昏い
昏い
どこまでも暗黒が支配する深き深き大海原……海底1万mもの深海に存在する、魚人と人魚たちが住まう楽園、魚人島こと「リュウグウ王国」
地上の光をそのまま海底に伝えて照らす陽樹イブにより、深海にもかかわらず昼間のように明るい。人間を敵視・畏怖する魚人や人魚も決してゼロではないが、地上…というより海上にある島に比べれば、はるかに平和で暮らしやすい国だ
だからこそ、その平和を
「ウウウ…」
「イテェ、イテェよ…」
眼前に広がるのは武装した集団が無様に倒れ伏す姿
地面は所々が爆発したようにえぐれており、男たちは水浸しだったり少し焦げていたりと、
もっとも、14年この“能力”で戦い続けてる俺からすれば、もはや飽きるほど見慣れた光景ではあるが
「ち、ちくしょう…『白ひげ』は死んで、ナワバリを守っている奴は誰もいないんじゃないのか……!なんでこんな化け物が…!」
「白ひげ、か。あの男が死んでもう半年も経つんだよな…それはそれとして、お前たちはネプチューン軍に引き渡す。そして、インペルダウンに送られるまでに、たっぷり喧伝してくるんだな」
半年前から、ただでさえ多い数からさらに増え続けた「海賊」…そのうちの1つの海賊団を率いていた船長を踏みつけながら、言葉の続きを吐く
「『魚人島』は俺のナワバリだということを」
『いらっしゃいませ〜〜〜♡『マーメイドネオン』にようこそ〜〜〜!!!』
今日も今日とて魚人島は賑やかさを絶やさない。最近はわりかし平和を謳歌できている俺は、魚人島で人気のグルメ店に足を運んでいた
いつもの席に座っていると可愛らしい人魚のウェイトレスがトレイを手にやってくる
「ご注文はいかがでしょうか?」
「海獣のステーキとガーリックライス3人前、サンゴスープを1人前……あぁ、あとこの酒を1つで」
「はい、かしこまりました〜♡」
ウェイトレスは眩いスマイルを浮かべて注文票を書き込んでいくと、厨房の方へ消えていく。やはり、人魚は世界の宝だな…世界遺産と言って差し支えない。これはもう彼女たちを守るのが全人類の使命ではなかろうか?
周りを見渡す。誰も彼も何かしらの水棲生物を元にした魚人・人魚しかいない。男も女も老いも若いも関係ない。この魚人島に長い間住まう人間は俺1人だけと言っていいだろう…
「…「頂上戦争」から半年かァ………」
16年前、気がつけば俺はこの世界に…「ONE PIECE」の世界に何故か足を踏み入れていた。様々な経緯や経験があったが省略させてもらおう。人は他人の不幸話に強い興味など示さん
重要なのは俺は14年前に悪魔の実を食べた能力者であり、10年前に魚人島に住み始めた事、そして俺は海賊ではないという事実だ。あと、この魚人島は俺個人のナワバリだ
半年ほど前、世界の秩序を守る「海軍」と伝説の大海賊エドワード・ニューゲートこと「白ひげ」が率いる白ひげ海賊団との間で「マリンフォード頂上戦争」と呼ばれる大戦争が勃発した。その戦いによって白ひげは死亡。白ひげがナワバリとしていた魚人島はフリーになって、それを俺が横から掠め取るという形でナワバリにしたのである
まあ………ナワバリにしたと言ってもやることは何も変わらない。気ままに平和に生きて、たまに島を荒らしてくる海賊を国に引き渡すだけ
「いつも通りさ…」
「お待たせしました〜〜♡海獣ステーキセット3人前とサンゴスープとゴールデンビールで〜す♡」
「おっ!来た来た!」
考え事をしていると、ウェイトレスの子が机の上にジュウジュウ焼けた厚いステーキとご飯、添えるようにスープとビールを置いた。相変わらず、すごいボリュームだな。ドン!!!って感じだ
「いただきます」
手を合わせお辞儀をすると、ナイフ・フォーク・スプーンを使ってご飯をもりもり食べていく。この世界、特定の店かワノ国くらいにしか箸がないからちょいと食事が面倒だ。マイ箸持ってくるのは恥ずかしいし
中までしっかり焼けた肉をナイフで切り取り、ご飯と一緒に口の中にかきこむ。…うむ、肉の濃い味と脂がご飯に絡んで旨い旨い
次にスープを流し込んでステーキの脂をリセット。鮮やかな紅色のサンゴ(食べられる)を噛むと、ポリポリと小気味の良い歯応えがある。甘味の強いキュウリみたいだな
そしてもう1度ご飯とステーキを口に運び…飲み込んだところでビールを飲───
『海賊だああああああああ──!!!』
──もうとしたところで、外からそんな声が聞こえてきた。持ち上げたジョッキを机の上に戻し、俺は気持ちを抑えられずため息を吐いた
「……良い気分のところを水差しやがって…!!」
だが放置するわけにはいかない
お冷やを飲んで気持ちを落ち着けて、俺は店を飛び出すと声のした方へ走り出した
「リ〜〜〜フハハハハッ!!野郎ども、この島はオレたちが新世界に進む為の足掛かりとなるのだァ!存分に暴れまくれ────!!」
『ウオオオオオオオオオ!!!』
辿り着いた先には、巨大なガレオン船3隻を背に、大男の号令と共に雄叫びを上げる凄まじい数の海賊の姿があった。船長と思わしき男は、2m半はあろう背丈と強靭な肉体を持っており、背丈と同じ大きさの天狗の団扇みたいな物を担いでいた
船員たちは武器を手に持つと、まず手始めにと近くにいた人魚に迫る
「人魚は全員とっ捕まえろ〜〜〜!!」
「キャ───!」
下卑た笑みを浮かべながら汚い手で人魚を捕まえようとする
ザバアア!!
「うわっぷ!?」
「キャ! え…?」
だがそれは、俺の能力によって阻止される
「逃げろ!!」
「ハ、ハイ!!」
声を張り上げて叫ぶと、海辺にいた魚人と人魚は街に逃げ込む
「波が来やがったァ!!」
「街の方からだぞ!なんで!?」
海賊どもの言うように、大きくはないが決して無視できない波が海賊どもを海辺に押し寄せる。俺が浅瀬の水に手を突っ込み勢いよくかき混ぜれば、まるで渦潮のような水の動きに全員が足を取られる
「今度は渦潮だァァ──!!!」
「あれを見ろ!!あいつの仕業か!?」
「よく見たら魚人じゃねえ!!人間だ!!」
「ジュモク船長〜〜〜〜!!」
「ぬう…!!」
船員は全員渦に巻き込まれて中心に集まっていくが、ジュモクと呼ばれた男だけは砂浜に脚を突っ込み、水の流れに逆らう。一網打尽にできると思っていたがそう都合は良くないか
ブワァ!
「!!!」
しかし奴以外は射程圏内に入った。他の奴らは俺の変化を見て驚いてるようだが、すでに遅い!
俺は翼と尻尾を生やして飛び上がると、海賊どもの中心に向かって落下し、必殺の一撃を放つ!
バチチッ!
「“
『ぎゃああああああああ!!!』
生み出された電撃が腕から水を伝うように広がり、さっきの波と渦潮で水浸しになっていた全員が感電する
ドカァァァン!!
『うわあああ〜〜〜〜〜!!!』
しかし攻撃はここで終わらず、強い電熱は浅瀬の水を一瞬で蒸発させ、その際に発生した水蒸気爆発が追い討ちとばかりに海賊どもを吹き飛ばす
一瞬のうちに船員たちは全滅。その一部始終を見ていたジュモクは憤怒と殺意の目で俺を睨め付ける
「オレのクルーたちが全滅だと…!!?お前、何者だ!!!」
「ここは俺のナワバリだ。ここで好き勝手する海賊はどいつもこいつもインペルダウンにぶち込んでやったんだがな…聞いた事がないのか?」
「!! ナワバリだと…!!お前、“
目を見開いて驚愕する大男
「まさか実在していたとは…!!負け犬海賊どもがでっち上げた方便とばかりッ!!」
「方便ではなく事実だ。そしてお前はこれからその事実を吹聴していく事になるんだよ」
身体に力を込める
すると背中の翼から尾にかけてウミウシのように色鮮やかな翼膜が生成され、爪は漆黒の剛爪に変わり、水の中のように揺蕩う太い幻曜ヒゲがスパークする。175㎝はある身体も三回り大きくなり、半分だけ人の姿をした蒼い体色の異形に姿を変える
これが俺の悪魔の実のチカラ…“リュウリュウの実”
幻獣種 モデル「ネロ・ミェール」によって変わった、人獣形態の姿だ
「──インペルダウンに送られるまでの間にな!」
「ほざけッ!!!」
ジュモクは巨大な団扇を構えて、自分の手を巻き込みながら力任せに振り払う
ザラザラ…
すると握り拳が無数の木の葉に変化し、木の葉を乗せた豪風がこちらに迫ってくる
「“切り葉嵐”ィ!!」
「フッ!!」
密集してやってくる自然の刃を飛んで回避する
「逃がさん!!“
「!!」
空中に移動したからか、今度は広範囲に木の葉を飛ばしてくる。感覚で“武装色の覇気”が込められているのは分かる。ガードは得策ではない
だから俺は気配を感じ取る力を研ぎ澄ます。翼を小さく動かし、最小限の動きで木の葉を避けてジュモクめがけて飛翔する
「避けたのか!!?なんと鍛え上げられた見聞色!!」
「“
落下で速度を上げ、武装色を込めた爪でその巨体を縦に切り裂く
ザララァ…
だが案の定、切り裂いたはずの奴の体は木の葉に変わり、欠損した肉を埋めるように密集した木の葉が元の肉体に戻る
「チッ!やっぱり“
「リフフフ…ご名答!!オレは“リフリフの実”を食った“木の葉人間”。そしてお前の武装色は、オレの武装色と同程度といったところか…その凄まじい“見聞色の覇気”は認めてやろう、オレよりはるか格上だ」
「ありがと…よッ!」
バックステップしながら水球を吐き出しぶつける。水を蒸発させたり凍らせたりできるならまだしも、そうでなければいかにどんなダメージも受け流せる
「ぐお!?…ナメるな小僧ッ!!“
「俺は36…だァッ!!」
距離を詰めて覇気を込めた団扇で殴ってくるのを、同じく覇気を込めた翼で無理やりガードする。骨組みが鉄で出来るのか、想像以上の衝撃が翼に伝わる
防御の姿勢を崩さぬまま、俺は地面に顔を向け、水のブレスを吐く
「ぬぅん!!」
「ぐおお…ッ!…ずおりゃああ!!」
さらにもう一撃振り下ろされるが、それを受け止めてから逆に押し返し、団扇を間に挟み込むように蹴りを入れる
能力で受け流せば武器は後方に吹き飛ばされる。そうなれば海に落ち、能力者であるジュモクが拾いに行くことは不可能だ。だからジュモクはあえて能力を使わず受け止め、浅瀬ギリギリのところで踏みとどまった
そして、その好機を逃す俺ではない
「“雷溟”!!!!」
「うおおおおおお!!!!」
地面の海水に拳を打ちつけ、電撃を拡散させながら水蒸気爆発を起こしジュモクにダメージを与える。今のジュモクは水浸しになっており、さらに海水がより多く混ざっている場所にいる。海水は電気を通しやすいからより電気が体に伝わる
それでも新世界に挑もうとする海賊の船長なだけあるのか、あれだけ高電力の電撃を食らって尚、倒れはしない
「クソ……なんだその能力は…!肉体が生物に変化する事から“
「まあ…能力に頼りっぱなのは否定しないが、今まで必死に鍛えてきたし、“覇気”だって頑張って覚えた。それでも多分、俺よりも圧倒的に戦闘力がない能力であるにも関わらず怪物みたいな強さを持った四皇の大幹部とかにはまず勝てないだろうし…結局は鍛え方次第って事だろ?」
「それだけの力があれば新世界でも十分やっていける……!海軍に入ればそれなりの地位も得られる!何故お前はこんな国にいるんだ!?」
何故?そんなものは決まっている
「ここが平和で静かだから。それ以上に理由があるか?」
「なに…!!」
「居場所を守るだけの力と平坦な生活を謳歌できる日常。それがいいんだ、それ以外いらない」
最初は元の世界に帰る方法を探していた。しかし結局のところ、手がかりすらも見つからなかった。大海賊時代ゆえの戦闘が避けられない日々にも疲れた。だからもう、俺はこの世界で平穏に過ごして、骨を埋める決意をした
この魚人島にはかれこれ10年は住んでいる。いわばここは俺の第二の故郷なのだ……故郷を荒らす者は決して許さん
「覚えておけ………魚人島を荒らせば、この俺の、
“溟龍”の怒りを買うと」
本能に身を任せ、内側に眠る“龍”を呼び起こす
肉体が高さ10mを優に超える大きさになる。巨体を支える強靭な四肢で大地を踏みしめ、空を自由に翔び交う剛翼が広がる
そして全身の翼膜が発光し…溟龍の威光を照らす
「これが…“溟龍”…」
『キュオオルルゥルルルオ────!!!!』
怒りの咆哮を轟かせる。俺は空中に滞空しながら、辺り一帯を飲み込むほどの水を滝のように吐き出す
「うおああ……ち、力が抜けて…!!」
水ブレスはジュモクを能力者として機能できなくなるほどの洪水を引き起こす。これで
最後に縦一線に超高水圧のレーザーをジュモクに向かってトドメを刺すべく───吐き出した
「〜〜〜ッ………!!!」
大地を深くえぐる水圧のカッターを直に受けたジュモクは、言葉にならない悲鳴と共に崩れ落ちた。流されそうなジュモクを口で咥える
急激に上がった水位が下がり、元の浅瀬になったところで俺は地面に降り、咥えたジュモクを砂浜に下ろしてから人間の状態に戻った
後はネプチューン軍に引き渡す…いや、これだけの騒ぎならすでに来てるか?そんな事をボーッと考えていると
『ワアアアアアア──────ッ!!!!』
「うおっ!?」
後ろから聞こえる歓声。振り向けばそこには、ネプチューン軍を含む魚人島の住民たちが大いに喜んでいた。人魚たちは踊っている
そんな中、ネプチューン軍の兵士がこちらに近づき敬礼する
「ありがとうございますネロ殿!!また海賊を倒していただいて……本来ならば我々の職務だというのに情けない……」
「…気にしないでくれ、俺が勝手にやってる事なんだから…むしろ勝手にナワバリ扱いされて迷惑だろうに」
「いえ!ネプチューン王もオトヒメ王妃もあなたの行動に大変助けられています!!後は我々にお任せください!!おい、海賊たちを運ぶぞ!ホーディ隊長に連絡を!!」
兵士はその場を離れて、海賊たちを次々と捕縛し王城の方へ連れて行く。湧き立つ街を見ながら小腹が空いたなと感じ
「………あっ、そういや会計してねェ」
食い逃げ同然の行為をした事実を今更ながら思い出して、能力も使ってないのに顔を蒼くするのだった