「ステイタス更新は終わったよーベル君!なーんで君はたった2ヶ月程度でステイタス“オール”SSSのレベル3になれるのか、なー!?」
「いったー!!神様、刺さってますって!!」
時は少し巻き戻り、ロキ・ファミリアの冒険に二人が乱入した翌日。地上に帰還した午後と次の日に、中々厳しい鍛錬を終えた日の夕方のこと。
ブスリ。とまでは言い過ぎだがチクリと背中に針が突き刺さり、少年の絶叫に近い悲鳴が狭い教会の地下に木霊した。レベル3目前でも、この手の代物は痛いらしい。
なお、ヘスティアとて別にベルの血を使ってステイタスを更新しようとしたわけではない。帰還後にアイズと50階層で交わした一連のやり取りを花の笑顔で聞かされて、嫉妬から非常にご機嫌ナナメな状況なのである。
話し声が聞こえてオチが予測できたタカヒロも、飛び火を恐れて今回ばかりは口を挟んでいない。心の中で自業自得だと正論を展開し、ソファーで呑気に本を読んでいる。
やがて現在のステイタスが判明し、その後はタカヒロも交え、3人で話し合いが行われることとなる。いつものソファに全員が腰かけ、眉間に力を入れたヘスティアの声で議論が始まった。
議論と言っても話題は1つであり、ランクアップするかどうかの決定だ。レベル2から更に二月程度でレベル3に昇格するなど、イレギュラーのオカワリにも程がある内容である。通常ならばレベル1で当然、ステイタスEがあれば御の字なのが一般世間的な常識だ。
たった今更新が終わったベル・クラネルの現在ステイタスはレベル1の時を超えて器用さと耐久が1800。その他についても1400~1500を超えている状況という、師に似て相変わらずの“ぶっ壊れ”具合を見せておりヘスティアは溜息を吐いていた。どこかの誰かが持っている“EX”ランクを目にしていなければ倒れていたことだろう。
ベル本人の意見としては、昨日の今日での戦闘とその後のタカヒロとフィンのやり取りで戦意が高ぶっておりランクアップを希望。タカヒロとヘスティア的には、基準が無いために良いんだか悪いんだか判断が難しい状況である。
「それにしてもベル君は、ここ数日で何をやったんだい……?」
そんな質問を受けたベル・クラネル。ヘスティアに発破をかけられたタカヒロがロキ・ファミリアを追いかけ、59階層でぶん投げられた一連のことを説明する。
あの惚気話の前にこんなことがあったのかと事実を知って倒れそうになるも、間一髪のところで持ちこたえる。とりあえず話を聞かなかったことにして、目の前の問題を解決することを優先した。
「うーん、どうするべきかな……。タカヒロ君は、どうだい?」
「……技術面については既に追いついている。自分はランクアップでも問題ないと思うが、代償として君の胃に穴が開きそうだな」
ホントだよ!!と、己の眷属の成長が嬉しい反面、ヘスティアは頭を抱え、タカヒロの対面にあるソファーの上をゴロゴロとのたうち回る。
食事前に埃を立てるなと正論を述べるタカヒロの声でピタリと止まるが、それでも胃痛と頭痛の種が消えることは無い。恐らく発芽することになるだろうと覚悟を決めるヘスティアは、ムクリと体を起こしてベルを見た。
「神様お願いします。僕は、強くなりたいんです」
想いの籠った真っ直ぐな強い視線を向けられると、ヘスティアは断れない。口をへの字にして唸りに唸り、覚悟を決めてランクアップを行った。
――――胃薬は置いておくぞ。
彼女の心境に同情できる青年はいつの間にかソレを購入しており、そっと机の上に置いていたのは優しい世界。なお、どうにか現実逃避していた彼女を引きずり戻す悪魔の所業であることもまた間違いのない事実である。
それでもって、ベルが頭痛の種ならば、青年の存在は休火山と言ったところ。上辺を繕う行為は結構だが、その下に更なるヤベーのが居ることを忘れてはならない。
「……よし、準備完了。発展アビリティは耐異常……のみだね。それじゃベル君、ランクアップするよ」
「お願いします!」
発展アビリティについては選択肢がないものの、ベル・タカヒロ共に耐異常で良いと考えている。むしろレベル1の時のように、またもや不思議なアビリティが出てきて迷うことになるよりは、素直に耐異常を取得できて安堵している。
耐異常の発展アビリティは全ての冒険者が取得すると言っても過言ではなく、毒や麻痺と言った文字通りの状態異常を軽減させる効果を持つ。高ランクの耐異常となれば効果を大幅に減衰させることができるものであり、中層以下で猛威を振るう毒に対抗するためには必須と言っていいスキルだ。
二回目と言うこともあってヘスティアも慣れたものであり、一回目よりも早く作業は終了。傍から見ればなんだか片眉が歪んでいる気がするが、何事もなかったかのように仕事を終えた。
そしてスラスラと羊皮紙に内容を記し、ベルに手渡している。少年はトコトコと歩いて師の元に紙を運び、二人顔を並べて内容を確認した。
ベル・クラネル:Lv.3
・アビリティ
力 :I:0
耐久:I:0
器用:I:0
敏捷:I:0
魔力:I:0
剣士:G
幸運:G
耐異常:I
・魔法
【ファイアボルト】
・スキル
【
【
【
「やった、剣士と幸運のランクが上がってます!」
「……は?」
「え?」
師弟仲良く顔を並べて羊皮紙を見ているものの、見ているところが違っていた。例のスキルが消されている羊皮紙の内容を見た青年はスキル欄に目が行っており、久々に真顔で疑問符を発している。
己の師匠を含めて、強敵ばかり相手にしてきた少年が身に付けた技術。その師が何度も己に見せた、問答無用で焦がれる狡猾さ。
戦闘相手が格上の敵ばかりであったために、攻撃を回避して隙を作らせ、逆に一撃を叩き込むことを中心に反撃技を多く使っていたことが大きな理由だ。積み重ねた努力は、密かに燻ぶり発現する時を待っていたのである。
――――攻撃者に対して電光石火の速さで反撃を浴びせるために、極めて鋭い準備状態に入ること。
そんな準備状態を作るスキル、青年のビルドにおいても装備効果により最大上限まで高められていた主力のトグルスキル、“カウンターストライク”。恩恵らしく漢字4文字に変換されており性能は大きく違うが、間違いなく同系列の代物だ。
オリジナルにある物理ダメージ追加、武器ダメージ参照、報復ダメージ追加、報復ダメージ増加などの効果は一切無く、ただ与ダメージが上昇するのみ。また、トグルスキルではなくアクティブスキルの類とも予想できる。
今までのスキルと違って20%という明確な数値が記載されており、これはオリジナルの基本最大レベル16における武器ダメージ参照値と同じ値。僅かだが、オリジナルの性能が垣間見えていると言ってもいいだろう。
ともあれ新しいスキルであることに変わりは無く、試し打ちしたいと思うのが少年にとってのセオリーだ。バッ、と師に笑顔を向けると「表でやるか」と青年から返事が返り、ベルは短剣を持って駆け出している。
タカヒロは普段着ながらも2枚の盾をインベントリから出し、一応の流れを確認する。タカヒロが攻撃し、ベルがそれを受け流してスキルを発動させる旨が再確認されていた。
レベル3になったこともあるので、スキルの有無による差も含めて比較する。ともあれやはりスキルを使った時は明らかに一撃が重くなっており、タカヒロも思わず「ほぅ」と声が漏れた程だ。
試しにアルゴノゥトと組み合わせてみるも、やはり20%程に増した威力となっている。数回試しているうちにマインドダウン寸前となったために試しにカウンターストライクを連発すると、消費量は少ないながらもマインドを使うようで症状が悪化していた。
ともあれ、これで大方の検証は完了だ。用意していたポーションを飲んで回復し、食事の用意をしながら師弟はスキルの運用を考える。
つまるところベル・クラネルにおけるスキルのシナジー効果の考察であり、通常では発揮できない強力な一撃を求めるならば……
・アルゴノゥト(物理)でチャージできる最適な秒数を瞬時に見極め実行。
・相手の攻撃を正確に回避し、カウンターストライクを発動。
・20%上乗せとなったアルゴノゥトによる攻撃を正確に当てる。急所ならばなお良し。
と言った運用になるだろうと青年は考え、うんうんと頷く少年相手に口にしている。傍から聞くヘスティアからすれば何ともレベルの高い話であり、基礎が疎かになっていては絶対に出来ない内容だ。
しかしその点、少年にとっては杞憂となるだろう。かねてより学び実践にて鍛えてきた内容であるだけに、チャージ時間の見極めを除けばスキルを使うかどうかを決めるだけだ。
そして月日は更に流れ五日後、そろそろロキ・ファミリアが地上へと帰ってくる頃だろう。今日は日の出前からの鍛錬となっており、今日も今日とて頭を抱えるヘスティアにお願いしてステイタスを更新。相変らずのステイタス上昇値に更なる不安を覚えるヘスティアである。
流石に微量程度だが昨日よりも少しだけ強くなったベルは、バベルラッシュが過ぎた時間帯からヴェルフ、リリルカと共にダンジョンへ潜るようだ。色々と用意を進めており、朝練において気になった細かなところをタカヒロに質問している。
そして時間が来たようで、やや苦悩を隠し切れないヘスティアに笑顔を振りまき、腕を振りながらバベルの塔へと駆けてゆく。見送ったのちに作品名“考える人”と化したヘスティアは、呑気に本を読む青年の横で悩みに悩んで時間を過ごすのであった。
時間は飛ぶように流れ、夕焼けが顔を隠そうかという時間帯である。
「ししょおおおおおお!」
バタァンと勢いよく扉を開けるなり、何故だか鎧も含めてボロボロな姿のベルは叫びに叫んでいた。何事かとビクっとするヘスティアといつもの仏頂面のタカヒロがそちらを向くと、花の笑顔を振りまく少年の後ろにヘファイストス・ファミリアのヴェルフが死にそうな顔で続いている。リリルカの姿は無い。
――――何かあったな。
ソファに座る二名は同じ感想を抱くも、もちろん何かはわからない。とはいえ、被ダメージの跡がいくつもあるベルを見たタカヒロは、何か“強力な”モンスターと戦ってきたのだな程度は把握できた。
一方のヘスティアは我に返ると、いつもの心配のセリフを口にしてソファーから飛び出している。ベルの両肩を掴んで大丈夫かと声をかけると、すぐにポーションを取りに部屋の奥へと消えていった。
「師匠、ステイタスを更新してください!」
「いや落ち着け、ステイタスならヘスティアだろう」
「あ、ご、ごめんなさい。鍛錬の成果が出せて、つい嬉しくって。神様、いいですか!?」
少し前までなら、「喜んで!」と馬乗りになっていた神ヘスティア。昨日の今日のこともあり、“ランクアップの際は遅滞なく報告する”という義務をどう処理するか悩みに悩んでいて気が重い。期限としては、あと10日ほどが限界だ。
それでも、他ならぬベル・クラネルのお願いである。いつもに増してハイテンションな心から放たれる花の笑顔は、炉の女神を必殺する武器に他ならない。報告義務はどうにかなるだろうと吹っ切れたヘスティアは、いつものようにステイタスの更新を開始した。
そして、たった今目を背けた事実が輪をかけて酷くなっている実態に目が眩んだ。
「えっ……ステイタス、オールA!?そしてレベル4に、なれる……!?べ、ベル君、一体何をしたんだい!?」
「2時間ほどかかってしまいましたが、リリとヴェルフさんと一緒に、17階層のゴライアスを倒してきました!!」
“覆水盆に返らず”、という言葉がある。
起こってしまったことは取り返しのつかないという意味であり、加えて本人は零したことすら自覚していないために質が悪い。ヘスティアは力なくベルの上から崩れ落ち、ソファーに倒れ込んで、ただの屍と化していた。
たった二か月程度でレベル2から3に上がっただけでも神々から質問攻めにあうことは目に見えているのに、昨日の今日でこの所業とくれば、結末は目に見えて明らかだ。
もちろん、これにはゴライアス以外の原因が潜んでいる。スキル名、【
レベル3になって以降に行った更なる練度による鍛錬もあったとはいえ、ゴライアスを倒すことでアビリティが軒並みAランクまでブーストしやがったのは、だいたいコイツのせいである。
つい先日までの光景を思い浮かべて頂きたい。少年が持つ2つの情景のうち片方、アイズ・ヴァレンシュタイン相手に抱いていたベル君の感情の変化を、その大きさを。ただの異性の焦がれであった少年の感情は、彼女の英雄になるという確信した想いへと、その”丈が成長”したのだ。
もうお分かりだろう。スキルの最後にある“思いの丈により効果向上”、丈が伸びれば効果も向上するというわけだ。「俺は悪くない!」とスキルの早熟部分が反論を述べているだろうが心配無用、主犯でこそなけれど君も立派な共犯であり
「ほう、階層主を3人で屠ったか。ゴライアスとなれば推定レベルは4の相手で耐久力もあっただろう、どう戦った?」
「はい、大振りの攻撃相手なので冷静に対処できました!時々ですがリリやヴェルフさんにおびき寄せてもらい、ボウガンや魔剣で怯ませてから昨日に学んだスキルを2つ使う方法で。なかなか隙を見せなかったので時間はかかっちゃいましたけど、リリとヴェルフさんへの狙いは許しませんでしたし、ちゃんと三人で倒せました!」
「よくやった。その喜びもまた強くなるためには欠かせない、覚えておこう。ところでヴェルフ君は戦いに慣れていないだろう、大丈夫か?」
「え、あ、はい。……もう、ベルの恐ろしさには慣れました。アビリティが低いリリ助なんて、疲れ果てて帰っちゃってますし……」
そして、他人事なこの師である。ヘスティアに攻め寄られれば「何か問題か?」とでも言いたそうなスタイルを貫いている青年は、弟子がスキル効果のシナジーとデメリットを消す立ち回りを見せ、結果として成し遂げた偉業を賞賛していた。
勝利できる相手かどうかを見極めて強者に挑むとは、少しずつ自分から巣立とうとしているのだな。と言いたげに口元を微かに緩め、主神とは見当違いの感情を抱いている。
名実ともに放心状態のヴェルフはすっかり元気になっているベルに生暖かい目を向けており、ヘスティアの驚愕も届いておらず、質問の意図と違った回答を口にしてしまっていた。
時折ゴライアスのヘイトが自分に向くも、すぐさま取り返す少年の立ち回りが脳裏に焼き付いて離れない。そしてベル自身も口にしていたが、それを2時間にわたって続けるなど正気の沙汰とは思えないのが実情だ。
ついこの間まで11階層で一緒にキャッキャウフフしていた人物とは思えない少年の成長に、彼が冒険者としての自信を無くしかけているのは仕方のない話だろう。それより何倍もアタマオカシイのが横に居るせいで忘れがちだが、ベルの成長速度とはそれほどまでに“異常”と捉えられる代物なのだ。
「そうか。ところでベル君。先日の一撃の上にゴライアスとの戦闘だ、近いうちにナイフはメンテナンスに出すべきだろう。ヴェルフ君も対応をよろしく頼む。君が作る武器ならば安心だ、これからも支えてやってくれ」
「っ……はい、こちらこそお世話になります!鍛冶の面においては、死力を尽くして頑張ります!」
タカヒロの一言で、燥いでいたヴェルフは正気に戻る。このあたりは、まだまだ年相応と言ったところだろう。
青年の予想通りにヘスティア・ナイフは痛んでおり、ここまで持ち堪えたのは、単純に修理費用の事もあるが少年の成せる技が故。レベル2、3と成長したことで、習得した小手先の技術が、より顕著に生かされているのである。
ナイフの修理について、ヴェルフに対する技術料こそ無いために悲し気な表情を見せるベル・クラネル。だがそこは「専属なんだから気にすんな!」と、ヴェルフがバシッと背中を叩いて鼓舞している。
本当に良い鍛冶師に巡り合えたなと、青年は少しだけ柔らかい表情で二人の姿を眺めていた。その横にある1つの死体は、まるで画像修正がリアルタイムで掛かっているかのように視界の中から外れている。
そして言葉を受け取ったヴェルフは、さっそく行動を開始する。自分本来の道を思い出した鍛冶師は頭を下げると、ステイタス更新のためにヘファイストスの下へと駆け出した。
もっとも励ましの類の言葉が一番必要なのはヘスティアであるが、意識を落とす寸前のために音が声として入ってこない。ようやく彼女の屍姿に気づいたベルが大丈夫かと肩をさするも、眠り姫が起き上がるのはもう少し先となるだろう。
教会の玄関ドアがノックされたのは、そのタイミングであった。
まさかのカウンターストライクがスキル化、そしてベル君が前代未聞の偉業をやらかしてくれてます。ゴライアスと戦うことになった理由は、もう少し後で…。
眷属二人して爆弾魔。ヘスティア様、強く生きて。