バレンタインに間に合わなかったので、ホワイトデーになっちゃいました。
「っわ〜! チョコがこんなにいっぱい!」
お店の門扉をくぐった瞬間に、目を輝かせた穂乃果の声。
「わたくしイチオシのお店ですわよ。ここら一帯で、これほどの種類のチョコレートを取り扱うお店は他にありませんわ! ──まあ、都内には敵わないのでしょうけど……」
「そんな事ないよ! 少なくとも穂乃果は知らないし。ありがとうダイヤさん!」
少し卑下したダイヤに、穂乃果は大きく頭を下げた。
「しかし良かったんですの?」
「何が?」
「いえ、お返しのチョコレートを手作りする気はありませんでしたの?」
一週間前、千歌に穂乃果からメッセージが入った。
曰く、『ホワイトデーにお返しするチョコレート選びを手伝って欲しい』との事。
そもそもホワイトデーを意識していなかった千歌は、同じく考えていなかった曜と共に梨子に相談。しかし梨子もまだ周囲の店には疎く、善子に持ちかけるも奇をてらい過ぎた話が飛び出し却下。花丸ももっぱら食べる側の人間だった為ルビィに流れるが、そこで姉のダイヤの方が詳しいと教えられる。念の為鞠莉に訊いてみるが桁が二つほど違う値段の会話をされ、果南も概ねルビィと同意見。
紆余曲折を経た結果、
「わたくしで良ければ……」
とダイヤに白羽の矢が立ったのだった。
穂乃果はダイヤの質問に、微妙な表情を作る。
「私は、普段お菓子作りとかしないし……頑張ってもことりちゃんには敵わないもん。それなら、オシャレなチョコ買って二人をビックリさせちゃおうと思って!」
「海未さんとことりさんに贈るのでしたわね。確かに、お二人は穂乃果さんの事はよく知ってらっしゃいますものね。開き直って正攻法が正解の可能性もありますわね」
「でしょ! μ'sの誰かに相談してもきっとバレちゃうと思って、Aqoursに相談してみて正解だったな〜」
足取り軽く店内を物色する穂乃果を見ながら、
「サプライズの為だけに、わざわざ沼津まで来るとは……大した行動力ですわね」
少し既視感を感じつつ、ダイヤは肩をすくめた。
「──うーん、色々種類ありすぎて迷っちゃうなぁ。ダイヤさんのオススメとかってない?」
「わたくしの? そうですわね……こちらは、包装がとてもお洒落で贈り物にはピッタリですわ。こちらは逆に、箱はシンプルですがチョコレートが色鮮やかで見るだけで心躍る気持ちになれます。それからこちらは──」
「──は〜、買えた〜」
お店の出口で、満足そうに息を吐き出す穂乃果。その腕には、大事そうに紙袋を抱えていた。
「ありがとうねダイヤさん! おかげで海未ちゃんとことりちゃんにピッタリのお返しができそう!」
「お役に立てたようで、光栄ですわ。……しかし穂乃果さん、あなた、ご実家は和菓子屋さんでしたわよね?」
「うーんそうだけど、ウチはせいぜいチョコ饅頭くらいしか出さないからなぁ。当然、海未ちゃんもことりちゃんも穂むらの全メニュー制覇してるし……」
「な、なるほど……。確かに海外由来の行事を取り入れるのは難しいですわよね……」
ホワイトデー自体は日本固有の文化なのだが、本人は他に思考を向けていた。一人頷いたダイヤは、唐突に視線を彷徨わせる。そして口元のホクロをポリポリ。
「──あの、穂乃果さん?」
「ん?」
「その……穂乃果さんのご実家は、和菓子屋さんでしたわよね?」
「うん、そうだけど……」
つい先ほど自分で確認した事実だというのに。穂乃果は首を傾げた。
「由緒正しき老舗和菓子屋……という事は、“和”に関しては相応のこだわりがある、となりますわよね?」
「う、うーんどうだろう……。あんまり仕入れに関してはまだ知らないの多いし……お父さんその辺こだわりあるのかな」
「きっとありますわ!」
「うひゃあ⁉︎」
力強く拳を握り、自身の言葉を肯定するダイヤ。穂乃果は大声に飛び上がり、周囲の通行人も何事かと振り向く。
「──ハッ、……ゴホン。実は、穂乃果さんに一つご相談がありまして」
「そ、相談……?」
我に返ったダイヤは、咳払いを一つ。
「穂乃果さんは、和菓子と言われて何を連想しますか?」
「え、そうだなぁ……。穂むらの名物はほむまんだけど……ウチで人気なのは、練り切りとかかな?」
「練り切り、美味しいですわよねぇ。種類も豊富で、繊細さはまさに職人技!」
ウットリと和菓子に想いを馳せるダイヤ。察しの悪い穂乃果も、流石に意図を把握してくる。
「ダイヤさん、和菓子食べたいの?」
「そ、そういう訳じゃありませんわ! そうではなく……。──穂乃果さん、わたくし、やはり“和”の代表は抹茶だと思ってますの」
「まっちゃ?」
「はい。あの深い緑の色合いと、仄かな渋みと包する優しさにも似た甘さ……。ああっ、想像するだけで心躍りますわ!」
「そ、そうなんだ。穂乃果、あんまり苦いの好きじゃないから……」
「そ、そこでお話なのですが……穂乃果さんのご実家は老舗の和菓子屋さんでしょう? 抹茶の和菓子も取り揃えてあったりするのでは……?」
「抹茶のお菓子かぁー。──あ、そういえばお父さんが抹茶プリンに挑戦してみたいってこの前言ってたような気がす」
「抹茶プリン⁉︎」
「ひぃっ⁉︎」
ガッ、と穂乃果の肩を掴んで顔を寄せるダイヤ。あまりの迫力に、穂乃果は本能的な恐怖を感じた。
「そ、それはもう商品化されておりますの⁉︎」
「い、いえまだです!」
緊張のあまり背筋を伸ばし答える穂乃果。
「だ、ダイヤさん、もし良かったら試作品のモニターとかしてくれる……?」
「本当ですの⁉︎」
再び寄せられる顔。あまりの圧力に、穂乃果は段々と反っていく。
「う、うん。なんか詳しそうだし、きっとお父さんも喜ぶと思う……」
「そ、そこまで言われては、断るのは忍びないですわね。し、仕方ありませんわ! わたくしが試食してあげますわよ!」
ようやく解放された穂乃果は、
「じゃあ、帰ったらお父さんに伝えておくから……あ、なんならこの後時間があるなら!」
「っ⁉︎ この後すぐに⁉︎」
ダイヤは時間を確認すると、
「決して早い時間ではありませんが……抹茶プリンがわたくしを待っているのです……!」
自宅へ向かって全速力で駆け出した。
「え、ダイヤさん? ……行っちゃった。穂乃果、待ってた方がいいのかな……」
「──あ、お姉ちゃん帰ってきてたんだ。お帰りなさい。穂乃果さんのチョコレート選びはうまくいっ──」
「ルビィ!」
「ど、どうしたの?」
「わたくしは、旅に出ますわ……!」
「へ?」
「極上の至宝が待っているのです……止めないで!」
「どどど、どういう事⁉︎ 何があったの⁉︎」
「わたくしは、行かねばならないのです!」
「よ、よく分からないけど冷静になってぇ!」
「離して下さいルビィ! わたくしに止まる事は許されないのですわ!」
「お姉ちゃん、落ち着いてぇーっ!」