その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

67 / 255
ヘファイストス・ファミリアのキャッチコピー
“至高の装備を貴方に”


66話 黒いガントレット

「……これ、どこから持ってきたの?」

「ダンジョン内部であるのは間違いないが、詳しくはわからん」

 

 

 夕方。ドスンと音を立ててリビングテーブルの上に置かれたのは、人の胴体程の大きさがあり、黒光りする巨大な鱗。眉間に強烈な力を入れたヘファイストスに問いかけられた内容に対し、青年は日頃の仏頂面のままで、すっ惚けた。

 

 ダンジョンの不明階層にて対峙した、黒いドラゴン。エリート環境におけるネメシス級であり、久々に少しだけ歯ごたえのあった敵が落とした鱗がコレなのだ。

 そしてヘファイストスの視点においては、相手が口にしていることは嘘ではない。どこで何をどうしてドロップしたアイテムなのかを問い詰めたい彼女だったのだが、彼女は彼女で、それよりも、このドロップ品が気になって仕方がないのだ。

 

――――北の町から飛び立ったと言われている、黒竜の鱗……に似ているけれど、違うわね。それはどうでもいいけど、あそこがこうでしょ、ああしてこうして……ああじれったい!でもダメよヘファイストス、これはまだ私の物じゃ――――!

 

 それが、じっくりと鱗を眺めたヘファイストスが抱いた正直な感想。明らかに今までの物とは比べ物にならない未知のアイテムを前にして、理性が壊れかけている。

 

 もっとも、最初に抱いた黒竜の鱗とは決定的に違うところがある。北の町にあった鱗は“単純な身体の一部”。故に鍛冶師としては扱えず、仮の話だが、黒竜が討伐されれば消滅することとなるだろう。

 一方で青年が持ち込んだ此方は、明らかな“ドロップアイテム”。未だかつてないほどの素材を目にし、鍛冶師としての血が沸騰しそうなところで何とかして抑えているのが実情だ。この二人、意外とwin-winな関係だったりする。

 

 

 それもまたさておき。

 

 

「――――で。市場でもプライベートでも見たことのないこの素材は、いくらで売り渡してくれるのかしら」

「そうだな――――」

 

 

 まるで一触即発。まさに戦闘中さながらの空気が漂っており、両者に気のゆるみは僅かにも見られない。青年は腕を組み、微動だにしない様相を見せている。

 一方で猫のような口を作りながらも目つきは凛々しく、タカヒロを見据えるヘファイストス。それに対し、青年は眉間に皺を作り相手の瞳を見据えている。双方の睨み合いは数秒続くこととなり――――

 

 

「売り渡すだと?見くびるなよ鍛冶の神」

「っ、まさか!?」

「察しの通りだ、持ってけ泥棒!」

「キャーッ!!」

「どうした“ヘファイストス”!?」

 

 

 あまりの嬉しさにヘファイストスが子供のような喜びようでバンザイしつつ、嬉しい悲鳴を上げた(壊れた)タイミング。“部屋の奥にある”扉の向こうからヴェルフがすっ飛ぶようにして入ってくる。タカヒロに気づいて軽く頭を下げるも、己の両頬に手の平をつけてクネクネしているヘファイストスを目にし、何事かと混乱中だ。

 なお、仮に売却となった場合においても、結局はそこの青年のガントレット作成に使うためにお金が戻ってくる点には気づいていない。強く興味のある事となると思考回路が短絡する点は、二人共に似たようなところだろう。

 

 「ついでに」との出だしで、タカヒロからは新たに1つのアイテムも出されている。前回に渡した増強剤をあのように使えるならばコレはどうかと、8%の装甲強化を筆頭に強力な防御効果を付与するレアコンポーネントとなる“巨人の板金”も使ってみてくれと、いくつかの数を床の上に並べていた。非常に重いために1つ1つはヘファイストスには運べないが、恩恵を貰っている者(そこのヴェルフ)ならば運ぶことができるだろう。

 未知の装備に興奮する装備キチがいるように、未知の素材に興奮する鍛冶師が居ても不思議ではない。途端にヘファイストスの目付きが変わり、もう依頼者すらも映っていない。すぐさまハンマーを手にすると、一緒に作業をするのであろう赤髪の青年の名を叫んでいる。

 

 

「大丈夫よヴェルフ、素材が来たわ!」

「本当か!?とうとうやるのか、準備する!どれぐらいかかりそうだ?」

「試作でコツは掴んだけど、慎重に作りたいから三日は見ておいて」

「わかった、任せろ!」

 

 

――――やけに仲が良いな。

 

 一変したテンションはさておき、以前に二人と出会った時とは明らかに違う関係に疑問を抱くタカヒロながらも、“ガントレット作成の”邪魔をしてはいけない。そのことしか眼中にないタカヒロは静かに部屋を出ると、耳にしていた三日後を心待ちにして、廃教会へと足を向けた。

 

 

 そして待ちきれず、興奮を発散するかの如くダンジョンを正規ルートで50階層まで降りたり上ったりオッタルに食料などの補給物資を差し入れしたりして、三日後。出来上がりの報告を待たずに、閉店間際のファミリアへと押しかける。ヘファイストスの部屋の扉を叩くと、機嫌が良さそうな返事が行われた。

 いつもの礼儀作法で扉を開けると、リビングテーブルの上にあったのは、ただならぬ気配を醸し出す、間違いなく一級品のガントレット。鎧と似た黒光りは、ソコソコ外観を気にする彼としても鎧とマッチしており十分に合格ラインだ。

 

 アイテム名も要望のエンチャントが期待できるもので、レアリティを示す色は緑色。つまりレア等級となるモノであり、Affixが2つついている。オブ ザ オリンポスのAffixは知っているものの上昇率までは分からず、久方ぶりに目にする未知の装備を前にしたコレクターとしては胸が高鳴るというものである。

 更には、アイテム名の前についてるAffixは未知のもの。名前からして不壊属性(デュランダル)の類かとは想像できるが、こちらも未知のものであることに変わりはない。

 

 最悪、星座の恩恵効果だけでも10%か、12%程はあるだろうか。それだけあれば、新たな可能性の踏み台になることは間違いない。

 もっとも、それらの気持ちは、おくびにも出さず。鍛冶師が作り上げたものに勝手に触れることは御法度であるために、テーブルの前に立つ青年は、ヘファイストスの許可を待っているのだ。

 

 

「要望の一品よ。持ってきてくれた素材が良すぎてエンチャントが綺麗に乗ったことが主な理由だけれど、過去一番に渾身の出来栄えだわ。手に取って、確かめて貰えるかしら」

「……拝見しよう」

 

 

 立ち位置的に、作成者ヘファイストス、助手としてヴェルフと言ったところだろう。両手を腰に当てて満足げな表情を浮かべる二人の前で、タカヒロはガントレットを手に取った。

 

 

 

 

 

■アンブレイカブル・ネメシス ガントレット・オブ ザ オリンポス

・レアリティ:レア

・装甲値:1660

不壊属性(デュランダル)

+18% 物理耐性

+16% 装甲値

+681 物理報復ダメージ

+74% 全報復ダメージ

+40% 星座の恩恵効果

 

 

 ジャンルとしてはヘビーアーマーの類となるガントレットであり、装甲値は十二分。かつて駄々をこねていた時の欲張りセット程ではなく、追加効果が10種類あっても不思議ではないダブルレアMIと比べると数少ない追加効果であり、不壊属性(デュランダル)を除けばたった5つの項目だけ。

 しかしながらそんなことが気にならない程に、目を見張るのは装備効果も含めた各エンチャント性能の数値にある。ダブルレアMIや神話級レジェンダリーも裸足で逃げ出し、青年の喉から手ではなく肩先以降どころか二人目、三人目、最終的には100人ぐらいが這い出す程の、とんでもない代物が出来上がっていた。

 

――――鍛冶の神、マジ鍛冶の神。

 

 そんな戯言が心の中で繰り返され、脳内では興奮がジェットコースターの如く急上昇。そのまま成層圏にまで射出されてしまっている。暫くしたら戻ってくることだろう。

 こんな装備を装着しては、“ぶっ壊れ”に磨きがかかることは間違いない。しかしながら“ぶっ壊れ”が更に壊れたところで、傍から見れば似たようなものだから問題は無いだろう。

 

 

 現物を手に取って目を見開き、固まったままの青年が約一名。ピクリとも動かないその様相に心配になったヘファイストスが彼の前で手をヒラヒラさせると、ようやく微かに反応したレベルである。

 よくよく見ればその手は微かに震えており、「神話級装備も裸足で逃げ出す逸品に対し猛烈に感動している」と相変わらず思ったことを口に出しており、鍛冶師からすれば、とても嬉しい言葉を残している。思ってもみなかった直球の表現に思わず少しだけ頬を染めたヘファイストスだが、軽く咳払いをすると、逸品を作り上げた満足げな表情に変わっていた。

 

 そして、ようやく青年の脳みそは再起動。とりあえず何かを口にしようとして、このような言葉を呟いた。

 

 

「……アンタ、神か?」

「神よ。炎と鍛冶を司る、ね」

 

 

 やっとこさ何とかして声が出せた青年に対し、「ドヤァ」とでも言わんばかりに、わるーいながらも誇った表情になる鍛冶師が約一名。青年はワイシャツが勢いよく擦れる音と共に右手を前に出し、ヘファイストスはその右手を力強く握るのであった。互いに、満足げな表情を浮かべている。

 しかしながら、まだ買取価格は決定していない。最低でも3000万ヴァリスとだけ言われていた価格であり素材の半分以上が持ち込みだが、価格はこれから決められるのだ。

 

 

「文句の付け所など在りはしない。紛れもなく所望の品だ、是非とも支払わせてくれ」

「嬉しい限りだわ。で、いくらで買い取ってくれるのかしら?」

「安いに越したことは無いが、気持ち的には最低でも10億ヴァリス」

「じゅ!?」

「10億!?じ、自分で作っておいてなんだけれど、どれだけのエンチャントがついたのよ……」

 

 

 そう言われて、どう伝えたものかとタカヒロは腕を組む。彼からすれば10億ヴァリスでも安いぐらいだが、本当の内容を言った瞬間に「何それ」となることは目に見えているため、似たような例を思い浮かべていた。

 

 

「なんだろう……知り合いの腕のいい店に散髪を依頼したら予想以上に文句無しに仕上げてくれて、気持ち多く支払いたい感じが近いだろうか」

「あ、それわかるかも……」

「……なるほどなぁ」

 

 

 妙な説明ながらも、どうやら二人には伝わったようである。

 

 とはいえ、ちょっと多くで済まないのが10億ヴァリスという金額だ。しかも最低金額であり、それ以上を提示されても青年は支払うつもりでいるらしい。

 この青年、「ようはカドモスの被膜を1スタック(99個)集めれば解決だ」という奇行を真面目に考えているので質が悪い。もっともそれがハクスラ民らしい考えと言えばそうであるのだが、間違いなく相場は暴落することになるだろう。

 

 結果として、エンチャント鑑定のこともあって2億ヴァリスということで落ち着いた。本音を話しているヘファイストスとしても素材が持ち込みのため利益率はかなりのものがあり、見たことも無い素材で防具が打てて心からご満悦のようである。

 もっともガントレットであるために手首や指の可動部分に若干の修正要望があり、実際の納品は明日になるとのことで決定した。そこは流石のヘファイストスで修正がある前提で設計をしているために、問題なく行えるようである。

 

 

「ところで支払いなのだが、魔石などの現物でも良いのだろうか?」

「問題ないわよ。この前の鱗は全部使っちゃったけど、ドロップアイテムも持ってきてもらえれば、直接買い取るわ」

 

 

 どうやらギルドを経由するよりは安くなるので、鍛冶ファミリアでは願ったりかなったりの模様。タカヒロも承知した言葉を返し、明日また訪れることを伝えて帰路についた。

 

 

 翌日の夕方間際に現物を受け取り、手を握ったり開いたりして己の技術を使うに何ら支障のない事を確認する。僅か2度目の装着だというのにシックリと手に馴染む感覚は、流石はヘファイストスと言ったところ。手だけの装備ながらも、装備効果によって能力が上がっていることも確認できる。

 装備効果の数値的には、恐らくもう少し上がある。タカヒロの予想だが、上から順に20、20、700、90が最大値だろう。最後にある星座の恩恵効果については、もしかしたら50%まで伸びるのかもしれない。

 

 しかし、信頼できる鍛冶師との繋がりは、己が学んだ大切なことである。「数値が気に入らなかったから作り直せ」など、無礼どころか相手を最大に侮辱する言葉に他ならない。その発言によって鍛冶師のやる気が削がれれば、再作成となった際でも付与数値が小さくなる可能性もあるだろう。

 この黒いガントレットは、神ヘファイストスがタカヒロという青年の意見をものの見事に表現し、丹精込めて作ってくれた逸品なのだ。ならば青年にとって、そのガントレットのどこに不満があると言うものか。

 

 

 ヘファイストスをよく見れば、目の下に薄いクマが浮かんでいる。金属を打つ際には瞬間的な光が目を刺激するために、よほど集中して作ってくれたのだなと、タカヒロは感謝の念しか生まれない。

 なお、丹精込めたのは事実ながら、見たことのないアイテムだらけでの作成で興奮し、ヴェルフと共に寝る間も惜しんで夜な夜な作業を行っていただけという残念さを知れば、オカワリが要求されていることだろう。蛇足だが、夜な夜なの作業とは鍛冶作業であり、決して変な意味ではない。

 

 

 納品が終わってからは支払いも予定通りに行われ、各々1スタック程あるドロップアイテムを集めた際の副産物である、大部屋を埋め尽くす産地直送の魔石群をヘファイストス・ファミリアに押し付けて片が付いた。顎が外れている二人の鍛冶師をさておき、内心ニッコニコで、4月1日に登校する小学一年生に負けない気分のタカヒロからすれば、ガントレットが手に入った以降は関係のない話である。

 そして人目に付かないところでインベントリに仕舞うと、少しだけ御洒落している衣服と共に、とある地点へと足を向ける。今夜に誘われている食事会に参加するため、ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館へと向かったのだった。

 




 隻眼とは別個体だから対アイズもセーフセーフ(苦し紛れ)

Q:なんで40%も上がるの?
A:GrimDawnにおける接尾辞とは、強力な効果を持っています。基本として接尾辞によって付与されるエンチャント数は種類によって4つほどの項目があり、効果内容も最上級レアに引けを取らない程。そんな接尾辞のエンチャントが1つしか付与されないとなると、非常に強力なものになると作者は考えております。
(ぶっちゃけ攻撃力+100%のエンチャントが普通にあるGrimDawn環境においては数値的には小さいのかもしれませんが。)

 とはいえその他のエンチャント含めて確かに強力すぎるところはあるのですが、ぶっ壊れが更に壊れたところで似たようなモノなのと、作成者がヘファイストスなので思い切って原作ナイフに似せてヤベー効果としました。
 一般的な耐性は全く増えませんけれど、それを上回る効能です。星座の恩恵効果がどれほど影響を及ぼしているかは、また後ほど。


 また、GrimDawnだと自分で作るので気に入らなかったらポイポイと捨てることが出来ますが、今回はヘファイストスに依頼しているので「(例えば)Affixの数値が気に入らなかったから作り直せ」的な対応となってしまうので、いくら装備キチとはいえそれはどうかなと思いました。
 ヴェルフ兄貴の件でも鍛冶師との繋がりを書いていることもありまして、試作過程でAffixの厳選も描写し、手についてはこの対応といたしました。


最小値/最大値
■手の防具:ネメシス ガントレット
・装甲値:1660
+540/780 物理報復ダメージ
+ 60/80% 全報復ダメージ

■Affix接頭辞:アンブレイカブル
付与:不壊属性(デュランダル)
+10/20% 物理耐性
+10/20% 装甲値

■Affix接尾辞:オブ ザ オリンポス
+25/45% 星座の恩恵効果


■巨人の板金(コンポ―ネント剤。装備可能個所:頭、胴)
・驚くほど重く分厚い板金。普通の人間には持ち運んだり、動かすこともできない。
+4% 体格
+24% 刺突耐性
+15% 反射ダメージ削減
+8% 装甲強化

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。