懐かしい、夢を見た。
一人の男が、なまくらの剣と盾を持ち合わせ北東方向へ駆けだす光景。始まりの牢獄の町“デビルズクロッシング”から橋を渡ってゾンビを倒す、記憶の彼方となった当時の光景を空から見ていた。
周りには、処理しきれない程に山積みとなった多数の死体。そしてかつて人間だった者は、ひっきりなしに街へと押し寄せ、生き血を狙って這いずり回る。
イセリアルに“乗っ取られる”寸前で助かり、成り行きで始まった、とあるクエスト。押し寄せるゾンビ共の発生源を壊滅させるという特攻クエストが、男にとっての初仕事だった。
最初は、各クエストのボスを倒してやるという目標を持っていた。困っている人々を助けるために、危険を顧みず、様々なクエストをこなしてきた。
そのうちに、世界に蔓延る二大勢力を倒さなければ平穏は訪れないと確信した。同時に二大勢力のそれぞれにおけるラスボスの存在を知ることとなり、最終的な目標、戦う理由が決定した。
しかし相手は、一大陸を滅ぼしつつある強大な勢力だ。ラスボスは遥か先だというのに現段階において全く以って歯が立たず、何度、嘆きの叫びを行ったかは既にカウントしきれていない。
いくら小手先の技術を磨こうとも、結果は同じ。磨き上げたと実感できる技量を容易く潰していく圧倒的な数の差と様々な魔法でゴリ押しされ、悔しさを滲ませ、何度やり直したか分からない。
己の中の戦う理由が切り替わり始めたのは、この辺りだろうと苦笑する。駆け出して右も左も分からなかった“ソルジャー”は危なげに中ボスを倒しながら、ひたすらに強さを求めていた。
やがて越えられない山場は訪れ、目的の中ボスにまですらたどり着けない。様々なジャンルの魔法が飛び交う乱戦に耐え、かつ効果的に相手にダメージを与えるビルドがあるはずだと、情報を漁りに漁った。
結果として、報復型ウォーロードというビルドに行き着いたのである。元々試行錯誤をしていた際にカウンターじみた技術を磨いていた自分にピッタリなビルドでもあったのだ。
丁度、そのビルドが台頭し始めていた頃でもあった。在り合わせの装備ながらも防御を固めた事で即死することはなくなり、小手先の技術でしのぐうちに、やがて相手を倒せるようになった。
もっとも、この段階においては与えられる報復ダメージなど微々たるものである。即死しなくなったのは、情報を集めるうちに“耐性”の重要さを知って装備に反映させたためだ。
青年は勝つために、最も効率的な装備を、神話級の装備を熱望した。もっともそんな装備を量産できるならば人間の勢力が衰えることはあり得ず、故にモンスターを倒すことでの直ドロップに望みをかける。
人類が反撃に転じたのはその頃だったと、とある軍隊を指揮していた人物の日記に書かれている。突如として現れた一人軍隊により、敵の脅威は目を見張るほどの速度で小さくなっていくこととなる。
過酷な夜明けが終わろうとも、明細な記録はどこにもなく、ただ戦場に居た者の言葉でもって語り継がれるのみ。記録にこそ残らないが、目にした者は、決してその背中を忘れない。
如何なる脅威を相手にしても決して引かず、決して膝をつかぬその者を。各方面において生き残った人々は、“
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「……」
懐かしい夢を見る時間も、本人からすれば一瞬の出来事となる。やや雲に隠れる日が顔を出しきらぬ時間帯に、青年は目を覚ました。
最後の言葉が、やけに耳に残っている。クエストをクリアするたびにその名で讃えられた頃を思い出し、懐かしさと共に口元が優しく緩んだ。
「師匠、おはようございます」
「ああ、おはよう」
表情を戻し、顔を洗いにリビングへと出る。ベルも先ほど起きたばかりのようであり、拭き残しとなっている水が少しだけ顔についていた。挨拶が終わった後に「ふぁ」と軽く欠伸をする仕草は、年相応のものを見せている。
ヘスティアがまだ寝ているために、交わされる声はとても小さい。クリッとした赤く優しい瞳が、鍛錬となれば途端に据わった漢の顔になるのだから、この宝石は見ていて飽きないものがある。
成り行きでこのファミリアに入り、成り行きで少年の師となり、成り行きで磨いてみれば宝石だった。ベル・クラネルとタカヒロとは、経過を語ればそのような関係である。
元より、この世界における青年は師と呼ばれるような存在ではない。何せ知っているのは武器と盾の使い方ぐらいであり、当時におけるダンジョンでのイロハなど、下手をしたら弟子のベル・クラネル以下の知識であった。
ならばどうするかとなった時、効果的なビルドの情報を探し求めた際の経験が生きることとなる。
かつての自分と同じ轍を弟子が踏まぬよう、本を読み漁って情報を集めていた。所詮は机上が中心であるために足りないところは多々あったものの、ひょんなことから繋がりができた、オラリオにおいて二大勢力の片方であるロキ・ファミリアでも学ぶという徹底ぶりである。
もっとも、学んだ全てをそのまま伝えるようなことはして居ない。重要なところさえ押さえておけば、あとは小手先の技術で対処できる技術をベル・クラネルは持ち得ている。青年はリヴェリアから得た知識をかみ砕いて、少年が必要としている分だけを伝えているのだ。
そんな知識を授けた彼女は、ヘスティアと同じく、青年が戦う理由を見失っていたことを見抜いていた。
自身が教えている教鞭の内容が最終的に白髪の少年に伝わっていることも、恐らくは予測済みなのだろう。そんなことを考えていると、先ほどから青年の頭の中において、先日の一文が再生される。
「……戦う理由。錆びついた目的、か」
先日耳にした彼女の言葉が、再び鮮明な様相で脳裏に浮かんだ。突如としてこの世界に来てから、己が取りこぼしていた戦う理由の1つを見つけてくれた玲瓏な声が、頭に残って離れない。
顔を洗って拭きあげるタオルに吸い込まれるように、ポツリと言葉が呟かれた。少しだけ前髪にかかった水が滴る様相は、鉄粉を落とす薬剤が流れるようである。拭きあげると部屋へと足を向けてドサッとベッドに倒れ込み、天井を見上げて思いに耽った。
貰った言葉の最後にある古い理由、つまるところの原点回帰。己が戦ってきた理由は何だろうかと思い返し、瞬きよりも早く、答えの1つを思い出した。
権能を振りまき襲い掛かってきた神々に対し、回避行動無しで真っ向から殴り合って屠れる程の戦闘能力を保持すること。
それが青年が最終的に掲げた、物理報復型ウォーロードが位置する目標だ。一応は達成しているものの、改善の余地があるはずだと、なお上を見続けた項目である。
広範囲攻撃で雑魚を一掃するような、英雄のような魔法や大技を使えることもなく。ただ純粋に殴り合って時たま突進するという、見た目としては非常に地味な原初の戦い。また、純粋な火力だけ見れば、これよりも上に居るビルドは数多い。
しかし彼のビルドは神々の一撃を受けても崩れない堅牢さを持ち合わせ、神髄がそこにある。コモン等級のセレスチャルに至っては何もせず突っ立っているだけで屠れる域に達している程であり、“メンヒルの化身”という二つ名に恥じぬよう、更なる高みを求めて装備を更新し続けていたのも事実である。
別に今更、現世への未練など何もない。ならばこの世界は、あくまでステータスや装備関連についてアップデートが適応された新規の環境なのだと割り切った。
この世界にはステイタスというモノがあるが、己の能力は、かつてのステータスやスキル、装備性能や星座の効能に依存していることは明らかだ。故に能力面の仕様は変更されておらず、ヘファイストス・ファミリアで見た
となれば、アップデートを含めて仕様変更があった際におけるハクスラ民のお約束、装備更新のお時間が開幕となるわけだ。事実、耐性については過剰と言う二文字が匹敵する程の数値となっているために改善の余地が生まれている。
すると、どうしてだろう。装備更新のために俄然やる気が湧いてくるのだから、本人にとっても不思議なものである。既にどこの装備を更新しようかと考えが巡っており、代わりの装備についてもある程度の候補が生まれていた。気づいたら既にヘスティアは起きており、30分の時間が一瞬で消えるのもご愛敬である。
パッと見で変更により火力向上が期待できる箇所は、手と肩の部位。その他の部分については、全スキル+1や強大な報復ダメージなどがあるために、代替は難しいことになるだろう。
一方で手についてはAffixこそ優秀な物を選別したものの在り合わせの自作品であり、ベースとなった防具だけを見た際の性能は今ひとつ。故に己のビルドを高みに登らせることができるとすれば、現状で考えられるのは、この2つの部位ぐらいである。
過去にドロップした報復ウォーロードにピッタリとなっているMIのいくつかは、収集癖により何種類かのストックがあるために使い道もあるだろう。
直ドロップに期待できない以上、残された道は“作る”しかない。そうなれば並の鍛冶師では手に負えないだろうが、偶然と、その道の頂点は知っている。一人の鍛冶師の顔、最初に自分に対して声を掛けてきた彼女の顔が頭に浮かび――――
「……ん?この鐘、しまった!」
ふと、外から鐘の音が入って地下室に響いていたことに気づく。もしかしてと飛び起きて外に出ると、思いっきり遅刻一歩手前となっていたことに気が付いた。既にベルやヘスティアの姿は無いものの、彼もまた用事がある事に変わりはない。
14個ある装備のパズルとは、考えるだけで飛ぶように時間が過ぎるものである。寝る前に考えていたら夜も更けていたことなど日常茶飯事であり、何度、睡眠時間が削られたかとなれば、彼も数えることを辞めている。
ともあれ遅刻寸前であることに変わりは無く、彼は鎧を着こむと朝日というには少し遅い日差しの下、誰にも見られない位置では“堕ちし王の意志”まで使って足を急ぐ。待ち合わせのところにロキ・ファミリアの面々が揃っており、青年が早歩きにて最後尾に合流したところで、バベルへと足を向けた。
タカヒロが鎧を着こんで居たのはこれが理由であり、ロキ・ファミリアにおける新米冒険者パーティーの見学となるようである。珍しく40秒ほど遅刻した彼の横にリヴェリアが並び、互いに進行方向を見ながら言葉を発した。
「すまない、少し遅くなった」
「秒単位だ、気にするな。とはいえ遅刻とは珍しいと思ったが……どうした、いつもに増して気合が見られるぞ」
「君がくれた言葉のおかげ様だ。ありがとう」
「っ!?」
予想外の言葉に少しだけ驚くリヴェリアが彼に目をやるも、フードの下に覗く口元はいつも通りで変わらない。一方で彼女が感じたやる気スイッチの件はどうやら事実のようで、彼も発言を否定することはしなかった。
それよりも、ああ言えばこう言う彼が、素直に礼の言葉を述べるなど夢にも思わなかっただろう。思わぬ不意打ちを受けた彼女は、ほんの僅かに頬を赤らめて、反対の頬に人差し指の爪の先を滑らせていた。
書きたいことをリストアップしていたらラブコメに近づいてきた…