その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

77 / 255
ゲロ甘+α3/3


76話 まるでどこぞの白兎

 食後の紅茶を飲み終え、今度こそタカヒロが支払いを終えると二人は出口へと足を向ける。支払いの際からギョッとした視線がいくつも店内から向けられていたが、今更と言うこともあり二人そろってスルーした。

 外側への押戸だったため、少し足を速めたタカヒロが先に出て扉を保持。その際に本能的に左右を見渡して危険がないかどうか観察しており、薄く微笑んだ彼女をエスコートする騎士のような立ち回りを見せている。

 

 

「さ、次はどこへ行こうか」

 

 

 そんな光景に心浮かれてクルっと軽やかに振り返り、両手を後ろに組んで軽く腰を向けるその仕草。実行者のリヴェリアはアピールしている自覚を持っておらず、ある意味で本能的に行ったジェスチャーだ。

 常日頃から凛とした彼女が見せた、可愛らしい一面。ギャップ萌えと呼ばれるジャンルがこの世界にもあるならば、間違いなく該当している一コマと言っていいだろう。表面上はいつもの仏頂面から少し崩している程度の青年だが、その胸の内やいかに。

 

 

 事前に“それっぽい”場所を雑誌で学んでいたタカヒロは、そのなかでも人気の少ない場所へリヴェリアを誘うこととなる。二人そろって人込みは嫌うタイプであるために、リヴェリアとしても居心地が良い場所であった。

 流石にいくらかの目線は受けることになるが、共にそんな程度は気にならない。売店で購入したドリンクを飲み歩き、軽い煽り、冗談、素直な感想を互いに口にするその姿は、誰とて口を挟めないほどの親密さを秘めている。

 

 

 そんな時間はあっという間に過ぎており、時刻は夕暮れ。四日後から59階層への遠征が開始されるためにまた教導が中止になることや、主神が面白いと退屈しないなど他愛もない話が続き、オラリオに響き渡る鐘の音で、そろそろ帰る時間が来たことに気が付いた。

 二人そろって子供ではないために、別に夜間に外出したところでさして法律に触れるようなことはない。もっともオラリオにおいては子供だろうと外出禁止時間に関する法律は無いのだが、理由はリヴェリアの立ち位置にある。

 

 なんせ、彼女はロキ・ファミリアという巨大かつ都市第一を争うファミリアの幹部なのだ。抱えている仕事の量・質の大変さはタカヒロもよく知っており、ロキに対して「いい加減に負荷を分散させろ」と何度口に出そうと思ったか分からない。

 現に彼女は今日もいくらかの無理をしてやってきており、本当に時々出てしまっている小さな欠伸に気づかぬタカヒロではなかった。彼もその点を口に出さないのは、他ならぬ彼女の頑張りに泥を塗らぬためである。

 

 

「む、眩しいな」

 

 

 人気のない道を並んで歩いていると、リヴェリアがポツリと呟いた。厚手の雲から顔を出した西日が直接当たってしまっており、タカヒロも目を細めた程である。

 しかしその実、目線は西日を向いていない。隣を歩くリヴェリアに向けられており、その視線に気づいた彼女は、可愛らしく首を傾げて問いを投げる。

 

 

「……どうした?言いたいことがあるなら言ってみろ」

 

 

 ここにきて彼女もまた彼の変化を読み取っており、そんな言葉を口にしてしまう。しかも上機嫌であり、昼食後に見せたジェスチャーの軽いバージョンを行うオマケつきだ。

 そんな仕草を向けられた青年は、どうしたものかと目を逸らした。夕日のせいか、すこし赤くなっている顔を彼女から背け――――

 

 

「では隠さず言うが……夕日に照らされたその顔が、まさしく宝物のように綺麗だったので見惚れていた」

「なっ――――!」

 

 

 夕焼けに映えていた顔が、更なる赤へと変わっていく。相も変わらず思ったことをそのまま口にした彼の不意打ち詠唱魔法は、クリティカルヒットで届いていた。耐異常Hを貫通する、羞恥という状態異常のオマケ付きである。

 そして彼女は、ここにきてレベル6を超える動き、黄昏の館でも見せた残像残す脚力を遺憾なく発揮する。手で顔を隠したままロキ・ファミリアのホームへと駆けだしてしまうという、紛れもない逃走劇をやってのけてしまったのだ。

 

 

「……えっ?」

 

 

 いざという場面における、ポンコツ同士の戦闘結果がコレである。結果として当然ながら、その場に取り残された青年が約一名。

 

 ポカンとした表情のまま、恐らくは相手が消えていった方向を見つめたまま。あまりにも一瞬の出来事により、手を伸ばす事すらもできなかった。

 

====

 

 

「あああああ!もう、もう!なんなのだ!何故あの馬鹿者は、ああも生真面目な顔であんな言葉を……あああああ、もう!!」

 

 

 そんな逃走犯が逃げ込んだ、北区にある黄昏の館。着の身着のまま、ベッドに蹲っているハイエルフらしきポンコツが約一名。心臓の鼓動は過去一番ではないかと思える程にはち切れんばかりに耳をついており、つられて呼吸も荒くなっている。背中が膨らんでいると錯覚する程の光景が、重大さを物語っていた。

 とにもかくにも枕を抱き込んで顔に押し当て、悶々とするしか己の行動を選択できない。そんなリヴェリアはお目目ぐるぐるで、語彙力すらをも大半を失っていた。嬉し恥ずかし、なお後者のウェイトが圧倒的であったための、この惨状である。

 

 外はすっかり暗くなっており夕飯も忘れている状況ながら、当の本人は脳のリソースをそこに割けるまでに回復ができていない。リヴェリアの部屋から少し離れた位置の廊下には、彼女を尊敬する者達が緊急会議を開いている状況だ。

 残像が出るほどの全力疾走で戻ってきたかと思えば、そのまま自室にホールインワンしているのだから傍から見れば何事かと不安になるものである。もしも原因が白髪の青年であり泣かせでもして居たらと、エルフの取り巻き一行は交戦状態を整えておりスクランブル(緊急発進)の態勢が整っているのは相変わらずの光景である。

 

 

 

 ――――リヴェリアの様子がおかしいから見て来て。

 

 夕食時もとうに過ぎ、そろそろ晩酌の用意をしようかと思っていた時間帯。それが、主神ロキが己の溺愛するアイズ・ヴァレンシュタインに言われた内容だ。正直なところ足取りは重いが、期待に応えないわけにもいかないのが実情である。

 もし今ポンコツと化しているのがアイズならば適任はリヴェリアだが、逆となると適任者は一人だけ。ここの主神であるロキは扉の前に辿り着くと、獅子の尾を踏まぬことを祈りながら扉をノックするのであった。

 

 やたらぐもった声で入室許可が下りたので恐る恐る中へと入るロキは、違う意味で恐ろしい事態に直面する。なんとかして鼻血を抑え、当時のリヴェリアのように逃走してしまうことを回避するので精いっぱいであった。

 

 

 ベッドの上で、正座を崩したような女の子座り。胴ほどの長さのある枕を抱きしめて顔の下半分をうずめており、耳まで赤く、いつもの凛々しさ溢れる鋭い目つきで来訪者ロキを睨んでいる。

 

 

 あのリヴェリアが私服姿、更にはこんな姿勢で待ち構えていたのである。ロキからすれば反応するなと言う方が無茶な話であったものの、どうにかして飛び上がってダイビングすることだけは押さえつけた。万が一でもそうすれば、己が廊下に居た一行にボコボコにされて空中散歩を楽しむことは確定である。

 なんとかして落ち着いたロキだが、何があったのか全く以て分からない。それでもリヴェリアが普通でないことは明らかであり、そんなハイエルフらしき人物を心配する眷属の期待に応えるため、事の真相を明らかにするべく落ち着いて口を開く。

 

 

「ど、どどどどどないしたんやリヴェリア。夕飯も顔出さんし、みんな心配しとるで」

 

 

 と、本人はいつもの調子のつもりで盛大に動揺からスタートした言葉をかけたロキは、言葉巧みに少しづつだが事の真相を聞き出している。

 しかし耳にした逃走の部分の内容は、是非の所在を議論するならば完全にリヴェリアに非がある状況だ。現場を見ていたわけではないが、流石の彼女も擁護できる余地が無い状況である。

 

 

「あちゃー、そりゃアカンでリヴェリア……」

「!?」

 

 

 力なく伏せられて下を見ていた顔が前を向き、翡翠色の瞳がカッと見開かれる。思わずギョっとしたロキだが、相手の瞳が威嚇ではなく驚愕だと理解して肩の荷を下ろした。

 こりゃ、恐らく理由を聞いてくるなー。とロキは思いつつ。どう返答したものかと考えて頭の後ろを手で掻きながら、本当の事を口にするかと溜息をついた。

 

 

「な、なぜだ!?ロキ、私は何かいけないことを……」

「なぜって、リヴェリアも見てた――――あ、いや知っとるだけか。でも知ってるんとちゃうん?御礼も言葉も無しに帰ってきてもたんやろ?それじゃードチビんとこの兎がアイズたんにした事と同じやんけ。タカヒロはん、今頃相手に嫌われて逃げられたと思っとるかもしれんで?」

 

 

 いやまぁ、意味は違えど逃げとるワケやけど。

 

 そう締めくくられた一文が、グサグサと胸に刺さっていく。針の筵とはこのことであり、まるで心に重りがぶら下げられているかの如く気分が暗い。先ほどまで打ち付けていた胸の鼓動は、嘘のように静まり返っている。

 リヴェリア・リヨス・アールヴ、本日二度目のクリティカルヒットを被弾。なお、今回は真顔に変化し後悔の念と罪悪感がこみあげる状態異常である。

 

 しかし、いくら罪悪感が出てこようがもう遅い。逃亡からすでに5時間は経ってしまっており、彼はどのような心境で帰宅したのかと考えると胸が締め付けられる錯覚に陥る。

 謝罪に行くべきだ。しかしすでに就寝時間帯に入っており、そもそも彼の隠れ家は知っているがヘスティア・ファミリアのホームがどこにあるか全く以てわからない。まさか廃教会とは思ってもいないだろう。

 

 

「大事にせなあかんでー?なんでや知らんけど今は表立っておらへんけど、出てきたら目立って神も目ぇつけること間違いなしや」

「うっ……」

「強さだけなら、悔しいけどうちらのアイズたんですら危ういんやろ?もしアマゾネス相手にタカヒロはんが力振うことになってみぃ、一発やで。選り取り見取りや」

「うううっ……」

「聞く限りやけど年の差も気にしてへんのやろ?相手はエルフやのうてヒューマンや、そんな青年滅多に居らんで」

「うううううっ……」

「せやかて、ハイエルフやからヒューマンなんて嫌やってなら話は」

「嫌なことがあるか!!」

 

 

 もはや、ナインヘルの二つ名を持つハイエルフの威厳や気高さなどどこにもない。それぞれの名詞に(笑)を付けたぐらいが妥当だろう。上唇を鼻につけるかの如く力を入れて涙を浮かべる“やっちまった”ハイエルフならぬローエルフな乙女は、時間が巻き戻らないかと女の子座りから枕に顔をうずめて数時間前の自分をサンドバッグにしていた。

 そんな前代未聞であるリヴェリアの態度と表情を引き出したタカヒロはんGJ、と鼻血を我慢しつつ内心でサムズアップするロキとはいえ、根底としては彼女に訪れようとしている春の風を応援している。相手がヘスティア・ファミリアという点だけは気にくわないが、ここは神の器を見せるべきだと仕舞い込んだ。

 

 

 しかし時期が悪く、4日後から大規模な遠征が開始するのだ。流石に彼女一人のためにファミリアの遠征時期をずらすわけにもいかず、それはリヴェリアも嫌という程に認識している。

 遠征前というのは本当に忙しく此度のような59階層迄の大規模となると猶更であり、アイズを除いた幹部のメンバーはやるべき事が山積みなのだ。彼女が許されている理由は色々とあるが、本人の名誉のために記載を省く。

 

 かと言って、リヴェリアが行っている普段の仕事を代われる者が居るかと言われれば誰もが首を横に振るだろう。結果として“執務面においてもリヴェリアの代わりが居ない”という別の問題点が露呈しており、そちらについても対策が必要と実感できただけでもロキ・ファミリアにとって儲けものと言えるかもしれない。

 

 

 

 一方で、逃げられた青年からすれば儲け話など1つも無い。

 せめてこうなった理由を教えてくれと、夜空に呟き落胆している。それでも帰らないという選択肢をとるわけにもいかず、やがて立ち上がるとホームである廃教会へと足を向けた。

 

 

「おっかえりータカヒロ君……って、どうしたんだい、すんごい顔してるぜ?」

「……逃げられた」

「に、にげ?」

 

 

 どこぞの子兎と、剣姫によって引き起こされた一幕の逆バージョン。ズゥーンという擬音と共に落ち込むメンヒルの化身は、かつてない程の大ダメージを負っている。

 そんな彼の表情と雰囲気はヘスティアも初めて見る光景であり、ベルも含めて声を掛けることができる隙すらない。二人は目線を合わせるも、何もできずに青年の背中を目で追うしかなかった。

 

 心配の視線を受ける青年は、部屋へと戻るなり着替えもせずにドサっとベッドに倒れ仰向けになる。見上げた先にある冷たい天井は、己の感情の悲しさを表しているかのようだった。

 

 

 最初のうちは、エルフの中でも一際綺麗だなという程度の感想だった。凛とした気高い性格であることを知ったのはしばらくして再会した後の事であり、話をしてみれば、なかなかどうして波長が合う。ちょくちょく互いにちょっかいを掛けることがあるものの、それはそれで言い返しのし甲斐があるというものだ。

 彼女の持つ魅力は感じており例の一件で表したが、それは彼女を貶す単語にイラッときたが故に反論したため。その後はいくらか反省したものの、感情が明確に変わり始めたのはその頃だろう。

 

 

 そして彼女に対する感想が、いつの間にか好意に変わっていたことに気づいたのは、まさにここ数日のことだ。凛とした姿を見るだけで、耳通りの良い玲瓏(れいろう)な声を耳にするだけで、己の心は羽が生えたかのように軽くなる。

 恥ずかしくて決して口には出せないが、今日は一際のこと楽しかった。些細な事で薄く微笑んだりドヤ顔を見せる彼女が、たまらなく可愛らしかった。

 

 

「……彼女ともあろう者が何も言わずに突然去るなど。いや、あるとすれば怒りの類、馬鹿正直に本音を伝えたのがまずかったか。そう言えば、思ったことを口に出しやすいと注意されたことがあったな……」

 

 

 エルフという種族に焦がれつつ、一方で全く以て知識を持ち合わせていなかったことは事実である。性癖概念がヒューマンの常識に当てはまらない特殊なものだと知り少しは勉強したつもり、かつ気に障らぬよう立ち回る努力はしていた。

 それでも、結果は知っての通りである。何か不始末を働いたのならば面と向かって謝りたいところだが、何をもって不始末となってしまったのか皆目見当もついていない。聞きに行けば済む話だが、関係の悪化という結末が頭をよぎり抱く決意を弱めてしまう。

 

 

 言葉を口にする際に、ちゃんと彼女を見ていなかったからこそ。そしてリヴェリアが持つ誇りの高さと気高さ・礼儀正しさをよく知っているからこそ、彼はそんな答えを出してしまうのだ。隠れ家の玄関ドアや背中ぶっぱの一件は、見つからないようコソコソと逃げ隠れている。

 そんなこんなで、彼女ともあろう者が羞恥心100%で逃走するなど微塵も心に浮かんでいない。今ここで事の真相を知ったならば、未だかつてない表情で顎が外れる事になるだろう。残念ながら真面目な考察は大ハズレでありカスってもおらず、明後日の方向を向いている。

 

 

 ひょっこりと現れたポンコツのクソ度胸から放たれた一言で、相手にもひょっこりとポンコツ具合が顔を出し。愚にもつかない理由で発生してしまった行き違いを抱えたまま、二人の物語は動くこととなる。

 




ポンコツ同士お似合いと言えばお似合いですが……すれ違い発生。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。