その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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90話 渾身のカウンター

 夕暮れ時も少しだけ過ぎた時間。ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館にある食堂は満員御礼となっており、そこかしこでガヤガヤと話声が聞こえており賑やかな状況となっている。

 しかし、一人の女性が立ち上がって数秒後には収まった。他でもない主神ロキが、乾杯の音頭を取るためである。

 

 

「コホン。えー、それじゃぁ時間やで。ロキ・ファミリアの遠征組帰還記念と、ヘスティア・ファミリアの救援に感謝するパーティーを始めさせて――――」

 

 

 そこから、間延びして次が続かない。己の眷属を助けてくれた恩は、痛いほどに感じている。珍しく両手を合わせてゴメンと不参加を示してきたヘスティアが居ないため、暴れ足りないことは些細なことだ。

 それでも、今気になっている点については話は別。目には映っていたもののどうにかして口に出すまいと思いとどまっていたロキだが、とうとう我慢できずに全く違う内容を話し始める。

 

 

「もらうんやが、その前にソコの子兎!なんで隣にアイズたんがひっついとんねん!!」

「そうですよヒューマン!羨ま、ずる、失礼です、離れなさい!!」

「ぼ、僕のせいですか!?」

 

 

 君のせいで間違いない。色々とカッコイイところを見せたからである。

 

 どうなっているのか状況を示すならば、次の言葉通りと言っていいだろう。とあるテーブルの長椅子に座るベルの左側、紙一枚も通らない隙間の位置にアイズ・ヴァレンシュタインが腰かけており、少年の左腕をホールディングして肩にもたれかかっている状態だ。

 仲が良い、では済まされない程に近い距離。オブラートに包んでも「恋人じゃね?」と言える程にピッタリとくっついた二人の姿は、周囲に対して先の疑問符以外の言葉を許さないとも言えるだろう。

 

 その光景、実は10分ほど前から不変である。食堂へとやってくる際も真横ピッタリの位置をキープしており、慌てふためき頬をリスのように膨らませるレフィーヤがその後ろを追っていた格好だ。

 

 宴の開始の音頭もどこへやら。ロキとレフィーヤの攻撃が、主役、かつロキ・ファミリア生存の功労者の一人に飛来している。自分からアイズに対して物理的にくっついたわけでもない少年は、本音を口にして抗議した。

 とはいえ、それでは彼自身がアイズを嫌っているようにも受け取られてしまうことに気づく。失言だったかと冷や汗を覚え、チラリと横に引っ付くアイズに目線を流す。すると彼の瞳を見ていた少女は、目線を受けて攻撃者の二人を見ると反論を行った。

 

 

「違うよ、レフィーヤ、ロキ。わたしが……ベルと、一緒に居たいだけ」

「な、なななななああああ!?」

「嘘やあああああああああ!!」

「うがあああああああああ!!」

 

 

 宴は始まってすらいないというのに、レフィーヤ、ロキ、流れ弾となったベートが奇声を上げて同時にダウン。まだ一口も飲んではいないというのに、中々にグロッキーな表情を見せていた。

 当時の状況を知っている3人とはいえ、いざ彼女が誰かに好意を向けるとなると発狂せずにはいられない。要は、ただの現実逃避である。

 

 一方で、元々強い興味を抱いていた上に、限界を乗り越え死を目前にした状態で颯爽と助けられ、その後も必死になって守ってくれた少年を相手にアイズ・ヴァレンシュタインはもう自分を止められない。恥ずかしさを自覚しながらも己の思いは素直にぶつけており、周囲からのベルに対する羨ましさこそスルーしても、敵意に関しては彼女が率先して鎮める(物理)対応を見せている。

 なお、そんな直球ド真ん中ストレートの好意を向けられる相手もまた、投手に対して一目ぼれしていた初心な少年。いざ、こんなシチュエーションになったことに対して10分経った今でも心の整理ができておらず、だらしなく鼻の下を伸ばして……いる余裕すらもなく、機械の如き動作を見せていた。

 

 

「ベル君!」

「は、はい!?」

 

 

 左隣にある机から突然と強く名前を呼ばれ、少年は思わず立ち上がって身体を向けて答えてしまう。今まで自分の師匠が名を強く呼ぶことは滅多になかったために、何か叱られるのではないかと考えて身が縮み、アイズが横に居る幸せも吹き飛んでしまっていた。そして全員が、彼の席を見つめている。

 

 ところで当の彼がベルの名前を口にした理由は、もちろん叱責などという類のものではない。表面上は仏頂面のままで放たれる、彼が密かに楽しんでいる“ベル君いじり”である。

 

 

「何をボサっとしている。アイズ君は君と一緒に居たいと謳っているだろう、男として返事をせんか」

「ししょおおおおおおおおおおお!!!?」

 

 

 赤から白に変わって先ほど以上に真っ赤に戻った少年の心境は、それはもう恥ずかしさで満載である。せっかく3人を生贄にして屍を乗り越え公の場ではスルーできたと思っていたのに、こうも公明正大に蒸し返されては答えを出すほかに道がない。

 なんでよりによって今のタイミングで蒸し返すのですか!と、少年は叫び声で己の師匠に抗議する。もちろんそんな心の叫びはタカヒロとて分かっており、“してやったり”で満足げな表情を見せている。

 

 

「……どうなの、ベル」

「うぐっ……」

 

 

 そして、本人である彼女による必殺の追い打ち。更なる力での腕の抱き寄せ、上目、潤んだ瞳、向けられる答えに対する心配した表情は、そのどれか一つでベル・クラネルを数回は殺せるほどの対人宝具に他ならない。

 

 鼓動が早まる。ミノタウロスと対峙した時など比較にならない程に脈打つ心臓は、血管を千切って止めてしまいたいほどに少年の耳に響いている。きっと師匠がエリクサーを使ってくれるだろうと思ったタイミングで、とんでもないことを考えている点に気が付いた。

 少年が持つ跳ねあがる生命の鼓動は、左手をホールディングしているために鎖骨部分に接しているアイズにも届いていた。自分に対して緊張している様子が文字通り手に取るように伝わっており、心をくすぐる。表情にこそ出さないが、内心は非常に喜んでいる。

 

 

「ああああああああ、もうズルいですよアイズさん!それと師匠!!ぼ、僕だって、アイズさんと一緒に居たいんですから!!」

 

 

 よくぞ言った!!と、アイズ推し“ではない”男連中の口から歓喜の声と拍手が沸き起こる。女性陣のほとんども祝福しており、ティオナは二人の首に抱き着いて祝福しているがこれは平常運転の光景だ。

 では“アイズ推し”となればどうなるか?少年の業績を知っているが故に文句も言えず、僅かコンマ数パーセントの望みをかけていた者は崩れ去るか涙ながらに祝福するかの二択であった。

 

 一方で、色々と困っているのはロキ・ファミリア団長のフィン・ディムナだ。乾杯の音頭を取るはずだったロキ本神が屍と化しており、宴は始まっても居ないのにそこかしこで阿鼻叫喚の渦となっている。

 そんな渦を作った張本人であるタカヒロは、涼しい顔をして余裕綽々の表情だ。どうするのかとフィンが問うと、どうせ乾杯の先か後の話だと茶化されてしまう。なお、それに同意しかできないのが団長として悲しいところである。

 

 

「もう始まってるようなものだろ、乾杯音頭をやってしまって仕切りなおせば皆も従うさ」

「はは、そうだね。それじゃー皆いいかな?気を取り直して、かんぱーい!」

 

 

 結果として正常な流れに収束し、同様の音頭が周囲から発生する。「取り直せるのかー!?」などの団員のヤジと同意する笑い声などが飛んでくるが、それも立派なBGMだ。

 

 フィンとタカヒロはエールでベルは軽い果実酒、アイズはリヴェリアと同じ果実ジュースとなっている。ベルとアイズは二人して仲良く乾杯の音頭を行い、三分の一ほどを口にした。

 しかし、彼女の前に出された飲み物にアルコールは入っていない。同じものを飲もうとして酒が入ったベルのジョッキに手を付けた瞬間に周囲から悲鳴が上がったため、リヴェリアがそちらを向く。目に飛び込んできたアブナイ光景に、ロキ・ファミリアにおける保護者は言葉を発した。

 

 

「アイズ、酒の類は止めておけ。気持ちはわかるが、後悔にしかならないぞ」

「えっ……」

 

 

 ダメ?と言わんばかりに上目で抗議するアイズだが、その仕草でベルや周囲にこそ大ダメージを与えるもリヴェリアには届かない。非常にご機嫌であるために、酒を飲んで更に上機嫌になりたい、というのが彼女の本心である。

 しかし、何を隠そう彼女は酒乱極まりない。そんな会話が聞こえてきたフィン達がいるテーブルも臨戦態勢に入っており、万が一に備えてアイズを止めるようにスタンバイを行っていた。そんな様子を見た青年はアイズが酒乱の類であったことを思い出し、止める方法ならあるという言葉を投げている。

 

 

「彼女、珍しく舞い上がっちゃってるからねぇ。どうやって止めるんだい?」

「なに、そこそこ簡単さ」

 

 

 そう言うと、彼は背中を逸らせて右を向く。それに反応して左を向いたベルに連動するように、彼女も首を左に向けた。

 

 

「アイズ君、自分からも忠告だ。酒を飲んで粗相を見せれば、ベル君に嫌われてしまうぞ?」

「っ!?だ、だめ……!」

 

 

 それだけは絶対にダメ!と言いたげな絶望的表情で顔を左右に振るわせ、彼女はより一層のことベルの左腕にしがみつく。なにかと信頼しているタカヒロのアドバイスということもあって、彼女はベルに嫌われることを本気で恐れていた。

 なお、その表情と動作は先ほどの上目に負けず劣らずで非常に可憐さ極まりない代物である。自分にすら向けられたことのない少女アイズとしての表情にロキとレフィーヤはハンカチを咥えて唸っており、必然的にベル・クラネルのヘイトが急上昇しているのは最早ご愛敬だろう。

 

 

「だったら辿る道は1つやでアイズたん。おとなしく、母親(ママ)の忠告は聞くんやな!」

「……誰が母親(ママ)だ」

 

 

 そして流れるようにリヴェリアをいじるロキは、ノルマを達成したかのように満足げな表情だ。復活した彼女も宴の場を楽しんでいるのか、発言も含めて子供のような反応を見せている。

 

 しかし、リヴェリアが見せる反応は酷く暗い。今の一文はロキではなく、彼の口から出されるだろうと思っていただけに落胆は酷いものだ。

 宴が始まる前からずっと男共のグループに居て、こちら方面には社交辞令の挨拶をした程度であるために、心は寂しいものがある。もしかしたら、年上であるのに曝け出してしまった弱さに呆れられたのかもしれないという余計な感情が脳裏をよぎり、表情に影を落としている。

 

 普段はロキとやりあっているセオリー通りの反応を見せたリヴェリアは、満足そうに口元を歪める主神の横顔を見て暗く沈む。目線は素直さを曝け出せているアイズに向き直っており、その素直さが羨ましいと思いながら果実ジュースに口を付けた。

 

 

 一方のベルは、今の二人のやり取りに対してキョトンとしている。何かしら腑に落ちないところがあったようで、アイズの疑問の目線を受けながら、タカヒロに問いを投げた。

 

 

「そういえば、リヴェリアさんは一部の人からそんな風に呼ばれているんでしたね。ヘスティア・ファミリアで例えるなら師匠のような立場でしょうか?」

「ん?まぁ、面倒を見ているという理屈でいけばそうなる――――」

 

 

 この時タカヒロは、直感的に何かしら“良からぬ”、と言うよりは“劣勢の状況”になることになると感じ取った。

 

 

「だったら師匠とリヴェリアさんは、パパとママでお似合いですね!」

「!?」

「グフッ!?」

 

 

 のちに様々な著書へと記されることとなる……かどうかは分からない小さな英雄の必殺技、ベル・カウンターの炸裂である。この少年、師が放つ言葉のカウンターストライクの真似事まで習得している始末だ。

 なお、本人は全くの無意識で口にしているがために師と同じく質が悪い。内心か表情かは様々なれどニヤニヤとする数名を他所に、場は静寂に包まれている。

 

 先ほど恋路絡みで彼をいじった実績を抱えたままのタカヒロは怒るに怒れず、既に反撃の手段を与えられてはいないのだ。ダメージ交換は終了しているために、被ダメージがトリガーであるカウンターストライクを放てる状況下に無いのである。

 そんな彼が見せる反応はステータスにおける防御能力が反映されているのか、とても涼しいものがある。タカヒロは静かにエールのジョッキを机に置き、一方のリヴェリアは口にしていた果実ジュースが気管に入ったようで盛大に咳き込んでおり、エルフ集団に介抱されていた。この怒涛と言えるシチュエーションで冷静な反応ができる青年を見て、フィンが唸っていたのはまた別の話である。

 

 

――――こやつ、“できる”で!

――――ベル、すごい!

 

 

 そして、ロキもアイズも内心で唸っている。ベル・クラネルが見せた必殺と言えるカウンターは、ロキですら口答でダメージを与えるのが難しい、むしろカウンターを食らってばかりのナインヘルに致命傷を与えているのだ。

 2人がそんなリヴェリアを横目見れば、尖った耳の先まで真っ赤に染めて歯を食いしばって当該少年を睨んでいる。ナインヘルではなくリヴェリアとしての素顔丸出しの姿を見て男エルフの数名が理性的に死にかけているのは、何も見なかったことにしようと決意した。

 

 

「はは、見事にやられたねタカヒロさん。さて、弟子の次は――――」

 

 

 フィンはそこまで口にして、自分を救ってきた親指が嫌という程に震え出す。自分が出した言葉の続き、「次は君の番だ」を言い切った場合、直後、横に居る男の口から出てくる言葉が嫌という程にわかってしまった。

 「だったら、君こそティオネ君への返答を」多少の誤差こそあるだろうが、絶対にその言葉(カウンター)しかあり得ない。ならば己の身に訪れるのは、普段から汗水たらして胃をいじめスルーし続けていた地獄すらも生ぬるい、絶望のフィールドに他ならない。

 

 今この場で流れに乗って良いのかとなれば、答えは否。決してしてはいけない禁断の行動。今のタカヒロに、大義名分という名の攻撃手段を与えてはいけないのだ。

 ロキ・ファミリアの団長は、カウンターを放った少年を見習わなければならない。彼は自分の肉を生贄とし、タカヒロと言う強者の骨を奪ったのだ。もし今の彼に追い打ちができるとすれば自分ではなく、それはベル・クラネル以外に在り得ない。

 

 

「あ―――― ……うん。ごめん、なんでもない」

「……チッ。命拾いしたな」

「ホントだよ」

 

 

 ハァ。と深く溜息をついて己の安息を堪能し、フィンはエールを一口煽った。嗚呼、騒動がない宴がこんなにも心地良いと思うのは久々、なお約数年振りのことである。

 そんな宴の騒ぎレベルはベルがカウンターを放つ前に戻り、そこそこの音量でなければ相手に声は聞こえない。それを確認したフィンは、相手にしか聞こえないぐらいの音量で会話を再開する。

 

 

「……で、良いのかい?さっきからリヴェリアが、小刻みに目線を投げてきているみたいだけど」

「……まぁ、色々とあってね。いずれにせよ、確かにここで引けば男として失格だろう。しかし難しいところだ。この手前でぶちまけるのは、王族を相手にどうかと思う」

「ありゃ、聞いたことなかったかな?彼女、ハイエルフだからって理由で特別扱いされるのは、結構嫌がるんだよ」

「なにっ……」

 

 

 初耳だ。と明らかに不機嫌な様相を見せてごちり、タカヒロは少ないエールを大口で煽る。どうやら、ジョッキに入っていた一杯を飲み切ったようだ。

 本当に初耳だったのか、と意外そうな表情で言葉を返し、フィンは左肘をついてケラケラと笑っていた。そもそもタカヒロが知らない理由として、そんなものは書物に載っていない上に、リヴェリアに対して王族に接する態度を取ってこなかったことが原因である。

 

 

「……それを知っていれば、こんな所に座っていない」

 

 

 フンッ。と鼻が鳴るように、青年は顎を少し上に向けてしまう。あれほどの冷静さを持つ実力者がこんな顔を見せるのかと、フィンは苦笑しながら応対した。

 

 

「あらら、拗ねちゃった……ん?」

 

 

 タカヒロを挟んで斜め右後ろに気配を感じたフィンが体半分だけ振り返ると、ジョッキを持ったリヴェリアが佇んでいる。頬は気持ちほどに高揚してツンとした表情のように見えるが普段のナインヘルのソレであり、フィンを流し見ると、ギリギリ一人が座れるだろうタカヒロの右隣へと伸びる長椅子の端に腰かけた。

 

――――タカヒロさんは相変わらず前を向いたままだけど、とうとう動きがあるのかな。頑張れ、リヴェリア。

 

 と、口にこそ出せないが内心ではリヴェリアにエールを送る独身42歳フィン・ディムナ。何も知らぬ部外者のように振舞い、二人のどちらとも顔を合わせぬように正面を向いて、穏やかな表情でエールに口をつけ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お前が来ないから、待ちきれずに此方から来てしまったぞ」

 

 

 とてもリヴェリアとは思えない大胆な文言を耳にして、盛大に噴き出した。

 




飛び交うカウンター。リヴェリアからグイグイくるシーンも必要だよね。

それにしてもフィン、君さぁ……

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