その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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ロキ・ファミリアSide


85話 焚きつけられた者達

 ダンジョン18階層。死線を潜りぬけてから一週間が経過し、50階層から帰還中であるロキ・ファミリアは、リヴィラの街から大きく外れた位置にキャンプを構えている。

 地上では、朝6時という時間帯。それでも朝食の用意などやることはあるために、団員のほとんどはこの時間帯から活動を開始している。特に、59階層へと同行しなかったメンバーは猶更だ。

 

――――主力メンバーの雰囲気がおかしい。

 

 そして、このような内容を一同に感じ取っている。しかし、まったくもって原因が分からない。

 普段から笑顔が絶えないティオナも、仏頂面のような様相を示すばかり。声を掛ければいつも通り明るく振舞っているが、終われば元に戻ってしまう。

 

 いくらか雰囲気を大切にする、フィンやガレスも同様だ。どこか呆けたような様相を見せるアイズなど、59階層へ行く前と戻ってきたあとで明らかに様子が変わっている。

 そして、誰一人として59階層の詳細を口にしようとしない。激戦だったことは伺え、恐らくは問いを投げれば返ってくるのだろうが、到底ながらも聞ける雰囲気に留まらない。

 

 

「……で、朝食後に私が呼び出された、と……」

「ごめん、レフィーヤ。一番ハードルが低かったの……」

 

 

 ごった返す遠征メンバー、59階層へは向かわなかった者達の前で、レフィーヤが可愛らしく敷物の上で正座していた。別に怒られているわけではないものの、そのスタイルは彼女のなかにおいて常日頃から行われているものである。

 集ったメンバーはロキ・ファミリアの者ばかりであり、同行しているヘファイストス・ファミリアの姿は1つも無い。口止めの命令もきていないために問題ないかと判断し、レフィーヤは目に見た光景を口にする。

 

 59階層で敵対した、精霊の紛い物。食人花など比較にもならない触手による物理攻撃もさることながら、パーティーが一時全滅しかかった魔法攻撃の様相が口にされる。

 師であるリヴェリアをも上回る速度の詠唱から、59階層を焼き尽くす魔法攻撃。そして天の魔法陣から降り注ぐ、岩の魔法による攻撃。

 

 リヴェリアの防御魔法すらも容易く突破され、オラリオ最高峰の耐久力を持つガレスさえも、なすすべなく一撃の下に崩れ去る。貫通した魔法は全ての仲間に襲い掛かり、パーティーの全員が満身創痍。

 

 そこから一転して攻勢となった切っ掛け、勇気を問うフィンの言葉。語られる内容は、ロキ・ファミリアが成し得た“偉業”に他ならない。

 最後の力を振り絞った、その場に居た全員による一斉攻撃。まるで御伽話のような物語の構成と英雄たちの活躍に、言葉を耳にする冒険者達の心に炎が灯る。

 

 だと言うのに、語り部のレフィーヤの表情は非常に冴えない。目を輝かせて耳にする者が多数であるこの状況、レフィーヤも同じかとばかり思っていた聞き手の者は、何か訳アリかと次を待った。

 そして語られる、2匹目の存在。満身創痍だったとはいえ反応する間もなく吹き飛ばされ、宙を舞うリヴェリアとアイズの姿。膝をつく仲間たちの戦意は完全に折れ、絶望と言う闇が支配した。

 

 「勝てない」と、聞き手の全員が同じ結論に辿り着いた。現場を見ていないながらも、レフィーヤの口から出される物語の結末が分かってしまう。

 しかしながら、全員が無事に50階層へと戻ってきている。まだ何か真相があるのかと考えながらも予想すらできず、全員が口を閉ざしたまま、やや顔を伏せながらも眉間に力を入れる彼女を見つめていた。

 

 

「……あのお二人が現れたのは、その時でした」

 

 

 その一言で、50階層にあった二つの姿を思い出した。違う派閥なれど色々あって仲が良かった、実力としては天と地の差があったはずの零細ファミリア。

 続いて語られるは、ヘスティア・ファミリアに所属する二人の乱入、二人の背中。なぜ彼等が59階層に居たのかは未だ不明ながらも、レフィーヤは淡々とした様子で事実だけを口にする。

 

 レベル2であるベル・クラネルが見せた、アイズを守るために立ち向かった紛れもない偉業。口にこそ出さず悔しいと思いながらも、レフィーヤでさえ「かっこいい」との感情で捉えてしまった、その背中。

 どのような原理だったかは不明なものの、レベル5や6の第一級冒険者すらも吹き飛ばす触手の攻撃を防ぎきり、あまつさえ4本を一撃で切り飛ばす。最終的に、アイズ・ヴァレンシュタインを救い出す結末を見せたのだ。

 

 

 そして、この場に居る全員も知っている一人の青年。此度においてはロキ・ファミリアに訪れた初日と同じくフルアーマーの様相だったことも目撃していた全員だが、レフィーヤが口にしたことは、到底ながらに信じることができなかった。

 左手でリヴェリアを抱きかかえつつ、先の触手による攻撃を受けても微動だにせず、逆に一撃で消し飛ばす攻撃力の高さ。あまつさえ一人で精霊の分身に立ち向かい、59階層を焼き尽くす先の魔法攻撃をマトモに受け、なお無傷。

 

 更には、その魔法が放たれていたであろう10秒程度で、精霊の分身を屠ってしまったのだ。その後に続いた大量のモンスターを足止めし殲滅させる光景やリヴェリアの魔法にも傷1つ負うことなく耐えた状況も、たどたどしいながらも口にされている。

 その時の光景には、派手さも、ましてや見栄えなど欠片もない。行われたのは、ただ盾でもって殴り、突進するだけの攻撃を繰り返すだけだ。

 

 これを書籍化するならば、僅か1ページ程度で終わるだろう。特筆すべきことなど何もなく、それほどまでに、見た目は薄っぺらい中身の攻防に他ならない。

 戦いの最中に、ベル・クラネルが見せた技巧の類も使っていることは確かだろう。しかしながらモンスターに埋もれ遠方だった故に何も見えず、伝わらない以上は、結果として存在しないことと同様だ。

 

 狡猾さを特徴とするベル・クラネルとは、全く違った“強さ”。そこには自分たちが抱いた勇気も挑む感情も無く、在ったのはただ、全てをねじ伏せる圧倒的な殲滅力。

 レベル3、そろそろ4になろうかという彼女から見た感想においても、レベル5だの6だの、その程度の器に収まらない。煙の中から現れた後ろ姿や多量のモンスターの中心へと単身で突撃していく姿は、未だ彼女の目にも焼き付いている。

 

 

 語り部であるレフィーヤの周囲に作られた会場は、まるで通夜の様相だ。

 

 ロキ自身も含め、幹部が躍起になって探していた“謎の男”。少し前にリヴェリアとの関係が噂になっていたが、そんなことなど消し飛ぶほどの偉業を成している。

 単純な比較で、ロキ・ファミリアの主力部隊と同等の戦闘能力。耐久に至っては第一級冒険者よりも遥かに上であり、先ほどの説明で無傷となると、その限度を予想することすらも難しい。

 

 

「以上が……59階層の、真相です。皆さん、口にも出そうとしませんが……」

 

 

 そう言うと、レフィーヤは1つの方向に顔を向ける。耳をすませば白刃の音と共に、全員がよく知る者の声が微かに響いていた。

 

 

「どうしたんだいガレス!そんなんじゃ、あの人の攻撃は止められないよ!」

「わかっとるわ!!貴様こそ、追うのであればワシ程度は突破してみせい!後ろからも迫っておるじゃろう!!」

「それこそ承知している、望むところだ!」

 

 

 18階層という安全地帯に、二人の戦士が発する雄叫びが木霊する。まるで実戦さながらの気迫と威力で武具を振るい、随分と遠くに居るはずながら、弾け飛ぶ空気はレフィーヤ達が居るところまで伝わるかのようだ。

 忘れかけていた、がむしゃらに挑むという初心の構え。刃を交える二人の心の内はレベル1と同様であり、あの手この手と、少しでも思いついたことを取り入れるべく試している。

 

 

「ハッ、どうしたバカゾネス!そんなんであの時のフィンを守れるのか!?」

「んだとバカ狼!?ぶっ殺す!!」

「私も混ぜてー!」

 

 

 一方こちらは武器を使わず、素手素足での戦闘中。明らかに明確な殺気が混じっているが、乱入者も含めてその点については割と日常茶飯事であるためにツッコミを入れる者は誰も居ない。

 しかし双方ともに各々の表情は真剣なれど軽いものがあり、まさに好敵手と腕を磨き合う様相を示している。今までの鍛錬と明らかに違う集中力と気合の入れようは、第一級冒険者となり、いつのまにか慢心していたことを痛感させられている。

 

 再び見せつけられた小さな背中、随分と近くに居た雲の上を歩く存在。圧倒的な脅威に対して臆することなく立ち向かい勝利をつかみ取る2つの存在、御伽話に出てくる英雄を具現化したような姿に焚きつけられた。

 青年に向けられる眼差しに関しては、実力が目に見て分かりやすいこともあり顕著である。どれ程の血反吐を吐けばあの域に辿り着けるのかと考えるも、やはり努力の積み重ねしかできないと判断し。少しでも時間は無駄にできないと、こうして身体を動かしているわけだ。

 

 

 レベル4、凡人のヒューマンと称されるラウルと女性エルフの剣士であるアリシア達も同様に、誰にも言われずに組手を始めている程だ。背中を見せられた二人が己と同じヒューマンであるために、ラウルは一層の事気合が入っていると言っていいだろう。

 黄昏の館で見せていたモノとは明らかに違う、実戦さながらの戦闘。相手を傷つけてはいけないために少しばかり手加減は混じっているが、それでも練度としては雲泥だ。

 

 

 本日はこのあと、地上へ戻るために出発する。時間いっぱいまで行われた各々の鍛錬で完全に息が上がっており、疲れを隠しきれない中、ロキ・ファミリアは一人の脱落者もなく地上へと生還した。

 

====

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 少年の振るうナイフが、盾に当たる。しかしながら今までとは全く違い、その音に重さは全く見られない。

 ステイタスを更新しているにもかかわらず、ここ数日はこの調子だ。もちろんこれには、れっきとした理由がある。

 

 

「どうしたベル君、相変わらず生きていないな。こちらが少し重心をずらすだけで踏み込みが殺されているぞ、あの時にソレが許されると思っているのか。今までと程度が違う、相手の動きをよく見て攻撃を決定しろ」

「はい、すみません!!」

 

 

 ロキ・ファミリアの帰還予定日となっている朝、オラリオ北区にある城壁の上。昇る朝日に見守られる姿は、つい先日までと外観は変わらない。

 

 しかしながら、普段から行われている鍛錬は応用となる内容ばかりになっており、難易度は桁違いに跳ね上がっている。鳴り響く白刃の音はより強く、より密度の濃いものとなって大空へと吸い込まれている。

 彼女の英雄になると意気込む少年と、それを応援する彼の師匠。少年もまた、師が見せた殲滅力をまざまざと見て、自分もそうならんと意気込みに拍車が掛かっていた。

 

 始まって間もないというのに既に息は荒く、少し止まれば膝に手をつきそうだ。正直、何度もつらいと感じている。攻撃に徹しているはずなのに、先ほどから見せつけられる応用術によって己が負っているはずのダメージを考えると、この身は既に何回死んでいるか分からない。

 それでも、この鍛錬で学んだことは必ず実戦で役に立つ。59階層という死地で身に染みたが故に、どれだけ辛かろうが死に物狂いで身に付けると、ベル・クラネルは意気込んでいる。

 

 少年が持つ圧倒的な長所。負けん気と言うべきか、努力家と言うべきか、はたまたその両方か。瞳に込められる力は時間と共に強さを増しており、決して緩む気配は見られない。

 常に全力でもって己を示し、教えを乞い、学び取る。未完と言えば確かに未完ながらも、やがてこの少年は大成することだろう。だからこそタカヒロも、厳しさをもって接するのだ。

 

 

「もう一度だ、レベル“4”になれるからと天狗になるなよ。次からのパターンは更に不規則になるぞ、来い!」

「はい、お願いします!!」

 

 

 青年が示してやれることは減ってきており、やがて終焉を迎えるだろう。全てを終えて、そこから少年は、また新たな道を歩みだすはずだ。

 しかし今は、少年が示す気合に応える為に。タカヒロはより一層厳しく、鍛錬においての指導を行うのであった。

 

 




おや ベル君 の ようす が …… ▼

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