その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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203話 トロイのエルフ

 

「まだ根に持っているのか、リヴェリア」

「……」

 

 

 天然少女の名に恥じないボケを炸裂させたアイズが、ベルとリューの首根っこを掴んで逃げるように店を出てから数分。膨れっ面で片肘をついて行儀悪く果実ジュースに口を付けるリヴェリアを横目見ながら、タカヒロは火山活動の終了を待っている。

 それでも“ヒュゴオオオ”などと無粋な音を立てて飲まない辺りは、ギリギリで教養の良さが残っていると言えるだろう。タカヒロが宥めるように頭を撫でると、火山活動も収束の傾向に向かっている。

 

 やがて青年の肩にもたれ掛かるリヴェリアだが、暫くすると突然「帰るぞ」と言って立ち上がる。何が感情変化の基準となっているのか未だに分からないタカヒロながらも、「女心なんてそんなものか」という偏見と暴論を抱きつつ彼女の横に並んでいた。

 会計を終えて街中を進み、黄昏の館へと戻ってくる。場に居たエルフたちの深い礼を横目に二階の廊下を歩いていた時、ふと鍛錬場の方から魔法による爆発音が響いてきた。

 

 

「おや、この魔法はレフィーヤか」

「よく分かるな」

 

 

 魔力を感じたのかどうかまではタカヒロには分からないながらも、リヴェリアは、鍛錬中の者がレフィーヤであることを感じ取ったようだ。横で「そうなのか?」と続けざまに問いを投げるタカヒロは、ただの爆発音にしか受け取れない。

 肯定の言葉を返すリヴェリアの横で注意深く耳をすませば、僅かに金属音も木霊している。そしてそれは刃と刃がぶつかるような音ではなく、例えば棍棒同士がぶつかるような鈍い音であった。

 

 

「魔導士であることを考慮すると……杖同士がぶつかる音、だろうか。魔法と同時となると並行詠唱を行っていることになるが、レフィーヤ君も、並行詠唱を取得していたのか」

「ああ。極最近の事だったらしいが、戦争遊戯(ウォーゲーム)があった頃から密かに知己のエルフに学んでいたらしい。私も驚かされた」

 

 

 何かを行いながら魔法の詠唱を行う、並行詠唱。これができるならば一流と評価される程のモノであり、鍛冶職人が“鍛冶”のアビリティを求めるのと同じぐらいに重要なものとなっている。

 リヴェリアの教導が始まった頃にタカヒロが学んでいたことの1つなのだが、同時にレフィーヤがソレをできないことも聞かされていた。リヴェリア曰く高等技術の中でも一、二を争うものであるために、難易度は非常に高いものとなっている。

 

 しかし現状は変わっており、手始めながらも既にレフィーヤは並行詠唱をモノにしているらしい。その実がどこぞのベル・クラネルに負けないようにと躍起になっていたことまでは知らないが、弟子レフィーヤの成長を嬉しげにタカヒロへと報告している。

 繰り返しになるが並行詠唱の取得は最も大きな山場の一つであるために、嬉しさは一入(ひとしお)なのだろう。無意識のうちに口数が増えており、タカヒロも視線を合わせて相槌を打っている。

 

 

 丁度その時、先程頭を下げていたエルフの一人が近くへと歩いてきた。リヴェリアが名前を呼ぶと、静かな駆け足で近寄って頭を下げている。

 敬意を払っていることの証なのだが、そのエルフにとってはドライアドの祝福を受けているタカヒロもまた同等の扱いと言えるだろう。そのために動作は丁寧なものとなっており、終わるとリヴェリアが問いを投げた。

 

 

「鍛錬場に居る者を知っているか?レフィーヤだと思うのだが」

「仰る通りです、リヴェリア様。しかし……」

「む?どうした」

 

 

 妙に歯切れの悪い回答となったために、リヴェリアが問いを投げる。三人にしか届かない程の音量で口に出された回答、レフィーヤと一緒に居る者についての内容。

 それに対してリヴェリアの片眉が少しだけ歪み、タカヒロがクエスチョンマークを浮かべていた。オラリオにおいては数多くの者が知っている内容でも、その青年にとっては全く聞いたことのない名前である。

 

 そのためにリヴェリアは、6年前に発生した事象に関する簡単な概要を口にしていた。横に居たエルフも相槌を打っており、内容の正しさを証明している。

 アストレア・ファミリアの最後やレヴィスを思い浮かべるタカヒロだが、逆にそれらが口に出されることはない。そのエルフと別れると、二人は木々の影から鍛錬場が見渡せる場所へと足を向けた。

 

 

「ここだ。向こうからは相当に注意しなければ見えないが、逆に此方からも見づらいぞ」

「問題があれば移動しよう、用心に越したことはない」

「そうか、分かった」

 

 

 備えあれば嬉しいな――――もとい、憂いなし。石橋をたたいたら壊してしまいそうなタカヒロは鍛錬の邪魔をするつもりはないようで、遠くから確認するに留めるようだ。

 木々の隙間から覗く視界には、二人のエルフが近接戦闘を行う光景が映っている。片方はレフィーヤだと直ぐに分かったタカヒロだが、もう片方の存在であるエルフについては目にするのは初めてだ。

 

 魔法の光に輝く、濡れたように美しい黒く長い髪。ベルと同じく珍しい赤目の瞳は、白を基調とした衣服と相まって輪をかけて特徴的だ。

 目にする分には、エルフのセオリーに倣って奇麗でとても美しいと評価できる容姿。動作の一つ一つに少女らしさが垣間見えており、実年齢的な話をすればレフィーヤに近いのだろう。

 

 そんな彼女の一挙手一投足から、タカヒロは様々な情報を収集する。特に戦闘内容については顕著であり、レフィーヤ相手に手加減している相手の本質を予測するのだ。

 間合いや重心の移動を筆頭に、要所要所に存在している“癖”もまた重要だ。そのうち気が逸れて「黒髪もいいな!」などと思っているエルフスキーは、現を抜かす程は見惚れていない。

 

 

 呑気な男の傍ら、リヴェリアは先程タカヒロに話した過去の悪夢を思い返す。ロキ・ファミリアは直接的にこそ関与しなかったが、当時の冒険者の間では相当の衝撃が走ったものだ。

 

 

 かつてダンジョン内部で発生した、“27階層の悪夢”と呼ばれる出来事。未だに風化しないこの出来事は、リヴェリアの記憶にも色濃く残っている。

 “ダンジョンで不審な動きがある”との偽情報を闇派閥が流し、有力派閥である冒険者パーティを27階層におびき寄せた件が事の発端。闇派閥は、そこに向けて大量のモンスターを誘導したのだ。

 

 モンスター除けの芳香剤があるように、その逆もまた存在する。使った手段はそれだけではないものの、ともかく種類も数も数えきれないほどのモンスターが冒険者に襲い掛かったのだ。

 もちろん冒険者も黙ってやられるはずがなく、敵も味方も死体の山が築かれる阿鼻叫喚の地獄絵図。文字通り真っ赤に染まったダンジョン27階層の光景は、まさに悪夢と呼ぶに相応しい。

 

 

 その中から唯一生還した、黒髪のエルフが居る。この情報がオラリオを巡るのに、あまり時間は要さなかった。

 

 

 そのエルフこそが、今タカヒロとリヴェリアの少し前に居るフィルヴィス・シャリア。その後、周囲から向けられるアタリは酷いものだ。

 同じファミリアのメンバーは元より、同胞のエルフからすらも「死妖精(バンシー)」と罵られる程。結果として必然的にソロ専門となっており、パーティーを組まない冒険者。

 

 ソロ専門と聞くと、どこぞのヘスティア・ファミリアにいる青年を思い浮かべる者もオラリオには何人かが居るだろう。その者もまたSAN値的な意味でパーティーメンバーを全滅させる恐れがあるために、もしかしたら同類なのかもしれない。

 

 ともあれフィルヴィスはその後に組んだパーティにおいて、彼女を除き全滅してしまう結果を残すこととなる。更には一度ではなく二度、三度と続いたことから、“死妖精(バンシー)という名の裏の二つ名がついてしまったのだ。

 故に彼女は、自分自身を「汚れた存在」だと容易に罵る。誰を頼ることもなく誰にも頼れない一人の少女の中で刻まれる時計は6年前の時間で止まっており、只一人そこに残され孤独という病に苛まれていた。

 

 

 そんな彼女に与えられた、新たな命令。噛み砕いて言えばロキ・ファミリアの戦力を調査し、ヘスティア・ファミリアとの関係を探る事。

 

 その内容が遂行しやすいように、ディオニュソス自身がフィルヴィスをロキに会わせて近づけた。何かと美人に弱いロキはレフィーヤを引き合わせ、結果としてフィルヴィスが並行詠唱を教えることとなり二人の仲が接近する。

 エルフのセオリーに従うように、フィルヴィスは気を許していない相手に対しては非常に素っ気ない態度をとる。レフィーヤを相手にしても同様であり、一方のレフィーヤは鍛錬を受ける中でもグイグイと押しに押してフィルヴィスとの距離を詰めていた。

 

 

 ロキ・ファミリアにおいて躍進するアイズ達。遥か先を歩くリヴェリアやフィン達へと近づくように、駆け足で道を進んでいることは同じファミリアの者ならば容易に知り得る内容だ。

 そこから一人取り残される辛さを知っていた、強くなるために藻掻き苦しむレフィーヤにとって。そしてベル・クラネルと似て根は優しい彼女は、同胞でもあるフィルヴィスを見放すことなどできなかった。

 

――――それ以上私に近づくな、穢れるぞ!

 

 再びレフィーヤへと向けられる、自虐という強い声。力のこもった顔から発せられるのは、やはりその類の言葉だけだ。

 そこに見え隠れする、もう一つの本音。せっかく知り合った同胞、それもほぼ同年代という存在と離れたくないという、年相応の気持ち。

 

 

 一方で、相手が抱いた感情もセオリーとは全く別だ。少しスパルタなところはあれど丁寧に教えてくれるフィルヴィスを見ているレフィーヤは、汚れているなどとは欠片も思わない。

 だからこそ、勇気を出して。レフィーヤだけは、彼女の手を取ったのだ。

 

――――フィルヴィスさんは、穢れてなんかいません!

 

 未だフィルヴィスの脳裏に強く残る、忘れられない一幕。元よりディオニュソスの命令で近づく機会をうかがっていたフィルヴィスからしても、“まさか”の出来事と言えるだろう。

 そんな事があったからこそ、親友と一緒に鍛錬に励む姿からは、辛い過去を経験した気配は伺えない。真剣さという表情の中に楽しさが伺えており、レフィーヤに対して真面目に応対していることはタカヒロやリヴェリアならば容易に分かることだった。

 

 そして指導を受けるレフィーヤの表情もまた真剣そのものであり、此度においては理想の足運びで間合いを外す。移動したまま続けられる詠唱、つまり並行詠唱される内容はリヴェリアが使う魔法であり、その詠唱も終盤となっていた。

 キリッと表情を一層のこと強くして、一方で黄昏の館を吹き飛ばすワケにはいかないので魔力を絞りに絞っている中で魔法の発動に集中する。そんな彼女は――――

 

 

「吹雪け三度の厳冬、終焉の訪れ、わー↑がー→なー↓はー→、ア~↑ルヴ!」

 

 

 フィルヴィス以外に誰もいない事を良しとして、調子に乗っていた。鍛錬に付き合っているフィルヴィスにとって突拍子もない出来事であったため、真顔で応えるしか道がない。

 なお、詠唱された魔法はしっかりと発動しているために集中力は維持しているのだろう。魔力を絞りに絞っているために威力は低いが、実戦となれば問題はない筈だ。

 

 ともあれ、フィルヴィスが謎のイントネーションを耳にして疑問を抱いたのは当然のことだろう。現に魔法の発動を確認してから、恐る恐る問いを投げている。

 

 

「……レフィーヤ、少しいいか。なんだ、そのフザけ……特徴的な、詠唱は。リヴェリア様のお叱りを貰うぞ」

「バレなければ大丈夫です!もう、あの時のリヴェリア様が本当に可愛らしくて可愛らしくて……!」

 

 

 腰横に手の甲を当て胸を張ってエッヘン顔から頬に手を当てクネクネし始めるレフィーヤだが、残念ながらバレている。まさに“壁に耳あり障子に目あり”、どこで誰の目や耳があるかは分からないのだ。

 

 

「……とのことだが、どうするつもりだ」

「しっかりと処す。あとでな」

「程々にしてやれよ」

 

 

 事の発端は自分自身であるために、リヴェリアも程々に抑えるらしい。その割には「しっかりと」と口走っているが、真相を知る者は極僅かとなるだろう。

 

 そんな矛先が向けられるレフィーヤが迎えようとしている少し未来の運命はさておき、今は鍛錬の真っ最中。何も聞かなかったことにしたフィルヴィスは、次なる内容を口に出した。

 

 

「ではレフィーヤ、次は此方がナイフを使って挑むぞ」

「ええっ!?」

「怯むな、知っているだろう。ダンジョンにおいては、防衛線を突破したモンスターに襲われることなど容易にあり得る!」

「で、ででででも心の準備が!」

「ダンジョンでそのような暇があると思うか、近接戦闘が苦手という言い訳は通用しないぞ!」

 

 

 中々のスパルタ具合はさておくとしても、内容としては理にかなっている。そのような感想を思い浮かべる観戦者二人の前で、フィルヴィスはナイフを抜刀した。

 

 

 タカヒロの眉間に力が入ったのは、その瞬間である。

 

 

 思わず殺気が溢れそうになるも、寸前のところで抑え込む。今この場において、己との繋がりを露呈することは避けねばならない。

 しかし感じ取った事象を隠蔽するには問題だと感じて、横に居るリヴェリアに対して非常に小さく声を掛ける。騒がしい闘技場とも相まって二人の距離でも声は聴きとりづらく、情報が漏れることもないだろう。

 

 

「リヴェリア、最大限に警戒しろ」

「どうした」

「あの黒髪のエルフ、フィルヴィスと言ったか。自分が18階層を調査している際に遭遇した、闇派閥の一人だ」

「なんだと……!?」

 

 

 手に持つナイフが、それを証明している。また、突きの動作や間合い、タイミングについてもあの時と同じであり、同一人物の可能性が高いだろうとタカヒロは判断していた。

 一番最初に出た判断理由に少しだけ呆れそうになってしまったリヴェリアだが、それよりも驚きが上回った。全面的にタカヒロを信用しているからこそ、口から出た情報は真実として受け取っている。

 

 ともあれそれが事実となると、レフィーヤを鍛えるという行動と結びつかないのは二人ともに感じることだ。もっとも、より親身になって情報を得るために教えているのだと言われれば納得してしまうかもしれない。

 

 

 しかし、こうして現場を目にしたが故に得ることが出来た事実。それがあるからこそ、二人揃って瞬時に考えを否定した。

 

 以前の18階層においてタカヒロが興味のない目で見降ろした、エルフの瞳。それとはまったく違う、奇麗で透き通った宝石のような(まなこ)をフィルヴィスは見せている。

 前者については知らないリヴェリアながらも、今のフィルヴィスの目を見て「濁っている」と表現することは無いだろう。“今”を楽しみ、それでいて真剣さを忘れない活力のある眼というのが二人の感想だ。

 

 だからこそ、警戒と共に謎が生まれる。なお事実としてはレフィーヤと一緒に居ることが楽しいと感じているフィルヴィスの本心が現れているだけなのだが、ベート言語よろしく、流石にこれを感じ取れと言う方が酷だろう。

 

 

「ともかく、ロキには伝えておいた方が良いだろう。来てくれタカヒロ、事は迅速に済ませたい」

「ああ」

 

 

 ひょんなことから、事態が動くことに変わりは無い。リヴェリアの背中を守るようにして、タカヒロも場から離れるのだった。


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