その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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254話 前哨戦

 

 対峙した勢力に動きがみられるまで、そう長い時間は要さない。具体的な動きを見せるという意味では、先に動いたのは穢れた精霊だ。

 まるで開幕の合図か、戦う為の武者震いか。突如として引き金が引かれたかのように穢れた精霊が咆哮を見せ、階層(フロア)一帯を包む緊張の強さが跳ね上がる。

 

 

 呑気な言葉で例えるならば、さながら“寝起き”というべきか、今のところは詠唱を行うつもりはないらしい。向こうが“その気”になる前に此方の準備を進めるべきだと、リヴェリアとレフィーヤは詠唱の開始を選択した。

 レフィーヤの魔法は、威力こそLv6時代のリヴェリアに匹敵するものの、詠唱には倍近くの時間を要する。その為に「先に始める」旨を口にしたレフィーヤだったが、その考えは否定されることとなった。

 

 

「いや。レフィーヤ、私もお前と同時に詠唱を開始する」

「えっ?」

 

 

 魔法と呼ばれる現象を生じさせる為に必要な現象を、一般的に“詠唱”と呼ぶ。一定の言葉と共に、魔力を練り上げて行われるその行為は、原理を論理的に見たならば“チャージ”のようにも捉えられるだろう。

 ともあれ詠唱の速度は、一定のセオリーこそあれど、魔導士ないし魔法を使う者によって、千差万別と言えるだろう。一方で、ロジカルな考えを適応できるのが攻撃魔法であり、その攻撃力を導き出す関係性となる。

 

 基本として攻撃魔法の威力とは、術者のレベルと魔力の数値、所持する武具の強さ、詠唱の永さ、詠唱に込めるマインド量、最後に術者の“適応力(センス)”を乗算したような結果となるのだ。最後の要素が無視できない程に影響してくるのだが、これについては魔法に限った話ではないだろう。

 詠唱時間についても永ければ永いほど良い事はなく、これについても“練度”が関わる項目となる。一般的に言われる“高速詠唱”ならば、質を維持しつつ大幅な時短も可能となるのだ。

 

 

 ――――り、リヴェリア様のお言葉に、異議を唱えるつもりはありませんが……。

 

 

 だからこそレフィーヤには、“ほぼ同時に詠唱を開始する”意味が分からない。例え“高速詠唱”と呼ばれる域とならずとも、リヴェリア・リヨス・アールヴの詠唱速度はオラリオにおいても非常に速いどころか頂点を争う程。

 一方のレフィーヤは、魔力一辺倒――――もとい、魔力の強さにこそ定評あれど、詠唱の速度や精度については“もう一声”が欲しい所。更にはリヴェリアが使う“レア・ラーヴァテイン”を放つ想定であり、詠唱時間の長さに拍車がかかる事だろう。

 

 通常ならば、“他者の魔法”を使う事など、できる筈がない。これは、レフィーヤが持つ“特殊な魔法”があるからこそ成せる業となる。

 その魔法の名を、“エルフ・リング”。エルフが使用する魔法に限定される制約こそあるものの、例え他者の魔法だろうとも、詠唱とその効果を完全把握していればレフィーヤ自身も使用できるという前代未聞のレア魔法。

 

 冒険者において、魔法と呼ばれるモノを習得することは容易ではない。そもそもにおいて冒険者となった際に発現する“魔法スロット”には限りがあり、どれだけ多いものでも上限は三つとなる。

 例外として、非常に希少で強力な魔導書(グリモア)などを用いる事で、強制的に魔法スロットを発現させたり魔法を習得させることも方法としては存在する。例外ついでに言えば、さも当然の如く魔法スロットが上限となっている兎についても常識の範囲外だ。

 

 

 そういった意味では、リヴェリア・リヨス・アールヴとレフィーヤ・ウィリディスの師弟コンビは“異端”と言える。前者については“一つの魔法”に対して“詠唱によって三種類の効能を発揮する”ことができ、後者に至っては、事実上“無限大”の数の魔法を使用する事ができるのだ。

 その為に、オラリオの外、一般世間的に“他所の国”と示すことができる“魔法大国”から目を付けられている危険因子も生じている。畏怖か怨嗟か嫉妬の何れか、少なくとも敬意の感情は含まれていないだろう。

 

 

 もっとも、何かのはずみで最初3つの感情を向けて具体的に“実行”してしまったら、どうなるか。ならば、どこかの一般人を筆頭に数多の勢力が加減なしで動くことは火を見るよりも明らかだ。

 微塵の加減も期待できない全面戦争(オハナシアイ)で直接的か、装備や素材を筆頭とした経済関連で間接的か。どちらにせよ、“魔法大国”の威厳は叩き落とされる事だろう。

 

 

「なに心配は要らん、“同時に成る”。さてドライアド様の御前だ、抜かることは許されんぞ!」

「は、はいいいい!!」

 

 

 そう言えばそうだったと、レフィーヤは、全てのエルフが崇める大精霊の存在を意識する。同時に詠唱を開始する意味に考えを向ける余裕など僅かにもなくなってしまい、彼女は表情を強く引き締めて“穢れた精霊”へと向き直った。

 

 

「お義母さんは、どんな魔法を使うんですか?」

「……」

 

 

 スリル満点のアトラクション、ギミック満載の有名なテーマパーク。そんな所へと訪れたかのような少年の発する呑気な声は、彼を意識してしまっていた彼女の耳へと届きやすかったのかもしれない。

 後ろから飛んでくる、知った(ベルの)声に注意を奪われることとなったエルフの少女。聞き耳を立てていたレフィーヤは、アルフィアと呼ばれた人物が使う魔法の概要を知ることとなる。

 

 

 アルフィアが持ち得る3つ目の魔法の名を、“ジェノス・アンジェラス”。自身の頭上に灰銀色の巨大な“鐘”を出現させ、咆哮に似た轟音でもって全てを滅する。

 効果範囲もまた絶大であり、数値で示すならば、泣く子も黙る“100メートル越え”。かつてこの技で、三大クエストの一角たる“海の覇王(リヴァイアサン)”にトドメを刺した、まさに“最終奥義”と表現して不足はない一撃だ。

 

 

「リヴァイアサンにトドメをさせるぐらいですよね!お義母さん、凄い!」

「フフフ、当然の……コホン」

 

 

 テンションが上がってしまいドヤ顔を披露したアルフィア。ものすごーく物言いたげな視線を向けるリヴェリアによって正気に戻ったものの、血流が増えたのか顔を背け手で仰いでいる。

 

 グダグダ、ワチャワチャとした空気の片鱗が残りつつあるものの、互いの衝突は目前だ。魔導士達の詠唱時間を稼ぐために、長期戦は目に見えている。

 となれば、今までゴリ押しで突撃を続けてきたような作戦は通じない。各々は相手の行動に注意を向けつつ、今更ながらも、現場指揮官を誰にするかを決めなければならない。

 

 先の空気の面影が残るとはいえ、長丁場を使う余裕はない。だからこそアルフィアは“正論”を用いて、真っ先に口を開いた。

 

 

「“勇者(ブレイバー)”。あの時、冒険者達の指揮を執っていただろう」

 

 

 あえて七年という尺度を用いずとも、アルフィアの言葉はフィンへと伝わっている。そしてフィンもまた、この場において謙遜を示す性格など持ち合わせてはいなかった。

 

 己にとっての戦う理由とは、何も現場でドンパチやり合うだけに留まらない。他種族と比べて身体能力に劣ることがセオリーならば、観察眼や頭脳戦にアドバンテージを有するのがパルゥムと呼ばれる種族である。

 

 

「それじゃ、僭越ながら。まずはガレス!」

「おうとも!59階層(あの時)のようにはやられんぞ!!」

 

 

 道中で、ある程度の考えを纏めていたのだろうか。フィンは素早く様々な口頭指示を行い、僅か一分で基本的な迎撃態勢を築き上げた。

 

 予測も選別も、まさに迅速かつ的確と呼べる域。極彩色の芋虫による武具破壊を極力防ぐための遠距離攻撃部隊に、穢れた精霊本体からの触手攻撃ないしは魔法攻撃にも対処できる布陣とする。

 回復については、ディアンケヒト・ファミリア団長アミッド・テアサナーレ、そしてフレイヤ・ファミリアの女神の黄金(ヴァナ・マルデル)ことヘイズ・ベルベットが率いる集団が一手に引き受けるという充実具合。後者については「ここでも酷使されるのか」とボヤきが見られる事から、普段の苦労が伺える。

 

 

 ともあれ、そこには今までのような、ファミリアと呼ばれる壁は無い。同じヒーラー職や数少ない弓兵、魔剣持ちなどの間でも役割がすぐさま決められ、理論上ながらも迎撃の用意は整えられた。

 この場に集う皆の目標は、ただ一つ。ならば各々が成すべき事もまた、共通の一つとなって団結する姿勢は、例え三大クエストのモンスターだろうとも、崩す事は難しい。

 

 

 そして。全てを率いる者の言葉でもって、戦いの火蓋が切られた

 

 

「最後の戦いを始める!総員、彼女達を護れ!!」

「エルフを護るなど容易い仕事じゃ!」

「喚く前に行動で示してみろ、生意気なドワーフ!」

 

 

 後衛より、絶対的な数こそ少ないが、一斉に矢が放たれる。まだ仕事のないサポーターの一部は魔剣を使用して遠距離攻撃に加わっており、初手の牽制と敵の絶対数を減らす意味では大きく貢献することとなる。

 

 

「派手なもんだ」

 

 

 弧を描き敵を穿つ軍の下を疾走する、第一級冒険者を筆頭とした近接攻撃部隊。誰かが呟いた一言に気負いは見られず、此方の集団も己の仕事を遂行することができるだろう。

 確かに、この規模の戦闘となれば経験はないかもしれない。特にフレイヤ・ファミリアのメンバーは、そもそも集団で戦う事そのものが稀となる。

 

 それでも、後れを取る事はありえない。“慣れていないから”などと言い訳が通用する世界ではない“ダンジョン”と呼ばれる環境で過ごし、オラリオの頂点一握りにまで上り詰めた者達の順応さは、誰しもが目を見張るものがある。

 普段のダンジョンとは少し異なる環境での、初めての経験。例えばフレイヤ・ファミリアの者達は、一丸となって敵を穿つ戦いを経験し。また二級三級の冒険者は、第一級冒険者が見せるゴリ押しや連携を(じか)に見て学び、必要に応じて今この場において取り入れる。

 

 皆が勝利を信じて疑わない一方で、今日の体験は、きっと忘れられないものとなるだろう。しかしどうやら、普段の“仲良し”さを隠せないコンビもいるらしい。

 

 

「どうしたクソ狼。自慢の脚が止まってるじゃねぇか、ああ?」

「うるせぇぞ馬鹿猫、無駄に体力使う場面じゃねぇだろうが。その程度で吠えてんじゃ、テメェの先も知れてるな」

「ああ!?寝言かテメェ、俺達前衛が暴れなくてどうすんだ!」

「それだけは同感だ」

 

 

 突然とやってきて口を挟みつつ手を出す、元赤髪のテイマー、レヴィス。闇派閥に対して個人的な恨みがある彼女は、前回の進行で単独暴れまわったのだが、どうやら未だに暴れ足りないらしい。

 自身が担当していた所はポッカリと穴が開いており、ノルマは既に達成している。どうやら暇を潰す感覚で隣のスペースへと出張しに来ているようだが、彼女の実力を考慮しても、随分と余裕が見られる。

 

 勿論、こうなった裏には理由がある。初手の一撃以降、遠距離攻撃の全てが、穢れた精霊の本体へと向けられているのだ。リヴェリアを上回る高速詠唱を持つとはいえ、無視できない火力で邪魔をされては対応が必要で、結果として詠唱が進まない。

 

 もしもこれがニーズホッグモドキだけだったならば、物理的なゴリ押しがメインとなって、冒険者側も対応に難儀した事だろう。ベル曰く「変なの」がくっついた影響で総合的な戦闘能力は底上げされたかもしれないが、メインウェポンとの相性は悪化したようだ。

 

 

 ともあれ。アレンとしては、犬猿の仲であるベートを挑発しても、何故か相手が乗ってこない。

 僅かにムッとした表情を見せるアレンの心境は、構ってほしい気持ちが根底か。そこをほじくり返すとヘイトが向くために実施する者は居ないのだが、行わずとも、今回はレヴィス、そして続けざまにオッタルがやってきた事で、ヘイトがそちらに向いてしまう。

 

 何せアレンという冒険者は、“自分より強い”ことをアピールしている行為を酷く嫌う。前回の鼻血騒動においては表に出る事はなかったが、どうやら今回は違うらしい。

 

 豹変する戦闘スタイルは、露骨に力任せな暴力へ。近頃は技巧の大切さを知ったオッタルは、普段の戦闘こそゴリ押しスタイルが基準であるものの、団長としての務めを果たすこととなる。

 普段ならば相手は耳にしようともしないだろうが、今回ばかりは話が別だ。実体験を交えて真実を知る者として、オッタルはアレンに釘を刺す。

 

 

「この程度で調子を乱しては、話にならん。今ここには居ないが……お前が“本物の盾”を相手にした時、正気で居られるかは見物だな」

「んだと!?ナメんじゃねぇぞ、“ナイト・オブ・ナイト”程度――――」

 

 

 はて。あの自称一般人に、そのような二つ名はあっただろうか。

 このような疑問が浮かんだレヴィスだが、「あの御仁ではない」というオッタルの言葉で否定される事となる。所々で互いに話がかみ合わず、レヴィスの次はアレンが疑問符を浮かべる事となった。

 

 雑魚と呼ばれる有象無象を相手する片手間で、オッタルから“ナイト・オブ・ナイト”に関する内容が簡潔に語られる。曰く現在レベル7以上であり、名前の通りディフェンシブな冒険者のようで、現在はオラリオの外に居るらしい。

 とはいえ実力は侮れず、レベル7時代のオッタルですら突破できない程の耐久性を秘めているとの事だ。反面、火力はそこまで高くないものの、前衛職としては非常に厄介な部類だろう。蛇足かつザックリとした比較としては、そこから火力に少し振って防御面を削ると、ロキ・ファミリアのガレス・ランドロックが出来上がる。

 

 どうやらオッタルの一件以降、フレイヤから「ヘスティア・ファミリア、特にベル・クラネルの周辺には手を出すな」との指示があったものの、具体的に何がどうなったかは知らされていないらしい。

 今現在のヘスティア・ファミリアのメンバーがオッタルの敗北を耳にしても、「仕方ない」という旨の言葉を口にするだろう。とはいえオッタルにもプライドはあり、フレイヤがそれを守ったどうかについては、まさに“神のみぞ知る”領域となる。

 

 

「今のオレにとって、ナイト・オブ・ナイトは直近の通過点でしかない。“あの者”も、自身を“道半ば”と称していたが……上には、まさに上がいるものだ」

「おい待てオッタル、なんだその化け物は。んな冒険者がどこに居んだよ」

 

 冒険者ではなく一般人だ。と口を挟みそうになったレヴィスだが、彼女もまた一般人扱いだった事を思い出して口を閉ざした。そもそもにおいて、論点のベクトルはそこではない。

 そして「アレが“化け物”という尺度で収まるのか?」と内心で疑念を持ったレヴィスだが、まさに化け物など可愛いモノだろう。仮に、あの自称一般人を化け物とするならば、目の前の黒い竜などペット程度――――

 

 

「……嗚呼なるほど。妙に覚えがあると思ったら、ジャガ丸か」

■■■(呼んだ)ー?』

 

 

 名を呼ばれた犬のように駆け寄る姿を目にすれば、「弛んでいる」と叱りを飛ばしたくなるだろう。現に、喋りながら仕事をしているようなモノなのだから仕方ない。

 しかし彼女たちの仕事の1割もできるかとなれば、首を縦に振れる者など片手で数える程度。できる者が偶に行う“息抜き”とは、できぬ者が行うソレとは許容の大きさが段違いだ。

 

 

 ともあれ、史上類を見ない規模の連携により、幾らかの負傷者は出れど防衛網は完璧だ。盤石と表現できる布陣の下、魔導士たちは必殺の詠唱を進めている。

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