その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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179話 汝の剣

 

 自室からデスペレートを回収したアイズ・ヴァレンシュタインは、半ば自暴自棄の様相で黄昏の館から飛び出した。突発的な家出ともとれる行動は彼女が“人形”ではなくなってきた証でもあるのだが、状況が状況だけに、素直に喜ぶこともできないだろう。

 

 そんな彼女が辿り着いた先は、オラリオ西部に存在するヘスティア・ファミリアのホーム。応対した者は相手がアイズだった事もあり、部屋の主を呼ぶことはせず、そのまま“彼”の部屋へと案内した。

 

 

「おや。どうかしたか、アイズ君」

 

 

 もちろん部屋の主は、父親役のタカヒロである。色で表現するならば赤青入り混じったアイズの表情を見ると本を閉じ、彼女をベッドサイドのチェアへ案内した。

 加えて先の2名と違って、此方はしっかりと相手の事情を聞いている。劣化することはあれど壊れないはずのデスペレートがポッキリと折れてしまった事について、現物を前に理解していた。

 

 

 混乱した胸の内を吐き出すことができて、ようやく落ち着いたのだろう。椅子の上で体育座りをしている、かつてない程にショゲたアイズの姿。落ち込みの中に悲しみと焦りも伺えており、突発的に何かが起こってやってきたことはタカヒロも理解できた。

 とはいえ他にも何があったのかと疑問と僅かな焦りを覚えつつ、タカヒロはヒアリングを継続的に実施中。そして全てが済んだ時、盛大な溜息と共に返事を行うこととなった。

 

 

「……事情については理解した。まったく、傷口に塩を塗ってどうする」

 

 

 ヘスティアが耳にしたならば、何かを言いたくなってしまう文言だ。

 

 それはさておき再び溜息と僅かな怒りが零れるタカヒロだが、仕方のない事だろう。本来ならば相方のベルが親身になって相談するか、ファミリアとしてリヴェリアやフィンが解決すべき問題なのだ。

 だというのによりにもよって、全くの無関係でこそないものの自分の所へやってきたのだから、対処する事も難しい。装備に関する事象と言うことでヤル気だけはあるものの、己が円満に解決してしまっていいのかと葛藤していると言うワケだ。

 

 

 とはいえ。アイズ・ヴァレンシュタインが自分を頼ってやってきてくれたのは、紛れもない事実である。

 互いに恋愛感情など欠片もないとはいえ、個人差はあれど頼られる事に喜びを感じるのが年上というモノ。最初に駆け寄ったところから見放されたならば大義名分は此方にあると判断し、タカヒロは肩入れを決定する。

 

 

 部屋のドアが丁寧にノックされたのは、そのタイミングであった。

 

 

 立ち上がってドアに向いたタカヒロの背中に、さっと機敏な動きで隠れるアイズ。ワイシャツの背中部分を掴みつつ、食事を与えたハムスターのように膨れた表情だけは横から突き出しており、絶賛威嚇中の態勢だ。

 

 

「謝罪の心と言葉があるならば、許可しよう」

「うっ……」

「……タカヒロ、入る」

 

 

 ドアを挟んでの声は、間違いなくベル・クラネル。そしてどうやらリヴェリアも追いかけてきたらしく、こちらも消え入りそうな、か細い声だ。

 二人して思うことは同じであり、アイズへの謝罪と、あのタカヒロが僅かながらに怒っている点。他人が耳にしたならば普段と変わりないものの、聞くものが耳にすれば、感情の変化は読み取れるのだ。

 

 ドアが閉められ、バトルフィールドは此処に完成。いつかの師と似て拝み倒すベル・クラネルと、しおらしく申し訳なさそうに自身の右腕を抱いて謝るリヴェリア・リヨス・アールヴ。

 なおアイズが見せている反応は、タカヒロの背中に隠れて顔を出し、両頬ぷっくりハムスター。全く非がないわけではないアイズだが、どちらの謝罪が炸裂するかは明白だ。

 

 

 黄金ハムスターVs白兎。食われるのはハムスター?窮鼠兎を噛むのです。甘噛みだと嬉しいですね。

 黄金ハムスターVs高貴妖精(ハイエルフ)。現実として前者に対してヤベー味方がついているので、後者の分が悪いだろう。

 

 

 とはいえど、戦闘は僅かにも起こらない。ベルとリヴェリアが同時に再び謝罪を行うと、タカヒロは姿勢を崩さず、アイズの頭に手を置いた。

 

 

「許してやれ、アイズ君。大きな器を見せる事も、年上としての行いだ」

 

 

 やはり少し強めに撫でられる、タカヒロの手が心地よい。そして先のような言葉で諭されては、反発の気持ちもアイズの中から薄まっていった。

 というわけで、少しの嫉妬が混じる仲直りの後は、要相談。デスペレートと明言しなかった点についてはタカヒロの口から注意として伝えられ、4人して、ものの見事に真っ二つとなったデスペレートと向き合っている。

 

 

 しかしなぜか、誰もが“壊れないはずの剣が壊れた”という事実については触れていない。「そんな事もあるのだろう」程度の認識に留まっている理由が()にあるかは、言わずもがなだ。

 

 

 ともあれ、そんな思考を植え付けてしまった妖怪ソウビオイテケの見立てとしては、「恐ろしい程に筋が通っているものの、耐久面を除いては“細工されたかの如く”ありきたりな性能」というのがデスペレートに対する評価。俗に言う所の“手の込んだ手抜き”と表現できるベクトルのものがある。

 このような呑気な推察の一方で、これを打ったのは神かと瞬時に真相を見抜いたのは、流石と言った所だろう。一般的な鍛冶師とは明らかに違う点を見抜いており、神々といえど隠しきるのは難しいようだ。

 

 

 そんなデスペレートについて何時から所持していたかについてはすっかり記憶の彼方にあるアイズだが、これがゴブニュ・ファミリアの主神の手によって造られた武器であることは知っている。大がかりなメンテナンスを行う際は、いつもゴブニュの元へと直接持ち込んでいたことも要因だろう。

 

 そしてタカヒロは、とあることに気づいたようだ。

 

 

「……この剣は、何度も打ち直されている」

「なにっ?」

 

 

 タカヒロの気づきに対して真っ先に疑問符を発したのは、アイズに関する諸々の世話を担当してきたリヴェリアだ。彼女曰く、少し長期のメンテナンスに出したことは何度かあれど、打ち直しなど依頼したことがないらしい。

 とはいえ彼女とて、少し考えれば不思議だと分かることだ。かつてレベル3の頃にアイズがモンスターとの戦闘にスキルを使用した時、壊れないはずの剣に歪が生じた。

 

 ならば何故。修理こそされているが“元のまま”である筈の剣が、レベル6の力に耐えられる?

 

 そのように考えた際、ベルはハッと息をのんだ。彼が愛用するヘスティア・ナイフもまた、このデスペレートと同じ道を歩んできたのだと、親近感が沸き起こった。

 違いは一つ。打ち直しと言う工程の存在が、表に出ているかどうかだけ。

 

 

 この剣には何度も助けられてきたアイズだが、その考えは少し違う。確かに直接的な要因としては、デスペレートとなるだろう。

 しかしその裏で、彼女の成長を見てきた者。決して表に出ることは無い位置から見守り支え続けた者によって、アイズ・ヴァレンシュタインは生かされてきたのだ。

 

 

 恐らくは此度の場合だけは、打ち手の想像を上回るペースでアイズが成長していたのだろう。ベルとの鍛錬で器用さも鍛えられている手前、武器の摩耗速度も緩やかになっている筈だが、最硬金属(オリハルコン)の基礎スペックでもカバーするには至らなかったようだ。

 その神の名前はタカヒロも知っている。かつて「怪物祭を楽しんできなよ」と言われた際にカフェのテラスで読んでいた本にも、ゴブニュの名前は存在した。鍛冶ファミリアということで興味はあったものの、その後に色々とあって忘れていた実態はお笑い種だ。

 

 

「錬鉄の職人らしい、なかなかの捻くれ者ではないか」

 

 

 直接会ったことは無い為に容姿を含めて全く知らないものの、まるで遠く離れた所で暮らす孫を心配する祖父の様。心配で仕方がない、しかし大手を振って現れることはできない為に、このような方法でしか加わることが出来なかったのだろう。

 ともあれ、デスペレートの現状は把握した装備キチ。ならば次は、持ち主がコレをどうしたいかである。

 

 大きな分岐としては、二つ。このまま直さず別の武器にするか、誰の手によるかはさておき、修理を行うか。

 アイズにとっては、何かと思い入れのある武器だろう。もっとも装備キチ及びその弟子と同じレベルの愛着があるかは、リヴェリアすらも分からない。

 

 三名の視線が、アイズを捉える。俯き気味にじっとデスペレートを見つめていた彼女は静かに顔を前へ向け、言葉を発した。

 

 

「……私の、想いは――――」

 

 

====

 

 

「……それで、手前の所に来たというワケか」

 

 

 オラリオの一角、ヘファイストス・ファミリアの工房が集う場所。今までの経過をかいつまんで30秒ほどで説明したリヴェリアの言葉に、工房の主となる椿・コルブランドは静かに答えた。

 表情は彼女らしく、僅かに口元が緩んでいる。しかし打たれ暫く経った鉄の如く深く濃く赤い瞳だけは全く笑っておらず、場の空気もまた張り詰めたものが漂っている。

 

 リヴェリア達が手を貸してやれるのは、ここまでだ。ここからは一人の冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインによる意思表示と決定が必須となる。

 

 一歩前へと足を進めたアイズに対し、椿は椅子に腰かけたままで応対する。見上げる瞳に映る姿は以前にも近くで目にしたことがあったものの、どうやら彼女の記憶とは少し異なるものがあるらしい。

 

 

「例のアイズ・ナイフを取りに来た時にも感じたが……」

 

 

 かつて皮肉交じりに剣姫(けんき)の二つ名が与えられた時とは、まるで違う。外観からでは見定めることはできないと判断した椿は、アイズの言葉を待っていた。

 

 

「……私の為に、剣を、作って欲しい」

 

 

 終始のテンポが一定で落ち着いた、アイズらしい清楚な声。そこに焦りや不安はなく、ただ願いを口にする少女の姿だけが映し出されていた。

 故に椿の中では、かつてと同じ否定の感情が湧きおこらない。一度その目に力を入れ、再び向き合うことを心に決める。

 

 

 以前に向き合ったのは、遡る事10年前。彼女が当時7歳のアイズと初めて出会った、突然の豪雨に見舞われた軒下での会合。

 思えばそれから随分と月日が流れたものだと、椿は内心で当時を振り返る。どのような理由か当時の光景は未だ鮮明に覚えており、目を閉じずとも思い起こすことが可能な程。

 

 あの時に見た少女は、ボロボロの剣だった。他人どころか自分すらも大事にすることなく、疲弊し、歪が生まれ、擦り減った小さな剣は、今でも椿の脳裏から離れない。

 人とはこれ程までに疲弊するのかと、当時は彼女らしさを崩すことは無く応対したが恐れおののいたものだ。彼女とて鍛冶の鍛錬で疲弊することはあれど、比べれば可愛いものだと努力の不足を痛感した場面でもある。

 

 とはいえ、もう10年も前のことだ。自然とかつての焼き直しとなりつつあるが、同じ光景が繰り返されるならば、答えは全く異なるものとなるだろうか。

 

 

「――――問答だ。剣姫(けんき)、心して答えよ」

 

 

 静かに立ち上がって正面へと向き直り、アイズ・ヴァレンシュタインを貫く深く赤い澄んだ瞳。油断は勿論のこと、普段は振りまく陽気さの欠片も在りはしない。

 鍛冶師として、レベル5の冒険者として。椿は、アイズと言う相手を見極めようと臨んでいる。アイズもまた瞳に力を入れ、椿と向かい合って対峙した。

 

 

「何故、手前に作って欲しいなどと言う?」

 

 

 どのように尋ねようかと考えた椿だったが、自然と出てきた言葉だった。気が付けば口にしていたような状況ながらも、その言葉に、かつての光景を思い返す。

 何かの焼き直しで、以前と同じになるだろうか。そう思って、自然と下がっていた瞳を前へと向ける。それを待っていたかのように、アイズは、かつてと違って自信をもって回答した。

 

 

「貴女は、凄い鍛冶師。私もそう思うし、タカヒロさんも、認めてる。ベルが契約している鍛冶師も同じなら、間違いない」

「凄い鍛冶師ならば、神ゴブニュや主神様の方が、手前よりも上であるぞ。今まで通り、神ゴブニュに頼むべきではないか?」

 

 

 決して揺るがぬ、神々と子供たちの間にある差の大きさ。ここをどう返してくるか、椿は非常に大きな関心を抱いている。

 

 

「うん、そうだと思う。でもそれは、教えてもらって選んだ事。今までは、そうだった。これからは、私が自分で決めたいんだ」

 

 

 椿にとって、予想だにしていない回答であった。自身よりも更に上が居ると知りながらも、その上と交流がありながらも名指しをしてくれる事とは、鍛冶師にとって最も名誉あることの一つである。

 僅かな照れ隠しと相まって、どう切り返すか数秒の空白と共に悩みつつ。彼女は、かつてと同じ質問を再びぶつける選択を取っていた。

 

 

「……何故、剣が欲しい?」

 

 

 問いを投げられ、リヴェリアのように右手を下唇に当てて考え込むアイズ。折れた為という点は当然ながらも、どうやら彼女なりに言葉を考えているようであり、他の者達は見守ることに徹していた。

 

 

「難しい事は、分からないけど……」

 

 

 以前よりは自身の考えをハッキリと口にするようになった彼女ながらも、考えることが苦手な点は相変わらずだ。天然少女と言われる所以でもあり、もちろん改善の余地は見えている。

 

 場を包む、暫くの静寂。助け舟を出す為に思わずリヴェリアが口を開こうとするも、すぐ隣に並ぶタカヒロによって静かに袖を引かれ、見守る決意を固めていた。

 

 

「私は今まで、強い人達を、強いモンスターたちを相手にしてきた」

 

 

 アイズが口にし始めたのは、己の過去。レベル1、僅か7歳で剣を取ってモンスターと対峙して、レベルが上がる毎に、強い敵と対峙してきたこと。

 

 数ある通過点において、いつも仲間たちに守られ、助けられ、育てられたこと。

 

 ある程度は知っていたベルもまた、内容を耳にして瞳が沈む。来る日も来る日も戦いに明け暮れた少女の10年間は、決して耳通りの良い内容とは程遠い。

 その感想は、タカヒロとて同様だ。この者とて戦いに明け暮れていたが根底にはドロップアイテムの収集があり、それは“愉しい”という感情に直結する。

 

 

 かつてのアイズにあったのは只一つ、モンスターを恨む負の心。そして続けられたのは、モンスターと戦う意味が変わっていった事だった。

 

 

「だから、私程度の力で壊れてしまう剣じゃ、ダメ。それじゃ、ベルや、リヴェリア、タカヒロさんを、護れない」

 

 

 力の籠っていた椿の瞳が、僅かに開く。ならばと再び、かつてと同じ質問を口にした。

 

 

「剣を手に入れて、どうする?」

「強くなりたい。今までよりも、もっと強い相手に挑めるようになりたい」

 

 

 最後に辿り着くは、やはりかつてと同じ答え。しかし彼女が得意とする連結詠唱の如く、言葉には最後の続きがあった。

 

 

「――――私も強くなって、ベルが歩く道を、支えてあげたい。この先も、私を支えてくれた、皆と一緒に過ごしたい」

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが心中に掲げる、最も強い戦う理由。かつて幼い頃は持ち合わせていなかったものの、今この場では、椿・コルブランドに対して確かに示した。

 その言葉を耳にして、褐色の整った顔、その口元が吊り上がる。倒置法のような問答になってしまったが、かつてと今では“強くなりたい”の中身は全く異なる。

 

 折れていない剣。そのように比喩された彼女は、その時から今までもリヴェリアの教えによって変わってきたが、ここ1年の間に大きく変わった。

 タカヒロもリヴェリアに対して述べていたが、決して彼女の教えが間違っていたわけではない。アイズが接する引き出し、それも全くポジションが異なる者と接する引き出しが増えたからこそ、ここにきて大きな成長を見せたのだ。

 

 

「皆と過ごす時間を……失いたく、ないんだ」

 

 

 タカヒロという者に悩みの答えを貰い、自分が歩んできた今までの道が間違っていないと答えを貰った。

 ベル・クラネルと出会い、相手を知り、戦いを忘れて休むことで生まれる心身の余裕を、だからこそ発揮できる此処一番の力を覚えた。

 

 

 力を求める戦う理由は過去への恨みではなく、未来を掴み取る為に望むこと。故に、椿を貫く金色(こんじき)の瞳は今までとは彩が違う。

 嬉し恥ずかし、まさかの言葉を耳にして盛大に茹で上がっている少年と驚いているハイエルフはさておき、アイズ・ヴァレンシュタインが抱く最も強い情景だ。それを感じ取った椿もまた、先の表情を浮かべたのである。

 

 

「よかろう、気に入った。是非とも、手前に一振りを打たせてくれ。まだまだ未熟であるが、最高の得物を仕上げると確約する」

 

 

 差し出された力強い手を、少女は静かに握り返す。ここに、かつては成し得なかった専属の契約が結ばれた。

 




SO9巻、過去のアイズイベント回収。リヴェリアの方は随分と前(46話)に発生しました。

3つも10点をいただきありがとうございます!
次話ができていませんが前倒し投稿です

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