その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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鮮度は大事です?


37話 産地直送

 ダンジョン51階層。洞窟が入り組んだようなエリアとなっており、滅多に人が訪れることのないこの深層においては、さほど戦いは起こらない。

 直ぐ上の階層がセーフゾーンである50階層ということもあるが、基本として、モンスターと言うのはモンスター同士では争わない。となれば、人が来ない限りは戦闘が発生しないのも当然の事象なのだ。

 

 とはいえ、最近の事情では話が変わる。モンスターたちも見たことのない極彩色のイモムシ型の輩が各階層を荒らしまわり、俗に言う同胞も数多くが屠られた。

 故にイモムシを見かけた場合は問答無用で戦闘が発生しており、故に治安状況は非常に悪い。ダンジョン内部で治安がどうこう述べるのもオカシな話ではあるものの、以前と比べれば明らかな危険地帯となっていた。

 

 

 害を受けているのは、デフォルミス・スパイダーと呼ばれる蜘蛛型のモンスターも同様である。51階層に生息し、赤と紫が混色した巨大な蜘蛛だ。

 八本の脚が特徴で、オリジナルの蜘蛛のように単眼を複数持つ。吐き出す糸を浴びれば身体の自由が阻害され、度が過ぎれば拘束されることとなり、そうなれば命を落とす事となるだろう。

 

 もっともイモムシからすれば話は別であり、強烈な酸を使えば遠距離合戦も可能であり糸を溶かすことなど造作もない。故に相性的には有利な関係となっており、イモムシの一行による狩りが行われていた。

 抵抗するデフォルミス・スパイダーだが徐々に徐々に数を減らされ、此度の紛争もイモムシ側の勝利となる。100匹程のデフォルミス・スパイダーが、各地点で散ることとなった。

 

 それを襲っているイモムシの目的は、モンスターの魔石を集めること。これが遠洋漁業の類ならば、大漁旗が掲げられている度合の収穫高となっている。

 それほどの量の魔石を集めたイモムシは、目的地である59階層へと帰るために踵を返し――――

 

 

「またお前らか。イモムシはお呼びではないんだが……」

 

 

 “堕ちし王の意志”の直撃を受け、集団ごと木っ端みじんに飛び散った。イモムシが集めた魔石も飛び散った酸で溶けているが、青年にとっては関係のないことであり、目的は別にある。

 イモムシが無視を決めていたドロップアイテム、デフォルミス・スパイダーの糸を収集することが目的だ。それらしきアイテムを拾ってインベントリに突っ込む作業を繰り返していた時に、先ほど花火となったイモムシと遭遇したわけである。

 

 今のドロップ品確保で、合計87個。「そう言えば必要数を言われていないし聞いていなかった」と思い返した青年は、確定ドロップではないと知りながらも、とりあえず1スタック99個を集めるかと呑気に考え、51階層を山手線の如くグルグルと周回しているのである。

 おかげさまでデフォルミス・スパイダーのついでに彼に喧嘩を売った他のモンスターも屠られており、インベントリには関係のないアイテムや多量の魔石が収まっている。戦いを行う者がほぼほぼ全滅しているために平和という、なんとも皮肉な平和を誇る51階層が、この時ばかりは存在していた。

 

 なお、現在138周目。今となっては湧きパターンも把握できているために効率的だ。モンスターも意地を張らずにさっさと糸をドロップしておけば、ここまで虐殺が長引くことも無かっただろう。

 傍から見れば奇行としか見られない行動をやっているうちに、やがて1スタック99個が集まり切る。次は58階層だったなと呑気に考え、青年は、隣町に買い物しに行く気分で52階層へ繋がる階段を降りていく。

 

 すると、どうだろう。「ようこそ52階層へ」と言わんばかりに、下方から放たれた攻撃の気配が伺える。前回と同じく直径15メートルほどの火球攻撃の直撃を受ける彼だが、“コルヴァーク(セレスチャル)”を相手した際に受けたダメージの炎と比べれば無傷もいいところであり、強靭な回復能力によって被ダメージは皆無となっているのはご愛敬だ。

 とここで、彼の脳裏に彼女の授業が思い浮かぶ。58階層からの火球攻撃で作られた穴に落ちると58階層へ直行となり、6階層にわたって開いた空間の“横穴”から当該階層に生息するワイバーンが飛び立ち、落下中に多数のワイバーンに襲われるという内容だ。

 

 

 “そうなる危険”から遠ざけるために、あの授業があったのだろうと言うことは痛いほどに伝わっている。それでも帰りの便を考慮しなくて良い青年は、確実かつ速達なルートを選択したいのが本音でもある。

 装備の為ということもあって、今の彼の思考回路は単純かつ素早い。せっかく盛大な歓迎をしてくれた相手に応えるため、と言い訳をして心の中で彼女に謝ると、直径15メートルほどの穴に向かって飛び込んだ。

 

 

 

――――火球が命中したと思ったら無傷な人間が上から降ってきたでござる。

 

 落下してきたイル・ワイヴァーンを強く踏みつけて落下の慣性力を相殺し、58階層に着地した鎧姿の相手を見たために出てきた感想。それが、ヴァルガング・ドラゴンが抱いた最初の感想であり、心の中における遺言と相成った。

 直後、落下中に彼を攻撃し、例によって即死したイル・ワイヴァーンの死体の群れがボトボトと山のように積み上げられることとなる。何が起こったのか分からず呆気にとられるドラゴンの群れだが、間髪入れずに突進術が放たれ多数の意識も沈むこととなる。

 

 モンスターがダンジョンで生きるという権利を簒奪するかの如く、さも当たり前のように一撃でもって生命力を刈り取る凶暴さ。いつかカドモスを屠った時と同じスキルや恩恵を有効化している青年は、効率よく依頼のアイテムを1スタック集めるために攻撃力を高めていた。

 大柄なドラゴン故に攻撃の際は懐へ飛び込んでおり、下手にドラゴン側が攻撃を行えば味方に命中することは明白である。故にロクに動きも取れず連携も失っており、対処する術が生まれない。

 

 もっとも、だからと言って何もしなければ、みるみるうちに味方の数が減るだけだ。相手が持つ盾が振るわれるたび、複数の仲間が散っていく。

 しびれを切らした者が人間に攻撃をするも、逆に四散して屍を残すだけ。故に、モンスターが辿る道は51階層と同じである。

 

 いつかロキ・ファミリアを相手にミノタウロスがとった行動の再現ではないが、モンスター側が逃げ出す光景がそこかしこで発生中。前階層へ続く階段の広さ故に物理的に上層へは逃げられないものの、58階層で大運動会が発生している阿鼻叫喚の状況だ。

 

 

 残念ながら、装備のために戦っている青年(装備キチ)からは逃げられない。平和な58階層の村にやってきた殺戮者によって殴打されるハック&スラッシュな光景だが、2枚の盾が奏でる殴打の音は鳴り止まず、鱗が82枚と牙が120個ほど溜まった今でも止まらない。

 

 

「何度も言わせるな物欲センサー。牙ではなく、鱗だと言っている――――!」

『■■■――――!?』

 

 

 そして彼にとって一番の大敵である物欲センサーも、しっかりと仕事を行っていた。2つあるうち望んだほうがドロップしない「あるある」の状況が先ほどから続いている。

 それでも絶対数でゴリ押しすればいつかは終了するものであり、たっぷりの必要素材とついでに集まった魔石に対し、青年も大満足。その感想は、タイムセールで目的のモノを買い込めた主婦の心境と似ているだろう。

 

 咳払いも木霊する程に静かな58階層で、リフトを開き。いつものオラリオ地上、西側へと帰っていくのであった。

 

=====

 

 

「神ヘファイストス、依頼の品を納品する」

 

 

 日帰り一人旅行で58階層へと赴いていたタカヒロは、一度ホームへ戻って着替え、時間を潰すとバベルの塔へと足を運んでいる。閉店直後を狙ったこともあり、そのままヘファイストスに取り次いでもらっていた。

 もっとも58階層となると到達するだけでも早すぎる日付しか経っていないのだが、ヘファイストスとて、まさか現地調達しに行っているなどとは夢にも思っていない。そこかしこの商人を伝って、どこかのファミリアで温存されていたモノを手に入れたのだと判断している。

 

 布生地に包まれたドロップアイテムを机に広げ、タカヒロは品質を確かめてもらうよう依頼する。現物を手に取って職人の目で見定めるヘファイストスだが、いつかのカドモスの被膜の時のように産地直送で品質が良すぎるドロップ品に目を見張っている。

 チラっと青年を見るも、「合格ラインか?」と言いたげな真面目な表情をしており「凄いやろ!」的な自慢要素は伺えない。故に、単に品質について問題が無いかを真面目に問いているのだろうと捉え、ヘファイストスもドロップ品については合格の返答を示している。

 

 ここで逆に、作成には何個が必要なのかと青年は問いかける。実のところは1個だけでもガントレットに対しては相当量のものがあるものの、万が一にも2スタックなどを要求されれば、今すぐ50階層へ突撃する用意があった。

 もっとも、そんな青年の心配もなんのその。結果だけで言えば、至極当然のものに他ならない。

 

 

「1個で良いわよ。……なにか嫌な予感がするわ。ねぇ、いくつ“ある”の?」

「ん?(提供したのは)一個ずつだが」

「……本当?」

「疲れているのか?どう見ても一個だろう」

 

 

 直感的に嫌な予感を抱いて物言いたげな視線を向け、ヘファイストスはすぐさま魂を見る。しかし嘘ではない故に、神様判定の結果はセーフ。

 

 怪しげな空気の中、続いて出されたデフォルミス・スパイダーの糸も、十分に合格なレベルとなっている模様。ヘファイストスも金属の一欠けらを手にしており、これらをベースにガントレットを作るようだ。

 これにて、必要な素材の準備は完了したこととなる。あとは、文字通りのヘファイストス次第ということになるだろう。

 

 

 しかしながら、彼女は不安を覗かせている。青年が要望した「星々から得られる力」というのが、12星座で有名なオリンポスの神話に登場する彼女、そしてその腕前をもってしても、どうにも表現しづらいというものだ。いくらか品質を落として試作してみたものの、そこだけが、どうしても上手くいかなかったようである。

 だったら。ということで、突破口になるかもしれないと、タカヒロは1つのアイテムを取り出した。ジャンルとしては、増強剤と呼ばれる代物である。

 

 アイテム名を“強力なスターダスト”。元々は両手武器に使用することができる増強剤なのだが、その基は“注意深く集められた流星の塵”。そう言った意味では、一種の金属に近いものがあるだろう。

 見たことのないアイテムを見つめるヘファイストスは可愛らしく首を傾げており、タカヒロが聞いてみると、どのようにして使うか迷っているようだ。どうやらモノとしては彼女が心配していた部分の突破口になるかもしれないとのことで、興味深く見つめている。

 

 

「色々と試してみたいわね……。余裕があったら、今のアイテムをもう1つ貰えないかしら?」

「わかった。まだ在庫はある、足りなくなったら言ってくれ」

 

 

 鍛冶の神ヘファイストスをもってしても、そう簡単にはいかない内容。相手の視線からそのような内容を判断したタカヒロも、上手くいくかどうかと気が気ではない。なおその心配とは裏腹に、見たことのないアイテムで興奮しかかっているというのが彼女の真相だ。

 タカヒロがガントレットの作成日数を聞いてみるも、最低でも5日ほどと返事が来ており、それ程までに多くの日程を必要とするようだ。普通のガントレットならば1日あれば2つは作れるという補足説明が、今回の難しさを物語っている。考えが脳内を駆け巡り唸りに唸っているヘファイストスに挨拶をし、タカヒロは部屋を出た。

 

 

 そして帰り際、突然とヴェルフに呼び止められることとなる。どうやらベルがナイフを発注していたらしく、数本を預かって持ち帰ることとなった。そのうちの一本は、特徴的な赤色の刃を成している。

 ミノタウロスの角を加工したモノで名前は“牛短刀(ミノたん)”と言うらしいが、相変わらず前衛的なネーミングセンスである。それと似て物自体も相変わらずの芯の据わったものであり、ヘスティア・ナイフには到底及ばないが、攻撃力の底上げには有効だろう。

 

 また、許可を貰って普通のナイフをホルスターから引き抜く。こちらも例にもれず丁寧に作られた品であるが、タカヒロが今までに見てきたものとは異なっていた。

 

 

「……おや?腕を上げたなヴェルフ君、以前のナイフとは別物だ」

「わかりますか!?いやー、嬉しいなー……!」

 

 

 己は変わらずレベル1であるために鍛冶のアビリティは発現していないものの、技術の試行錯誤を認められ、嬉恥ずかしでヴェルフの頬がほんのりと色づく。内訳を示すならば素材の類は一切変えておらず、本当に技術だけで性能を伸ばしているのだ。

 色んな意味で気になった名前を尋ねてみると、“兎牙-MkⅢ”。いつのまにか第二段階があったらしいが、彼のナイフを手に取ったのは久々だったために気付かず、恐らくミノタウロス戦辺りではMk-Ⅱになっていたのだろうと判断している。

 

 ともあれ納品依頼の件については了承し、ヴェルフと別れたタカヒロは帰路についた。

 

 発注直後だというのに既に己のガントレットの行方も気になるが、一体どのような装備が出来上がるかは、モノが出来上がって手に取ることになるまで分からない。それでも可能性があるならば、そのアイテムを求めるのがハクスラ民だ。

 鍛冶において一切の手を抜かない彼女が、久方ぶりに本気で挑む一品だ。妙な話だが、それこそどんなエンチャントが付くのかは、ヘファイストスでも分からない。

 

 せっかく“彼女”の一言から始まった流れであるために、望みの物ができればいいなと思いつつ。一方で、以前に思い浮かんだ欲張りチート装備は無理だろうなと考えながら、夕日が傾く中、タカヒロは教会へと足を向けるのであった。




■強力なスターダスト
・注意深く集められた流星の塵の、 アルケインの特性が衰えることはない。
*両手武器用の増強剤。
+90% 冷気ダメージ
+90% 雷ダメージ
+90% 凍傷ダメージ
+90% 感電ダメージ
+8% ヘルス

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