その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

38 / 255
38話 レベル2の英雄 の受難

 翌日。日課となっているベルとアイズとの鍛錬が終わり、昼食時も過ぎた頃。

 

 ベルが訪れた黄昏の館の鍛錬場では、和やかな声が響いている。先日のミノタウロスの一件で負傷した引率者が回復したとのことで、是非とも御礼をさせて欲しいと、フィンからベルを招待した格好だ。

 彼の目に映るベル・クラネルという人物は、もはやレベル2の冒険者ではない。絶対的な力で言えば己の方が遥かに上なれど、アイズと同じく一流の戦士に興味を持ってしまっている。

 

 実のところ、ベル・クラネルと同じく英雄願望を抱いているこのアラフォー。こちらは明確な目標を抱いているが、実のところ戦う理由の根底は似たようなものなのだ。

 当時のパーティーメンバーもこの場に居り、ランクアップの称賛と同時に「是非また、一緒に潜りましょう」と提案を行っている。一足先にレベル2になったベルであるが、学ぶことはまだまだこれからであるために、花の笑顔でその提案を受け入れていた。

 

 今回は眷属を直に守ってくれたということでロキも場に出てきており、選挙立候補者のごとく固い握手を交わしてベルに礼を述べている。ヘスティアとは仲が悪い彼女だが、己の眷属の命が絡んでいる此度の件となれば話は別だ。

 引率者を筆頭とした七名のなかでは、既にベル・クラネルは英雄的な扱いに等しい。とりわけ称賛以外の感情が混じっているのが、当時の引率者の女性である。その感情が何であるかはさておくとして、その目は明らかに輝いた様相でベル・クラネルを見つめていた。

 

 一方の私服に着替えたアイズからすれば、お気に入りだった白兎を独り占めできずに不貞腐れている。天然センサーがベルに対する尊敬以外の感情も受信しており、それが何かは分かっていないものの、不貞腐れ度合は一入だ。

 フィンやロキと会話するベルの後ろからプクーっと片頬を膨らませて凝視している光景に、目を合わせられている引率者の女性も何事かと怯えている。結果として、積極的に話しかけることができずにいる程。アイズは露骨さを隠そうともしていない。

 

 結局アイズは実力行使ということで、ベルの周りに集まりだす冒険者に交じって移動し、ちゃっかり横に付けている。ベルの会話の対象はフィンであるものの、その点は仕方ないかと割りきりを見せていた。

 それにしても随分な人だかりとなっており、ベルは困惑した表情を隠せていない。ツンデレ狼人は二階のテラスから眺めているのだが、仕方のない事だろう。ワタワタとする仕草を見たアイズが肩に手を置いて、その症状は治まった。

 

 

「騒がしくてすまないね。でも、みんな気になっているんだよ。あの戦いは、本当に見事だった」

「ありがとうございます。ですが凄いのは僕じゃなくて、師匠に学んだ技術の賜物で」

「なんで貴方がアイズさんの横に居るんですかぁ~!!」

 

 

 そんな白兎の声を耳にし馳せ参じた山吹色のエルフによる絶叫が、ロキ・ファミリアの中庭から木霊する。なかなかの大音量に、執務室に居るリヴェリアの手がピタリと止まった。

 ロキ・ファミリアのメンバーをミノタウロスから救った英雄、故に今日は来賓として来ている少年に対し叫び声をあげるなど、拳骨か、雷か。それとも両方かと内心で考えて立ち上がると、朝から黄昏の館に入り浸っている青年が、宥めるように声を出す。

 

 

「立ち向かった本人が礼など気にするなと言っていたんだ、放っておけばいいさ」

「ロキ・ファミリアとしての体裁がある、そうはいかん。行くぞ」

 

 

――――え、自分も?

 

 という本音は口に出せないが、勉強している態勢のままで横目見る。すると目に力を入れて細める彼女の表情が「来い」と圧力をかけているために、青年は渋々従った。

 今日中に終わらせろと指示が出ていた問題集が目の前にあるのだが、中庭の応対が長引けば支障が出るだろう。黙っていれば良かったかと溜息をつきながら、ゴロゴロと鳴っている雷がこちらで落ちても困るために、大人しくリヴェリアの後ろに続いていた。

 

====

 

 

「クラネル君。お客様の立場にお願いするのも恐縮なんだけど、良かったら組手をお願いしてもいいだろうか」

 

 

 始まりは、ふと誰かが口にしたこの言葉だった。一瞬の間をおいて、俺も私も自分もと、タイムセールに群がる主婦の如く全員がベル・クラネルに殺到している。

 ここがロキ・ファミリアということで美女揃い、かつ女性の比率が高いということで群がる女性も非常に多い。故にアタフタしているベルを見たアイズの表情は猶更の事、冬ごもりの準備をするリスと化している。

 

 

「団長が口に出しちゃダメなんだろうけど、ボクも、是非とも相手して貰っていいだろうか」

「待てフィン、ワシが先じゃぞ」

 

 

 あのロキ・ファミリアのレベル5や6ですら、寄って集って零細ファミリアのレベル2に対して詰め寄っている、この惨状。助けてアイズさんと言わんばかりに後ろを見るも、いつの間にか周りと同じ目をしていたのでベル・クラネルは諦めた。

 そんななか、ドアが開かれてリヴェリアとタカヒロが中庭へとやってくる。一部エルフの取り巻きがそちらに反応したために、全員の視線がそちらを向くこととなった。

 

 少年にとっては、まさに助け船だろう。一瞬の隙をついてダッと駆け出してタカヒロのもとに移動すると、その後ろに隠れてしまった。

 こうなってしまうと、たとえフィンとて口出しできない。騒がしさは収まり、ザワザワと静かな声が聞こえる程度だ。普段は誰も口には出さないが、“謎の青年”とはロキ・ファミリアにおいて、それ程の立ち位置に存在している。

 

 

「……露骨だな」

「はは、露骨にもなるよ」

 

 

 しかしフィンたちは、お願いすることはできる。全員から露骨な視線を向けられたタカヒロとフィンの間で、2-3分の“お話し合い”が開催されることとなった。流石のリヴェリアも、この空気を割ってレフィーヤに対し雷を落とそうとは思わないらしい。

 ベルのやる気を出すためにタカヒロの提案で、アイズを護衛対象とした模擬戦闘が決定されることとなった。ついでに横に居たレフィーヤまでもが護衛対象となっているのはご愛敬であり、彼女は相変わらず、ベルに対して強い言葉を放っている。

 

 

「な・ん・で!貴方が!アイズさんを守ることになったんですか!」

「あはは、文句でしたら師匠とフィンさんに」

「言えるわけないでしょう!!だいたい何なんですか貴方は、無詠唱魔法だけでも在り得ないんですよ!?それに一か月と七日でランクアップ!?果てにはレベル1の鍛冶師が作った武器で倒すなんて」

「随分と詳しいな、レフィーヤ君」

 

 

 青年が呟いた据わった一言で、場が凍る。正直なところさっさと終わらせたかったために、模擬戦闘の提案も含めて口を挟んだタカヒロだが、傍から聞けば「レフィーヤがベル・クラネルのことをよく調べている」といった内容だ。

 ということで、もうちょっと変換するとなると「レフィーヤがベル・クラネルに興味を持っている!」という内容。別に間違ってこそおらず正解ながらも、誰よりも先にその内容に辿り着いたレフィーヤ本人は、顔を真っ赤にしながら「違います!!」と叫び、タカヒロが微塵も思い描いていない“何か”を必死に否定していた。

 

 

「タカヒロさん……」

「ん?」

 

 

 ギャーギャーと山吹色の声が後ろから響く中、タカヒロは武器が沢山入ったボックスから一枚のラウンドシールドと刃の潰れた片手剣を取り出している。何か言いたげに青年の名前を呼び目線をガン合わせしてきたアイズに目を合わせ、次に彼女が目線を向けたベルの更に前で盾を構えて少しだけ腰を屈めると、フィンに対して向き合った。

 

 

「お客様として招待したんだけどね。無茶な要求に応えてくれて感謝する」

「その対象はベル君だろう、自分はいつもの日課で来ているだけだ。あまり時間が無くてね、一度だけならば相手しよう」

「ありがたい、胸を借りるつもりで挑むよ。じゃぁ、いくよ。クラネル君はいいかな?」

「はい。師匠、最初の一撃はお願いします!」

「分かった、槍の方は受け流そう」

 

 

 フィンの足首に力が入り、瞳がカッと開かれる。何せ、相手はベル・クラネルよりも気になっていた“謎の青年”なのだ。

 相手は52階層にソロで来るような人物。今の今まで物凄く気になっていた人物ながら、色々と迷惑ばかりかけていたために探るに探れず、その実力は未だ未知数。

 

 相手は鎧を着ていないために本気の武器は使えないが、これで、いくらかの実力は明らかとなるだろう。フィンは持てる力を振り絞り、実戦と変わらぬ速度の突きを放つこととなった。

 実戦で放つような速度なれど、やはり青年は間髪入れずに反応する。左手の盾を右に向けて槍の側面に当て、曲面部分を使って左側へと受け流し――――

 

 

「あれっ?」

「えっ?」

 

 

 突き付けられた槍だけは、フィンも驚くほどの正確さで、誰も居ない左側に向かって奇麗に泳いでおり。てっきりそのまま身体ごと弾き飛ばすのだとばかり思っていたベルだが、疑問符を口にしつつ、目論見は外れることとなる。

 槍が逃げる力を利用した手癖の悪さによって、小柄なフィンの身体だけが、青年の真後ろにいたベル・クラネルに直撃した。そしてそのまま弾かれるように、ベルの身体は、守護対象である後ろに居るアイズへと向かってストライクするわけである。

 

 なお、アイズからすればウェルカム・バッチ来い。回避する気など、これっぽっちも持ってはいない。

 両手で自分の身体を庇うような仕草を見せながらも、あからさまなキャッチング態勢に移行した。結果としてそこにベルが綺麗に飛び込む形となり、彼女は受け止めて芝生の上に倒れ込むこととなる。

 

 結果的に何が出来上がるかというと、いつかのクラネル・マットレスの逆バージョン。軟らかい感触と優しい香りが少年の顔を包み込むと共に、もちろん血圧は急上昇。

 すぐさま体を起こして全方位に対して土下座を始める少年だが、状況が過去に戻ることなど有り得ない。真横で蒸気機関車となっているレフィーヤを筆頭に、目撃者は大多数の状況だ。

 

 

「あ、あ、あなたって人はあああああ!!」

「ごごごごごめんなさいアイズさん!!っていうか、変な受け流しをしないでくださいよ師匠!フィンさんの突進が全部こっちにきてましたよ!?」

「心外だなベル君、“槍”は宣言通りに受け流したぞ」

「もぉー師匠のばかああああ!!」

 

 

 屁理屈を述べる、相変わらずの仏頂面な青年からすれば確信犯。真後ろから青年の技術を見ていたベルからすれば、まさに雲の上の技術の無駄遣いである。

 満足気に半目のままサムズアップしているアイズに対しアイコンタクトするタカヒロは、“これでいいかね”という内心だ。この仏頂面の青年、ベル・クラネルで遊んでいる上に、やはり“アイズ語”の基礎程度を解読できている。

 

 一方で、傍から“見えていた”者からすれば、叫び声をあげる本人たちと違って余裕がない。盾によって隠れていなかった部分が最もよく見えていたガレスに至っては、目を見開いて青年を凝視してしまっている。

 あのフィンの槍だけを的確に流し、かつ後ろに居るベル・クラネルの動きを読み切り、あまつさえフィンの身体だけを正確な角度と威力で直撃させる防御能力。平然と出された今の攻防にどれほどのものが詰まっているかは、彼ならば容易に分かることだった。

 

 

 ――――パッシブスキル名、シールドトレーニング。

 盾を使った戦闘技術における応用術で、手捌きや専門的な動作精度・速度が向上し、大きく重い盾が何の障害にもならない事を確立した技術。彼が持つ、小手先の技術を更に高める代物だ。

 

 

「……戦士タカヒロ。一度だけと口にした言葉、どうにか撤回できぬかの」

「撤回はできない。早々に切り上げて課題を終わらせねば、どこかの誰かが放つ雷魔法が落ちるのでね」

「ほぅ……」

 

 

 ピクリと、とあるハイエルフの片眉が下がる。数メートル離れた位置に居るはずだが、地獄耳なのか意識を向けていたのかまでは不明なものの、どうやら、しっかりと聞こえているようだ。

 一方で盾を使う同職故か息ピッタリなガレスとタカヒロは、互いに仏頂面のまま会話を続けている。意味ありげな回答をした青年の言葉に対し、ガレスが乗っかって発言を返していた。

 

 

「誰とは言わんが、その魔法は持続時間が長すぎる。ああ、確か緑髪だったか」

「誰とは言わんが、なんじゃ、とうとう10個目の魔法まで取得しおったか。ああ、確かエルフじゃったの」

「誰とは言わんが、何を今更、元からだろう。ああ、確か魔導士だったか」

「誰とは言わんが、それもそうじゃの。ああ、確かロキ・ファミリアの副団長」

「誰と誰とは言わんが、そこに並べ!!」

 

 

 山吹色の絶叫に混じってリヴェリアから声が上がり鬼ごっこがスタート、盾職の二人がランナースタイルで駆け出している。扉を吹き飛ばしてしまうので突進スキル“堕ちし王の意志”は使えないが、ステイタス的な数値はゼロながらも、彼の脚力からすれば後衛職から逃げ切るのは十分だ。

 なお残念ながら、元より敏捷に劣るガレスは捕まっていた模様。言い出しっぺであるタカヒロを確保できなかった恨みも積もった説教が、黄昏の館のホールに響いていた。

 




・シールド トレーニング(レベル5)
盾を使った戦闘技術の広範な研究で、手さばきや専門的操作が向上し、盾が何の障害にもならない事を保証する。
-7% シールド回復時間
+7% シールドブロック率

備考:
 GrimDawnにおける盾のブロックは、盾ごとに回復速度(秒数)が設定されています。これが1秒の場合、ブロック判定の発生後1秒すると、再度ブロック判定が行われるようになる感じです。
 そのため、このパッシブスキルがあると(例えば-10%の場合)ブロック回復速度がマイナス10%となり、ブロックしてから0.9秒後にブロック判定が発生するわけですね。
 回復秒数が長い盾ほどブロック率やブロックするダメージ量が多く、回復秒数が短い程、ブロック率が低くブロックするダメージ量が少ない傾向となっています。
 ちなみにですが、タカヒロの盾はダブルレアMIで中間の性能となります。ブロック率・量がどうこうより、付属するスキルや装備効果目当ての採用です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。