その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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47話 白兎に手を引かれ

 ――――嗚呼。また、やってしまった。

 初日にも類似したことをやってしまって、リヴェリアに、こってりと叱られて。あの時に猛省したはずではないかと、彼女は今日もまた、自分を責めた。

 

 どうにも自分の悪い癖だと、眉が下がり影が落ちる。ミノタウロスの一件から知り合った少年が見せる輝きを目にすると、ついつい少女の心は高ぶってしまうのだ。

 結果として力加減を間違ってしまい、ごめんなさいと謝ったことは数知れず。その度に許してくれる少年の姿に、いつの間にか甘えていてしまったのかもしれない。

 

 

 同時に、少女にとっては不思議なことだった。それ以前まではダンジョンに行かなければ落ち着かなかったというのに、最近では週に2-3日しか潜っていない。

 理由を考えると、第二の親に言われたこと。「そうしたいと思うのは、楽しいからだ」という内容が思い浮かぶ。ダンジョンに行くよりも、少年と鍛錬をしていたいという気持ちの方が強いのだ。

 

 この感情。いつまでも少年の輝きを見ていたいと思うことが、そうなのだろう。普段は表情1つ変えずに淡々としている少女は、ようやくその答えに辿り着いた。

 少年の強さの秘密が知りたかった。絶対的な力は遠く及ばないけれど、自分が唸ってしまうような技を見せてくれる姿が嬉しかった。必死になって努力して、強く成ろうとする姿が眩しく、いつのまにか惹かれていた。

 

 それでも、恐らくは今日でお仕舞い。今までにやってしまった間違いとは比較にならない。これで自分は少年に嫌われてしまったと、一層の事眉が下がり――――

 

 

「――――ぇ?」

 

 

 グッと力強く腕を引かれ、連れ出される初めての感覚。目の前に、焦がれた姿の背中が確かにあった。

 

====

 

 

「問題はなさそうだな。とりあえず、今日の鍛錬は中止にしよう」

「ありがとうございます、師匠」

 

 

 多大な一撃を貰い、吹き飛ばされてから十数秒後。割と早く復活したベルは真面目に意識を失っていたようで、アイズの穏やかな顔が出たあたりから記憶が無いことを告げている。実のところは骨の数本にヒビが入っていたのだが、そこはポーション様々の治癒力だ。

 そんな彼に対して、タカヒロも肋骨を触診するなどして最終的な確認中。もっとも、10メートルほど離れた位置で即効性の雷魔法を連続で放っているハイエルフから、目を逸らすためでもあるのだが。

 

 

「……しかし、アレは中々にエグいな」

 

 

 そう思わず呟いてしまうのは、青年の本音であった。先ほど花のような笑顔を見せた少女の姿はどこへやら。目の前の鬼神を相手に完全に委縮してしまっており、背も肩も丸くなってしまっている。

 一応、本能的なのかは不明ながらも、アイズの一撃は最後の最後にブレーキが掛かっている。流石にこの説教があったならば、彼女の反応を見るに、今後は再発することは無いだろう。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが目に浮かべるは、先ほどとは違う涙。少年への謝罪と己への反省もさることながら、それをリヴェリアに抉られているが故に心が負っているダメージの表れだ。

 傷口を抉る、傷口に塩を塗る。この言い回しがピッタリと嵌ってしまう説教だ。加減を忘れて少年を蹴飛ばしたという事実の言葉が出るたびに、彼女は小さく震えている。

 

 こちらはヘスティア・ファミリア。そして向こうは、ロキ・ファミリア。いくらか貸しがある現実があるとはいえ、流石に今回ばかりは大義名分がリヴェリアにあるために、白髪師弟コンビは身動きができていない。

 そんな守りたい少女の目をしっかりと見据える少年、ベル・クラネル14歳。名実共に被害者が自分だけであるために、以前に問題となったミノタウロスの時とは違う気持ちを抱いていた。

 

 男の子とは、好きな女の子の前では格好をつけたい生き物である。少女を見据える姿は、なんとかして手を差し伸べたい純粋な心意気。

 とはいえ、相手がナインヘルでは知識面でも実力面でも立場においても分が悪く。何もできず、悔しそうな顔を浮かべて留まることしかできていない。

 

 

「……リヴェリア、傷口に塩を塗ることもないだろう。アイズ君も真面目に反省しているではないか、そのへんにしてやれ」

「いいやタカヒロ、今回ばかりはそういうワケにはいかん」

「いつも同じにしか見えんがね……」

「なんだと?まったく、君と言いアイズと言い――――」

 

 

 まるで娘を叱る母親と、それを咎める父親である。幼いながらも男気に応えるのは、他でもない彼の師匠だ。言葉でもってリヴェリアのヘイトを自分に引きつけるウォーロードは、口と足を動かし立つ位置を変えてリヴェリアの視線を誘導している。

 ベルの特技として相手を広く見て弱点や有効個所を探る点が挙げられるのだが、これはタカヒロから直伝された小手先の技術である。当然ながら本人は更に長けたものを持っており、時折目を閉じて長文を口にするリヴェリアの癖を見抜いていた。そして、そうなるように仕向けている。

 

 やがてそうなる直前の時、青年から出される「行け」という分かりやすいハンドサイン。少年は面食らったものの、それもコンマ数秒だけ。説教の悲しみもあれど、やってしまったことを後悔して泣き出す一歩手前まで行ってしまっているアイズの顔を見て、続いて表情に力を入れてタカヒロに目を向け返事とした。

 そこからの行動は、迅速かつ単純だ。顔を伏せションボリとするアイズの手を取り、目を見開く少女の反応は無視したまま。そのまま外壁へと昇る階段に向かって、物音立てぬよう静かに駆け出したのである。

 

 

「――――ぇ?」

 

 

 まるで、切迫した場面からお姫様を連れ出すような、その構図。

 咳払いで足音を消すアシストをするタカヒロはフードの下で不敵に笑って、手を引き駆け出す弟子の背中を見守っていた。こうして被害者が許しているのだから、損害の件については和解と言って良いだろう。

 

 

「―――、そういうことだぞ。アイズもだ、わかったか。……アイズ?」

 

 

 30秒ほどぶりに目を開く彼女は、キョトンとした表情を浮かべている。何しろ、つい先ほど前まで己の前でしょぼくれていた少女の姿が綺麗さっぱり消えてしまっているのだから無理もない。

 キョロキョロと周囲を見渡すも、見慣れた姿はどこにもなく。ついでに言えば、一緒に居たはずの少年の姿も綺麗サッパリ消え去っている。

 そんな鬼の心を持った彼女の前にあったのは、ただ腕を組んで静かに笑っている、フードを被ったフルアーマーの不届き者が約一名。目線を向けられる青年は、すっかり本調子に戻っている相手を捉える一方、リヴェリアの背後に燃える炎を感じ取ってしまっていた。

 しかし元より、相手の注意を引きつけるのがタンク職の役割である。いつかロキ・ファミリアのホームで彼女が見せた疾走を繰り出させないために、彼は更に挑発の一文を口にした。

 

 

「ベル君はアイズ君を許していたぞ、叱りの続きならば受け取ろう。君の注意を引いた事と、二人に行けと捲し立てたのは自分だからな」

「ほう……。ロキ・ファミリアの事情に口を出すことは、お門違いと知っているはずではなかったか?」

「なるほど。ではヘスティア・ファミリアの鍛錬に君達二人が来て、先の蹴りの一撃が見舞われたことをフィン・ディムナに伝えよう」

「……」

 

 

 もちろん挑発だけではなく、負けるつもりも全くない。ロキ・ファミリアにおいて信頼性が高い彼の発言が、少し湾曲された今の内容で伝わればどうなるか、リヴェリアには容易に分かることだ。一方で大筋だけを見れば間違ってもいないため、ロキによる嘘発見器もスルーすることだろう。

 流石に先の一文を言われると、彼女としても追撃を躊躇してしまう。開きかけた口は噤んでしまい、過去最大級のジト目でもって目の前の青年に抗議している。

 

 

 たとえ、ベル・クラネルが持つリヴェリアに対する評価が下がることになろうとも。それでも、アイズの一撃が取り返しのつかない事にならぬように釘を刺していることはタカヒロも感じ取っている。

 あの威力の一撃をレベル2に放ったならば、受けたのがあの少年でなければ骨の4-5本は持って行かれてしまっていただろう。故に最終的に罪を背負ってしまうことになるのはアイズであり、だからこそ叱るために彼女は心を鬼にして怒るのだ。

 

 青年とて何度か目にした、本当に心から相手を想っているが故の彼女の姿。もう少し丸くなれば数多くの男から引く手数多だろうにとも思うも、しかし性格ゆえに妥協は許せないという、どうにも彼女らしい立ち振る舞いだ。

 ということで話が噛み合うわけがなく、このままいけば会話のドッジボールが開幕となることは明らかである。そのためにタカヒロは己の考えを伝えるついでに、興味本位で例のセリフを使おうと口を開いた。

 

 

「アイズ君が心配だからこそ鬼になる君の気持ちも分からんでもないが、あの二人らしいと言えばらしいではないか」

「た、確かにそうかもしれないが――――」

「ならば見守ることも仕事のうちだ。娘息子のじゃれ合いと思って流しておけ、君はロキ・ファミリアの母親(ママ)なのだろ?」

「だ、誰が母親(ママ)だ!タカヒロ、お前までその名で呼ぶんじゃない!」

 

 

 もっとも彼としても、同じファミリア以外の面々にこのセリフを言われたならばどうなるか気になっていた節はある。蓋を開けてみれば勢いよくつっかかってくるのが現状であり反応も面白く、何かと使えそうな一節だなと腹黒い感情を抱いていた。

 ガミガミと説教垂れるように追撃してくる彼女を軽くあしらって階段へ足を向けると、玲瓏なマシンガントークと共にピタリと後ろにつけてくる。そんな心地よいBGMを聞きつつ時たま反応を見せながら、彼はリヴェリアをロキ・ファミリアのホームへと送り届けるのであった。

 

 

 

 

 一方その頃、二人で駆け出したうちの少年はというと――――

 

 

(どうして、どうしてこうなった……!)

 

 

 人気の全くない石造りの高台で、彼女に膝枕されていた。そこに至るまでとしては単純である。

 

 

 時間的には、日が高くなると表現するにはまだまだ早く。それでも昇る最中である太陽の光は薄い雲を貫通し、路地を走る二人の道を照らしている。

 片や少し息が上がる少年と、そんな彼に手を引かれっぱなしながら、身体的にはなんということはない少女の姿。背丈と細身の身体が似通った二つの姿は、ともかく北区の城壁から距離を取るべく、人気のない路地裏を疾走する。

 

 そんな二人は目的のポイントに到着し、ベルは少しひざを曲げて手を置き息を荒げる。一段落したものの驚天動地の展開を体感している真っ最中であり、内心を正直に表すと、後が怖い。あのリヴェリアの説教を途中で抜け出すなど、どれだけ肝が据わった者だろうと勇気が足りない行動だ。

 優しさを向けられる反面で恐ろしさが身に染みているアイズ・ヴァレンシュタインと、いつか己がエイナに注意喚起を受けている横で、その者の姿を見ていたベル・クラネル。故に二人とも、どこぞの青年がヘイトを稼いでいる彼女を怒らせたらマズイと言うことは本能的に察している。

 

 

「や、やっちゃいましたね……」

「ぷっ……クスッ。そ、そう、だね……」

 

 

 しかし、アイズからすれば不思議なものだ。イケナイ事をやってしまった自分たち二人の行動を思い返す程に、口元が押さえられた可愛らしい笑みが零れてしまう。

 「どうなっても知らないよ」と言いたげに、悪戯をしでかした相手を見る目で、共犯となった目の前の少年を笑っている。アイズも彼女の説教が己を心配しているからこそ行われていることは分かっているために、あとで一緒に謝りに行こうと提案を示していた。

 

 実行犯とはいえ怒られるのは勘弁願いたいベルながらも、そこは師匠が何とかしてくれているはずだと期待しつつ。そして少女が見せる表情は、自然と少年の顔も穏やかなものに変えてしまう。

 こんな不思議な状況が面白く感じられ、互いの胸の辺りから込み上げ口から溢れ出る笑い声が、辺りに響いた。しばらく続いた二人の姿は、道を照らした太陽だけが知っている。

 

 

 赤ん坊がひとしきり泣いた後に寝るのと同じで、笑うという動作もなかなかに体力を使うものである。先ほどまで続いていた鍛錬の疲れも相まって、ベルは大の字になって倒れ込んだ。

 笑い疲れてやや滲む涙に濡れる空模様は、雲こそあれどいつにも増して澄んでいる。彼女を連れ出して逃げたという達成感も、いつも以上に感じる青さを見せるのに一役買っているだろう。

 

 

 お尻を支点として、上半身ごと軽く持ち上げられてグイッと頭が動かされたのは、そのタイミングであった。結果として、先ほどの光景が作られているわけである。

 

 

「さっきは、ごめんね……。傷跡、大丈夫?」

「あ、は、はい。だ、だだだ大丈夫です」

 

 

 なんとかして答えるものの目線でもってアタフタする少年は、優しい両手が両耳のすぐ上に置かれ、頭部が固定されているために微動だにできない。彼女の手を撥ねのけるなど、今の彼には絶対にできない行動だ。

 それにしても、貶しているわけではないが、少年の中では彼女が膝枕というのが妙にギャップのある構図となっている。言っては悪いが、その手の事に興味がなさそうなイメージが纏わりついていたために一入だ。

 

 

「そ、それにしても、アイズさんが膝枕って……意外です」

「リヴェリアに、教えてもらったの」

「……意外なことを知っているんですね、リヴェリアさんも」

「男の人に感謝を伝えたかったら、こうしろって」

「気軽にやっちゃダメですよアイズさん、そこだけは絶対に間違っていますから……」

 

 

 それはさておきリヴェリアさん流石です。と心の中でリスペクトする少年だが、先ほど己がその人物の説教を抜け出してきたことをすっかり忘れてしまっている。おかげでヘイトが己の師匠に向いて居るのだが、当然ながらそこまで考えが回っていない。

 

 しかし、だからこそのこの夢心地だ。頭の裏に感じる柔らかな腿の感覚は意識するだけで顔が赤くなりそうであり、懸命に他の事へと考えを逸らしている。

 おかげで会話が続かないが、今の二人には不要なことだ。鍛錬やダンジョン続きで疲弊していた心が洗われるような感覚を互いに感じ取っており、そんな二人を撫でるように、そよ風が吹き込んでいる。

 

 

 見上げる先には蒼い空に映える、自分を見下ろす、優しく整った美しい薄笑み。ひょんなことからダンジョンにおいて互いを知った、人形のように整った容姿を持つその姿。

 巷では剣姫と謳われ、神々においても「俺の嫁」と陰で囁かれるその少女。表情が薄いことで知られるその顔は、見上げて以降は花のような笑顔に変わっており、そんな表情を知るのが自分ぐらいのものなのだと思うと、自然と嬉しさがこみ上げる。

 

 そんな少年の顔を見て少女の顔も更に緩み、右手は“もふもふ”な白髪を優しく撫でる。少年にとっては嫌どころか嬉しい行為だが、おかげ様で、抱く恥ずかしさは一入だ。

 先ほどまで相手の顔を視認できた余裕はどこへやら。視線は左右に泳いでおり、そんな彼を優しく見下ろしていた彼女は、悲し気な顔に変わって心の心配を口にする。

 

 

「……膝枕、嫌だった?」

「そ、そそそんなことありません!」

 

 

 いくらか大胆とはいえ、根は天然な少女である。相手の気持ちをストレートに聞いており、少年は答えるだけで顔を赤くして、鼓動のテンポを最大限に上昇させるのであった。

 

 

「よかった……。私も、嫌じゃないよ」

 

 

 一転して柔らかな笑みになり、続けざまのこの一撃。少年の心に、ハートの矢という武器で致命傷を与えるには十分だ。

 

 ロキ・ファミリアのレベル6、アイズ・ヴァレンシュタイン。ベル・クラネルが様々な意味で「勝てない」と思えてしまう、憧れの少女である。

 




少し長くなりましたが4人の関係が変わっていったパートでした。
次話から原作関係の内容も増えてきますが、こんな感じの内容も混じってくるかと思います。
お付き合いいただければ幸いです

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