その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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前話にてノックした人。
色々活躍してもらったこともあり、蔑ろにしたくなかったので1話にしました。


87話 悩める狼

「……お前らは、なんでそこまで勇敢に戦える」

 

 

 月明り注ぐも全くもって人気のない郊外、3人が横一列にベンチに腰かけて数秒後。始まりは、地上へと戻ってきたその足でヘスティア・ファミリアへと訪れたロキ・ファミリアのベート・ローガが力なく背中を丸めて発した、そんな言葉だった。

 先ほど扉をノックしたのは狼人の彼であり、二人にドリンクを手渡して踵を返した。とどのつまりは「付き合え」と言っている背中に、タカヒロとベルが目を合わせて、寝込むヘスティアにごめんなさいと言葉を残して応じたのである。

 

 かつて見聞きしたことのある覇気など、どこにもない男の声。鍛え上げられた細身の身体とは裏腹に発せられる、そんな弱々しい声が、静かに二人の耳に吸い込まれる。

 

 彼が問いかけた内容は単純だった。レベル2では到底届かないとわかる精霊の一撃に、なぜ立ち向かおうと思ったのか。ロキ・ファミリアの第一級冒険者の集団が死に物狂いでようやく倒せた精霊に、なぜ一人で立ち向かおうと思ったのか。

 どちらも通常ならば、惨めに足を震わせてへたり込み、目を見開いて絶望し、武器を手から零したところで何ら不思議ではない状況だ。現にロキ・ファミリアの面々は、2体目とはいえ、あの場において戦うと言う選択肢を零してしまっている。

 

 

「俺は……弱い奴が嫌いだ。身の程知らずが嫌いだ。自分は行けると勘違いした奴が、何人も死ぬんだ」

 

 

 口から零れた、オラリオでは、よくある光景。英雄や欲に焦がれた駆け出しが何人も死ぬ光景は、特別珍しい話ではない。

 昨日の夜に乾杯を交わした人物が、翌日には屍になっていたとしても何ら不思議ではない事情がある。ベート・ローガが、最も嫌う現状だ。

 

 

「だが特に“お前”は違う。俺の言葉を何とも思わないようにミノタウロスに勝ち、危険を承知で59階層まで来やがった。圧倒的に格上だと分かっている精霊に臆することなく立ち向かい、一撃をかましてアイズを守りやがった」

 

 

 今まで続いてきたセオリーとは、全く違う結末。己が罵った少年は困難に立ち向かい、己の想像を絶するほどに強くなった。

 格上のモンスターを相手にして臆することなく立ち向かい勝利する、英雄として相応しい背中を二度に渡って見せられた。故に己の考えが間違っていたのかと、ベート・ローガは答えを求めて廃教会のドアを叩いたのである。

 

 間接的に問いたかったその内容に、白髪の二人は黙ったままだ。守りたい人が居たというのが答えであり全てであるのだが、その程度の答えではベートが求めるモノには程遠い。真似するものが現れれば、勘違いして死ぬ者も増える点は変わらないだろう。

 それもあるが、青年からすれば、論点がボヤけているように思えて仕方ない。本当のことを聞くために、質問を投げかけることとした。

 

 

「……1つ、問いを投げよう。なぜそこまでして、ベート・ローガの栄誉を貶めてまで、弱き者を戦いから遠ざける」

「……昔、もう10年以上前の話だ。最も大切な奴を……守りたかった奴を、たくさん亡くしたんだ」

 

 

 故に、その時の事態を繰り返したくない。そこまでは口にされないものの、二人には容易に感じ取れた内容だ。

 

 

 そんな惨状を作りたくがないために容赦なく罵倒し、精神的に打ちのめした。弱いままで、勘違いして戦場に立たないように。

 絞り出されるような言葉を、白髪の師弟は前を向いたまま、黙って静かに聞いている。当時の自分達の状況が、どうであったかを思い返していた。

 

 ミノタウロスと対峙して、生き残ったレベル1の冒険者が居る。

 もしそんな情報が出回って、自分も行けるのだと勘違いしてしまう者が現れるのを防ぐため。酒が入っていたために普段よりも言い過ぎた事実もあるのだが、当時、二人が豊穣の女主人で耳にした罵倒の声が出された根底がソレであった。

 

 

「……なるほど。では1つ、自分が知っている話をしてやろう。戯言とでも思って、話半分に聞いておけ」

 

 

 そう呟くと、語り部は静かに口を開く。思い出すかのように口に出される言葉には、どこか哀愁さの感じられる雰囲気が漂っていた。

 

====

 

 その者は、誰よりも強かった。もっとも当該の集団の中で強いと言うだけの話であり、当然ながら世界は広い。悪い言い回しをすれば、井の中の蛙大海を知らず。

 それでも頭1つ抜き出ていたことは事実であり、モンスターが襲ってこようとも臆することなく、誰よりも早く駆け出した。そして、当然のように勝利をもぎ取る英雄の姿を見せるのである。

 

 ここは俺に任せろ。それが彼の口癖だった。

 

 守るべき者を背中に隠し、背負い、全ての脅威と戦った。如何なる勢力、如何なる軍勢にも立ち向かい、決して膝をつくことなく戦い続けた。

 そして何百回目かの今回も、危なげながらも勝利を得た。圧倒的な脅威から、守るべき者を救ったのだ。これでしばらく平穏が訪れるかと一息ついて、男は町へと戻ると――――

 

 

 守っていたはずの者達は、誰一人として生きていなかった。

 

 

 襲ったのは、己にとっては敵ですらない野盗の類。それでも、結果は見ての通りの有様だ。

 

 全てを背負おうとした男は、背負う者を危険から遠ざけることだけを意識して、育てることを忘れていた。その者が居なければ、守るべき者は自力で立ち上がることさえできなかったのだ。

 

 結果として、男は生き残った。言い方を変えれば、男だけが生き残った。

 

 男は思った。――――オレは、何を守るために戦っていたのだろうかと。結局は、弱き者を守った気でいた己の自己満足だったのではないかと。

 

====

 

 その物語が語り掛ける結末は、とある男の胸に刺さっていた。まさに今まで、自分が大切にしてきた者達に行ってきた方法と同じではないかと動揺する。

 結果こそまだ目にしていないものの、辿る道は同じではないかと困惑する。決して他人には見せなかった弱々しい目が、正しい答えを求めて青年の顔へと動いていく。

 

 

「何が正しいかとなれば、正解なんてありはしない。各々によって変わるだろう。しかし守るべきものを信じて送り出し、いくらかの前線に立たせなければ生き残れないことも、また事実だ」

 

 

 守る、の定義など様々である。物を守るのか、者を守るのかでも変わるだろう。

 

 しかし、ベート・ローガが望んでいることは、弱き者に対する守護ではなく安全だ。ならば迎える結末は先の話と同じであり、彼自身の思考も、自然とその結論へと達することとなる。

 安全な場所に居るだけでは、守る側の手が足りなくなった時に、守りたい者は簡単に滅んでしまう。繰り返さないと己の心に誓っただけに、今の話は、どうしても心の深くに刻み込まれる。

 

 それにしても、妙に信ぴょう性のある話だった。何故そんな話を知っているのかと考え、ベート、そしてフードの下の表情を見ながら話を聞いていたベルは、それぞれ1つの結論に達することとなる。

 

 

「――――まさか、今の話……」

「師匠……」

「……」

 

 

――――この戦士が体験した、かつての失態か……。

――――なんでだろ、なんだか嫌な予感がする……。

――――流石ベル君、でっちあげなんだよなぁ……。

 

 

 ……ベート・ローガ、迷える狼人よ。純粋な心は大事だが、その装備キチ(ポンコツ)は捻くれているぞ。

 いくらか相手を信頼しなければならないと考えるところは青年の本音であり教育方針である事は間違いないものの、色々と酷い状況だ。そしてベル・クラネルの洞察力は、流石は弟子と言ったところと言うべきか。

 

 いや、流石に真相は知らない方が本人のためだろう。とはいえ、思い悩む狼人に効く処方箋でもあるのも、また事実だ。

 守って危険から遠ざけているだけでは、弱い者は育たずに立ち上がる事すらできなくなるのだ。もっとも踏み込んで良い一線の判断こそ非常に難しく、見誤った者から命を落としていくのがダンジョンの実情に他ならない。

 

 だからこそ、育てる側というのは難しい。己の匙加減1つ次第で命が落ちる危険がすぐ横にあるからこそ、教育者としては大きな安全マージンを取りたくなる。

 しかしそれでは、先のように冒険は望めない。ベートが抱いている優しさは先輩冒険者として大事な心であるものの、それだけではいけないのだと、いくらかは信じてあげられる広い心も必要なのだと、青年は自分の失敗のように口にして諭したのだ。

 

 

「己が強く成るだけでは、いつか手から零れ落ちる。一度吠えた手前、それを取り消すことは難しいだろう。守るのではなく、遠ざけるのでもなく、その遠吠えでもって導いてやれ。持ち得る優しさで守りたい者を支えてやり、程度や道を間違えそうならば叱ってやれば、二度と繰り返したくない光景の大半は防げるさ」

「……」

「さて、自分はやることを思い出した。しかし、どうやら話したいことがあるそうだぞベル君。先にホームで待っている」

「へ?あ、はい、わかりました」

 

 

 ドリンクの容器を持って立ち上がり、見慣れた白髪の背中が街灯によって作られる闇に消えてゆく。見送った二人の冒険者のうち、背の高い狼の青年は、突如として静かに立ち上がった。

 

 

「強いお前を罵ったことを謝らせてくれ。すまなかった、ベル・クラネル」

「……」

 

 

 その姿を知るのは、後にも先にも少年だけである。あの気高い狼人が自らの過ちを認め、手を腿に付け、頭を下げた。

 

 自分が強いことを認められて嬉しい反面、当時の光景が脳裏に浮かぶ。抱いた悔しさと肩に置かれた手の感触は、例え死ぬ間際になっても忘れないだろうと思える程だ。

 いつかのロキ・ファミリアの失態で生まれた、しかし己にとって大切だった、その感情。しかし引きずることは悪手であり、ベートに頭を上げてもらい、少年は自分の考えを口にする。

 

 

「正直に言うと、あの時の言葉はまだ覚えています。忘れることも無いでしょう、本当に悔しかったです。でも……あの時のベートさんの言葉があったからこそ、僕もここまで頑張れたのかもしれません」

「っ……」

「だから、これで終わりです。これからは、一緒に前を向いて歩きましょう」

 

 

――――天使か。

 

 少し表情を緩めつつ懐かしむように口にする少年を見て、主神の影響か、そんな変な言葉が脳裏をよぎるベートである。決して“そっちの気”があるわけではない。

 もし自分が少年の立場だったならば、謝っても許さないだろうと思えてしまう。もっとも彼とてその覚悟をもって口にしていたのだが、先の言葉を返されることは想定外だ。故に、この2文字が浮かんでいる。

 

 

「あ、でも……むーっ」

「あ?な、なんだよ……」

 

 

 最も大切なことを言い忘れたかのように。しかしここにきて、言おうかどうか迷っているような、目を伏せて目線を横に向ける小動物的な表情。

 何が口に出されるのかと、ベートがゴクリと唾を飲んだ。そんな感情を抱いてしまう、少年の顔も数秒続き――――

 

 

「やっぱり言います。だからって、アイズさんは譲れませんからね!!」

「て、テメェ!!」

 

 

 ベーッ、と可愛らしく舌を出して駆け出す少年に真面目に反応してしまい、狼人は間髪入れずに立ち上がって血圧が上昇する。子兎の背中を追い掛けるも、どうにも、追いついて何か反撃しようと思う気が起こらないのだから彼においても不思議なものだ。

 己を追い抜いていく二人の背中は、瞬く間に遠ざかる。どこまで走っていくのか見当もつかない二人の背中を眺めながら、タカヒロは穏やかな顔でホームへと戻るのであった。

 

 

「……ふむ」

 

 

 しかし、その扉を開くことは許されない。廃教会ゆえに薄い扉の向こうから、当時の事情を耳にしたのであろう赤髪の神のすすり泣く感謝の声と、宥めるような主神の優しい声が透けている。

 

――――さて、どこか時間を潰せるような場所はあるかねぇ。

 

 全てを知ってなお見守る様相を見せる丸い月を見上げ、青年の歩み足は、玄関扉とは反対の方向へ向けられるのであった。

 




「すまんかった」
「ええんやで」
の精神は、どっちも大切。なお今回もシリアスさんは()

注意事項:露骨に上げられるとこのあとロクなことがない(例:リリルカ)

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