その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

19 / 255
19話 煽り運転

「ナイフの次は鎧かー……。確かにそろそろ更新したかったけど、安く作ってくれちゃって問題ないのかな」

 

 

 ガヤガヤと賑やかな広場に、少年の小さな疑問と不安は吸い込まれる。この日のベルは8階層で魔石を集め、予定通りに地上へと戻ってきていた。

 戻ってきた際にバベルの塔でナイフを受け取っていたのだが、その際に鎧の更新を提案されることとなる。本当の初期装備であり胸部のみをプロテクトしていた鎧姿は、確かに10階層へと赴くにしては貧相極まりないと言って良いだろう。

 

 もっとも、敵の攻撃の大半をナイフで受け流す彼にとっては現状のアーマーだけでも差し支えない程である。とはいえ備えがあれば憂いがないのは事実であり、そろそろ己の師匠にも相談しようかと思っていた頃合いに都合よく話が舞い込んでおり、もし過剰装備と言われたならば何かしらのアーマーを買えばいいやと考えている。

 鎧作成のついでというわけではないのだが、現在の初期装備なプロテクターは純粋な金属製ということもあって、一度融かしてから別の部位に再成型するというのが鍛冶師の説明である。この点における制作費に関しては完全にサービスとなっており、何かと貧乏性が抜けない少年は喜んで提案を受け入れていた。

 

 

 バベルの塔への用事も終わり、残りはギルドでの換金作業。魔石を中心として少量のドロップアイテムを獲得しており、こちらもそこそこの金額と交換することが可能である。査定についてはギルド側に一任することになるが、そこは換金者が持つ交渉術の見せ所だ。

 もっとも少年はそんな技術は持っておらず、言われるがままの換金である。担当側としてもぼったくるようなことはしていないため特に問題は無いのだが、どうやら今回は別の話題があるようだ。

 

 

「ああ、君がベル・クラネル君か。アドバイザーのエイナさんから伝言を預かっているよ、なんでも用事があるみたいで顔を出して欲しいそうだ」

「エイナさんが?あ、はい、わかりました。今居らっしゃいますかね?」

「自分もついさっき聞いたところだから、多分いると思うよ。いつもの受付の方だ、宜しくね」

 

 

 小袋に入ったヴァリスを仕舞うと、ベルは受付所の方へと歩いていく。波にさらわれる砂のように冒険者でごった返す夕暮れと違ってまだ人は少なく、それでも多種多様な冒険者の装備を見て羨んだり想いに耽る少年であった。

 そんなことを考えながらも、目的地にはすぐに到着する。誰かと話をしているのであろうエイナの相手が他の冒険者に隠れていることはさておき、訪ねてきたことを知らせるために少年は前へと足を運び――――

 

 

「……」

「あっ……」

 

 

 エイナが話していた相手は、いつかの5階層で助けられた金髪の少女。エイナの視線に釣られるようにして振り向いた彼女と、見開いていた少年の視線が合致した。

 

 

「ちょっ、ベル君!?」

 

 

 そして、エイナの制止を振り切って逃走を開始する。その姿が、いつかのヘファイストス・ファミリアで青年が見せたダッシュと瓜二つであったのは蛇足である。

 

 

 一方、アイズに関してはリヴェリアの助言通りにエイナを訪ねていた次第であり、まさに目の前で逃げた少年の事について聞いていた段階だ。

 

 逃走の対応をされた5階層での焼き直しだとアイズは思い、なぜ少年が逃げてしまうのかと考える。あの一件で少年が自分を怖がってしまっているというのが第一の考えだが、他に何かないかと考えを巡らせる。

 相手の反応はどうだ。アイズ・ヴァレンシュタインという自分自身を見た瞬間に、顔を赤らめる……つまり血の気が上っており、物凄い程に顔が変わり、なおかつ瞬時に逃げ出している。ダンジョンとは違って今回は悲鳴を上げることも無ければ恐怖を抱いたならば行うはずである助けを求めることもせず、即座に逃げ出すことが指し示す事実はただ1つ。

 

 

――――そっか、私と追いかけっこしたかったんだ!

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 斜め方向に発芽する天然少女の思考に対してそのようなツッコミを入れることができる者は誰も居ないが、彼女は思った以上の動きを見せる少年に対し驚愕の感情も芽生えている。瞬発力も最高速も、ミノタウロスから助けた時よりも明らかに高速だ。

 そして再度にわたる逃亡の現状がこのタイミングで思考回路に再認識されてズズーンと心が沈むアイズだが、彼のアドバイザーが「追いかけてください!」と発破を掛けたことで吹っ切れる。レベル6の脚力を遺憾なく発揮し、既に豆粒サイズ以下となった脱兎の背中を追い始めた。

 

 

――――追いつかれる!

 

 

 背中越しに感じ始めた強い気配を感じ取り内心で焦る少年は、かつてないほどの全力疾走で足に鞭を入れている。そもそもにおいてなぜ逃げているのか自分でもわかっていない彼は、とにかく彼女から離れて心を落ち着かせたい目的で街中を疾走する。

 後ろを振り返る余裕はない。相手は第一級冒険者であるレベル6なのだ、レベル1の自分が逃げ切れるわけがないのは当然である。猶更の事、目の前へと疾走することに集中しなければ務まらない。

 

 それでも、後ろから感じる勢いは物凄い速さで迫っている。もはや逃げるのは不可能と諦めると、不思議と別の感情が浮かんできた。

 それならば、その姿を目にしてみたい。自分が焦がれる人はいったいどれだけの速度で走れるのだろうと、ベルは急ブレーキをかけつつ振り返った。

 

 

「あっ」

「えっ」

 

 

 必然的と言えば必然的に、しかし行動を分析すれば当然と言えば当然に。急ブレーキをかけつつ振り返るベル・クラネルだが、実は数秒のあいだで状況が変わっている。最近問題視されている煽り運転宜しく車間距離/zeroで真後ろに付けていたアイズ・ヴァレンシュタインに自動ブレーキ制御装置は付いておらず、故に急には止まれない。

 同じ速度域から、多少とはいえ違う質量がぶつかればどうなるか。軽い方が弾き飛ばされるのは当然だが、少年はそうならないように行動を起こす。

 

 ドサリ、と倒れ石畳に背中を打ち付ける音は1つだけ。少女が傷つかぬよう庇って己の身をクッションにする少年は背中の痛みを我慢しきって目を開けると、繊細な人形を連想させる黄金の瞳が目と鼻の先に飛び込んできた。

 男が女を押し倒す――――ではなく性別からしても立場が逆であり、ライオンとでも表現すべきだろうか黄金の捕食者が子兎を仕留める寸前のアブナイ構図。獲物というよりは玩具を見つけた猫のような心境であるアイズは、何故だかベルの上から動かない。

 

 

 双方、共に言葉が生まれてこない。それでも不思議と視線は至近距離で交わっており、アイズはベル・クラネルというマットレスの上に、うつ伏せで寝ているかのようだ。偶然にも似ている互いの身長が、そんな光景に拍車をかけている。

 

 

「……暖かい」

「いやいやいやいや!?暖かいとかじゃ、っ……!」

 

 

 数秒して、天然少女の口から出た言葉がそれである。単純に興奮と緊張から血流が増えたための暖かさであるが、片やそんな知識は無く、熱源からすればそんなことを気にしている余裕はない。

 

 

 男には無い、女性特有の甘い香りが鼻をくすぐる。到底ながら同じ髪の毛とは思えない程に艶のある前髪が頬にかかり、さらりさらりと優しく撫でるように滑っていく。あと少し顔を前に出せば、互いの口は触れ合ってしまうような近さにある。

 鍛冶師の提案で鎧を更新するために預けてきたことも、この場においては悪条件に他ならない。細身とは似合わず豊満と言って良い膨らみは、夏手前であるためにあまり厚くない互いの服越しにしっかりと感触が伝わってしまっていた。

 

 ようは、ハーレムを求めている割に初心どころかド素人な少年には刺激が強すぎるシチュエーションということだ。いつかの返り血を浴びた時のように顔は赤く染まり、そんな様相を見せる少年に対し、少女は可愛らしく首をかしげて不思議に思う。なお、残念ながら追い打ちに他ならない。

 しかし、これはロキ・ファミリアの教育が原因だ。下着と見間違うようなアマゾネスの双子の少女が頻繁に行ってくるスキンシップにより、アイズ・ヴァレンシュタイン的には「これぐらい普通」なのだと脳がインプットしてしまっており特別な反応も見せないでいる。

 

 片や状況を処理しきれずオーバーヒート。片や今の行い程度は普通の類であるうえに相手がなぜ固まるのかまるで分かっちゃいない思考回路のために、物理的な煽りの次は精神を煽る対応となっている。

 結果的に少年にとって役得な光景は、しばらく続くこととなった。ベル・クラネルの逃走術が功を奏し、全く人気が無いエリアであったことが幸いだろう。

 

 

======

 

 

――――さっきのは夢だ。都合の良い夢だ。背中を打った時に頭も打ったんだ、イイネ?

 

 

 そのような内容で自己暗示をかける少年は、先ほど自分が受け止めた少女と共にベンチに座る。あまり使われていなかったのか所々が傷んだものだが、そんな細かいことを気にしている余裕は生まれなかった。鍛錬や戦闘となれば相手の隙を見逃さぬ洞察力も、ここばかりはお手上げである。

 第三者の足音と共にヒューマンへと戻ったクラネル・マットレスとその使用者は、どちらから声を掛けるまでもなく間近に有ったこのベンチに腰を下ろしている。使用者の天然少女は男に抱き着いていたという事実を今更思い返しており、随分と遅い恥じらいの心が芽生えて思考回路がフリーズしている。

 

 互いがそんな状態のために、会話がない。まるで初デートの時において話題が思いつかない時のような、気まずい空気が流れている。

 両者ともに石造の如く固まっており、意を決して口を開いたのは自己暗示が終わった少年であった。

 

 

「え、えっと、ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインさんですよね。な、何か僕に御用でしたでしょうか?」

「アイズでいいよ。みんな、そう呼んでる」

 

 

 そう言われ、彼女は何も「きっかけ」を作っていなかったことを思い出す。ベル・クラネルに会いたいと思った理由は単純な興味から来るものであり、相手の少年からすれば原因不明で突然と剣姫が押しかけてきた状況だ。

 彼女の立ち位置を過剰に言えば、ただのストーカーである。これが事案にならないのは一般的なソレとは男女関係が逆であり、追いかけられている側が彼女に憧れと好意を抱いているためだ。

 

 もっとも彼女は何を言おうかとアタフタし、咄嗟に出てきたのが己の呼び名に対する訂正内容。それでもって少年からすれば憧れの女性をいきなり名前呼びというハードルの高いシチュエーションであり、あがりっぱなしの応対だ。

 

 

「あ、そ、その、あ、アイズさん。どうして」

「ご、ごめんなさい!」

「はい!?」

 

 

 オーバーヒート気味の思考回路から出された謝罪の出だしで、相手にもオーバーヒートが伝達してしまう。なぜあの剣姫がいきなり謝罪文を口にするのかまったくもって理解できず、少年はアタフタ具合が加速し支離滅裂な動作を見せてしまっていた。

 むしろ謝るべきは、先ほど急ブレーキをかけた自分だと思っている。そんな少年は相手にどんな言葉を返すべきかと中身を吟味しているうちに、少女の口が再び開いた。

 

 

「あの、ダンジョンの5階層で……」

 

 

 続けて少女から知らされる、その一節。

 なるほど、と、少年はその時の事かと納得した。そして相手に言わせるわけにもいかないと何故だか考えが働き、恐らく正解だと考えている己の答えを口にする。

 

 

「こちらこそごめんなさい!アイズさんの獲物に横槍を入れそうになってしまって!」

「あの時は怖がらせちゃって!」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 

 内容も実際も互いに全く噛み合っていない会話らしき言葉の弾道ミサイルは、着弾地点を見失って制御不能となっている。互いに謝罪の姿勢だったもののそのやりとりで顔を上げ、やはり互いにキョトンとした表情と相成った。

 ここまできて少年は、ようやく己の全力疾走が相手に勘違いを与えてしまっていたことに気づくことになる。彼女を怖がって逃げていたように見られたのだと気付き、すぐさま否定のために口を開いた。

 

 

「と、とんでもないです!僕は全然怖がってません!ただ……」

「ただ……?」

 

 

 ただ、なに?と言いたげに、伏せ気味になる少年の顔を覗き込むこの天然少女の仕草、初心な少年にとってはなかなかに恥ずかしさ極まる所業である。

 もちろん「貴女に見惚れていました」などという本音をぶちまけるわけにはいかない少年は、フルフルと首を振るって状況をリセットしようと考える。するとなぜか己の師匠が見せる狡猾さが目に浮かび、それっぽい一文が浮かび上がってきた。

 

 

「少し前にアイズさんの剣捌きに見惚れてしまって、僕もそうなれるようにと張り切っちゃったんです!」

 

 

 中々に上出来な言い訳と評価できる程の一文である。だからと言って逃げるのかと言われれば言い返すことに苦労するが、相手を褒め称えた上で尊敬の念があることを伝えられる言い回しとなっていた。

 

 

「……そっか。あの時も、ミノタウロスを相手に、頑張ってたもんね」

「ははは……勝てる気はしませんでしたけどね……。まだまだ、実力不足です」

 

 

 トクン。

 

 そう告げられた胸の鼓動が、静かながらも強く動く。直感的に浮かんでくる一つの言葉を口にしろと、興味を持った対象を知れと、少女の本能が告げている。

 

 

――――知りたい。

 

 

 強く思う。この少年が見せた脚力は明らかに前回よりも強く、速度も比べ物にならないぐらいに向上している。レベル1だからこそ絶対的な強さは無いが、自分自身が知る常識とは懸け離れた成長速度だ。

 だからこそ。バレたならば、こってりと説教が待っていることを覚悟したうえで、彼女は次の一文を口にする。

 

 

「じゃあ……してみる?」

「……へっ?」

「鍛錬。私で良ければ、教えてあげるよ」

 

 

 一方で、己の師にはたいへん申し訳ないと思いながらも。その提案を断る決断は、少年にはできなかった。こののちに正直に事情を告げ、全く問題ではないという青年の許可を得てホッとしたのは蛇足である。

 

 時期は、そろそろ開催となる怪物祭が終わってから。少女と少年の特訓は、ほとんど誰にも知られずに始まることとなる。

 




アイズ「じゃぁ……してみる?」
↑アイズの口調でこれを口にすると破壊力がヤバいと思いマース

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。