「じゃじゃーん!」
ヘスティアとタカヒロの一件があってから10日後。怪物祭当日の、朝食後。後片付けを終えたベルがリビングへと戻ってきたタイミングで、ヘスティアが「注目!」と視線を集めて先ほどの一文を発した。ベルとタカヒロは、朝練帰りということで双方ともに鎧姿である。
えっへん。と小さな身体を可愛らしく強調し、両手で何かを持ち上げる神ヘスティア。キョトンとするベルはソレが鞘に収められたナイフの類であることは読み取れるが、今までに見たこともない代物だ。
装飾の類は全くないデザインはシンプルで刃の部分も含めて黒色で基調されており、素朴な様相で纏まっている。デザイン性を落として機能性を重視している点は、特に問題ではない内容だ。
それはさておくとしてもと、青年から見れば腑に落ちない。数日前の流れを経験している彼としては、“マジック等級”であるナイフの細部に違和感を感じていたのだ。
作成の際に
しかし、そのナイフに使われている素材は恐らく一流、それに反して少しだけ未熟さが伺える。性能に影響する程ではないが、例えば本格的な料理に不慣れな者が盛り付けを行ったときのような、ほんの少しだけのまとまりの悪さが針の孔ほどに見えている。
そう思うものの決して武器そのものにケチをつけているわけではなく、客観的な評価の1つというだけだ。アレの性能はレベル1からすれば一級品と表しても足りず、見ただけでわかるほどに、担い手に対する心が篭った逸品であることは理解できる。
ともあれ、そのような経緯で作成されたこのナイフの名は“ヘスティア・ナイフ”と言うらしい。他ならぬ神ヘスティアからベル・クラネルへのプレゼントであり、受け取った少年は花のような笑顔を振り撒いて喜んでいる。
己の師匠に対しても「見てください!」と手に取るよう急かすなど、非常にハイテンションでご機嫌だ。少年のシイタケお目目は治りそうにもない。
一方で、手に取ったタカヒロは、その瞬間に事実に気づく。かつて手に取ったことのある感触と似たそのナイフに驚愕の表情と共に優しく口元を緩めると、ベルに対してナイフを返した。
再びナイフを受け取って離れた位置で素振りし感覚を確かめるその外観は、玩具を与えられた子供のように見て取れる。しかしその目は間違いなく戦士の物姿を表しており、新たに得た極上の武具をどう扱うかという心境に満ちていた。
「あれ?」
そして、少年もまた疑問符を発した。3度続けられた素振りもすっかり止まっており、手に持つナイフを疑問有り気に眺めている。
「ふふふ。見てくれたかいタカヒロ君、あのベル君の花のような笑顔を!」
「見えてはいるが……ベル君も気づいたろ?」
「あ、はい。やっぱりですか。道理でシックリくると思った……神様、このナイフを作ったのってヴェルフさんですよね?」
「にゃにいっ!?」
ベル君の笑顔を見て綻んでいた顔も、数秒だけ。呟かれた一言に、ヘスティアは可愛らしい文言と共に驚愕し、固まった。事の顛末を知っている彼女が「実は~」と驚かそうとしていたところに、まさかの二人ともが正解を見抜いたためである。
===
時は、ヘスティアとタカヒロの一件があった日にまで遡る。バベルの塔にあるヘファイストスの部屋で、二人の女神が面と向かって会話を行っていた。
「ベル・クラネルに最高の武器を……彼、タカヒロさんは、確かにそう言ったのね」
「うん。ボクの目を見て、ハッキリと言ったよ!」
「じゃぁ、どんな武器を希望しているとかも聞いているのかしら」
「あっ……」
言葉を返し、ヘスティアは冷や汗を流してアタフタと周りを見る。相変わらず燥いでしまっており、重要なことが抜け落ちていた。ベルのことになると視野が狭くなる、彼女の悪い癖である。
ナイフ程度とは聞いていたヘスティアだが、ひとえにナイフと言っても刃渡り、形状、グリップなど様々な項目がある。全くもって、それらの情報が欠けているのが実情だ。
ヴェルフ・クロッゾに聞け。それが、タカヒロから聞いていた言葉であり、ヘスティアはそのことを伝達する。
すると、溜息を吐きながらも凛としていたヘファイストスの表情が、少しだけ崩れることとなった。
「……ヘスティア。やっぱり私は、この話から降りていいかしら」
「へっ!?ど、どうしてだい……」
「実は最初の時から考えていたんだけれど……今ヘスティアが口にした私の眷属、ヴェルフはね。最近、自分の武器を認めてくれる人が二人居るって、年甲斐もなくすっごく喜んでたのよ。特徴は、両方とも白髪のヒューマン」
「それって……」
「そう。貴女の所に居る、二人の眷属のことよ。貴女のことを言っておいてヴェルフに対する贔屓みたいになっちゃうけど……あの子が抱えてる影の部分は知ってるつもりだから、余計に、私が作るのは申し訳なく感じちゃうのかもね」
「……」
もしここで、ヘファイストスが打った武器がベルの手に渡ったことが知られれば。互いの眷属である二人は普段から出会う仲であり、ヘファイストスが言うには、ヴェルフは現物を見れば己が打ったナイフであることぐらいは分かってしまうらしい。
自分が彼の立場だったらと、ヘスティアは思いを巡らせる。己の二人の眷属に対し片方に贔屓をしてしまった直後であるために、その点については冷静に判断ができていた。
相手の手にある他人が打った新しい得物を見て、自分も負けないと奮起するか、悲しみ落ち込むかは人それぞれだろう。しかし何れにせよ、悔しさを抱くことだけは間違いのない内容だ。
そう思うと、青年との約束と言えど、更に押してお願いするまでには気が生まれない。単純な問題で済ませて良いことではないと強く感じ、自分程度では何も言えないと、ヘスティアは口を強く噤んだ。
「それにね、ヘスティア。ここで私がナイフを作っても、極端なことを言えばそこで終わり。貴女の眷属は、鎧の類だって用意しなきゃいけない。盾も必要かもしれないし、防具だっていつか壊れる。武器のメンテナンスも避けられない。冒険者っていうのは、鍛冶師と切っても切れない関係なの。信頼できる程の鍛冶師との繋がりの深さって、本当に大事なのよ?」
「……そっか。自分の命を預けられるに値する、それを作るに値する、お互いの信頼と繋がりか……」
「そうよ。いくら私が打った武器だからって……天界に居る頃は勝手に修復するような武器も打てたけど、今は無理。精々、性能低下を起こさない
ベルに最高の品質の武器をプレゼントしたいことは、ヘスティアが心から思っている本音である。しかし本当にベルの為を考えるならば単に己の我がままで決めて良い内容ではないことを痛感し、ヘスティアは再び考えを改めた。鍛冶をつかさどる神の言葉は、その点については素人である彼女の心に響いている。
これらの点は、装備を直ドロップで得ており、かつメンテナンスが不要であったために鍛冶師との繋がりが無かったタカヒロも見落としている内容である。故に彼としては、武器についてはヘスティアと同じく「良い武器を与えてやってくれ」程度の認識となっていたことも事実であった。
また、「最高の武器」とは言ったタカヒロだが、何をもって最高とするかまでは何も明言していない。ベル・クラネルの今後にとって最高となるであろう武器ならば彼も納得するだろうと、ヘファイストスとヘスティアは考えを巡らせ同意することとなる。
その青年、及び文章中にある少年の凄さはヘファイストスも知っていた。魔剣ではない自分の武器が褒められたこととナイフの扱いに長けていることは、珍しく燥いでいたヴェルフから耳にタコができるほど聞かされていたからだ。具体的に言えば、7回目を耳にしたのが一昨日である。
最近は、ダンジョンへ行くことを除いて引きこもり宜しく工房に居る、その眷属。彼をよく知っているヘファイストスは足を運び、悩める鍛冶師に声を掛けた。
「ヴェルフ、一つ武器を作ってみないかしら?」
「あん?」
まだ無名である少年にとっての、最高の武器。それは他ならぬ、少年が認めた鍛冶師が作った無銘の武器である。
そしてその鍛冶師には、あの二人に認められるものを作れる才能がある。鍛冶を司る神は、そのような判断と決定を下したのだ。
まだ鍛冶のアビリティも持っていない、駆け出しの新米鍛冶師。休憩中に呆けた顔をしていたところに事情を話すと、「是非やらせてくれ」と、途端に職人の据わった顔へと変貌する。
しかし使用する金属は、未だかつて目にしたことのない種類となる
かつて発注を受けた際に安物の
故にまったくもって上手くいかず、ヘファイストスや椿の指導と天性の才能によってコツをつかむのは早かったが、完成品とは程遠い。彼流に言うなれば、刃の形をした何か。素材の凄さによる切れ味だけは鋭いだろうが、そんなものは、他ならぬヴェルフ・クロッゾのプライドが許さない。
主神が用意してくれた
あと数歩が届かず、もう記憶の彼方となった悔し涙を、久しぶりに目に浮かべた。決して零さぬように上を見上げるも、それで何かが解決するわけではない。
「俺たち新米は足掻くしかない」。いつか、少年のために口にしたセリフが自分に刺さる。過去に発した言葉から目を背けたくなり、眉間に力を入れ――――
「ヴェルフ。あなた、誰のために鉄を打っているの?」
最も尊敬する主神の声が、刺さった傷口の上を貫いた。
こんな時間に自分の工房に居たことも驚きだが、それ以上に、今の言葉が魂を揺さぶった。
気付かぬ間に、悔しさの対象が変わっていた。たった今まで抱いていた気持ちは、一級品を打とうとし、それが打てぬという自分への葛藤だ。
そうじゃないだろうと表情に力を入れ、己の譲れぬ想いを手繰り寄せる。ヴェルフ・クロッゾとは担い手のための武器を打つのだろうと、再度、自分に強く言い聞かせた。
ここで、自分はベル・クラネルの何を知っているのかと問いかける。
白い髪、兎のような容姿。それに似合わぬ、一流の腕を持っている。
だがそれだけであり、戦っているところは見た事がない。基本として一人でダンジョンに潜っている少年が、刃を抜いたところすらも知らぬのだ。
担い手のために剣を打とうとしているのに、担い手の事を知らぬではないかと、焦りが芽生える。そんな様子を感じ取ったヘファイストスは、ヴェルフが最も必要としている言葉をかけた。
「明日の営業終了時に、その子の師が4階に来るわ。聞きたいことがあるなら尋ねてみなさい。それと私からの最後のアドバイスよ。心の底から最高の剣を作ってあげたいと思うなら、自分の意地を秤にかけるのは止めなさい。鍛冶師が持ち得る技術を振るわないのは、尊敬する担い手に対する侮辱と同じよ」
――――そうか。明日の朝、日の出に合わせ、指定の場所に来ると良い。
翌日。やってきた青年に問い合わせたところ、返された言葉がこれだった。今日も今日とて飛ぶように過ぎた1日の終わりに眠りにつき、日の出前に、ヴェルフは工房を飛び出していく。
場所は北区に並ぶ防壁の上、彼も来るのは初めてだ。こんなところに何があるのかと不思議がるも、上の方から響いてくる剣戟を聞いて、ハッとする。
階段を駆け上がった。随分と長く感じたが無限階段ではないために、やや息が上がったものの城壁の上部へと到着する。
そのフィールド。自分から少し離れた場所で、彼も良く知る2名の男が対峙していた。
青年が持ち得る武具は、その全てが超一流。遠目ながら、それぐらいはヴェルフにも分かる。攻撃こそベルが行う一方的なものなれど、いつか突破できるかと言えば答えは否だ。それ程までに、青年という壁は圧倒的な高さを備えている。
身に纏っている超一流の武具に対し、己が生み出した刃は据わった瞳と共に臆することなく立ち向かっている。実力面はさておくとしても、武具だけを比べた際にも勝機が無いことは一目瞭然であるほどの差がそこにあった。あんなものを相手にすれば、駆け出しの鍛冶師が作った剣など、あっという間にボロボロになってしまう。素人が切りかかれば、それこそ一発で折れてしまっても不思議ではない。
鎧に当たり鳴り響く
これが、無名ながらも一流の担い手ベル・クラネルが持ち得る実力なのだと。魔剣ではなく自分の刃を認めてくれた、到底ながらレベル1とは思えない担い手の姿が、瞳から全く離れない。
「ファイアボルト!!」
容易く放たれる無詠唱魔法ながらも、彼の師はいとも簡単に剣を当てて相殺してしまう。思わず「クソッ」と軽くつぶやいてしまい、無意識のうちに少年を応援してしまっている自分が居た。
「いい牽制だ。どれだけ威力が低い技でも、相手にできた綻びを狙う事や牽制となれば使い方は無限にある。今のように、使える場面を見流さないよう気を付けよう」
「はい!」
「もう一度だ。今度はこちらからも狙っていくぞ、集中力を乱さないように」
「お願いします!」
持てる技術を全てつぎ込み、高みへ登ろうと藻掻いている。勝てないと分かり切っている相手に対し、己の全てをぶつけて挑んでいる。その姿を再び目にし、背中を向けて駆け出したヴェルフの決意が固まった。
魔剣、と呼ばれる武器がある。
かつて己の一族を栄えさせ、担い手により衰退した
ヘファイストス・ファミリアの団長すらをも凌ぐ魔剣作成の腕前を持ちながら、彼は魔剣を打つことを拒んでいる。圧倒的な威力故に使用者の腕を腐らせる、その存在を嫌っていた。担い手を残して先に砕け散るその存在を、心の底から否定していた。
しかしながら己が最も得意とし、それこそ神に負けないと言える逸品を作ることができる唯一の代物。一流の担い手に納められる己の一番があるとすれば、それしかないことも事実である。故に主神の言葉通り、己の意地を天秤にかけることは否定した。
とは言っても、決して魔剣を作るわけではない。もし仮に折れない魔剣ができたところで、魔剣というのは物理的な運用ではからきし貧弱となる特徴があり、己の剣を認めてくれた少年の戦い方には合わないだろう。
あくまでもベースは、ナイフそのものによる物理攻撃。そこに、耐久を落とさぬように魔剣の要素を織り込んでいくことで決定した。決して簡単な作業ではないものの、そこは鍛冶師の腕前が存分に発揮されるジャンルである。
「……よし、できた。いくら素材がいいからって、今の俺じゃ、これが精一杯の力作だ」
出来上がったそのナイフに、鍛冶師が付ける名前はない。しいて言うならば“無銘”こそが名前だろう。名づけの親は、依頼人であるヘスティアに託されたのだ。
自己評価をするならば、決して100点とはいかない出来栄え。素材の質に助けられているところが多いものの、それでもヘファイストスや椿から見ても満点に近いものとなっており、結果として怪物祭の直前に出来上がったのが、ヘスティアがプレゼントしたマジック等級のナイフというわけだ。
剣そのものに使用者のマインドを送り込むことで、通常攻撃に微弱な火属性魔法ダメージを上乗せする
極微量ながらもマインドを籠める必要があるものの、作動原理としては魔剣に近いものがある。ヴェルフが織り込んだ魔剣の要素が、エンチャントという形で表れているのだ。
===
このような事情、かつナイフが持つ本当の性能は知らないものの、ベルは今までと明らかに違う品質の武器を試したくて仕方がない。単に物理ダメージだけで見た場合でも、そのナイフは、今までの物とは一線を画す程の切れ味と耐久力を備えている。
弟子の燥ぎ具合を感じ取ったタカヒロは、5階層までという条件付きながらも試し切りの許可を出している。そして、大事な言葉を付け加えた。
「いいかいベル君。そのナイフは、今までのナイフとは比べ物にならない程の逸品だ。かみ砕いて厳しいことを言うと、“自分が数段も強くなったと錯覚する”程だろう。そこのところの差も含めて、君が認めた鍛冶師が作った逸品を体験してこよう」
「わかりました!」
カタパルトから射出される戦闘機の如く飛び出していく少年の背中を見ながら、保護者2名は柔らかな表情を見せるのであった。
「ふふふ。見てくれたかいタカヒロ君、あのベル君の花のような笑顔を!」
「さっきも聞いた台詞だな。見てはいたが、あれは暫く戻ってこないぞ。ところで、どうしてヴェルフ君が作る事になったんだ?」
「それはね――――」
そしてヘスティアは、ヘファイストスの所へ戻ってからの経緯を話し始めた。序盤から青年の顔つきが険しくなり、一字一句を逃さぬよう真剣な眼差しで聞いている。
己が見落としていた、重大な要素の1つ。結果として理想的な着地点に収まったものの、青年は己の蒙昧さを恥じていた。
「……なるほど。浅はかだった、確かに軽視していいモノではない。主神ヘスティア、大英断を感謝する」
「ボクもヘファイストスに言われるまで気づかなかったし、どうこう言えた立場じゃないけどね。いつか壊れるまで、ベル君を危機から守ってくれるはずだよ。ともかく、ベル君にとって最もよかったと言える結果になって一安心さ!」
「違いない」
二人して、もう気配も残っていない玄関の扉を見る。己も少年と同じく成長をしなければならないと胸に刻み、ヘスティアはローン返済の計算と計画を。それをタカヒロが見つつ、間違っているところを指摘する流れとなっていた。
タカヒロの予想通り、2時間経ってもベルは戻ってくる気配がない。祭りと言うことで店の数々はすでに営業を始めており、気の早い客は早めの昼食を取っているところだ。
しばらく席を外していたヘスティアがリビングに戻ると、彼は、魔石灯を手に取っている。要は魔石の力で発光するランタンのようなものであり、それを分解する作業を行っているようだ。
いくらか分解してはとある段階で手を止めて軽く唸ったりと、単にバラしている訳ではない様子。そんな唸り声で何事かと思い、声を掛けつつ部屋を覗いたヘスティアは、目に留まったその行為の目的を聞いてみた。
「おや?魔石灯なんて分解して、どうしたんだい?」
「ん。まぁ、ちょっとね。それこそさておき、随分とアクセサリーに気合が入っているヘスティアも、出かける用事があるのかい?」
よくぞ聞いてくれました!と、先ほどは気づかずにダンジョンへとダッシュしていった少年を思い返して溜息が出るヘスティアであった。とはいえ、髪飾りやネックレスに気づいてくれるとも思っていなかったことも事実である。相手を広く見れる少年とはいえ、まだそう言うところには反応しない。
それはさておき、実は今日の怪物祭において、ベルと一緒に祭りに繰り出す手筈となっていたようである。先ほどのプレゼントで本人がすっかり忘れている恐れが出てきたものの、流石に1日中潜っていることは無いと信じたいヘスティアであった。
「あと、これはプレゼントって言うには程遠いんだけど、カドモスの被膜が無事に換金できたんだ。タカヒロ君、う、受け取ってくれよ」
ジャラリ、と鳴ることもなくズッシリと重そうな袋を両手で抱える小さな女神。中々に辛そうだったのですぐさま受け取ったタカヒロは、袋を少し開いて文字通りの大金を見るも実感がなかった。
何しろ、最大の買い物は弟子のための1万ヴァリスのナイフ2本。しかも、彼本人がファミリアに寄付した魔石の換金の一部なために仕方がない。豪邸が余裕で買える額の金額は、無造作に机の上に置かれるも、重みによって袋が崩れている。
そもそもこれは、彼がヘスティア・ファミリアに寄付したものだ。彼としては現金となって戻ってくる点は有難いものの、零細ファミリアにとっては死活問題だろうと考えている。
「はて、自分はファミリアに寄付したつもりだったんだけど」
「寄付してくれるって言ってたけど、やっぱり君が取ってきたものだからさ。今回の件の、せめてもの気持ちと思って受け取ってくれよ。せっかくのレアドロップだったんだから、パーッと好きに使ったらどうだい?」
そういうことなら。と、使い道は思い浮かばないながらも素直に受け取ることにした。彼とて今のところ金に執着しているわけではないが、お金と言うのは、あって損するものではない。
するとタカヒロは、袋から1枚の金貨を取り出してヘスティアに手渡し、残りはヘスティアに見えぬようインベントリに仕舞い、立ち上がった。
渡したその額、1万ヴァリス。此度のお祭りで二人が羽目を外して楽しむには、丁度良い金額である。
「記した一筆の通り、君が見せた大きな気持ちと覚悟を肩代わりするつもりはないが、これは自分からの応援だ。祭りにケチくさい雰囲気も似合わんからな、ベル君と存分に楽しんでくると良いさ」
「うううぅ、ダガビロ゙ぐん……!」
君はオラリオで一番の子供だよ!と号泣する女神に苦笑を向けながら、彼は教会の出口へと足を向けた。自分が居ては、そろそろ戻ってくるだろうベルがヘスティアを誘いづらいだろうという気遣いである。
また、ナイフと言う小さな武器であったことも幸いし、結果として素材料金程度の10年弱ローンで済んでいるとはいえ、ヘスティアの覚悟を蔑ろにする気は無い。そのために先の言葉を残しており、しかしながら此度の祭りに配慮してくれて、ヘスティアが感極まっているというわけだ。
灯りが十分とは言えない地下室から外へと出る際の日差しにも慣れたもので、暑さを蓄えつつある澄んだ空を仰ぎ見る。こちらも随分と前に慣れたガチャリと鳴る鎧の音と、布が耳に擦れるフードの音と共に、青年は町の東部へと繰り出した。
=====
「怪物祭?ああ、もうそんな季節か」
所変わって、ここはロキ・ファミリアのホームである建物の一室。読んでいた本が一段落したのか優しく閉じて、リヴェリアは「そんな催しもあったな」と言わんばかりの表情で次の本に手を掛けた。とどのつまりは近所で開かれる催し程度の感覚であり、特に興味を示していない。
しかし、“食い下がれ”と己を奮い立たせるのはそんなリヴェリアの愛弟子だ。山吹色のポニーテールをワナワナと震わせるエルフな彼女、レフィーヤは、今年こそ己の師匠を連れ出そうと必死になってアピールしている。
「ほ、ほら、怪物祭はほとんどの人が参加しますから、もしかしたら例の男の人と会えるかもしれません!」
最近、己の師はこの言葉に弱い気がするとはレフィーヤの弁。食堂などでも時折話題に挙がると、ピクリとして耳を傾けるような動作をすることが多々あるのだ。
本人も気づいていないのか、はたまた冷静を装っているかは彼女の知るところではないが、気にしていることは他人の視点においても事実である。万が一「他のファミリアの話題を出すな!」などと叱られる危険性があるものの、意を決して口にしたレフィーヤはリヴェリアの返事を待っていた。
「……そうだな。私も久々に、祭りに参加してみるか」
案の定、これである。「別にその男が気になるわけではないぞ」、とツンデレな発言をしても似合ってしまう言い回しと雰囲気だ。現在進行形で調子に乗っているレフィーヤは、あの男性が気になるのか、などと意地悪な言葉をかけたいと考えてしまっている。
普段から叱られたり厳しくされているだけに、こういう時こそ逆転してみたいと考えるのが色恋沙汰に敏感な若者である。しかし何かしらの言葉を掛ける前に、リヴェリアが再び口を開いた。
「……その男には、あの場を任せてしまったからな。彼が居なければ私やアイズ達、延いてはあの遠征に居た者のほとんどが巻き込まれていただろう。酒場での一件もある。彼が見つかれば自然と少年も分かるだろう。私達は、必ず謝罪と礼をせねばならん」
脳内で己の師をツンデレにしてしまっているレフィーヤは、この一文で猛省することとなった。エルフとしての誇りと礼儀を重んじて行動していたリヴェリアとは、まさに雲泥の違いである。
口に力を入れて背中が丸くなっているレフィーヤに疑問を抱きながらも、彼女は手早く出かける支度を整える。とは言っても衣類は普段から着ているダンジョン用のロングコートと白いローブであり、財布などの小物を揃える程度だ。
「生憎と祭りには疎くてな。さ、案内を頼むぞレフィーヤ」
「は、はい!頑張ります!」
その後、なんだかんだでアイズとアマゾネス姉妹も同行することが決定した。
これにより、結果として一番はしゃいでいるのはレフィーヤである。実のところアイズに対して尊敬をちょっと通り越してユリの花が咲きかけているこのエルフは、いろんな意味で張り切りを見せるのであった。
目的は違えど、三方の歩みは共通して怪物祭へ。人という存在が日々成長を重ねるように、物語が歩みを止めることは無い。
ヘスティア ナイフ・オブ ヴェルフ
??-?? 物理ダメージ
??-?? 火炎ダメージ:微弱なマインド消費と引き換えに発動
デメリット:素材は一流なので雑に扱うとメンテナンス費用が高くつく
感想にて様々なご指摘、お叱りを頂いており、恐れ入ります。
書字は慣れておらず、文面・設定などでご満足いただけないシーンも出てくるかと思いますが、今後ともご愛読の程よろしくお願いいたします。