その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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42話 サンプル博覧会

 

「……凄まじい光景だ。ガントレット専門店と言われても、シックリくる」

 

 

 早朝、ヘファイストス・ファミリアの開店前。先日の夕方にヘファイストスから連絡を貰ったタカヒロは、この時間にバベルの塔へと足を運んでいる。

 本来ならばリヴェリアの教導があった日なのだが、急用ということで先日のうちに休みの連絡を入れていた。時間も遅かったために直接は会っておらず門番に伝言を依頼した形ではあるものの、そのあたりの連絡はしっかりと行っている。

 

 

 そして青年の身は、ヘファイストスの執務室にあるというわけだ。ズラリとテーブルの上に並べられた数多くのガントレットは、どれもこれもが一級品であることに揺るぎは無い。しかしながら作成者曰く、「こんな程度のものを貴方に売るわけにはいかない」と不満げな様相だ。

 規律正しく並べられている光景には、彼女の性格が表れている。己と似てズボラなワイシャツ姿なれど、几帳面な性格であることは確かだった。

 

 

 なお、並べられている品々については、全て右手のみしかない試作品。依頼主が提示した3つ+不壊属性(デュランダル)を付与しようと、ああだ、こうだとヘファイストスが色々と実践した結果に生まれたものだ。

 当の本人は、不甲斐なさを詫びるように眉間に手を当てている。依頼を請け負った時に「任せて」と口にしておいてこの現状であるために、申し訳が立たない心境らしい。

 

 ということで、彼女曰く、心の癒しが必要とのこと。先日に見せてもらったガントレットをもう一度見たいとの要望で、タカヒロはインベントリから当該のガントレットを取り出した。

 執務机の上に置くと、彼女はウットリとした表情で眺めている。それでいて吐息がかからないように、決して触らないようにしている点は、職業柄と言ったところだろう。専門家が骨董品の鑑定を行う時と、様子は似ている。

 

 

「何度見ても、溜息が出る程に見惚れちゃうガントレットだわね。貴方、どんな素材をどうやったら、こんなモノが出来上がるのよ……」

 

 

――――そこに3つの“スクラップ(屑資材)”があるじゃろ。それと“突然変異性膿漿”(とあるアイテム)を用意して設計図を見ながら鍛冶屋でコネコネすると、出来上がるんじゃ。

 

 などというぶん殴られそうな軽口(事実)は絶対に言えず、相手が神であるために「オラリオには無い素材」ということで言葉を濁している。装備要求レベルがステイタスのレベルにまで適応されるのかはわからないが、こんなものをポンポン作っていては物理的な意味で闇に葬られることになるだろう。

 屈んで目線を合わせ、宝石を鑑定するかの如く“ストーンハイド・プレイグガード グリップ・オブ ブレイズ”を眺める彼女。ならば最上級レアリティである神話級のレジェンダリー品質を誇る武具を見たならばどうなるかと、青年の悪戯心が顔を出しかかるが抑え込んだ。

 

 防御系、報復系について何かヒントが欲しいと言われればサンプルとしていくつかの装備を出せるが、星座についてはタカヒロが知るAffixもなく、全くの初チャレンジ。青年からすれば、どう頑張っても上がる要素の無い祈祷ポイントが1つでも上がれば狂喜乱舞の代物だが、星座の恩恵を得る仕様上、壊れた場合には戦闘能力が一気に低下しかねないために、不壊属性(デュランダル)は必須条件となるだろう。

 ヘファイストスも、不壊属性(デュランダル)は何としても付けたいと口にして居るので、その点については安心できることだろう。劣化度合も気になるが、なるべく負荷をかけないよう立ち回る己の技量も重要となることは確かなはずだ。

 

 もっとも、これらは「たられば」に似た話である。そもそもにおいて、そんな装備効果が生まれ出ることを前提としているのだ。そしてガントレットは盾に隠れることになるために、実質的な損害も少ないものになるだろう。

 

 

 とここで、タカヒロ的にはクエスチョンマークが出る要素が1つだけ残っている。己が納品したドロップアイテムは1つであるために、これほどまでの量のガントレットを作るには足りないのではないかという内容だ。

 

 聞いてみると、熱が入って思わず自腹で買ってしまったと、照れながら答える可愛らしい内容。流石は暇だからと地上に降りてきた神である、己が持つリソースは趣味に全振りらしい。

 50階層以降のドロップアイテムであるために安くは無いはずだが、そこは天下のヘファイストス。5-6個を買い揃えても、財布には影響がない程度だ。

 

 ということで、そんなことならと、青年はインベントリから50枚ほどの鱗と数個の糸を取り出してガントレットの横に並べている。足りなかったら言ってくれと、鍛冶師からすれば頼もしいことを口にしており、彼女が魂を見る限り嘘ではない。

 そんな光景に、おめめキラキラで口を開き、そこからハワワと言葉を出さんばかりの表情を浮かべるヘファイストスは、祭りの会場でワタ飴を見つけた子供である。もし尻尾が付いていれば、千切れんばかりの速度で振られているだろう。そのうち椎茸と化しそうな瞳に、捻くれた青年が追い打ちをかけた。

 

 

「ガントレットの為だ、いくらでも使ってもらって構わんぞ。しかし、不要だと言うなら」

「要る、絶対要る!もの凄く要るわ!!」

 

 

 嗚呼、これだけあれば作り放題~。と、ものすごーく幸せそうな顔を浮かべている鍛冶の神の顔は溶けている。

 いつもの彼女ならばアイテム数量を怪しむ状況だが、頭を使いすぎて思考回路が働いていないのだろう。思った通りのものができない気持ちの晴れなさと疲れも相まって、珍しいドロップアイテムの山に心が癒されている。

 

 その本質は、珍しい食材を手にした料理人と変わらない。どう料理してやろうかと血が騒ぎ、頭の中は調理方法と味付けの選定で埋まっているのだ。

 どこぞの赤髪の新米鍛冶師が見ていたら、どう思うだろうか。相変わらず仏頂面な青年とは、対照的な表情である。

 

 

 それも一段落した時、現状についての説明が詳細に行われている。最初の方に掻い摘んで説明されたが、ともかく現状は、試作の段階の域を出ていない。

 どうも、まだアダマンタイトやミスリルは使っておらず、エンチャントを試している段階らしい。目途がついてから、防御力のあるガントレットの作成に入るようだ。結果として生まれたのが、目の前の博覧会となっている。

 

 とここで、青年的には1つだけ違うAffixのついたガントレットを発見する。並べられたガントレットを一通り見渡すも、そのAffixが付属しているのは、当該の1つだけだ。

 品質はレア等級、Affixは片方だけ。それを詳しく見ようと身を乗り出した時、ヘファイストスが気づいたのか声を発した。

 

 

「ああ、それね。能力的には低いでしょうけれど、貴方から貰ったアイテムを試しに使ってみたのよ。たぶん星々の項目的には、貴方の要望に一番近い一品だと思うわ」

「ほう。手に取ってみても良いか?」

「ええ、どれでも取って眺めてみて」

 

 

 では。と呟き、手始めに一番近くにあったものを手に取ってみる。

 指二本あれば足りる数値ながらも、物理に対する耐久力を向上させる“物理耐性”と“装甲強化”が付与されたガントレット。これに付与されているAffixは、他のガントレットでも見受けられる。

 

 ならば例の1つのAffixは何だろうなと、少年のようなワクワクさを隠して陽気に考え。どこかで聞いたことのある単語のAffixだとも思い、そのガントレットを手に取ると――――

 

 

■無銘 ガントレット・オブ ザ オリンポス

+1% 星座の恩恵効果

 

 

「っ……!?」

 

 

 ピシッと、身体が岩のように固まった。ドクンと心臓が跳ね、血圧が上昇していることが自分でも分かる程。

 

 装備効果の数値だけを見れば、大したことは無い。両手合わせても、例を挙げて半分とするならば、合計たったの2%。未だかつてない領域の値が上昇することは確かなれど所詮は誤差の範囲であり、今のグローブを装備した方が戦闘力・防御力共に高いことは明白だ。

 しかし忘れてはならないのは、このガントレットが試作品であるということ。もしこれが、仮に10%、あまつさえ15%を超えるようなことがあれば、既存の他の装備を全て押しのけて採用となることは揺るがない。

 

 ステイタスにおいては“祈祷恩恵”と表記されている、星座による多大な恩恵と加護の類。彼のビルドにおいては12個の星座が取得されており、それぞれが様々な効果をもたらし、6種類のスキルも強力なものばかりだ。故に、それらの割合上昇となれば影響は凄まじい。

 オリンポス山の頂上に住むと言われた、12人の神々の神話を思い出す。その神々は、後に牡羊座~魚座となり世界に名を馳せている。本当に偶然で中身は違えど、青年が取得している星座は同じ12個ということもあり、彼の中における期待の度合は既にストップ高の連続で青天井。そろそろ成層圏に達しているかもしれない程だ。

 

 

 己が高みに昇るために、この装備は必ず完成させなければならないと、覚悟を決める。当面における、彼の中における戦う理由として君臨することだろう。

 となれば、己が行うべきことは只1つ。どうやったら、ここから効果数値を伸ばせるかを聞き出し、その素材を集めるという事に他ならない。

 

 ヘファイストスによると、主要金属が装備の防御力。ドロップアイテムは主に、エンチャントを付与する際の“繋ぎ”的な役割を果たしている傾向にあるらしい。また、その2つのバランスも重要とのことだ。

 武器なら牙や爪、防具となれば、今回のように鱗や皮の類を配合するのが一般的とのこと。タカヒロが渡したアイテム(増強剤)もまた、ヘファイストスがコネコネしてエンチャントとして付与しているのだが、どうにも強力過ぎて扱いが難しいとの内容だ。

 

 ヘファイストスの手腕をもってしても、それほどのモノ。かつてない難易度と彼女が口にした意味が、タカヒロにも痛いほどに伝わっている。

 それでも流石は鍛冶の神と言ったところであり、彼女が付与できるエンチャントの種類は様々なものがあるらしく、分かりやすく明快なものを挙げれば不壊属性(デュランダル)。性能低下のデメリットすらも打ち消すことができるのは、彼女がもつ技術故のことである。

 

 そして、変な例となると“持ち主の力に比例して成長する武器”と言った内容だ。本来ならば、50階層付近の素材があればこれらのモノも容易に完成するのだが、タカヒロが求めているのは、それすらも低難易度になるとのことを口にしている。

 とはいえ武具コレクターな青年としては、その変な例が気になって仕方ない。片眉を歪めながら、なんだそれはと言いたげな表情を返していた。

 

 

「武器、いや武具が“成長”だと……?呪われているのか?」

「違うわよ、あくまでエンチャントの一種、派生と言った方が良いかしらね。邪道中の邪道だから作りたくはないけど、少し前に考えたことがあったのよ」

 

 

 ヘスティア・ナイフの時か。とタカヒロは考えるが、その思考は正解だ。結果としてはヴェルフが打つことになったが、ヘスティアからの依頼を受けた彼女は、駆け出しにとってオーバースペックとならないよう、かつ生涯にわたって少年が使えるように、そのような武器を考えていたのである。

 なお口には出さないが、ハクスラ民からしても、勝手に成長する武器など邪道極まりない代物だ。理由は単純で、装備更新という一番の醍醐味を否定する代物故に他ならない。

 

 ドロップにしろ作成にしろ、新しい武具を使う際のワクワク感は、クリスマスにプレゼントを開こうとする子供のよう。何度感じても、彼にとっては色褪せることのないシチュエーションだ。

 タカヒロはおくびにも出さないが、気持ちとしては、ヘスティア・ナイフを受け取って目を輝かせていたベルと同じである。今日もまた感じた新しいAffixに対する興奮は、しばらく収まりそうにもない。

 

 ということで、彼からすれば、ヘファイストスが口にしたような変化球のAffixは不要である。シンプルに要望の3つを付与してくれと念押しして、彼女も了承の旨を返している。

 もっとも、シンプルながらも難易度が変わるわけではない。何を試そうかと唸りに唸るヘファイストスに「良さげなものがあれば持ってくる」と告げ、「いつでも歓迎よ」と言葉を返され、タカヒロは、情報を集めようと教会へと戻っていくのであった。

 

 




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