二人の行先は、ロキ・ファミリアの主神室。相も変わらず机に腰掛けているロキは知人ならば誰に対してもこのような対応であり、良くも悪くも気軽さが伺えた。
最初にリヴェリアとタカヒロが訪ねてきたときは、「いよいよ結婚かー!」などと茶化してぶっ飛ばされる覚悟を抱いた主神ロキ。しかし言葉を発しても相手方の反応が冷たすぎるために、真面目な話かと咳払いののちに向き直った。
「フィルヴィスというエルフは、闇派閥の一員だと捉えている」
「……なんやて?」
茶化し返されているのかと勘ぐる一言で、ロキの態度はまたもや一変した。糸のように細い目を僅かに開き、眉間に力を入れてタカヒロの目を見据えている。
神の瞳は子供が口にした嘘を見抜くが、ロキの目線ではタカヒロが嘘の類を口にしているとは受け取れない。また、それを抜きにしたとしても彼女は青年を信用している為に猶更である。
実はヘスティア・ファミリアが結成される少し前から、ヘルメスとロキ、そしてディオニュソスの三名は、互いが互いに闇派閥に関与しているのではと探りを入れていた状況なのだ。関与していないという確たる証拠を見つけることが出来ず、一方で相手を警戒して出せない為に、戻ることも進むこともできず足踏みしていたというワケである。
しかしここ1年で関係は大きく変わり、前回、ギルドの地下にてウラノスやタカヒロと共に情報を交わしたことで、ロキのなかでヘルメスに対する闇派閥の疑惑は非常に薄いものとなっている。
もっとも、ヘルメスが何かしら別の“依頼”を受けている事はロキも見抜いているが、具体的には分からない。何かしらの支障があるワケでもない為に、今は気に掛けていない状況だ。
話は戻り、フィルヴィスというエルフが闇派閥である判断根拠を耳にした時は、リヴェリアと同じく少し呆れかけたロキだが、もし本当だと仮定するならばディオニュソスもまた闇派閥の一員となるだろう。故にロキとしては、タカヒロを信用しているとはいえ慎重に判断したいところなのだ。
「タカヒロはん。エニュオって言葉、聞いたことあるはずや」
「ああ、詳しくまでは知らないが」
タカヒロも24階層で耳にしてレヴィスに問いを投げたことがあるものの、特に気に留めなかった名詞らしき言葉。どうやらロキは、その言葉の意味を知っているらしい。
神々の言葉で“都市の破壊者”という意味合いを持つらしい、エニュオという言葉。24階層から帰還したリヴェリアから「闇派閥がオラリオの破壊、死の世界の再来」を企んでいることも聞いていたロキは、まずその意味で間違いないと結論付けている。
都市の破壊者で神とくればタカヒロが思い浮かべるのは、己が装備を更新した際に召喚していたサンドバッグ――――ではなくベンチマーク――――もとい、砂漠の申し子“キャラガドラ”。
少し前までデイリーで屠っていたそんな
ともあれ、今の闇派閥の上にエニュオなる存在が居ると仮定する。そしてレヴィスの言葉を全面的に信用するならば、闇派閥も含めてエニュオからの指示は絶対的だったらしい。
エニュオなる存在が上に立ち始めた経緯から知る彼女曰く、エニュオから伝えられた言葉通りに事を進めたならば上手くいき、なおかつ都市に被害を与えることが出来たために必然と発言力を持ったそうだ。7年前などにおいては色々と計画倒れのところがあったために、輪をかけているのだろう。
なお。此度においては過去最大のイレギュラーを相手にしなければならないのだが、その点が考慮されているかとなればお察しだ。加えてレヴィスとジャガ丸という、二枚のジョーカーが加わっている悲惨な状況は揺るがない。
もっともウラノス陣営を筆頭にロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアが全力を挙げて秘匿している為に、世間的にはベル・クラネルを除くジョーカー達の存在は秘匿されている。いつかは表に出るかもしれないが、今のところは闇の中だ。
ある意味では、歴代のオラリオにおいて最もヤベーファミリアという判定が下される。それこそが、今のヘスティア・ファミリアなのである。
そのような点はさておくとして、ロキとしては、何かと理由を付けて「ギルドが怪しい」と連呼していたディオニュソスの動向について疑問符が強くなっているらしい。ロキ・ファミリアとて色々とコソコソ動いていたというのに、まるでギルドが悪役であるとリードするかのような発言を繰り返していたのだ。
これらの会話については、24階層へ二人を送り込む直前にも交わされていた内容であることがロキの口から告げられている。もっとも、本人を前に「ロキ・ファミリアが怪しい」などとは口にしないだろう。
この点についてはタカヒロが新たな情報を持っており、ウラノスに接触してきた神はヘスティアとロキだけというのが現状だ。まるでロキを味方につけたいかのようなディオニュソスの行動は、ウラノスとヘルメスが白と分かっているロキとリヴェリア、それぞれが抱く疑惑を更にかき立てることとなる。
しかし根源の約一名、根っこが
「事情は分かった。リヴェリア、フィルヴィスというエルフについて、何か聞いているか?」
「相手が相手でな、あまり詳しくは聞けていない」
「そうか」
内心では、とても残念がる
それはともかく、レフィーヤにフィルヴィスを近づけたのはロキである。レフィーヤとフィルヴィスの仲睦まじい姿を身て「久々の“
しかし蓋を開けてみればトロイの木馬である可能性が浮上しており、「迂闊やったか」と呟きながら珍しく反省の色を見せている。眉間の皺は取れておらず、口調も渋い。
「ロキ。仮に神ディオニュソスが闇派閥の一員だったとして、エニュオとは誰になるのだ?」
「うーん、それこそ想像できへんなぁ……」
――――タカヒロはんは、どうやろか。
己が手詰まりならば、神々からしても奇想天外な行動を見せる彼はどうか。テーブルに肘をついて顔を支えるロキはタカヒロへと視線を向けている。リヴェリア宜しく身体の前で腕を組んだタカヒロは、抱いていた考えを口にした。
「闇派閥の人員構成は、ファミリアの数を含めて多岐にわたるのだろう。エニュオが味方にすら素性を隠すのは、何処からか漏れる情報すらも警戒して慎重に動く為。しかし、逆を捉えるならば己の目で真相を判断したい筈。だからこそ実戦を伴わず、指揮系統を行う一方で裏方に徹するはずだ」
「あーウチ等と同じか、せやろなー。裏方っちゅーと情報戦っちゅーこと……ちょい待ちや」
――――まさに、ロキ・ファミリアやヘルメス・ファミリアの戦力が得た情報をアテにしている、今のディオニュソスではないか。
そのような思考を抱くロキ。仲間にすら秘匿する程に慎重ならば、「自分はエニュオではない」と明言しつつ実力をひけらかすようなヘマはないだろうとタカヒロは口にしている。
なおタカヒロが口にした考察は、実は色々と間違っている。ファミリアの数が多数という部分と、そもそもにおいてこの発言は、“敵の神=強い戦闘力を持った存在”という過去の刷り込みの元に行われているのだ。
ロキの指示を受けて実力を隠している彼自身のように、うかつに戦闘へと参加できないだろうという考えと同類だろう。思考の結果としてゴールに辿り着きかけているのは、“どの道になろうがエニュオの計画は頓挫する”為に“運命そのもの”が抵抗を諦めているのかもしれない。
「ロキ。突破口になりそうなお題目は、一つあるぞ」
「ん、なんやろか」
意味深と捉えることができる、タカヒロが提案した発言。ディオニュソスが天界に居た頃の繋がりとなるのだが、故に咄嗟の場面となればその者の名前が出るだろうと、ここに情報戦が開始されることとなった。
=====
少し前に密会を開いたことがある場所へと、ロキはディオニュソスを呼び出した。部屋に居るのは神だけであり、防音の効いたドアならば、音が漏れることもないだろう。
話としては、ディオニュソスがロキ・ファミリアへと送り込んだフィルヴィスについての内容だ。もっともトロイの木馬であることには気付いていない振りをしつつ、終始にわたってロキは明るい様相で感謝の言葉を述べている。
レフィーヤが並行詠唱を完璧と言える程に取得した点。同世代・同実力のエルフとなる“フィルヴィスたん”と鍛錬していることでレフィーヤの実力が目に見えて向上していると、感謝する様相を振りまいている。
「ハッ、まさかディオニュソス。お前さん、あとで莫大な授業料吹っ掛ける気やな!?」
「はは、そんなケチ臭いことはしないさ。それに、“無い所”からは貰えないよ」
「一言余計やわ、アホ」
一方で、彼女らしさは忘れない。単に感謝するだけでは怪しまれるために、こうして捻りを入れているのだ。
そしてディオニュソスからすれば、たった一人の冒険者が少しばかり成長するという内容などケチ臭いに等しいものがある。今のフィルヴィスがこの本心を耳にしたならばディオニュソスへの献身が崩れ始める程なのだが、生憎と双方ともに気付く切っ掛けが存在しない。
何せディオニュソスは、ロキ・ファミリアへと近づくことについて程度の報告こそ受けているものの、よもやフィルヴィスが仲睦まじい関係を喜んでいることなど知らないのだ。“やれ”とだけ言わせて結果が出るまで放置する、最も悪い上司の一例と言えるだろう。
故に二人の間に出来かけている歪は、未だ発見されることなく残っている。もっともそんな事情を知らないのはロキもまた同様であり、レフィーヤの成長自慢の話が暫く続いた後、ロキが“お題目”を口にする。
「実はレフィーヤが、フィルヴィスたんの短剣捌きを誉めとってな。本人に聞くのも恥ずかしいゆーてたんやけどレフィーヤもああなりたい言うてんねや」
あながち間違ってはいないのが実情ながらも、もちろんロキの“でっち上げ”である。レフィーヤ本人に尋ねることがあれば、恐らく否定も肯定もできずに顔を赤らめて右往左往することだろう。
「はは。魔法剣士となれば、難しい職業だよ。それに、今から転職するのは厳しいんじゃないかい?」
「せやけど、恰好だけでもマネできたら言うてんねん。フィルヴィスたんが持っとる短剣、どこで買ったんや?オーダーメイドなんか?」
「……えーっと、そうだ。ヘファイストスにオーダーした一品だよ」
少し間の空いた回答に、ロキは表情に出さずして内心で疑問を抱く。それは、鍛冶を司るファミリアの運営スタイルにあった。
基本としてオラリオにおいてオーダーメイドの武器・防具を承っているのはゴブニュ・ファミリア。ヘファイストス・ファミリアは少しの例外は有れど、基本として「こんな武器ができました、買いませんか」と言うスタイルだ。
故に、ヘファイストス・ファミリア、それもヘファイストスに対するオーダーメイド依頼となると中々にハードルが高いものがある。タカヒロのような特別な間柄があれば話は別だが、基本としては断られることが大半だ。
ディオニュソス曰く、「昔のよしみでお願いした」と爽やかさな表情で回答している。天界においてソコソコの交流があったことを知っているロキは、「なるほどなー」と流していた。
「ええなー、ウチも魔剣の数本、作ってくれんやろか」
「ははは、お金が無いと難しいんじゃないかな?」
「ぐぇー」
今まで通り、終始、陽気さを前面に対応するロキ。この辺りは、普段から見せている陽気さが活かされている格好だ。
さすがのディオニュソスもフィルヴィスも、まさか暗闇の中で使用した武器から素性が割れているとは思っていない。故にこの対談については、あまり警戒されることはなく終了した。
====
そして翌日、ディオニュソスの発言は、リヴェリア経由でタカヒロへと伝わることとなる。“あの程度のナイフ”がヘファイストスのオーダーメイドなのかと、違う意味の疑問と怒りが生まれることとなった。
もちろん真相としては、聞いてみるほかに道がない。とはいえどこに目や耳があるか分からない為に直ぐには動かず、タカヒロは機会を伺うこととした。
「ところでヘファイストス。このファミリアは既製品の販売が主業務だったと思うが、こうして当然のようにオーダーをしていて問題はないのだろうか」
「他の子なら絶対に断るわ。でも作るのは私だし、貴方のオーダーなら大歓迎よ!」
そのオーダーメイドを依頼して支払いが分割となっているタカヒロが、鍛錬疲れで少しやつれたレヴィスと共にヘファイストス・ファミリアへと訪れた時。深層の素材を目にしてポンコツと化しているヘファイストスに対して、それとなく訪ねていた。
もちろんタカヒロがオーダーメイドを許されている理由としては、
「それはありがたい。ところで他なら断るとのことだが、他の神からオーダーメイドを頼まれることもあるのか?」
「他の?えーっと、オラリオに来てからは……」
記憶を探る事に少し時間を要した返答としては、オーダーメイドに応えたのはロキとヘスティアぐらいという内容だ。ヘスティアについては結果的にヘファイストスは直接の関与をしておらず、ロキのオーダーに対して応えることはあれど「炎の魔剣」と言ったようにザックリとした括りであり、明確にどうこう指定することはないらしい。
そのようなオーダーを受けるにしても、実際に打つのは椿などの最上級鍛冶師となる。ロキもその点は分かっており、ヘファイストス本人に対して「作ってーな」と言ったことがあるのだが莫大な金額を要求されて一度だけのやり取りとなっている。
餅は餅屋というワケではないが、ロキが細かく条件を指定しないのはヘファイストスを信用している為。オラリオにおける最大派閥に「任せておけば間違いない」と言わしめる、ヘファイストス・ファミリアが持つ実力だ。
ともあれ、タカヒロを相手にしてヘファイストスが嘘を吐くことは考えられず、ディオニュソスの発言が嘘である可能性が高くなる。これまた情報がリヴェリア経由でロキへと伝わることとなり、ロキの中でディオニュソスに対する疑惑は一際大きくなるのであった。