その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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196話 大迷惑で器の小さな争い(1/2)

 

 オラリオにおいて、バベルの塔の次に目立つ建物の一つ、黄昏の館。西洋の城とでも呼べるような外観と建物の規模は、オラリオに住まう者のなかで知らない者が居ない程だ。

 館に住まうロキ・ファミリアのメンバーたちは、今日も思い思いの一日を――――とはいかないメンバーも数名おり、主に“幹部”と呼ばれているロキ・ファミリアの主力メンバーである。

 

 基本として、戦闘力を基準に選ばれ構成される幹部メンバー。ファミリアとして失った武器や防具の調達をはじめ、“(きた)るべき戦い”に備えて余念がない。

 

 

「ガレス、そこの発注書に書かれているポーションは?」

「どれ。……おお、これか。今日、ティオネ達が取りに行くと言うとったぞ」

「分かった。それじゃぁ、こっちの魔剣も明日には納品される予定だし……ラウル。先方に出向いて、納品の時間などを打合せしておいて欲しい」

「了解っス!」

「道を間違えたなどと言って、歓楽街に行ってはイカンぞ」

「む、無駄話してる場合じゃないッスよ!」

 

 

 あの時はコッテリと絞られたハイ・ノービス、どうやら自重しているようである。とはいえ彼も健全な男である為に、節操を持てば歓楽街通いも問題は無いだろう。

 

 此度の補給については、団長のフィン自らが指揮を執る程の気合の入れよう。近々訪れるだろう戦いで己が主役になることは無いと感じつつも、それでも、闇派閥に対する己の作戦を遂行すべく、気合と覚悟は十分だ。

 

 大事なのは方法ではなく己の覚悟だと、答えの一つを確かに貰った。その結果について評価するのは周囲が勝手に行うだけだと、一つの事実を教えてもらった。

 

 だからこそ、小さな勇者は迷わない。今やろうとしている事の結果については、そもそもトライしなければ生まれない事など承知している。

 例え周りがどう言おうとも、それが正しい事だと信じている。本命へと繋げる為にヘスティア・ファミリアに対しては公にできないが、ロキ・ファミリアの内部では全員がフィンの意見を支持しており、だからこそ、準備の全体はファミリア総出で行っている。

 

 

 倉庫の奥の方では、アイズやリヴェリア達も準備の手伝いに余念がない。リヴェリアが作業中という事で、例にもれず幹部ではないエルフ達も作業に加わっているのは日常だ。

 今回の作戦はロキ・ファミリアを挙げての内容だからこそ、抱く決意と覚悟も非常に大きい。作戦が伝えられて以降、ファミリアを構成する個々の中でも、日に日に大きさは増している。

 

 

「しかし、これだけの作戦をヘスティア・ファミリアの方々に伝えないとなると、なんだか抜け駆けしているようで罪悪感が芽生えますね」

「仕方ないですよ。伝えない理由にも納得できますし、何より団長の指示ですから」

 

 

 手を動かしながら、ロキ・ファミリアの団員が口を開く。会話が耳に入ったアイズとリヴェリアも気持ちは同じであり、他ならないフィンの作戦であり指示だからこそ、秘匿の内容を厳守している。

 

 

 本当は、胸の内にある覚悟を“相方”に伝えたい。そうしたならば、どのような苦境だろうとも、きっと真っ先に駆けつけてくれるだろう。

 

 

 名実共に、二人にとって“絶対”の存在。そう信じているアイズとリヴェリアの考えは正しく、もしも作戦が漏れたならば、白髪の二人が黙っていることはあり得ない。

 それでも、同盟先という事でヘスティアには作戦の内容などが秘匿厳守と共に伝えられる事になっているが、そこまでの話である。ヘスティアとは付き合いが短く薄いためにロキ程までに信用はできないが、作戦が漏れることは無いと、フィン・ディムナは信じている。

 

――――ロキは、ちゃんと伝えているか、近日中に伝えるだろう。大丈夫、予定通りだ。

 

 立案がここ最近だった為に伝達について確認できていないが、ロキならば大丈夫。そう思いながら各作業員へと指示を飛ばすフィンの後ろで、噂をすれば影が差した。

 

 

「おー、フィン、ガレスぅ。ここにおったかぁ。リヴェリアたんどこや~?エライ事やで~」

 

 

 はてさて、今回は一体どれだけの量を飲んだ事なのやら。同類の事を思う面々は、酒に酔い潰れた己の主神に物言いたげな目を向けている。

 一行が汗水を流して仕事をしている事も、要因の一つだろう。自由時間に酒を浴びることは自由とは言え、少しでも気遣いの心が残っていれば、今、フィン達の元へとくることは無いはずだ。

 

 特に生真面目なエルフ達は、物言いたげを通して軽蔑の一歩手前に迫っている。そんなエルフ達の気を静めるように、肩を――――叩くには身長が足りておらず、仕方がない為に背中を軽くたたいて気配を鎮めると、フィンは一歩前へと出た。

 

 

「今日はまた随分と酒の臭いが強いね。どうしたんだい、ロキ」

 

 

 そんなロキと共に、事件とは予告なくやってくる。ハァと、アルコールに毒された溜息を吐くと、手に持っていた瓶を再び煽り、思いつめたような口調で言葉を発した。

 

 

「えらいこっちゃやで……。フィーン、ガレスぅ、戦争やあ……」

「えっ、戦争?闇派閥との戦いかい?」

「ちゃ~うちゃ~う。始まるで~、戦争遊戯(ウォーゲーム)やあ」

「ちょっと待って欲しい。ロキ、突然じゃないか?」

「はて、どこか争っとる所はあったかのう……」

 

 

 フィンの驚きやガレスの呟きも、もっともだ。少し前はフレイヤ・ファミリアと争っていた事もあるロキ・ファミリアだが、ここ3年ほどは平和そのもの。

 オラリオにおいて最も大きなファミリアである為に妬みの類は尽きないだろうが、だからと言って問題があるわけでもない。その為に、フィンもガレスも見当がついていないのが実情だ。

 

 

「いや、僕は認知していない。ロキ、どことやるんだい?」

「聞ぃて驚きやあ。うちはぁ、覚悟決めたで。相手にもぉ通達済みゃ」

 

 

 呂律が回っていないものの、ロキから飛び出した覚悟という言葉を耳にして全員に緊張が走る。ロキ・ファミリアが覚悟を抱く相手となれば、フレイヤ・ファミリアぐらいのものだろう。

 しかし闇派閥の討伐を前にした今のタイミングでやるのかという思考が各々を過り、疑義が脳裏から離れない。かと言って誰しもが情報を持ち合わせていない為に、疑念は膨らむばかり。何故か親指が震えだしたフィンは、まさかと、最もヤベー奴が居るファミリアの名を連想してしまっていた。

 

 

 10秒ほどガヤガヤとしたざわめきが広がったのち、皆が一斉にロキを見る。まるで待ってましたと言わんばかりに、ロキは相手のファミリアの名前を口にするのであった。

 

 

「何処かってーとなぁ――――」

 

 

 ところで。オラリオで最も油断ならないのは、神々である。

 何故ならば、突拍子もない事を実行したりするからだ。そこに酒などが加わった日には、輪をかけて酷い事となるのは言うまでもない。

 

 

 

 

「ヘスティア・ファミリアや」

 

 

 瞬間。その場にいたロキ・ファミリアの全員がロキに飛び掛かり、どのような意図かと叫びながら羽交い締めにしたのは言うまでもないだろう。

 言葉が届いていたのか奥から全員が駆け出してくると共に、そこかしこで混乱と状況確認の言葉が飛び交う戦場。様々な思いで数名は頭を抱えると共に、団長のフィンは、どう落とし前を付けたものかと胃の辺りがキリキリと痛み出している。

 

 

「グフェ!ちょっ、ガ、ガガレス!ギブ!ギブギブや!!」

「どのように責任を取るつもりじゃ!!」

「どのような料簡(りょうけん)だ、ロキ!!」

「リヴェリア、アイズ、万が一の時は頼んだよ……」

 

 

 後ろからやってきたリヴェリアが、ガレスのプロレス技でシメられるロキに対して強い言葉を浴びせている。誰一人としてロキの虚言である可能性を疑わないのは、問題の行動こそあれど、信頼の証と言えるだろう。

 だからこそ胃が痛み始めるフィンをはじめとした皆々にとっては、恩を仇で返す行為に他ならない。各自が持ち得るプライドや良心は勿論、ファミリアの名誉すらも地に落とす行為だけは、絶対に避けなければならない状況だ。

 

 

 立ち向かうために用意を進めていた。“(きた)るべき戦い”。それがヘスティア・ファミリアとの戦い、絶望への挑戦と言うのは、絶対に間違っている。

 

 

「ええい、何故このような事に……」

「リヴェリア、実は……」

 

 

 で。何がどうなってこうなったか、どうやらアイズは経緯の辺りを知っているらしい。

 瞳を開いたリヴェリアがアイズに詰め寄るも、「たぶん」程度で言葉が止まり、反応の続きは見られない。何か言いたいことがあるのか、過去一番に無表情と呼べるハイライトの消えた瞳を、真っ直ぐロキに向けていた。

 

 

「ロキ……」

「あ、アイズたん、助けてくれはるんか!?」

 

 

 溺れる者は藁をもつかむ。なぜかと言われれば、だからこそロキは、先のような希望的観測に至ったのだろう。

 アイズは普段の表情こそ薄いながらも最近は違っており、此度においては最も顕著。まさしく“ゴミ”を見るような瞳を向けて、次の一文を吐き捨てた。

 

 

「最ッ、低」

 

 

 おお神ロキのメンタルよ、しんでしまうとはなさけない。そしてどこか喜ぶとは輪をかけて情けない。

 

 瀕死となったロキが運び出され、庭先に吊るされてから暫くして。本当に死んでしまわないよう監視役となったベートを除いた幹部たちを前に、アイズがたどたどしく経緯を話し始める。

 

 

「アイズ、やるじゃ~ん!」

「ティ、ティオナ……」

「そういう事か。嗚呼、僕としても、もちろん応援しているよ。」

 

 

 途中から頬を赤くしつつ、ティオナに抱きつかれ揶揄われるなどしてアイズは顔面トマト少女。どうやら原因は、アイズとベル・クラネルの仲にあるようだ。

 

 

========

 

 

 時は数時間ほど巻き戻り、とある小さな酒場の一角。規模は小さけれど個室を備えるこの店は、時折、大物も訪れる程の隠れ家である。

 値段はお世辞にも安いとは言えないが、その分、客のプライバシーについては守られている為に密会にはおあつらえ向き。料理や飲み物の質も上々であり、豊饒の女主人とはまた違った人気を博している。

 

 とはいえ酒場とは、読んで字のごとく酒が提供される場を示す。程度はあれど飲めば酔うのは理であり、それは神々に対しても同じことだ。

 

 夕暮れ時まで黄昏の館の自室で飲みあかし、千鳥足でヘスティア・ファミリアへと辿り着いたロキ。そのままヘスティアの腕を引っ張って拉致すると、先の居酒屋へと入ったワケである。

 ロキの奢りと自称していた反面、勿論、ヘスティアに対しても酒が出される。なんだかんだ言いくるめられて、ヘスティアも喉を潤していた。

 

 

 ロキが本題を切り出し叫びへと変わったのは、入店後、暫く経っての事である。

 

 

「アイズたんな……ベル・クラネルと二人暮らしが、してみたいんやとおおお!!!」

 

 

 アイズとは違う要因で顔面トマトになったロキが、ビールジョッキを木製テーブルに力強く叩きつけながら叫び、反動と言わんばかりに酒を煽る。これが神かと言われれば、万人が否と返すだろう。威厳など影も形もありはしない。

 

 

 毎日ではないけれど、人知れずして二人暮らしを始めたハイエルフ。そんな彼女を見ていたアイズは、リヴェリアが纏う“柔らかさ”が増していることを感じ取っていた。

 

 彼女がよく知る九魔姫(ナインヘル)とはまた違う、年上で頼りになる女性が見せる、優しい表情。

 きっと、本当に楽しいのだろう。自分もあのように過ごせたらと、自分もそのようにありたいと、恋する少女が心に花を咲かせている。

 

 

 かつての両親が語ってくれた、英雄と過ごす掛け替えのない時間。

 

 

 それは、物心ついて間もない少女の瞳に、どれだけの輝きを与えただろう。

 

 

 そして、訪れた過酷な現実は、どれだけの輝きを奪っただろう。

 

 

 今より9年前の冬に、ワケあってロキ・ファミリアへと入った一人の少女。主神ロキの目に映った少女がどれだけ傷ついていたか。今となっては誰しもが、あまり思い出したくない光景の一つだ。

 そんな少女は仲間に恵まれ、僅かに歪んだ心を持ちながら育ち――――1年前、彼女にとって、英雄と呼べる存在と出会った。

 

 

 ついでにワケの分からないお父さん役も居たのは居たが、彼女にとっては、英雄の存在がとても大きい。どこか不器用ながらも彼の為に戦う事も家事全般も頑張ると気合を入れる健気な姿は、間違いなく彼女にとっての原動力に他ならない。

 関係を知った神や人々の誰しもが、そんな二人を祝福した。胸の内に秘めた思いが通じずに悔やむ者こそ居れど、少年や少女を恨む事は行わない。

 

 

「せやけどもな――――」

 

 

 が、しかし。アイズ・ヴァレンシュタインを目の中に入れても痛くないと自負する主神ロキは、心のどこかで――――言ってしまえば、将来の話とは言えアイズを嫁に出すことに抵抗がある模様。

 そこに多量の酒がインストールされた為に、ヘスティアと犬猿の仲だった頃のロキが顔を出してしまう。いつか酒を煽って大変な目になりかけた事を筆頭に、何故か都合の悪い部分だけを忘れてしまうのが酒という飲み物だ。

 

 

「アイズたんは渡さんでええええ!!」

「こっちこそ!ボクの可愛い可愛いベル君を、渡してたまるかあああ!」

 

 

 そして付き合わされていた結果、此度のヘスティアも今現在は“酔っ払い”。普段ならばベルの幸せを願って真面目に検討する所だが、こちらもロキと張り合いたいという、齢〇〇億歳な子供心が表へと出てしまった。

 

 

 宜しい、ならば戦争遊戯(ウォーゲーム)だ。事が生じた後先を1ナノメートルも考えない神々によって、突発的に決定された戦いである。

 

 

 巻き込まれしは、それぞれのファミリアの子供達。親の責任は子供が取れ、などという言い分は、絶対に間違っている。

 




お酒は程々に

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