その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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192話 仮面の人物in50階層

 

 ダンジョンの50階層において、ヘスティア・ファミリアの新人歓迎会が行われている頃。同じ50階層の外れ、直線距離では随分と離れた位置にて、灰色の木々の下を歩む一人の姿があった。

 

 頭の天辺から足元までを覆う黒のローブは、真の姿が露呈することを完全に遮断する。顔もまた同色のフェイスマスクと禍々しい文様の仮面が組み合わされており、こちらも様相は伺えない。

 それでも、年齢や性別までは分からないとはいえ、華奢な身体つきという発想を思い起こす事は可能だろう。進める歩みが見せる姿勢の良さは、普段の性格を伺わせる。

 

 

 少し趣は違えど、似たような格好をした者に“フェルズ”というアンデットの魔術師がいる。こちらはウラノスの手足となって動いている強力な戦力の一つであり、かつて18階層で互いの存在を知る事となっている。

 

 

 そう。50階層を進むのは、かつて18階層においてフェルズやタカヒロと対峙した、謎の人物。タカヒロが「(魔術師)フェルズの分身魔法か?」と純粋な疑問を抱き、偶然にも核心をついてしまった人物である。

 短剣による攻撃や食人花(ヴィオラス)を率いた攻撃を見せ、会敵から逃走までの全てにおいて機敏な動きを見せていたのは、そして特徴的なナイフを使用していたのは彼の記憶にも残る程。僅か一度の近接攻撃で己の攻撃が通じない点を見抜いているなど、判断能力も的確という評価を与えている程だ。

 

 なお、その後の会話で判明した事だが、どうやら彼の中ではフェルズのような恰好をした者など珍しく、だからこそ分身魔法かと思ったとの事だ。おかげで普段の服装がこれでいいのかと疑義を抱いてしまったフェルズだが、服の下が骨である為に、どうしようもないというのが本音である。

 ともかく、フェルズを筆頭にヘルメス・ファミリアなどのウラノス陣営や、ダンジョン内部で対峙した事のあるロキ・ファミリアがマークしていた人物だ。姿を見せたとしても足跡を残さない程に慎重である為に、どのような者かについては誰もが想像もできていない。

 

 

 灰色とはいえ木々が奏でる騒めきは、ダンジョンの内部においても同じ事。50階層は安全地帯(セーフゾーン)である為に基本としてモンスターの脅威は少なく、だからこそ仮面の人物も、少し気を緩めて歩みを進めている。

 

 張り詰めた日々の中の、微かな休息。こうして独り穏やかな空気に包まれることは、慣れてしまった陰口を忘れさせてくれる。

 

 

「……む?」

 

 

 気のせいだろうか、僅かに顔を下げて耳を澄ます。どこかには居るだろう逸れモンスターを除いて誰もいないはずの50階層に、僅かながらも金属が奏でる甲高い音色が聞こえてくるようだ。

 

 

「妙だな。フレイヤ・ファミリアは除外するとして、ロキ・ファミリアの大規模遠征は行われていない筈だが……」

 

 

 このご時世において50階層にまで進出できるファミリアは、二つに一つ。オラリオ最大勢力を誇るロキ・ファミリアか、最強と言われるフレイヤ・ファミリアに他ならない。

 フレイヤ・ファミリアが真っ先に除外された理由については、団員が同じファミリア内において争っている為。フレイヤの命令なしでは協調性の欠片もなく、だからこそ、ここ50階層に至ることはできないというのが仮面の人物の考えだ。

 

 オッタルについては例外ながらも、最近はフレイヤ・ファミリアの近くに張り付いているとの情報がもたらされている。理由については“鼻から生まれ出る赤い液体の後処理”なのだが、そこまでのプライベートは露呈されていない。

 

 真相は何れにしても、仮面の人物が最も警戒している謎のフルアーマーの人物については誰しもが情報を持っていない。一緒にいた謎のローブの人物もさることながら、あれは夢だったのではないかと思うぐらいに、僅かにも痕跡が残っていないのだ。

 その情報も含めて“友達”に接触している仮面の人物だが、希望に反して未だ収穫は皆無と言える。接触先にて稀に白髪の青年とエンカウントすることはあれど、これと言った特徴もない為に会話へと持ち込むこともなく、互いに関わりを持っていない。ロキ・ファミリアだからこそ、館には様々な人物が滞在する。

 

 

 もしも仮面の人物が、“同胞達”による情報伝達のネットワークの中に居たならば。詳細までを知ることは叶わないとしても、少しは向ける態度や警戒の仕方は違っていた事だろう。

 

 

 望めど僅かに叶うことは無い、幻想の景色。もう二度と届くことは無いと覚悟し受け入れながらも、仮面の人物は、己が抱く戦う理由を胸に活動を続けている。

 

 

 警戒といえば最近はヘスティア・ファミリアも対象になっているが、仕方のない事だろう。オラリオ史上最速でランクアップを続けているレベル4の人物がロキ・ファミリアと親しい為に、当然と言えば当然だ。

 闇派閥を中心に注目を集めているが、急造だからこそ真の脅威にはならないと、仮面の人物はあまり意識を向けていない。これについては闇派閥の中にいる実力者たちも同様らしいが、事実とは小説より奇なりとでも言ったところか。

 

 

 そんなこんなで情報が得られない仮面の人物側は、間接的に非常に大きなダメージを与えられている。おかげさまで闇派閥を中心として組織されていた体制は滅茶苦茶だ。

 オラリオだけではなく各地に張り巡らせた通路が、ロキ・ファミリアによって封鎖されただけでも、被害は大きい。今となっては、闇派閥へと流れる物資や人の流れが完全に変わってしまっている。

 

 それだけではなく、持ち得る戦力も削られる一方だ。特大戦力であったレヴィスの失踪を筆頭に、損失した戦力は、個々の実力を加味したならば4割に匹敵する程と表現しても差し支えない。

 まさか光堕ちして相手側に加わっているなどとは、僅かにも思わないだろう。オマケで誕生したペット一匹だけでも、闇派閥が壊滅する程の危険性を有している。

 

 大きく減った頭数の最大としては、天へと還ってしまった女神イシュタルが挙げられるだろう。お陰様でファミリアは解散となっており、歓楽街の影響力も激変している。

 イシュタル・ファミリアだけの話ではない。その甘い汁を吸って“裏の街”で暗躍していた者達も例外なく対象となっており、そこから得ていたメリットも、今の闇派閥には届かない。

 

 

「……ハァ。しかし、こうにも忙しくなるとは」

 

 

 故に突然と舞い込んだ業務量は想像を絶する程に凄まじく、仮面の人物も思わず愚痴を溢してしまう。1000年より前から存在していた派閥とはいえ、構成する人員には限度がある。

 今後を見据えた活動だけではなく、生じた穴を埋める作業のリミットも“待ったなし”で押し寄せる。最悪、下っ端の代わりは誰かが務まるとしても、レヴィスの代わりをこなせるのは、それこそ仮面の人物だけと言えるだろう。

 

 

 だからこそ、ここ先日において、仮面の人物は単独にて超深層へと潜り。帰路に就く中で一息付ける50階層に居る今、再び歩みを進める訳だが――――

 

 

■■(よう)

「なっ!?」

 

 

 背後の至近距離から生じる、人間ではない生き物が呟く呻き声。いつの間にか背後に忍び寄っていたモンスターに、仮面の人物は全く気付かなかった。

 

 目を見開いて間髪入れずにバックステップを見せると同時に真後ろへと振り向き、迫るであろう脅威に対応する。この辺りの機敏さと意思決定の速さは、オラリオ最強の“冒険者”であるオッタルにも引けを取らない程だ。

 強烈な寒気が一瞬にして身体を貫き、突然の出来事に対して冷や汗が溢れつつも、仮面の下で目に力を入れて対峙している。後手を取ったならば状況は刻一刻と悪化するダンジョンでのセオリーを知っているからであり、収まりを知らない焦りの中、仮面の人物はモンスターの観察に神経を集中した。

 

 

 パッと見は、4本脚の骨で出来た蜘蛛と捉えることもできるだろう。全体は骨のような印象であり、顔部分はドラゴンのような骨の構造のもので長い牙も角も見受けられる。

 持ち得る身体は特徴的であり、目にしたならば判別も容易いだろう。頭から尾の先まで全長7メートル程、手足を広げた時も同等の大きさで、背丈と呼ぶべきか地面から頭までは3メートル程があり、そこそこ大きい部類に入るはずだ。

 

 地上では“曇り空”と表現できる程の光量が照らす、ダンジョン50階層。そんな明るさの下とはいえ、紫紺の爪と深紅の双眼がギラリと光る様は、ただならぬ恐怖を演出する。

 

 

 仮面の人物は常日頃から隠密のような行動を行っていたものの、こうして看破される事は滅多にない。例外的に、気配に対して敏感なモンスターに引っかかる程度だろう。

 時たま突然の落石などに驚いて隠密が解除されてしまう点は、仮面の人物が見せる茶目っ気。その時は独り頬を赤らめ目を閉じて眉に力を入れる仕草を人知れず見せるのは、紛れもない照れ隠しだ。

 

 

 ともかく、今回においてモンスターに探知された事実は揺るがない。しかし行動を思い返して原因を探る仮面の人物だが、己に不備は伺えない。

 何故ならば。そのモンスターが探知して此処まで辿り着く事ができた原因については、仮面の人物が持ち得る常識を遥かに上回る内容なのだ。

 

 

 固有スキルと呼んでも差支えがない、ジャガーノートが持ち得る特殊な能力。同じフロアに存在する生命を探知することができ、そこへと辿り着くことが出来る。

 今回においても遺伝子レベルに染み込んだ防衛機能が働き、用事が済んで50階層へと辿り着いた仮面の人物を探知した恰好だ。どれだけ隠密に長けた者だろうとも、この能力から逃れる事は叶わない。

 

 

 今回ジャガ丸が探知した者が、もしも神の分類や、ドワーフやエルフなどをひっくるめた“人”だったならば。極端に接近でもしない限りは、飼い主の同業ということでスルーしていた事だろう。

 一方でモンスターだったならば、こちらもまた接近するまで興味を持たなかった筈だ。そしてここまで接近したならば、間髪を入れずに紫爪で魔石を穿っていた事だろう。

 

 

 このような選択こそ、ジャガ丸が持ち得る攻撃判断のロジックの一部となる。そして今回において、ダンジョンの“元”白血球は、“人でもモンスターでもない存在”を嗅ぎつけていたのだ。

 

―――――■■■(どうしよう)

 

 だからこそ、ジャガ丸の中で非常に大きな問題点が生じている。目の前の存在が敵か味方か判別するフローに対して、目の前の“仮面の人物という存在”は、全くもって該当しないのだ。

 何らかの対応を決めようにも、判断不可能。テイムされ防衛機能が弱まった影響もあるとはいえ、謎の存在を相手に飛び掛かることが出来ないのだ。なお、相手の場所へと辿り着いてから攻撃に迷っている点は、弟子の行いを見るために9階層へと駆け出し迷っている飼い主にでも似たのだろう。

 

 とはいえ同じ50階層の別エリアでは、ヘスティア・ファミリアが新米も含めて鍛錬の真っ最中。探知した存在は謎とは言え“人間ではない”点は確実である為に、こうしてやってきた己に対して躊躇なく攻撃を仕掛けてくるような危険因子ならば排除すると言わんばかりにと先制して行動を行っている。

 

 だからこそジャガ丸は、飼い主に倣って相手の動きを観察する段階に居る。今のところ相手に驚きはあれど、己に対する攻撃の感情は見られない。

 であれば“味方”かとなれば、答えは“否”。人ではない存在については、神々を除き、基本として飼い主の味方には存在しない。

 

 

 決定することができず、対応に困惑するジャガ丸。これに対して、仮面の人物の内部でも盛大な混乱が広がっていた。

 

――――なんだ、このモンスターは……。

 

 こうして独り、食料などを持たずして50階層以降へと辿り着く事が出来る仮面の人物。オラリオの地上に出回る知識と合わせれば、恐らくは世界で最も多くの種類のモンスターを目にしたことがある一人だろう。

 

 それ程の存在が今までに全く見たことのない、四つ足のモンスター。59階層までを数往復したことのある仮面の人物だが、持ち得る知識も含め、該当するモンスターは存在しない。

 幸か不幸か、モンスターに攻撃してくる気配は見られない。これもまたモンスターの常識には当てはまらなく、一方でただのモンスターではないと直感的に判断したからこそ、どう対応して良いかと困惑中。

 

 なお現実としては、ジャガ丸がヘスティア・ファミリアの構成員(ペット)という情報が遮断されている為に、仮面の人物とて認識がないだけだ。まさか、かつて闇派閥が死に物狂いで追い求めたダンジョンにおける超イレギュラーなどとは想像もしていない。

 

――――それにしても、動じないモンスターだ。

 

 仮面の人物を微塵も疑わず恐れない、確かな生き物。収まる気配なく広がる困惑というシュールな状況下にあるとはいえ、“己を恐れない生き物”とは、仮面の人物が持つ傷ついた心を少しだけ癒す存在だ。

 

 

 混乱の中で、耳鳴りかと錯覚するほど微かに響く、剣劇の雨が奏でる音色。それは、仮面の人物を現実へと連れ戻すには十分だ。

 その音がする方へと顔を向けるも、モンスターを前にしていた事を思い出す。しまった、と気付き瞬時に前へと向き直るも――――

 

 

「……」

『……?』

 

 

 仮面の人物が顔を向けていた方へと、モンスターも顔を同様に向けていた。そして疑問符を浮かべるかの如く、左右に顔を傾げている。

 そして前へと向き直り、仮面の人物に対して視線を合わせ。これまた、「何もないよ?」と言わんばかりに顔を傾げ。続けざまに前足を掲げて「何があるのー?」と言わんばかりのジェスチャーを繰り出した。

 

 

――――か、か、可愛……い、いや!

 

 

 見た目的な可愛さがあるかと問われれば、尾ひれを付けても疑問符が残る。そのような言葉は相応しくなく、控えめに表現しても“禍々しい”の言葉が適切だろう。

 それでも披露する行いについての禍々しさは欠片もなく、間違いなく“可愛らしい”。人と比べると大きな身体が行っているという点も、そのように感じてしまう原因の一端だ。

 

 

 つまるところ、“とある人物”流に表現するならば、“キモカワイイ”。

 

 

 似た感想を抱いた二人は、表現の手法が異なるだけ。ひょっとすると、感性の相性は中々に良いのかもしれない。

 キモカワイイ的な感想を抱いた仮面の人物は、危険を承知で撫でてみたい。次はどんな反応を見せてくれるのかと、“彼女”の中にある女心が顔を覗かせている。

 

 

 それはきっと、悩み苦しみぬいた数年における一時の癒しだった事だろう。やがて必ず訪れる“友”との別れという過酷な現実を少しでも忘れさせてくれた存在を、彼女は決して忘れない。

 

 

――――私は、―――――様の為に……

 

 

 彼女の中で生きる、一つの正義。己が生き続ける最も大きな理由が、先の女心をかき消した。

 

 

「……私は、行かなくては」

『……?』

 

 

 再び、「そうなの?」と言わんばかりに首を傾げるモンスター。無念そうに仮面の下で口をへの字にして悔む彼女だが、持ち得る意思は歪まない。

 一方でジャガ丸の中では、今の所、彼女は敵ではないと認識れているのだろう。素直に見送る素振りを見せており、じっと変わらず彼女の顔を見つめている。

 

 

 まるで、飼い主が出かける際に小動物が見つめるかのようだ。足に数百トンの重りを載せられたかの如く足が止まってしまう彼女は、何とかして心の枷を外そうと必死である。

 それでも、何とかして未練を振り払うかのように駆け出した。呑気に「中々速いねー」などと思い見つめるジャガ丸は、去り行く背中を見送っている。

 

 

 とどのつまりは脅威の域に該当せず、“いつでもやれる”という認識の裏返し。彼女の姿が見えなくなると、ソレを数倍ほど上回る速度でもって飼い主の下へと帰還する。

 

 

「おや、用事は済んだか?」

■■■(だいじょーぶ)

 

 

 もしもジャガ丸が言葉を喋ることが出来たならば、今回の一件は波紋を広げたことだろう。アイズ語検定においては上段となるタカヒロとて、此度においてジャガ丸が席を外した理由を汲み取ることはできなかった。

 

 

 それでも、真実とはいつか公の下に晒される。過去と今について彼女が向き合う時は、遠い未来の話ではない。


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