その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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あ…ありのまま、今日、起こった事を話すぜ!
「昨夜、評価者数が500に達して喜んで就寝して出社・退社し57話を投稿するためにPCを開いたら、いつのまにか一番左の数値が6になっていた」
お礼を述べなきゃいけないとか、そんなチャチなもんで済む程のモノじゃあ断じてねぇ……嬉死の鱗片を味わったぜ……


*本文にて、感情面の独自解釈が入ります


57話 闇を照らす光

 ――――ダンジョンとは基本として、数名でパーティーを組んで潜るもの。

 ベル・クラネルがそのような話を冒険者アドバイザーのエイナ・チュールから聞いたのは、冒険者登録をした初日の事。今となっては、少し昔の話となってしまった。

 

 冒険者となった最初のうちはソロという事もあるだろうし、零細ファミリアならば、暫くソロで過ごすことも珍しくはない。しかし“新米殺し”と名高いウォーシャドーが6階層から出現するために、その頃となれば、二人でのパーティーを組むのが常套だ。

 もっとも、そんな常識もベル・クラネルには当てはまらない。まさに飛躍の成長を遂げる彼は、レベル2になっても、来る日も来る日も単独戦力にて8階層付近をウロウロしていた過去がある。

 

 

 そんな少年も、現在はパーティーを組んでいる。少年が“売り込み”を買って、はや10日。本日は10日間となっていた契約の最終日であり、正午を少し過ぎた付近から二人はダンジョンへと赴いていた。

 パーティーの相手は、売り込みを行ってきたパルゥムの少女、サポーター職のリリルカ・アーデ。終始安定した様子でベルが倒したモンスターを、“ベルの指示を受けて”リリルカが処理する光景は、もはや日常の一部と言っていいだろう。

 

 同時に、僅か10日間ながらも様々な話をした。陽気な話もあれば眉が下がる話など、内容も様々なものがある。

 それらの中でも特に、互いのファミリアに関する話が後者である。ベルが口にする内容は、やはりリリルカには眩しく、逆にリリルカが語るソーマ・ファミリアの惨状は、ベルにとっては耳にするだけで彼女の苦悩を感じ取ってしまう程。

 

 互いに、違った意味で眉が伏せられているのだ。それでもベルは、親身になって彼女の悩みを聞き続けた。

 そんなベルの姿に対し、リリルカも、少しだけだが心を開いている。ベルに対して「“リリ”との略称で呼び捨てて」と声を発したところが、一番の転換点だろう。

 

 しかしダンジョンの闇はいつもと変わらず、まるで少女が抱える心の影を映すかのよう。少女が歩みたいと夢見ている道もまた、その深い闇に閉ざされており、目を凝らしても見つからない。

 いくらか胸の内を曝け出し、少しは楽になったような気を覚えている。もっとも現状は何も変わっていないのだが、それでも彼女にとっては、僅かながら心安らぐ要因の1つとなっており――――

 

 

「どうしてリリは……そんな過酷な環境から逃げ出さずに、冒険を続けてるの?」

 

 

 そこへ更に、一筋の光という名のメスが入れられた。少しばかり少女を傷つけてしまうものの、怪我を治すためには必要なモノ。

 ベルが発したのは少女を心配する言葉なれど、今の彼女にとっては禁句だった。せっかく楽しくなりかけていた二人のパーティーだというのに辛い記憶を呼び起こされ、文字通り冷や水を掛けられた格好なのだから無理もない。

 

 思わず、歯を強く噛んでしまう。ギリッとした音が骨を伝い音となって脳に届くも、込められた力は戻りそうにない。

 

 

「なんで……なんで今更、そんなことを聞くんです」

「リリが話をしてくれて、気づいたんだ。……昔の僕とリリは、同じなんだって」

 

 

 サポーター故に上手(うわて)に出ることがなかった彼女の、感情のスイッチが入ってしまう。わかるはずがないと、目の前の相手に対して決めつけた。

 己はレベル1のサポーター、相手はレコードホルダーであるレベル2の冒険者。リリルカ・アーデの気持ちなどわかるはずがないと、歯を食いしばって睨みつけた。

 

 

「何が同じだって言うんです……ランクアップのレコードホルダーに、一人で何でもできるベル様に、リリの悲しみなんて分かる訳」

「悔しかったんだよね。力が無くて、そいつらに立ち向かえないことが」

「っ……!」

 

 

 その言葉で表情から力が抜け、栗色の瞳が大きく見開く。自分自身でもよく分からなかった、怒りや悲しさに似た感情の真相を口にされ、何も言い返すことができなかった。

 

 発言者である深紅の瞳もまた、力なく伏せられる。かつて酒場において右肩に置かれた左手の重みを思い出し、その重みを再び実感している格好だ。もし師が居らずあの状況を迎えていたならば自分とてこうなってしまったのだろうと思うと、再度、その者の大きさを痛感した。

 故に、目の前の少女が置かれている心境が、ある程度は理解できてしまう。かつてベル・クラネルも通った、成長するために必要な棘の道だ。

 

 会話を遮ったベルは、「僕も最初はそうだった」と、どこか懐かしむように口にする。コボルト一匹を倒して、主神やアドバイザーに喜んで報告していた頃も含め、自分のこれまでを簡潔に呟いた。

 最初から、格上のモンスターを倒せていた訳じゃない。冒険者になってすぐ出会った師の教え。実戦よりも遥かに辛かった鍛錬を、死に物狂いで続けてきた。

 

 辛かったけれど、師の言葉を信じて頑張ったこと。絶対的な力なんて無くたって、ある程度までは立ち向かえるんだと、他ならぬ師が教えてくれたこと。

 最初のうちこそ本当に力が付いているのか半信半疑だったものの、とあるレベル6の剣士が驚いて喜んでくれたことが嬉しかった。そして、ミノタウロスの強化種を倒せたことで確信を持てた。

 

 

「リリが思った悔しさ……怒りとか、そういうのに似た感情も」

「じゃぁ、誰が教えてくれるって言うんですか!リリにはベル様みたいに、師匠になってくれるような立派な人はどこにも居ません!!」

 

 

 今度は彼女が話を遮り、表情に力を入れて声を荒げる。目じりがうっすらと滲んでいるのは、ベルの見間違いではないだろう。

 少年の立場をうらやましく思う、そんな反面。自分には絶対にありえない、しかし最も望んだ環境だからこそ、声を強げて反発してしまう。

 

 

 ――――何度、そんな環境を夢見た事だろう。役立たずと罵られること無く、絶対的な力が無いなら無いで、サポーターとして活躍したかった。

 一緒に居てくれる人が、グループが欲しかった。ただ命令されたことを熟すだけの遣い走りではなく、一緒に居てくれる仲間のために、己ができることを駆使して戦いたかった。

 

 文字通り酒に魅了され、我が子を他人当然に扱かってきた両親と、己は違う。愛情も、心配すらも欠片も見せなかった“奴等”とは違う。

 そう自分に言い聞かせ、今日の今日までを何とかして生きてきた。貶され、こき使われ、脅されて。決して善人の暮らしとは言えないながらも、生き残るために足掻いてきた。

 

 己の立場はサポーター、そして駆け出しと同じレベル1。種族故か、ステイタスも並の程度だ。何度も自覚することがあるが、決して力があるわけではない。

 だからこそ、独学なれど必死で知識を身に付けた。中層序盤までのモンスターならば全ての特徴を把握しているし、手際よく邪魔にならないように処理し、魔石を取り出しドロップアイテムを回収できる自信がある。

 

 

「……そうだね、ごめん。でも悔しさを抱いたことと、僕は剣の技術、リリは知識。どっちも必死になって学んできたところは、やっぱり似てるんだ。リリが持ってる知識は、本当にすごいと思う。一人だったなら独学だと思うけど、どれだけの苦労があったかは、少しは分かるよ」

「っ……!」

「夢見たんだよね。パーティーで活躍できる、自分の姿を。だからどんな環境だろうと、努力だけは絶やさなかった。ボクも戦いで活躍したかったから、やっぱり同じだ」

 

 

 滲む栗色の瞳に、少年が映る。少なくなった瞬きが示しているように、その瞳は少年を捉えて離さない。

 周囲の環境が荒ませてしまったものの、彼女もまた、立派な一人の“戦う者”。極端に言えば童話の御伽噺のような、そんな夢ある冒険をしたいがためにオラリオから逃げ出さず、未だダンジョンに夢を追い、結果として続いているのだ。

 

 もし、目の前の少年が答えを持っているならば。リトルルーキーという二つ名を授かり、レコードホルダーとなれるほどの存在が、己の知らない何かを知っているならば。

 自分の手を、引っ張って欲しい。自分ではどうすることもできない、この環境から連れ出してほしい。少年に向けられる栗色の瞳は怒りと悲しみを生む中で、決して表には出てこないながらも、微かな期待の眼差しが込められている。

 

 

「師事までとは言わないけど、夢を見せてくれる人……そんな“人達”なら、知ってるよ。リリに一番足りていないものも、しっかりと持っているし、伝えてくれる。僕だけじゃ、それは伝えられないや」

「私に、足りていないもの……?」

「“足りていない”よりは、“知らない”かな……。ごめん、やっぱり上手く伝えられないや」

 

 

 手のひらを頭の後ろにあて、少年は苦笑する。己に言葉をくれた師を真似て、かっこいいことが言えないかと頑張ってみたが、まだまだ足元にも及ばなさそうだ。

 会話の区切りを表すかのように、前方からキラーアントが姿を見せる。ベルは2本の“兎牙”をホルスターから引き抜き、少し腰を落として構えを取って対峙する。

 

 その姿を目にし、リリルカは不思議に思う。キラーアントとは硬い外骨格を持つモンスターであり、故にレベル2と言えど、一撃の威力に劣るナイフでの戦闘は非常に不利。セオリー通りに狩るならば、まず足を切り落として行動を防ぎ、的確に骨格の間を切ることだろう。

 しかしながらそうなると、頭部や胴体部分は損傷無く残ることとなる。倒すことに時間を要せば、キラーアントは強靭な顎をカチカチと鳴らし、仲間のモンスターを呼び寄せるために状況が悪化することは明白だ。

 

 

 数秒後、そんな憂いはどこにも残らない。3匹のキラーアントを相手に放たれた、胸部の魔石を確実に穿つ刺突の一撃は、機械のような正確さを見せている。

 間違いのない、一級品の業物。リリルカ・アーデの目に映る、あの時とは別物の銀色のナイフは、それほどの価値を間違いなく宿していると考え――――

 

 

「初日から随分と見ていたみたいだけれど、ナイフが、気になる?」

 

 

 やはり、自分が当初抱いていた考えを見抜かれていたかと、焦りが生まれる。思わず唾を飲み込んでしまい、目線を逸らさずにはいられない。もっともベルとしては単純にナイフに興味を持っていると考えているだけであって、窃盗の二文字など更々無いという勘違いだ。

 リリルカとしては局面であり、どうしたものかと考え、ここは正直なことを口にするべきと判断した。今となっては盗む気も失せかけているが、キラーアントの装甲を貫けるなど流石はレベル2の冒険者が持つ業物、鍛冶のアビリティを発展させた者が打ったのだろうと口にし、そのナイフを褒め称える。

 

 しかし返ってきた答えは、彼女にとって衝撃となる内容であった。

 

 

「リリが気にしていたこのナイフを作ったのは、レベル1の鍛冶師なんだ。その人も、色々な事情で……早い話、リリと同じではないけれど、似た感じかな。それでも自分にできることを掲げて、一生懸命に自分自身と戦ってる、僕が尊敬する凄い人だよ」

 

 

 視線が合う。嘘だと思い、やはり相手の発言を心の中で否定した。掛けられた言葉が、全くもって信用することができなかった。

 生ハムをスライスするようにキラーアントの装甲を抜いていくナイフなど、鍛冶のアビリティが無いレベル1の鍛冶師が打てるはずがない。大剣ならば一撃の威力の高さで抜いていけるだろうが、ナイフとなると、レベル2が使うといえど――――

 

 その感情は、隠されること無く顔に出されてしまっている。背中越しにそんな表情を見たベルは、目の前に迫った新たなモンスター一行を掃除すると、予備のナイフのうち一本を手渡した。

 鍛冶師曰く、“兎牙Mk-Ⅲ(ピョンゲ・マーク3)”と言うらしいそのナイフ。名前はともかく、鍛冶のアビリティが無いながらも、素材はそのままに試行錯誤を重ねて全体的なバージョンアップに成功した、ヴェルフ・クロッゾ渾身の一振りだ。

 

 

「これが、そのナイフだよ。ミノタウロスの強化種と戦った時に使った物よりも遥かに洗練されてるから、その時とは全然違うけどね」

「凄い……」

 

 

 “ワケ有り”で様々な初等~中等入口の武器を見てきた彼女だからこそ、ある程度は分かってしまう。とても、レベル1の鍛冶師が使う素材で造られたとは思えない。

 鍛冶師が少年のために丹精込めたことが、痛いほどに伝わる逸品。レベル1となれば鍛冶のアビリティも無いだろうから、これを作るために潰れた血豆の数が、素人ながらも想像することが出来てしまった。

 

 嗚呼、これなのだと。誰かのために一生懸命になれる環境が欲しかったのだと、ホルスターに仕舞ったナイフを、思わず胸元で握りしめた。

 自然と奥歯に力が入り、少し前まで無理して笑顔を作っていた瞳が伏せられる。その前に差し出された手が視界に入り、彼女はハッとして顔を上げた。

 

 

「あっ……」

 

 

 差し伸べられた手の意味を、思わず勘違いしてしまった。今の自分は、“冒険者様”のナイフを抱きかかえるように持っているのだ。

 そして後方には、新たな敵がこちらへと向かってきている。すぐさまナイフを差し出すと、相手は薄笑みを浮かべ、優しい手つきで受け取った。

 

 

「僕を信じてくれるなら、明日、朝の鐘が鳴る頃に同じ場所に集合して、また一緒に潜ろう。さ、団体さんがお出ましだ」

 

 

 たった1日なれど、契約の延長。向けられる薄笑みが、凍ったはずの心を何故だかくすぐる。駆け出す細い背中が、何故だか大きく目に映る。

 絶望続きだった暮らしの中で、僅かながらも小さな光が差し込んでいる。何者にも染まっていない無垢な光が、彼女の道を僅かながらに照らしている。

 

 あの光を追えば、変われるだろうかと。彼女の中で、初めて期待が生まれていた。




リリ助パートの1話目でした。
感情は原作をリスペクトしていますが、独自解釈を入れてみた感じです。

さて、“人達”とは誰でしょうか…?

P.S.
39話ご感想欄がお通夜でしたけど燃やされてませんよ!

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■リヴェリアが口にする相手の呼び名について
 感想でご指摘いただいたので、こちらでも記載いたします。

 実は、独自解釈の一部となっています。
 リヴェリアがファミリア以外の他人を呼ぶことが無かったので推察ですが、流石に赤の他人に対していきなり「お前」というのは、素性からしても「流石に無いのでは?」と考えました。(険悪な仲だと在り得るでしょうけれど)

 ではなぜ「お前」なのかと考えた時、普通ならば「お前⇒君」へとランクアップするのですが、リヴェリアの場合は逆で、普段が「君」など。親しい仲と判定が出れば、砕けて「お前」になるのだという推察です。
 なので、元々親しいエイナや同じファミリアの者に対しては「お前」で統一されているわけですね。また、相手がエルフの場合も「お前」で固定なのかもしれません。

 本小説ではタカヒロのことを「君」呼びですが、時折素が出て「お前」が混ざっていますので、探してみてください!

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