頼りになる人物。パッと頭に三人の顔が浮かんだ彼女は、先ずはとばかりに母親の元へと駆けだした。

 

====

 

 一方その頃。ヘスティア・ファミリアの団長ベル・クラネルと司令塔リリルカ・アーデは、ロキ・ファミリアのメンバーと共に、ロキ・ファミリアによる教導を受けていた。これもまた交流の一環とは、ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナの弁である。

 その中に少しだけ私欲が混じっている点については、幸運にも全く露呈していない。唯一の例外としてロキ相手には僅かばかり感づかれているのだが、バレたらバレた時だと覚悟は決めている。

 

 

 血相を変えたアイズが駆け込んできたのは、そんな場所。リヴェリアとベル、頼りになれそうな二人の表情を見つけて僅かに表情が和らぐも、抱いた不安の色までは消しきれない。

 とはいえ彼女にとっては運がよく、教導は、丁度一区切りのタイミングとなったらしい。今まではフィンによる内容で、暫くの休憩を挟んだのち、リヴェリアによる内容となるようだ。

 

 

「ところで……どうかしたか、アイズ」

 

 

 普段のリヴェリアが発する落ち着いた声・表情と、同調するように僅かにかしげるベルが見せる柔らかな表情。今の彼女にとって、どれだけ心の安らぎとなった事だろう。

 これは勝ち申した、なんとかなりそう。そのように感じたアイズは二人の反応を目にし、まず現状を伝えなければならないと声を発する。

 

 

「剣が……折れた……!」

「えっ!?」

「……ふむ」

 

 

 しかし落ち着きが無いことも手伝って、ここで自然とアイズ語が発動。折れた物体を「剣」と表現しているだけで、「デスペレート」と名指ししていないのが致命傷。

 周囲一同は、不壊属性(デュランダル)が壊れるなど想定にもしていない。精々、鍛錬に使う剣を何本か折ってしまった、程度の受け取り方だ。

 

 それでも空気は重く、この場における発言者はリヴェリアだと誰もが察知していた。次点でベルになっており、まだここなら許される範囲内となるだろう。

 なお、次点についてはレフィーヤが納得するか怪しい所。何かとベルに対してアタリが強い彼女は、現にアイズとベルに対してせわしなく視線を向けている。

 

 

 と、ここで動いたのは手を口に当てて悩む仕草を見せるリヴェリアではなく、ベルであった。ともかく落ち込むアイズを元気づけようという純粋な優しさから、元気いっぱいの様相で言葉を発した。

 

 

「だ、大丈夫だよ!アイズの“力のステイタス”が高いのは皆が知ってるから!」

「ハウッ!?」

「ベル様……」

 

 

 リリルカの感想は只一つ。違う、そうじゃない。

 

 

 ここぞとばかりに仕事をする“幸運”は、ピンポイントで相手の急所を抉り取る。大丈夫ではないベル・クラネルによる追加ダメージ、こうかは ばつぐんだ。

 まさかの一撃を貰ったアイズは眉をハの字にして、タスケテと言わんばかりにリヴェリアへと目線を向ける。しかし、そこにあったのは溜息であり――――

 

 

「アイズ、今更何を気にするのだ。剣を叩き折った事など、幾度となくあるだろう」

「ヒウッ!?」

 

 

 こちらについても、フォローの欠片もありはしない。リヴェリア、と言うよりはロキ・ファミリアにおけるセオリー通りの反応だ。

 とはいえ、無理もないだろう。アイズが鍛錬用の剣を叩き折った数など、まさに暗記できる次元を超えている。加えてリヴェリアも、まさかデスペレートが折れたなど思っていない。

 

 

 ガックリと項垂れるアイズの両手は、小さくプルプルと震えている。今更ながらも対応がまずかったかと僅かに慌てるベルとリヴェリアだが、後の祭り。

 

 

 目じりに僅かな雫を浮かべ二人に向けられるは、非常に珍しい金色(こんじき)のジト目、超強力バージョン。前へと向けられた整った顔の両頬は膨らんでおり、プルプルと小さく震えている。

 感情を露わにしているからこその様子であり、昔から比べれば随分と年頃の少女らしい。とはいえ、いかんせん今回ばかりは内容が内容だ。

 

 

「二人とも、知らない!!」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン、プンスカモード。非常に強い勢いと音と共に扉を閉め、全力疾走で黄昏の館から飛び出していく。遅れてやってきた反抗期の亜種かベルとリヴェリアが悪いかについては、人によって意見が分かれる事だろう。

 とはいえ傍からすれば、まさに突発的な家出のようにも見えただろう。偶然とはいえアイズが私服姿だったことも、輪をかけてシチュエーションに影響している。

 

 

 まさかの反応を目にして冷静さを失いつつあるリヴェリアと、それ以上に慌てふためくベル・クラネル。そんな二人を見つめる栗色の瞳が、身長差故に下方から突き刺さることとなった。。

 持ち主は、リリルカ・アーデ。なお様相は紛れもなくジト目の類であり、目線が合致してしまったベルは、何事かと恐れ、然りの類かと察知して姿勢を改めた。

 

 

「……ベル様、追いかけてください」

「えっ」

「追いかけてください」

 

 

 強烈な目線を向けられるベル・クラネル。今現在がロキ・ファミリア主体の教導の真っ最中と相まって、どう対処すべきか決断に迷っていた。

 そこに追い打ちをかけるのは、リヴェリアの弟子レフィーヤである。立ち上がってベルに向かって身体を向けると、強い口調で発言を行った。

 

 

悪魔兎(ジョーカー)、まさかリヴェリア様の教導を放棄することなど」

「ウィリディス様は口を閉じてください」

「あ、スミマセン」

 

 

 レフィーヤに対しても強烈なジト目を向ける、リリルカ・アーデ。叶うことは無いと知る想いを持つ彼女とはいえ、助けてもらったベルが幸せならばと、今回は損する役割に徹するようだ。

 あまりの剣幕にレフィーヤですらも二言を入れる事は不可能で、大人しく着席スタイルに戻っている。対ベル・クラネルということで暴走モード剣幕マシマシの彼女を一撃で治めるリリルカに敬意の眼差しが向けられているが、リリルカ自身は相変わらずベルに物言いたげな瞳を向けている。

 

 

 早い話が、さっさと行け。

 

 

 結局、本日の教導は中止となり、アイズを攻撃してしまった二人は、黄昏の館から飛び出していくのであった。

 




原作でもヒビが入っていましたが、本作ではポッキリと。


さて作中とは関係のない内容ですが、時の流れは早いもので初投稿から3年目を迎えることとなりました。
多数のブックマーク、評価を頂きありがとうございます。完結に向けて頑張ります。

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