その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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随分と遅くなりました。


180話 当たり前のひと時

 

 椿とアイズによる専属の契約が結ばれた夕方。一行は工房を離れ、再びオラリオの西地区へと向かって歩いている。

 既に混み具合を伺わせる通りは、あと1時間ほど時間が過ぎたならば、ダンジョンから戻ってきた者達で混雑を極める事だろう。帰る先が居酒屋であれファミリア、もしくは己のホームであれ、もたらす活気の熱は、少し肌寒い夜すらも温めるかのようだ。

 

 それを狙った屋台や商店の賑わいも活気を見せ始め、ピークへと向けて最後の準備を進めている。それぞれが持つ多種多彩な得物の数々は、見る者の目と鼻を愉しませ、口数を多くする事だろう。

 

 時間と共に濃くなる紅の空は、深まる食欲の表れか。もう間もなくして、“夕食時”は訪れる。

 

 それでも大通りから一本奥へと入ったならば、混雑の様相も大きく緩和されている。故に大きな声を上げる必要もない為に、歩きながらの会話に打って付けだ。

 

 

「アイズ、夕飯は食べてく?」

「食べる」

 

 

 並んで歩く少年少女は、軽く顔を合わせて薄笑みを交わしている。どこにでもある普通の幸せを、ここオラリオでかみしめる喜びは、何よりの贅沢と言えるだろう。

 ベルが口にした夕飯の献立など、互いに全く考えていない。とりあえず、“ベルが食べられる”という意図ではない。

 

 恐らくは例にもれず“ジャガ丸くん”の内定は確実だろう。正直なところ二人して食献立の内容については二の次で、同じ食事の席につくことを、互いが何よりの喜びに感じている。

 

 

 

 が、しかし。その五歩ほど後ろを歩く、もう片方のペアについては、少し事情が異なるようだ。

 

 

「……アイズめ、材料の一つでも考えていれば良いのだが」

「手を出すのは無粋だぞ」

「分かっている」

「口も出すなよ」

「馬鹿者。屁理屈など行うものか、お前ではないのだぞ」

「なんだと?」

「37階層で安全地帯(セーフゾーン)を見つけた(くだり)を、忘れたわけではあるまい」

「あれはだな――――」

 

 

 此方は此方で、二人を見守る話が痴話喧嘩へと発展中。互いに向けられる物言いたげな瞳を各々の口が表現しているものの、それは互いに本音を出せる信頼関係にあるからだ。

 

 身バレ防止の為にリヴェリアがフードを付けている事もあって、周りの目を気にすることなく言いたい放題。音量こそ前の二人に聞こえない程に留まっているが、いつ進展を見せるかは神ですらも予測不可能。

 内容としては相も変わらず正論と正論が激突しているが、此度ばかりはリヴェリアが優勢の様相を見せている。いつもはやられてばかりの為に、こうして真っ向から言い返せるシチュエーションを愉しんでいるのだろう。

 

 

 痴話とはいえ、言い争う内容だとしても。二人にとって心地良い、掛け替えのない時間に変わりはない。

 

 

 互いに異なるファミリアでいる為に、会う事も話す事も数日に一度ある程度。だからこそ、ここぞとばかりに近づいているのはご愛敬。

 証拠としては、歩くたびに互いの衣服が擦れるかの如く並んで歩いている所だろう。もしも第三者がこれを指摘したならば、茹で上がったリヴェリアが即座に完成し、何故邪魔をしたと言わんばかりの殺気が向けられ事態は収束するはずだ。無事に収まるかどうかは、さして問題ではない。

 

 

「何に、する?」

「う~ん……」

 

 

 その前方、右手を顎に当てて悩み顔のベル・クラネル。とはいえ献立とは、非常に難しいタスクの一つと言って過言は無い。

 もっとも、今のアイズの問いに対して最も返してはならない回答としては、「なんでもいい」と言ったようなアバウトすぎる内容だろう。洋風、和風、中華と言ったジャンルごとに個々の好みも含めたならば、選択肢は無限大に等しい数になる。

 

 

「師匠、何にします?」

「むっ」

「そら、答えてやれ」

 

 

 故にベル・クラネルが取り得る手法は、キラーパス。ここぞとばかりに年相応の無垢な表情を使って問いを投げかけるも、これは“幸運”によって導き出された最適な回答であって悪気はない。

 ここぞとばかりついでに煽るリヴェリアは、楽し気な様相を隠せない。タカヒロ相手に強気に出ている点もさることながら、このような平凡なやり取りが楽しいのだ。

 

 

「……そうだな。鶏肉をソースに絡め、少量の油で焼き上げてはどうだろうか。油分に関する処理を行えば、リヴェリアでも食せるだろう。付け合わせは野菜炒めかサラダの類か、市場を見て決めればいい」

 

 

 本人が訪ねてもいないが、リヴェリアも食事を共にする事は決定されているらしい。照り焼きとも呼べる調理法は、ソースの分量や肉の部位を考慮すれば、油気も抑えられる一品だ。

 その辺りが考慮されている点も含め、沸き起こる嬉しさは隠せない。フードによって緩む口元が隠されている点については、彼女にとって幸運だったことだろう。

 

 

「あの皮がパリパリの奴ですか!?うわぁ、楽しみだね、アイズ!」

「うん、楽しみ!」

 

 

 花の笑顔を振りまく少年少女。付け合わせの類を話し始めている為に永くは続かなかったものの、それは肯定の類に他ならない。

 ということで、どうやらタカヒロのアドバイスによって今夜の献立は確定してしまったらしい。これを前にしては、「やっぱり他のモノにします」などと口にすることは厳禁だ。

 

 

「……との事だ。聞いていたな、失敗は許されんぞ?」

「押し付けるのか?お前も手伝え」

 

 

 そしてベルの言い回しから、自然とシェフが誰になるかも決まったらしい。互いに肘を小突き合いながら、相変わらず此方は煽りの色が見えている。

 

 

「ふふ、私たちは“客人”だ」

「良かろう。ならば、ロキ・ファミリアに対する今迄の借りを返し」

「待て、それは卑怯だ」

「卑怯も何もあるか」

 

 

 このように表現したリヴェリアだが、ロキ・ファミリアが抱えている“借り”の数々は計り知れない。例えるならば、もはや返す事も難しい。

 このような文言で済んだならばまだ希望は伺えるが、ロキ・ファミリアが自負している内容としては、それを通り越して不可能と呼べる域に達している。故に、この話を持ち出されると、副団長であるリヴェリアは返す言葉が無くなるのだ。

 

 団長のフィンも、ファミリア間における貸し借りの度合いは把握している。踏み倒すような事はしないものの、彼とて、もはや諦めの域に達しているのはご愛敬だ。

 

 とはいえリヴェリアとしては、“協力しない”つもりは全くない。今この場においては煽っているものの、それは二人の間だからこそ成立する一種のコミュニケーション、言い方を変えれば愛情表現である。

 

 

「しかしお前は、相変わらずその料理が好みなのだな」

「自分の好みだけが理由ではない、ワケあって選んでいる」

「なにっ?」

 

 

 タカヒロが口にした内容、鳥の照り焼きが選ばれた事については、捻くれ要素が隠れている。少し考えを巡らせたリヴェリアだが、どうやら答えには辿り着かなかったようだ。

 

 

「……悔しいが、分からんな。タカヒロ、教えてくれ」

「君もアイズ君も、作った事があるだろう」

 

 

 以前のサンドイッチにおいて、アイズが作っていたことを覚えていたタカヒロ。もしも此度の夕飯でベルとアイズのペアが料理担当となった場合において、アイズがリードできるよう考えたうえで献立を選択していたのである。

 もちろんアイズはそこまで気付いていない為、此度の料理担当を親二人へと渡している。ダイニングテーブルにてワクワクしながら夕飯を待つのが子供の仕事だというならば、この役割構成はピッタリだろう。

 

 

 それは、担当がリヴェリアになった場合も適用される。広い視野から生まれるきめ細やかな優しい配慮が、リヴェリアにとっては何よりの御馳走の一種なのだ。

 決して表には出さない捻くれ具合も、彼女にとってはスパイスの一つ。事の真相を知るとテンションが上がって無意識に相方の片腕を抱き寄せている所は、男にとってのスパイスの一つだろう。

 

 

====

 

 

 買い出しを終えた一行は道中の市場に寄ってから、通称“隠れ家”へと移動する。静かに流れていた平和な時間は、ここでならば輪をかけてゆっくりと流れるだろう。

 

 ともあれ、時間としても、そろそろ料理の用意は必要だ。シャキーンとでも言わんばかりに野菜カットの為に剣を取り出す仕草を行うアイズの“おふざけ”に対して、ベルが真面目に取り合っている。

 その横ではリヴェリアが調理器具や皿を取り出し、タカヒロが鶏肉の下ごしらえ。タレに漬け込む時間が短い所が玉に瑕ながらも、フォークで肉に穴をあけるなどして、どうやら時間ギリギリまで味を浸み込ませるつもりらしい。

 

 副菜としては、野菜とキノコの炒め物。照り焼きのタレが濃いために薄味とされており、包丁に持ち替えたアイズが軽快に切り刻んでいる。下味は、ベル・クラネルの担当だ。

 食感のアクセントを目的として生のレタスが用意されており、リヴェリアは此方を洗っている。「叩いた方が良いのか、伸ばした方が良いのか」など出来上がりを気にして一人ぶつくさ呟くタカヒロは、完全に己の世界に入っていた。

 

 

 このように仲睦まじい者4人で行う料理の時間など、あっという間に過ぎる事となる。楽しい時間とは瞬く間に流れるものだが、基本としては同類だ。

 それは、食事の時間についても同様と言える。パンを切り分けつつ他愛もない話に花が咲き、あれほど主張していた食欲は、深まる夜と共に何処へやら。もう暫くしたならば、次は眠気が顔を出す事だろう。

 

 

「そら、茶が入ったぞ」

 

 

 食後のティータイムと言わんばかりにリヴェリアが淹れた紅茶と茶菓子のコンボもまた、満腹中枢へのダメージ量としては無視できない。甘すぎず、かと言ってアイズやベルが飲めないようなものではない為に、自然と菓子にも手が伸びるのだ。

 

 

「そう言えば、アイズの剣、どうなるんだろうね」

 

 

 話の脈が切れたタイミングで、ベルが本日の一件を口に出す。自分自身の装備ではないものの、親しいアイズが使うという事もあり、どのような逸品に仕上がるか楽しみで仕方がないのだ。

 その実、すぐ横に居る装備キチに汚染――――もとい、教えを受けているからこその変化の具合。まだアイズやリヴェリアには伝染していないようだが、時間の問題か否かについては神ですらも分からない。

 

 

「ん――――……」

 

 

 ともあれ、話は振られたもののアイズはまったく想像がつかずにいた。5年近くの年月をデスペレートと過ごしてきた為に、いざ変わるとなっても想像すら難しい。

 そのために「大きく変わることは無いだろう」という結論に達して、話題は足早に過ぎ去っていった。

 

 

 となれば後は、今までの鍛冶師との関係をどうするかという点について。特にゴブニュに対してどのようにゴメンナサイするか悩むアイズだが、それもまた、これから生きていく為には大切な事である。

 何せ、幼い頃からアイズの武器を作り、陰ながら支えてくれた最高の鍛冶師なのだ。タカヒロが暴いた真実を知ったならば、猶更の事、「はいサヨウナラ」などとは終われない。

 

 

 その点についてはタカヒロからアドバイスが与えられており、一緒になってベルも学んでいるのは4人における日常だ。今まで世話になった事へのお礼と同時に感謝の気持ちを伝えることが、何よりも重要だと示されている。

 

 大筋としては理解したアイズだが、抱く不安は消えないらしい。本当にお世話になったことは彼女が最も分かっている事だからこそ、自分自身が選んだ道を許してくれるかと不安なのだ。

 抱く不安の心は、そのまま言葉へ。頼りになる者がきっと答えをくれるだろうと期待している気持ちが表に出るかのように、アイズはタカヒロに顔を向けて口にした。

 

 

「許して……くれる、かな」

「なに。御礼と理由、そして抱いた本音を包み隠さず口にすれば、とやかく言われることは無いだろう」

 

 

 嬉しかった言葉ながらも、何故、そう思うのかが分からない。とはいえ重要かつ己が行わなければならない事だともアイズは認識している為、何故そのように思うのかと口にして返している。

 

 

「打ち直しについて、絶対に表に出さないと言わんばかりの細工を施している程だ。それ程までに捻くれた性格をしているならば、根は真っ直ぐでなければ支えられん」

 

 

 「自己紹介かな?」と内心で思うリヴェリアとベルであるものの、理由については腑に落ちていた。そのような誠意を示す以外に道は無いだろうとも思いつつ、方針については納得している。

 

 

「アイズ。分かっているとは思うが、何かしらの手土産は必要になる」

「うん」

「僕も戦争遊戯(ウォーゲーム)のお礼で色んなファミリアを回る時に手土産を持って行ったんだ、喜ばれたよ」

「そう、なんだ」

 

 

 あとは、そのような気持ちをどのように表すか。方法の一つとして、随分と永く世話になったこともあり、手土産の一つは必要だろうとリヴェリアが進言した。

 以前の戦争遊戯(ウォーゲーム)にて挨拶回りを行ったベルは当時を思い返しており、その点についての経験談はアイズにとって励みになったらしい。ここに“手法”と“方針”が決定され、あとは具体的な物品を残すのみ。

 

 

 そして、残り一名。リヴェリアの言葉に対してタカヒロも思う所があったらしく、話の最後に考えを口にしている。

 

 

「先にリヴェリアが述べたように、御礼の品も必要だろう。(みな)で、有用な手土産を“狩って”こようか」

「うん。皆で、“買って”、こよう!」

 

 

 方針がまとまって花の笑顔を見せる、アイズ・ヴァレンシュタイン。純粋無垢な彼女は、自分で物事を決めたことへの興奮と、どのような武器になるかという期待に包まれている。

 使い慣れたデスペレートと類似したモノか、はたまた全く別の姿かたちをしたモノか。流石に剣が斧やメイスなどになることは無いと考えながらも、新しい武器への興味は尽きない。

 

 

 

 

 しかしその後方、それぞれの相方ベル・クラネルとリヴェリア・リヨス・アールヴの二人。タカヒロが口にした言葉の根底に隠された何かを察して、物言いたげな表情を浮かべていた。

 

 

 星々の光に沿うようにして微かに聞こえる、野鳥の声。数日後においては風雲が急を告げ、誰かの悲鳴に変わるかもしれない様相を呈している。

 




恒例、最後に変な事をやりだす装備キチ。以前に感想欄で頂いた「狩って」ネタを使わせて頂きました。

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