その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

50 / 255
49話 窮地のツイン・アロー

 一方、分断されたヘルメス・ファミリア。分かれ道の片方と後方から迫る花のモンスターを相手にしているも、その奥から更なる数が接近しているために埒が明かない。

 司令塔であるアスフィは、動くか留まるかの決断を迫られていた。前者を選択したところで状況は悪化するかもしれないし、だからといって後者ならばジリ貧であり、やがて生じた綻びから壊滅することとなるだろう。

 

 故に、彼女が出した選択肢は“前進”。花のモンスターが所有する特徴、そのなかの1つである魔力や魔石に反応することをアイズから聞いていた彼女は、ここに来るまでのモンスターから得た魔石を一斉に投擲し、その隙にヘルメス・ファミリアは食糧庫へと駆け出した。

 目的地までの距離、地図通りならば約500メートル。道具作成に長けるアスフィは、己が作った“手榴弾”のような効果を持つポーションを後方に投擲し、数を減らしつつ前進する。幸いにも道は一本であり、ブヨブヨしているもののある程度整った地面は走りやすいものがある。

 

 

「前方より更に接近、数は4!いや5!」

「攻撃を弾きつつ走り抜けてください!」

 

 

 終わりのない攻めを前にし、アスフィに僅かな焦りの心が芽生える。己の判断に、ここに居る大切な仲間、大切な15人の家族の命が掛かっているのだ。

 重責は容赦なく圧し掛かり、未だ弱まる気配を見せていない。本番となるであろう食糧庫へとたどり着く前でコレなのだ。何が起こっているのか確かめなければならないと言う使命、知りたいと言う興味、何があるか分からないという恐怖が、少しながらも、確実に体を蝕んでいる。

 

 結果としてヘルメス・ファミリアは、目的地である食糧庫の目前へと辿り着いた。疲労は見られるものの大きな怪我や損失は無く、流れとしては良好である。ポーションなどを使用して態勢を整えると、肉壁の出口へと足を向けた。

 

 

「な、なんだ、あれは……」

 

 

 広大な広場の中央に聳え立つ、石造りの大柱。その点は普通の食糧庫と同じであり、さして問題では無いだろう。

 驚愕の声が出た原因は別にあり、そこに3本の植物のような触手が巻き付いているのだ。触手の先には花のようなモノがあり、モンスターの餌となる養分を吸い取っている。触手そのものの太さは遠目の目算ながらも、直径数メートルはあるだろう。

 

 そして、己たちが居る肉壁から、まさに花のモンスターが生れ落ちる。とはいえ生まれたての小鹿のように弱々しく、全く脅威にならないだろう。

 その少し先には複数の檻があり、中には花のモンスターが入れられている。一体ここで何が行われているのか全員が見当もつかず、ただ一帯を見回すだけだ。

 

 柱へと寄生するように巻き付くモンスターからは無数の触手が伸びており、これが天井や壁を覆って肉の壁を成していたわけだ。

 状況確認はそれだけに留まらず、新たな勢力を確認する。200メートルほど先にローブ調の白装束に身を包む集団が居ることを確認し、全員が自然と臨戦態勢へと変貌する。

 

 

「……チッ、“食人花(ヴィオラス)”だけでは力不足だったか」

 

 

 その集団のさらに奥にある、高台の上に居る人物。白に近い肌色、肩にかかる程に白い毛髪。上唇から上の顔は山羊のような骨の仮面で覆い隠されており、全身は筋肉質な人物がそう呟く。身長も高く、2メートルはあるだろうか。

 戦闘衣(バトルクロス)なのだろうがパッと見でピッチリとした“白基調の裸エプロン”に見えなくもない上半身の服装は、このような殺伐とした状況でなければ笑い飛ばされているだろう。下半身もまた“前掛け”のような白基調の戦闘衣(バトルクロス)であり、赤髪のテイマーと違って太腿を含めた脚部が隠れている点が幸いだろう。誰も見たくないはずだ。

 

 そんな服装に身を包む人物は、同じ白でもローブ調の白装束に身を包む集団に対して命令を出した。集団は雄叫びを上げ、ヘルメス・ファミリアへと向かって突撃する。

 弓矢、短剣と種類は複数あれど、基本として近接戦闘を仕掛けてくる。ヘルメス・ファミリアもセオリー通りの対応を見せ、盾職が相手の攻撃をブロックしたタイミングであった。

 

 

「……神よ、盟約に沿って身を捧げます」

「なにっ!?」

 

 

 相手をブロックした盾職の一人が、本能的に相手の身体を蹴り飛ばした。その瞬間、何かのピンのようなモノを抜く光景が、ハッキリと眼に焼き付いたのである。

 目と鼻の先とはならなかったものの、至近距離で、地面に小さなクレーターを作る程の爆発が発生する。蹴り飛ばした者は咄嗟に盾で防いだためにダメージは微量なれど、まさかの行動に、ヘルメス・ファミリア全員の動きが止まってしまった。

 

 光景を理解しようとすれば、己と同じはずの人間が自爆特攻を仕掛けているのだから、理解しろという方が難しい。よくよく見れば、相手全員の身体には拳程の大きさのボールのようなモノが巻き付けられている。

 名前を、火炎石。何らかの動作により炸裂を発生させる、手榴弾のような代物だ。先ほど使われたアスフィのモノは火炎ダメージが主流であり、こちらは破片による物理ダメージが目的の住み分けだ。

 

 

「同志よ死を恐れるな!死を迎えた先に我々の悲願有り、我らが主神に忠誠を捧げよ!!」

「オオオオオ!」

 

「何言ってんだテメェ等!?」

「冗談でしょ!?」

 

 

 何らかの目的を果たすために死を覚悟し、命を捨てることに対して何ら抵抗を示さないその存在。驚愕の表情が止まらないものの、相手の数々が、こちらへと向かって走ってきている。

 死を以て主神に忠誠を示すと言う、一行の理解の範疇に収まらない行動。一体ここで何と戦っているのかと、アスフィの脳を混乱が支配した。

 

 そして現れる、大量の花のモンスター。ここ一番に混乱した場面であるために、状況は落ち着く気配の欠片もない。混戦の最中で花のモンスターの魔石が上顎内部の奥にあることを見抜き伝えたが、その程度では気休めにも成りはしない。

 突如現れたソレは見境なしに攻撃を仕掛けており、死兵の大半も巻き込まれている。爆発によりモンスターも死傷するなど、阿鼻叫喚の様相だ。まさにカオスと表現して差し支えなくヘルメス・ファミリアの戦線も崩壊寸前であり、統率があるのは、仮面の男が指揮する花のモンスターだけという皮肉な状況だ。

 

 

 アスフィもそのことに気づいており、ひとまずこの混乱を静めるために、腕を組んで仁王立ちを見せる仮面の男へと駆け出した。男が調教師(テイマー)であることを行動から察知し、それを仕留めるべく地を駆ける。

 その後ろに、一人のヒューマンの男が続いていた。名をキークス。レベル3の冒険者であり、短剣や小物を使う攻撃を得意とする、アスフィと似た戦闘スタイルである。

 

 

「援護します、アスフィさん!」

「頼みます、キークス!」

 

 

 地を駆ける二人の姿。相手を倒すことはせずに攻撃を受け流すことに重点を置いており、互いに互いをカバーし合いながら、仮面の男へと向けて確実に距離を詰める。多少の傷は負うものの、レベル3や4の耐久からすれば小傷程度の代物だ。

 防御のためか、仮面の男は花のモンスターを呼び出した。キークスはソレ等を引き付けることを選択し、アスフィは背中を任せて進行を止めはしない。

 

 距離が詰まり、間合いは既に近接武器の範囲内。互いの得物はナイフと素手であるためにあと3歩程が必要ながらも、仮面の男は防衛のためか手を伸ばした。

 その反応は、レべル3程度。故にレベル4である彼女からすれば、“いつでも突破できるように伺える”。相手が行った防御手段を掻い潜るために、アスフィは体1つ分をずらし、相手の視界外、伸ばされた手が届かぬ位置からナイフを突いた。

 

 

「っ!?」

 

 

 しかし攻撃は届かず、結果は驚愕となり目を見開く。伸ばされた腕の位置が突然と一瞬のうちに切り替わり、突き立てようとしたナイフの“刃を”掴む。

 更には僅かながらにも動かず、このまま相手の手のひらを傷つけることも叶わない。相手が初手に見せた反応が偽装(ブラフ)だと気づくも、既に己は相手の間合いに入り込んでしまっている。

 

 

「ふ、ははははは!甘いな。“彼女”に貰った至高の身体が、この程度で傷つくわけがなかろうに!」

 

 

 彼女とは一体誰か、という疑問が、アスフィに湧くことは無かった。ゾクリとした殺気が背中を駆け巡り、撤退しなければならないと、直感が全力で警告を投げつけている。

 突進による威力も上乗せした一撃が、僅かにも通らない。相手が強靭的な装甲を備えていることは明らかであり、少なくともレベル4と短剣程度では相手にならない。とはいえ、大剣の類があったところで怪しいものだ。

 

 その真偽がどうあれ、ともかくここは撤退しなければ始まらない。掩護役のキークスは幸いにもまだ遥か後方、どちらかと言えば仲間の居る地点に近いために戻ることも容易いだろう。相手が握る業物の刃物は手渡してしまうことになるが、今は命の方が優先だ。

 ならば残りは、この身1つ。後方へと駆けだす流れで背中越しに後ろを見るも、先ほどまでそこに居た仮面の男の姿は無くなっていた。回り込まれたのかと前を見るも、やはり姿はどこにもない。

 

 

「どこへ行く、忘れ物だ」

 

 

 直後、腹部に生じる確かな違和感。視線を落とせば、可憐な戦闘衣(バトルクロス)が赤く滲み、命という水を零したように染まっていく。

 相手に受け止められた刃の先が己の腹部から突き出ている事に気づき、ワンテンポ遅れて、口より赤い雫が滴り落ちる。更にワンテンポ遅れて強烈な痛みが襲い掛かり、彼女は悲鳴の絶叫を上げてしまう。

 

 これほどの傷でもそう簡単には死ねない点が、恩恵を貰った冒険者のつらいところだろう。凡人ならば気絶してしまう程の痛みでも神経は未だ仕事を続けており、脳もまたその刺激を痛覚として認識する。

 両足が浮き、突き立てられたナイフは一層深く身体に食い込む。仮面の男は気が済んだのかナイフを引き抜くと、華奢な身体がバタリと前に倒れ込んだ。

 

 

 一連の光景が、遠くから見えてしまっていたヘルメス・ファミリアのパーティーメンバー。まさに絶体絶命の状況を前にして、全員の表情が絶望に染まっていく。

 レベル4である団長が全くもって歯が立たず、現れた花のモンスターの物量は処理できる範囲を超えている。窮地において縋ることのできる者を失いかけつつあり、だからと言って他に居らず、恐怖と絶望が、全員の心を蝕んでいく。

 

 

「……来るはずだ、来るハズなんだ!」

「は!?」

「ここまで撒いてきたんだ、水晶の欠片を!」

 

 

 恐怖と絶望を振り払うように、一人がそのような内容を声高に叫んだ。何事かと聞き返す者こそおれど、ヒッソリと行われてきたことであるために、内容を知る者は誰も居ない。

 団員の一人が、言われずとも、ひっそりと行っていた1つの事。離れ離れになってしまった協力者を導くために、道中において、目立つ水晶の欠片を一定の間隔で落としてきた。

 

 されど、そんな努力も無常である。アイズ本人は未だレヴィスと争いを繰り広げており、到達できる状態には程遠い。それを知っている仮面の男は相手を見下すように、口元をニヤリと歪めた。

 その顔を向ける少し先では、今にも死にかけている一人の冒険者。這いつくばる姿は仮面の男からすれば嘲笑う対象以外の何者でもなく、その最後の行いをどうやって潰してやろうかと考えると楽しくて仕方がない。

 

 

「潰れろ」

「アスフィ!」

「テメェ!!」

 

 

 最後の力の全てをもって、アスフィは生き残ろうと仲間の元へと這いつくばる。そんな決意を嘲笑うかのごとく笑みを浮かべる仮面の男は、右足を高々と掲げて愉悦に浸っている状況だ。

 先ほど、アスフィの一撃を容易く受け止めたことは全員が知っている。それほどの力がある男が振り上げる足が下ろされれば、そこにある彼女の頭部がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

 助けたい、死んでほしくない。そう思うも、ヘルメス・ファミリアである仲間の誰一人としてその距離には間に合わない。各々が、自分一人を守るだけでも必死である。

 各々も花のモンスターと戦闘中とはいえ目を見開いて歯を食いしばり、何もできない自分に葛藤する。突如として場が動いたのは、誰かが己の団長の名を声高に叫んだタイミングであった。

 

 

「なにっ!?」

 

 

 驚く仮面の男、突如として飛来する弓矢。威力は決して弱くないどころか、男とてマトモに食らえば大怪我は免れない。故に仮面の男は、回避行動を取るために思わず飛び退く。

 しかし、攻撃は収まらない。その回避地点を目指してやはり矢が飛来しており、結果として仮面の男は、殺害を目論んでいた二人から大きく距離を取ることとなる。

 

 矢と呼ばれるものは基本として直線運動、故に狙撃地点を割り出すならば飛来した方向を追えばいい。かつて弓を使ったことのあるエルフの一人がそちらを追い天を仰ぐと、一人の姿が有った。

 

 

「り、リヴェリア、様……!?」

「な、なぜ!?」

 

 

 崖の上に君臨する、翡翠を基調とした気高き姿。パーティーメンバーに二人居るエルフと呼ばれる種族ならば、その者を見間違うことなど有り得ぬ話だ。

 しかし、なぜここに居るかは分からない。更には杖では無く、弓をつがえている点も謎の1つに入るだろう。

 

 そして地を滑る音が聞こえ顔を向ければ、いつの間にか瀕死のアスフィがそこに居る。彼女を左に抱え、飛来する矢の如き速度で地を滑ってきたフルアーマーの人物は彼女を地面に寝かせると2枚の盾を構えて前線へと(ひるがえ)り、サポーターが大急ぎで治療を行って救急処置が施された。

 重篤な傷を受けたと言えるアスフィだが、回復の手があるならば命を繋ぐことはできるだろう。崖から飛び降り合流したリヴェリアも回復魔法を唱えており、これにてヘルメス・ファミリアにおける最悪の状況は回避された格好となる。

 

 

「やはりヘルメス・ファミリアだな。私は回復魔法を唱える、彼と共に敵の足止めを!」

「は、はい!」

 

 

 回復魔法の詠唱中であるリヴェリアとはいえ、やはり前衛組の動きは気になるようだ。前で花のモンスターを相手にする青年の動きは相手を足止めする程度で、道中と比べるとどうにも温く感じられるものの、何か訳ありだろうと納得して詠唱に集中する。

 

 正面から突撃してくるモンスターを綺麗に崖へとご案内(受け流)し、タカヒロはアイズの姿が見えないことを確認する。短槍を持っていたパルゥムに問いを投げると、ここへ来る途中で分断された回答が示された。

 戻るかどうかの選択が芽生えるも、後ろではリヴェリアがヘルメス・ファミリアの治療に当たっている。ならば、己がここから離れることはできないだろう。

 

 日々の鍛錬においてベルを見る傍ら、青年はアイズの技量に関しても目を向けていた。当初は疎かに見えた技術力も、ベルと打ち合うたびに鍛えられている実績を積み重ねている。元々の身体能力は高いために、少しの技術が身につくだけで強さはガラリと変わるだろう。

 だったらここは、彼女の実力を信じてやるべきか。そのように結論を下し、この食糧庫から生きて帰るべく、ワラワラと群れるモンスター、そして白装束の集団と対峙する。

 

 予期せぬ突然の乱入者、しかし絶体絶命であったヘルメス・ファミリアにとって明らかな援軍。24階層における戦闘は、新たな局面を迎えていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。