その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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いつもの


195話 情景を目指して

 

 深い深い藪を特大の火炎放射器で焼き払って作られた、茨の道。茨は炭化しただけで形そのものは残されており、案内人が作り出す激流に身を任せたならば、害を被りつつ進むこともできるだろう。

 

 迷える子羊を導くはダンジョンにおける災害悪、皆のペットであるジャガーノート。命の代わりと言わんばかりに五臓六腑の一つを持っていくスタイルは、飼い主に調教された為に生まれたのだろう。

 闇夜に浮かぶ三日月かの如く輝く紫爪(しそう)は、誰かの胃袋の死相となるか。予測可能・回避不可能と言えるイベントは、リヴェリア・リヨス・アールヴが居ない以上、もはや誰にも止められない。

 

 言葉を向けられたタカヒロは異端児たちに視線を送り、続いてジャガ丸へ。数秒ほど目を閉じたのちに、フェルズの祈りも空しく口を開いてしまった。

 

 

「ジャガ丸、連中の臭い(気配)は覚えたな」

■■■(イエッサ)

 

 

 ジャガ丸というモンスターは意思疎通ができる警察犬である事は間違っているだろうか。そして、どこに送り込まれるかについては、目の前に展開された紫色のポータルが答えそのものと言えるだろう。

 

 

「よし、50階層の前後だ」

「気を付けてね!」

■■ー■(イテキマース)!』

 

 

 ブン!という音と共に空気を震わせ、ジャガ丸は瞬くよりも早くリフトの中へと飛び込んでいく。生じた空気の流れが松明の炎を揺らし、揺れる影が大広間に怪しく漂う。

 ベルからすれば普通なものの、“普通”とはかけ離れた光景に、フェルズも異端児たちも、浮かぶ言葉が見つからない。異端児に至ってはジャガ丸が何を命令されたのかも分かっておらず、浮かぶクエスチョンマークは大量だ。

 

 

 ところで。タカヒロがジャガ丸に対して命令した内容は、理解というロジックを無視すれば単純な事である。

 どうやらタカヒロは、ジャガ丸を送り込んだ理由を説明するようだ。嫌な気しか芽生えないリリルカとフェルズだが、聞かない事には八方塞の為に仕方がない。

 

 

「ジャガ丸は、非常に優れた嗅覚(レーダー)を持っている。同じ階層という限定的な条件はあるが、残ったモンスターの一体すらも、何処に居るかを探知できる」

「あ、58階層と59階層のモンスターを一掃した時に発見したやつですか?」

 

 

 右ストレートに続いて、ベル・クラネルのジャブ攻撃。災害悪と言われたジャガーノートがそれほどまでに危険な能力を所持していたのかと驚愕するフェルズだが、残念ながら此度においてはジャブの部分が問題だ。

 驚愕が上書きされる、奇行の類。異端児(ゼノス)達が族滅する危機、すなわち族滅する(ゼノす)が動詞になりかねない状況は、宇宙を創造したと言われる原初の神にすら影響を与えてしまう程に強烈だ。

 

 

「……58階層や59階層に、オレっち達の仲間が居なかった事を祈るぜ」

「58階層、行けないから……わからない」

「リドさん達も、今度一緒に行ってみます?」

「え?」

「え?」

「ベル様……」

 

 

 そんな奇行を素直に受け入れる異端児たちにも、当然と呼べる心配が渦を巻く。一掃とは文字通りであり、ジャガ丸の能力も含めて素直に受け取るならば、残存しているモンスターは皆無となる。

 彼等異端児の仲間たちが居たとしても、例外として生き残っている確率は少ないだろう。ジャガ丸が先に見せた戦闘能力からすれば、勝機など欠片もありはしない。先に貰った魔石の一部はコレが原因かと、リド達の胃が共鳴した。

 

 ウラノスからは異端児(ゼノス)と呼ばれる彼等だが、まさか自分たち以上に異端(カオス)な者達と顔を合わせるとは夢にも見なかった事だろう。

 

 

 畏怖が滲み出す会話が続いて何やかんや、おおよそ5分が経過した時。彼等は、リフトから現れた更なるカオスと向き合う事となる。

 

 

■■■■(捕ったど)――――!』

「ブモゥ……」

「あ、アステリオス!?」

 

 

 軽く叫ぶジャガ丸に引きずられるように、鎧に身を包んだミノタウロスが、涙目かつボロボロの姿で連れてこられる。恐らくは交戦したのだろう武具は大きな損傷と数多の傷がついているが、いかんせん相手が悪すぎる。

 リドがアステリオスと呼んだ存在もまた、異端児の一人。“とある願い”を叶えるためにダンジョンの深層に一人潜り、ただひたすらに、決戦の場を求めて自己鍛錬を重ねてきた。

 

 

 とでも記載すれば見栄えは良好だが、早い話がオッタルの異端児バージョン。例に漏れず此方も筋肉モリモリ、マッチョマンのヘンタイだ。なお、ソロで深層へ赴くという意味のヘンタイとなる。

 

 

 持ち得た気高き闘志も何処へやら。主の命令で49階層を疾走していたジャガ丸と対峙して、こうも綺麗に無力化されてしまった為に戦意はナイアガラの滝の如く降下中。

 夢見心地に浸っているところに、窓ガラスが破裂するレベルで大音量の目覚まし時計を鳴らされた格好だ。がしかし抵抗をしようにも、手足を縛られたかの如く“手も足も出ない”のだから、どうしようもない。

 

 ともあれ、まさかの登場に驚いたのはリド達一行だが、それもそのはず。アステリオスは常に単身で行動しており、50階層近くの深層にまで進出できる能力を有しているのだ。

 つまるところ“ジャガ丸”と呼ばれていた存在は、それを軽々と上回る。ソレを使役しているトゲトゲ鎧の存在が“べらぼうに強い”事は聞いていたリド達だったものの、コレを更に上回るのかと想像して怯えてしまっている状況だ。

 

 

「なんだ、既に面識があったか」

■■■■■■((´・ω・`)ソンナー)

 

 

 なお此方については、相も変わらず呑気な様相。続けざまに「誰コレ」的な内容をリド達に聞いてみると、アステリオスは最近加わった上に、異端児の中でも少し特殊な存在らしい。

 リド曰く、出会ってから瞬く間に――――どこぞの兎と違って大ジャンプするようなことは無いが、あっという間に強く成長していったらしい。

 

 とはいえ、その行いは度が過ぎていた。傍から見れば昔のアイズ・ヴァレンシュタインのような、ダンジョンにてモンスターを狩る為に生きているような状況と言えるらしい。

 

 理由を聞いてみれば、いつも夢を見るとの事。たった一人の相手、待ち望んだ好敵手と、互いの全身全霊を賭けて刃を交わす。

 

 

 そのような決闘において、悔いを残さない為。相手に失礼が及ばぬよう、モンスターながらに武を究めんと深層にて鍛錬を続けてきた。

 何時になるかは分からない。しかし相手はきっと、己の願望に応えてくれる。最後はアステリオスの口から、これらのような言葉が出されたのだ。

 

 

「まさか――――」

 

 

 一連の言葉と相手の出で立ちから、ベル・クラネルは察していた。

 

 

 レベル1の身において、ロキ・ファミリアのパーティーを逃がした試練の場。互いに死の瀬戸際にまで体力を使い果たしつつ、紙一重で勝利を刻んだ9階層。

 アステリオスとは、あの時のミノタウロスなのだと。それが何故このようなカタチで異端児となり再び現れたかはベルの常識では計り知れないが、こうして現実として起こっている以上、受け入れなければ始まらない。

 

 情報をザックリと纏めるならば、相手は自分との戦いを望んでいる。かつて一度戦った相手、“夢”だろうとその記憶があるならば、9階層と同じ小手先の技術は通じない。

 絶対的な実力差と相まって現状で戦えば間違いなく負けるだろうが、最低でも手足の一本は持って行く。そんな覚悟でもって当たるべく、ベル・クラネルはアステリオスに対して睨みを利かせていた。

 

 

 しかし――――

 

 

「待て、ならば猶更のこと問題だろう。このミノタウロスの武器を、ジャガ丸が壊してしまったではないか」

 

 

 感傷に浸る一行の片隅。異端に慣れた者は、目の付け所が根本的に違うのだ。アステリオスがベルと戦うために転生した事実を全員が知ったというのに、全く方向違いの一つに気づいたレヴィスは、どうするのだと言わんばかり飼い主へとジト目を向ける。

 自称一般人は即座に視線を逸らした。しかし回り込まれ、普段のお返しと言わんばかりに逆サイドからリリルカが物言いたげな瞳を通している。

 

 レヴィスの一言で、空気は明らかに変わってしまった。何が起きるのだと言わんばかりにキョロキョロする異端児たちだが、耐性がない為に仕方がない。ロクな事にならない気配を察知して嫌な汗が滲み始めた、フェルズやリリルカを見習おう。

 

 ともあれ、どうにかしなければならない状況、パート2。ベルの手前でもある為に、タカヒロにとって逃げ道は許されない。

 

 

 一つ。孤高の戦士は、ベル・クラネルとの戦闘を望んでいる。

 一つ。折れてしまった大剣は手入れもされておらず、基礎的な能力も非常に低い。

 一つ。彼が50階層で鍛錬する程の実力者ならば、相応の武具、それも大剣が必要だ。

 

 

 

 と、いうことで。

 

 

 

「了解した、ツケは払おう。アステリオスと言ったな。ベル君と一緒に、“ちょっと深くまで潜ろうか”」

 

 

 発動する無慈悲な連行、“ちょっとツラ貸せ”。誰もが“せき止める術”を持ち合わせていない為に、どんどん悪化する激流の方向性。

 濁流に飲み込まれる者は幾つか居り、害を被る程度の大きさは様々だ。此度に生じた濁流は、それほどまでに強力なのである。

 

 地上に降りてきた神々ですら、目的地へと向かう流れから逃れる(すべ)を持っておらず。激流に身を任せサーフィンしている鍛冶の女神や、真正面から受け止めている炉の女神など対処法は様々だ。

 しかし“流れ”とは、向けられる先が存在する。此度の激流が到着したのは、37階層における広間であり、オラリオにおいても有名な場所であった。

 

 

 毎年一度だけ開かれる、地区を挙げての祭りかの如く。市街地を激走する神輿(戦車)を止めることができるのは、オラリオにおいて片手で数えられる程。

 故に、ストッパーなんて居やしない。結果は火を見るよりも明らかで、そもそも戦いと呼べる状況とは程遠いのが現実であった。

 

 

 ダンジョンを下って上り、場所は37階層の広い場所。ここには、つい数日前に生まれ落ちた存在が住まう場所だ。

 

 

■■■■■■(Uwaaaaaaa!?)

 

 

 世帯主で階層主ウダイオス、襲い掛かる圧倒的な絶望と理不尽を前に迫真の雄叫び。アステリオス宜しく前回の戦いを覚えていたならば、なんで輪をかけて強くなっているのだと猛抗議していた事だろう。

 もっとも現実としては数秒と持たずに決着がついている為に、思考の暇などありはしない。昆虫に属するセミ程ではないが諸行無常、長い時間を要するリポップに対して非常に儚い命であった。リポップ地点が決まっているモンスターのうちレアドロップを伴う存在とは、リポップ直後に狩られる運命なのである。

 

 

「……何だ、“あれ”は」

■■■■■(ナンダロネー)

 

 

 常識から外れに外れた光景を目にしたアステリオスは、いつかのエルフ娘と同じ表現を口にする。今回は苦笑回答を行っていないベルだが、ドロップした“ウダイオスの剣”に興味が向けられている為にスルー安定。結果、答える者は誰も居ない。

 同じモンスター仲間だからか、ジャガ丸も同意の意見を返している。更には以前において中庭でダメージ100%カットや報復ダメージの片鱗を体験していたため、誰かさんが持ち得る理不尽さについて嫌という程に知っているのだ。

 

 

「あ、師匠。ドロップですよ、ドロップ!」

 

 

 そして最後の理不尽、幸運(チート)持ち。此度においても超レアドロップ“ウダイオスの大剣”がドロップしており、タカヒロも内心ではニッコニコ。

 しかしながら、以前の物と全く同じというワケではないらしい。インベントリより前回ドロップした物を取り出して並べると、少しだけ考える動作を行った。

 

 

「……ふむ。そうだ。ベル君、目利きをしてみるか?」

「あ、是非是非。むーっ……」

 

 

 二本の大剣を手に取って目を細め、じーっと見比べるベル・クラネル。1分程して、やや首を傾げつつも、「こっちかな」という言葉と共に、質が良いと判断した剣を少し掲げた。

 ちなみに彼の目利きは正解であり、完全な上位互換ではないものの、タカヒロもまたベルが示した方を選んでいる。要した時間の差については、それぞれが持ち得る目利きの差と言った所だろう。

 

 

「そら、こちらは君が使え」

「何ッ!?」

 

 

 アステリオス、まさかの展開に激しく動揺。ベルやジャガ丸に対してキョロキョロとせわしなく交互に顔を向けるも、互いに雰囲気は穏やかだ。

 危険とされるモンスターに強力な武器を与える事に、まるで躊躇の欠片もない。難しい事は分からないアステリオスだが、その程度の事は分かる為に、素直に武器を受け取れず落ち着きを隠せない。

 

 

 そこに、タカヒロからの言葉が突き刺さった。

 

 

「今現在における絶対的な能力ならば君が上だ。しかし勝てると決まっている戦いに、得るモノは然程ないだろう」

 

 

 それは、アステリオスとて知っていた事。現時点におけるレベル差を示すならばアステリオスがレベル7終盤で、ベル・クラネルは一応ながらレベル4。

 一般基準からすれば異端と呼べる後者とて、流石に3レベル差の戦闘は覆せない。フィンやガレスなどとの戦いで本人も嫌という程に感じており、一方でベルもアステリオスの実力がオッタルに匹敵する事を感じ取っている為に、否定の類は行わないでいた。タカヒロだけが知る“隠された概算”も、判断に影響しているのは言うまでもない。

 

 

「英雄と呼べる存在との戦い。死力を尽くした決闘を望むならば、もう少しだけ待っていろ。そして先の未来、君が力を付けたベル・クラネルとの戦いを望むならば、君もまた死に物狂いで強くなれ」

 

 

――――さもなくば、勝負にすら成り得ない。

 

 

 強者の一挙手一投足を目にするたびに強く成る存在、アステリオスが望む決闘の相手。それを育てる者が口にした最後の一言は、アステリオスの闘争本能に火をつけた。

 先に見せた圧倒的な力を持つ者が口にした内容だ。持ち得る洞察の力が誤差を含めて捉えてしまう事はあろうとも、大きく外れることなどありはしないとアステリオスは受け取っている。

 

 

 まるで拘束を解かれ、赤い布を見せられた闘牛のよう。青年を見返す瞳もまた凛々しく、それこそ並の冒険者など話にならない程の猛々しい闘志を抱いている。

 まだ一度とて、刃を交えた事こそないものの。望む好敵手が身に着ける実力を、アステリオスは全身をもって感じ取っていた。

 

 

 

 少し先の未来がいつになるかは、今この場に居る誰も分からない。しかしそれはきっと、どちらにも悔いが残らない伝説的な戦闘となるだろう。

 

 

 

 

 

 そして久しぶりに誉められて、ニッコニコの笑顔を振りまくレアリティ最上位なベル・クラネル。故にバベルの塔の最上階で発生している流血騒動は、以下同文につき省略する。


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