■リボンの武者のネタバレ&用語を大いに含むので注意。リボンの武者を読破してからお読みいただくことをお勧めします。
■DVDを再生しながら読むと楽しんでいただけると思いますが、ストーリー性は皆無なので、そういったものをお求めの方は他の方のSSをどうぞ。
「大洗女子学園の勝利!」
審判長の蝶野一尉の声がスピーカー越しに観覧席に轟くと同時に、わっ、という歓声がどこからともなくあがった。膠着状態からの大逆転勝利とも言っていい、終盤の息もつかせぬ攻防は、まさしく大洗女子の魅力そのものと言ったところだろうか。
今日は愛馬テケたんの整備もお休みで、電車で姫と大洗女子学園とBC自由学園の試合を見に来ている。私――ああ、私、松風鈴っていうんだけど、たぶん多くの人は知らないよね? タンカスロン、軽戦車で行う野良試合ではそこそこ有名な『ムカデさんチーム』の操縦手兼メカニック、それが私。
そこそこ有名とは言ったものの、タンカスロンはまだまだマイナースポーツだから、こうやって普通に戦車道の試合を観戦していても誰かに話しかけられることはない。それはそれでちょっと寂しい気もするけど、まあそれは仕方ない。隣のしずか姫――タンカスロンを一緒にやっている、私の大切な友達、鶴姫しずか。戦国びいきで古風な語りとスパルタンな趣味をお持ちの変わった女の子。だけど戦術理解と戦車の腕は天下一品、とっても頼れる親友なんだ――も、あまり騒がれるのは得意じゃないし、こうやってまったり観戦しているのも、で、デートっぽくていいんじゃないかと思う。えへへ。
姫の横顔をちらりと覗く。私たちが憧れる大洗女子の西住みほさんの勝利に、満足そうな笑顔と、そしてすぐに表情は引き締められた。一流の戦車乗りであると同時に、一流の戦術家でもあるしずか姫は、顎に手を当てて何やら考え込んでいるようだった。
西住みほさんの採る戦術は、従来の戦車道では考えられなかった型破りな戦術を採用することも多いから、しずか姫としては考えることも多いみたい。私は戦術なんてからきしだから、あとから姫に教えてもらうことも多いんだけれども。
と、私たちの近くを数人の女子高生が通り過ぎていく。しずか姫は自ら人の顔を覚えるのは苦手と言っていたから知らないだろうし、私も知らない制服の学生だ。話に夢中になっているのか声が大きく、近くで座っているだけの私たちにも何を話しているのか丸聞こえだ。
―――格下のBCにここまで苦戦するなんて、大洗ってそんなに強くないんじゃないの?」
「まさしく薄氷の勝利というところだろうな。我々でも何とかなるかもしれない」
「かもね。大洗女子って案外弱いのかも――
声が徐々に通り過ぎていく。言っていることがあまり理解できなくて、私は思わず姫を見た。
「しずか姫……」
「おお鈴、あれの可笑しさがわかるようになるとは、戦の何たるかを分かってきたようだな」
姫は私の言葉に満足そうに頷いた。
「将自らの奇策によって弱兵を強者へと変える。さしずめ楠木正成か、それとも成田長親か……」
私には武将の名前はせいぜい織田信長くらいしかわからないけれど、姫のその満足げな表情から、みほさんに最大限の賛辞を贈ったことは分かる。
一流の策士(ひとでなし)である彼女から最大限のリスペクトを受ける西住みほさん。その作戦は最終盤までのピンチの連続をどんでん返しでひっくり返すことから、大衆受けしているのは事実だ。そこで少し目が肥えてくると、序盤のピンチになる前に何とかしてしまうべきという論調で語られることが多いらしい。しかし、真に目が肥えてくると実に玄人好みな戦術を採るらしく、有力校の隊長クラスもこぞって見に来ていることが多い。現に――
「ヘイ、サムライガール!」
頭上で手を大きく振って私たちに呼びかけ、向こうから近づいてくるブロンドの女性と、その後ろに二人。
「おお、ケイ殿。サンダースもやはり大将格全員で物見か」
「大洗の試合は見ておかないとな」
「あんたたちは出場しないけれど、やっぱり来てたわね」
「みほたんの試合なのだから、当然だ」
タンカスロンではなく、本家の戦車道でも有力校、サンダース女子学園の隊長であるケイさん、それに部下のナオミさんとアリサさん。まだまだ戦車道の選手としてはマイナーな私たちだけど、何の因果かあのサンダースの指揮系統の中枢と懇意というのは、自分で有名になったわけではないけれど、少し誇らしい気持ちになる。
しかし、無限軌道杯の一回戦はサンダースも出場するにもかかわらず、自分のチームの練習や作戦会議に割く時間を削ってでも、大洗女子の戦いは見ておきたいということなのだろう。私はちらりと見ただけだけど、サンダース以外にもかなりの数の学校の隊長格がこの試合を見学していたのを知っている。
ケイさんたちと一通り近況について話した後、やはり大洗の話になった。大学選抜戦以来、大洗女子は大会や練習試合などの表舞台には出てきていない。優勝校とはいえ貧弱な戦力を何かしら補強するのでは、というのは誰しもが囁いていた噂だったのだが――
「それにしても、大洗女子の九両目、マークⅣってのが傑作よね」
「大洗女子のメカニックここに在りって感じですね」
「ダージリンが心底羨ましがっていたな。地団太を踏むとはまさにあのことだ」
サンダースの面々が三者三様に大洗の九両目を面白がる。戦国武将の話は分からないけど、戦車のことなら多少は分かる。イギリス陸軍のマークⅣ戦車。世界で最初に戦車どうしで戦闘を行った戦車。ということは、必然的にとんでもない骨董品ということになる。よくもまあ直したものだと思うし、よくもまあ試合で使おうと思ったなあというのが正直なところだ。それをしっかりと活躍させてしまうところが、西住みほが称えられる所以であるのかもしれないけれど。
ちなみにダージリンというのは、ご存じ聖グロリアーナの隊長であるダージリンさんだ。ケイさんたちと同じく懇意にしてもらっていて、何かと気にかけてもらっている。地団太を踏んでいたのは自国の戦車だからだろうか、それとも面白そうなことを全く関知していなかったからだろうか。ダージリンさんの性格的に、後者のような気がする。
「にしても、序盤のBCの動きにはうちも驚いたわ」
戦術について、ケイさんが大洗よりもまずBC自由学園に言及する。
「アスパラガス殿を知っている我々からすれば、特に意外ではあるまいに」
「いや、BCの問題は根深いから、チーム全体の立て直し、もっと言えば学校全体での融和にはかなり時間がかかると思っていたのよ。アスパラガスの手腕を見くびっていたということね。あるいは、OGからの助力もあったと見るべきかも」
「なるほど」
アスパラガスさん、公式の戦車道しか見ていない人は知らないかもしれないけれど、マリーさんに権限が委譲するまで、BC自由学園の隊長を担ってきた人だ。私たちと出会った頃の彼女は、あえて旧BC学園と旧自由学園の生徒を対立させて、完全に別のチームとして扱って戦術を立てていた。たった一両だった私たちに負けて、その未熟さを恥じてBC自由学園の立て直しに邁進し、ついには黒森峰をタンカスロンで破るまでのチームに立て直した、私たちがリスペクトしている戦車乗りの一人だ。現在はBC自由学園やタンカスロンの大会の裏方として活動していて、顔を合わせることも多い。
今までのBC自由学園の戦い方からすれば、部隊は違えど両者が連携して作戦に充たるなど考えられず、そういった意味では、アスパラガスさんの目標の第一段階は達成したということかもしれない。
アスパラガスさんの力はわかった。じゃあ、OGとやらは?
「BC自由学園に有力なOGっていましたっけ?」
私が聞くと、返ってきたのはサンダース隊長殿の言葉だった。
「OGっていうと、大学選抜のアズミ先輩はBC自由学園の出で、私たちの三つ上ね。最近戦車道をはじめたムカデさんたちは知らないと思うけど、BCのアズミって言ったら、あの連携の取れないBCでベスト四に押し上げた実力者なんだから」
「へぇ~」
「うちのメグミ先輩――ああ、選抜のメグミ先輩はサンダースの出身なんだけど、あのめったに人を誉めないメグミ先輩が『自分の仲間を敵の真正面で銃口を向けさせるように仕向けさせたら天下一品の女よ。あれは悪い女になるわ』なんて絶賛してたっけ」
「……それって褒めてるんですか?」
「あらアリサ、私はあなたにそういう指揮官になってほしいって思ってるわ! 本当よ」
アリサさんはあからさまに「ええ~……」という顔をしていた。
まあそれはいいとして! と、ケイさんが強引に話を切り、私たちが話すべき大事なことは戦術についてだと、ナオミさんに顔を向けながら話し始めた。
「将来の大学選抜副隊長を擁してもベスト四どまりだったBCは、じゃあどうやって大洗に立ち向かったか。おそらくは……」
「大洗の前半の動きを見るに、やはりBCは連携が不得手であるという前提の基に動いていたと考えるべきだろう。そして、BCはそう思われていることを逆手に取った」
「……それって、大洗に偽の情報を流していたってことですか?」
思わず私は聞き返した。
「そういうことになるわね」
「サンダース、アンツィオ、プラウダと、試合前や試合中に大洗のスパイが入っていたというのが周知されてきたということだろう」
「あのミーティングの時の出来事について緘口令を布いてるわけじゃないし、少し調べればオッドボールが入り込んでたことなんて分かるわよね」
あ、オッドボールってのはユカリのことね! とケイさんが付け加える。
秋山優花里、西住みほの右腕だともっぱらの噂だが、大洗にいるとき以外では神出鬼没であまり全容がつかめない人物だ。ナオミさんやケイさんが言う通り、大洗は試合前や試合中に偵察を出して、相手の痛いところを探りに来ると言われている。それが件の秋山優花里らしいのだが――
「問題はいつ来るか、だな」
「忍が自軍に入り込んでいることを見つけるのは至難の業。なかなか出来ることではないぞ」
ナオミさんの懸念に姫も同調する。
「そういう意味では、BCはとても上手くやったのよね」
ケイさんはBCを素直に賞賛した。私も全くその通りだと思う。戦車道というのはかなりの人数が必要になるものだ。黒森峰やサンダース、プラウダといったマンモス校では、乗員だけでも覚えるので精いっぱいだと聞く。それに加え、戦車は乗員だけでは動かないために、整備をする者、運用を管理する者、マネージャー、などなど、様々な人員が必要で、いちいち全員を覚えているというのはなかなかいないということになる。
そんな中で、その中に一人だけ紛れ込んでいる忍を発見し、尚且つ泳がせて情報を握らせたまま帰らせるというのは、並大抵のことではない。もう一度言うが、BCはとてもうまくやったのだ。
しかし、それでも――
「――でも、後半は盛り返した」
私の言葉にケイさんが神妙そうに頷く。
「おそらく偵察がバレていたというのが分かったんでしょ。臨機応変が大洗の、というかみほの信条よね。ウチもまんまとやられたわ。ねえアリサ?」
「い、イエスマム」
なぜだか、アリサさんが恐れおののいた。ナオミさんは何やらニヤニヤしているし、何かあったんだろうか。そのナオミさんがケイさんの言葉を引き継ぐ。
「あの場面、ああいう効果的な欺瞞作戦が取れるのが西住みほの凄いところだ」
「旧BCと旧自由の融和がまだ道半ばだということは、我々はよく知っているが、タンカスロンに本格的に参戦していない大洗はよく知らないだろう。みほたんがそこに感づいたか、あるいは気が付いた参謀がいたのだろうな。おそらくは――」
「オッドボールね。BC自由学園の設立の経緯についてもかなり調べただろうし、タンカスロンにもよく顔を出しているわ」
うんうんと頷きあうサンダースの中枢たち。その参謀とやら、サンダースではずいぶんと高い評価を得ているようだ。
「そこからの展開は、まさに大洗といったところだろう」
ナオミさんが右手を銃のようにして「BANG!」とやる。世代では随一の砲主ということもあり、いちいち似合っている。
「奇策に次ぐ奇策ですから、外から見たら弱小校の悪あがきにしか見えないでしょうね」
「豊富な経験と確かな戦術知識、それに尋常ではない肝の据わり。前二者は優れた隊長が持ち合わせている場合もあるが、みほたんの肝の太さは人のものではない」
アリサさんの冷静な評価に、姫の戦術家としての評価が続く。
「その肝の太さがあるからこそ、ああいう欺瞞作戦が取れるのよね」
「参加両数が少ないうえに、ARL-44の数を考えれば戦車の質では大洗は劣っています。あの場面で何の戦果も上げられずB1を失うような事態になることは、あまり想像したくないですね」
「己の身元が露見した際には間違いなく誅殺されるという状況で、敵中堂々と渡り歩くそのお姿、真に天晴よな……」
「みほも普段はあわあわしてるけど、敵中に見方を単騎で放り込むなんて、まったく戦車道をコケにしてるわよね。私は面白いと思うけど」
戦車道は「道」がつくスポーツだけあって、正しさとか公平さとか、そういった側面を非常に重んじている。そんなスポーツにおいて、味方を敵中のど真ん中へやって捨て石にするというのは、なるほど戦術としては道理だけど、そんな発想をする人物は「道」の歴史の中では現れなかったということだ。姫は鳥居スネえもん? とやらを思い出して一人感涙しているけれど、戦車道の伝統を重んじる人たちからすれば、どれだけ歴史を冒涜した行いかというのは私にもわかる。
感涙しきりの姫だけど、戦術に対しての興味は尽きないらしく、ハンカチで涙を拭きながら私に問う。
「……鈴、私は戦車にはあまり造詣が深くない。あのBCと大洗の戦車、やはり似ているのか?」
「下回りは全然別物だけど、砲塔はBCのソミュアS-35も、大洗のルノーB1bisも同じ32口径47mm砲のSA35。細かな仕様違いはあるけど、塗装も試合途中で変えたみたいだし、砲塔だけ出てても一瞬じゃ全くわからないよ。でも……」
私は一瞬言いよどむ。
「それって、ルール的にアリなの……?」
私の率直な疑問に、ケイさんが笑いながら答える。
「書いてないだけでグレー、ってやつね。たぶん今後、なあなあで済まされてきた大会のルールが大幅に変更されるでしょうね。後世の人から『西住みほルール』なんて呼ばれたりして。そうなったらクールよね」
「みほたんのことだから、恐縮するだろうがな。だが、そうなったとしたら、流石はみほたんということだろう」
「あら、ウチだって『アリサルール』、できるかもしれないわよ?」
「た、隊長、そろそろからかうのは……」
ケイさんの軽口に対してアリサさんが顔を青くする。何かあったのだろうか? ケイさんは面白そうにけらけら笑っている。
ひとしきり笑った後、ケイさんはアリサさんに尋ねた。
「あー、おっかし。それはそうとして、アリサ、B1のキルレートはゼロなのよね?」
「まったくもう……。はい、キルレートは確かにゼロです。ですがこれは……」
「あえて撃破していない、が正しいだろうな」
ナオミさんがアリサさんに付け加える。敵中に入り込んで、うまく潜り込めたなら、早々に相手を倒してもよさそうなものだ。しかしそれはあえてしない。戦車の知識はあっても戦の知識はない私は、横で黙って聞いていた姫に問いかける。
「ねえ姫、それってどういうこと?」
「中国では離間計(りかんのけい)といってな、我々もBC戦で同じような戦術を採ったが、あれの最も恐ろしいところは、敵が自軍の中にいるかもしれないという疑心暗鬼が生まれることだ。よって敵中に入り込んで敵そのものを討ち果たすことは愚策、あるいは禁忌だろうな」
対BC戦、まだアスパラガスさんが隊長で、旧BC校と旧自由校の融和が全くなされていなかった頃、私たちムカデさんチームは5対1で戦って勝ったことがある。その時は、私たちのテケをBCのルノーR35に似せて同士討ちを演出し、ただでさえズタボロな連携がさらに悪化した隙を狙って、フラッグ車を仕留めたという顛末だ。
あの時のことを思い出すと、導火線に火をつけたのは姫だったけど、BCの混乱そのものの広がりようは、味方の中に敵がいるかいないか分からないからこそ、同士討ち(フレンドリィファイヤ)になったわけだ。
そこまで考えて、どうも大洗の戦術と私たちの戦術が似通っていることに気づく。大洗は草、すなわち秋山優花里という物見を放ってくることで有名だ。その情報網は各校とも侮れないとみられていて、先の大洗対BC戦でも、BCは秋山優花里対策をしていた。
その秋山優花里の調査対象の中に、私たちムカデさんチームも入っている? ケイさんは秋山優花里がタンカスロンもよく見ていると言っていたけど、まさかね……。
そこまで考えを飛躍していると、ケイさんが姫の離間計の話を引き継いでいた。
「もし最初からB1でARLを倒してしまうつもりなら、一撃必殺を求められるから、かなり近づかなければいけないでしょうね。事実、ソミュアはそうやってARLを撃破していたわけだし」
「撃破するだけならB1の主砲を使えば遠くからでも抜けるだろうが、これは愚策だ。なぜなら、B1の主砲は低い位置に搭載されているから、せっかく木立で姿を隠していたのが丸見えになってしまう」
ケイさんを引き継いだ世代トップの砲手らしいナオミさんの意見を、今度はアリサさんが引き継ぐ。
「B1の車長が独断で行ったというのは考えづらいですね。B1は副砲の操作も車長の役目ですから、そこまで考えが及ぶとは思えない」
「ってことは、最初からみほさんは……」
私の戦慄に対して、ケイさんは冷静に答えた。
「そういう指示を出していたということになるでしょうね」
「自軍の攻撃は挑発のみに徹して、撃破は同士討ちに任せる。なんと恐ろしい戦術か。しかもそれを自軍が不利な状況で、反転攻勢に出なければならない場面で繰り出せる。みほたんは稀代の戦術家であり、将たる心を持っていると言えような」
西住みほという稀代の傑物を語るにあたって、この頃のよく姫が言及しているのがそこだ。すなわち心。仲間を信頼するというのは言葉で言うのは簡単なことだけど、その実それを体現するのはとても難しい。戦車戦における隊長というのは、仲間を"信頼して"死地に送り込むことだってしなければならない。そんな、普通なら躊躇する作戦を、後に引けない場面で、躊躇うことがなく繰り出すことができるみほさんの、何と肝の据わったことか。
加えて、諦めるということを知らない。何が何でも食らいつき、どんなことをしても勝つ。そのためにはどんなプライドも捨て、どれだけ犠牲を払おうとも前に進んで、突き進んで、勝利をもぎ取って見せる。
西住みほは単なる戦術家ではない。単なる戦術家は負ける戦も仕方のないことと諦めを持つ。しかし西住みほは常に勝利を追求する。その一点においては、どんな戦車乗りにも負けることはないだろう。
「さて、じゃあB1の偽装作戦が始まったところから」
ケイさんが大洗対BC戦が行われたフィールドの地図を広げ、ミニカーのような戦車の模型を取り出す。大洗とBCの戦車が識別できるように違う色だけれど、形は同じなので、「Ⅳ号」や「P虎」などと書かれた付箋を屋根に手際よく貼り付けていく。
「ここで見逃しちゃいけないのは、大洗の戦車の配置ね」
ひとしきりミニ戦車を地図上に並べ終わると、盤上には戦車戦が展開されていた。BCのARLの部隊と交戦しているポルシェティーガーを先頭にした一団と、Ⅳ号を先頭にした一団、それにB1はBC側の陣地の真っただ中に配置されている。
「ポルシェティーガーとM3、それにマークⅣに三式は完全に囮。車高の高い戦車を複数配置して目を引き付け、B1を潜り込ませることに成功。そしてそれ以外の戦車は低い車高を生かしつつ丘を囲むようにして配置」
ケイさんが指さしながら、各車の状況を確認する。
「これって……」
「柔軟に動けるように、しかも砲撃がまず当たらないくらいある程度離れた位置に、この時点で配置が完了している」
敵中にいるB1はともかくとして、ポルシェティーガーの一団はARL部隊と交戦できるギリギリの位置に配置されているが、ナオミさんが少しずつ動かしているⅣ号の一団は、じりじりとBCの敷いた陣に近づいている。
「ここでのB1の役目は、同士討ちで指揮系統を混乱させ、相手に損耗を出し、移動のための時間を稼いでいる。さらに言えば、実質的な主力のⅣ号の動きから目をそらす役目も持っているってわけね」
「本当に、今の大洗とは当たりたくはないなあ、ケイ殿」
「不利な状況を思いもよらない奇策でひっくり返してくるからこそ燃えるのよ、大洗とやる時はね!」
「今まで廃車(スクラップ)同然のように思っていた格下の戦車が、次々に襲ってくるわけだから、これは堪えるよね……」
私の思わずのつぶやきに、みんながうんうんとうなずく。
「結果的にB1の直接的なキルレートはゼロ。でも、同士討ちでARLとソミュアを二両ずつ、それに味方が状況を立て直すための時間も稼いだ。ここが試合の分岐点だな」
「ナオミの言う通り、B1が白旗を上げたところが分岐点(クロスロード)ね。素人(アマチュア)はみんなマークⅣを使って橋から降りたところを挙げるけど、あそこじゃないわ」
ケイさんがたしなめるように言う。見た目派手なマークⅣを使っての逃げは確かに画面映えするけれど、大洗が機転を利かせて撤退しただけで、試合の大勢を決定づける出来事ではない。
「そして、さながら小早川隆景の裏切りで堰を切った関ケ原のごとく、大洗が反転攻勢に出たわけだ」
「Ⅳ号がかなり近いところにいるね」
ナオミさんが動かした盤上では、すでにⅣ号をはじめとした主力がBCの敷いた陣の近くまで進撃していた。普通は敵にここまで近づかれれば気づきそうなものだけど、指揮系統が混乱していたおかげでまんまと近づけたというわけだ。
「このⅣ号の位置でもBCが大洗の接近に気づかないのは、丘(ボカージュ)と生垣を利用されてしまったからね」
ケイさんが私の考えを見越したように言う。
「BCに限らず、マジノなんかでもそうですけど、フランス譲りの戦法を取るところは、防御態勢を敷いてしまうと、慣れている土地や陣形だからと安心してしまうところがネックですね。BCは土地の特性を見誤ってしまいました」
「籠城には敵の忍を入れてはならぬというのは鉄則だが、城に逃げ込んだことで安堵してしまったか」
アリサさんが言うように、ボカージュというのは自分たちが身を隠しやすい反面、ひとたび相手の接近を許してしまえば自分たちの身も危険にさらしてしまう。姫も言っているが、ある意味では安心してしまったゆえの慢心なのかもしれない。
ここまでは大洗の祥さん一辺倒だったが、次の場面の、私が気になっていたこれはどうだろう。
「次の場面、FT-17に八九式がいとも簡単にやられていますけど、これはどうなんでしょう?」
「これは推測でしかないし、間違っているかもしれないけれど」
ケイさんがもったいぶったように言う。
「もしかしたら、フラッグのFT-17を八九式で倒せればラッキー、くらいな感じだったんじゃない? みほのことだから、狙いは別にありそう」
「その狙いというと?」
私が聞き返す。
「フラッグ車を真っ先に狙っていることを意識づけたかったんじゃないかしら。本当は一両ずつ各個撃破していく算段だったけれど、そういうふうに意識付けすれば、残った二両はFT-17を守るように動かざるを得ないでしょう? そうすると、行動もある程度制限できるから、予測もしやすくなるわよね」
「なるほど……」
こればっかりはわかんないけどね! と苦笑いをしながらケイさんが頭をかくが、もしかしたら本当にそうなのかもしれないという気もしてくる。
「そして、最終局面」
ナオミさんが盤上の戦車に手をかけて試合を進めていく。ここからは一気に試合が動くので、ナオミさんは手元の資料をパラパラめくりながら、おもちゃの戦車を器用に操っている。
将棋の盤面の経過を早回しで見るように、すっすっと流れるように動かす。一両、そしてまた一両とBCのフラッグであるFT-17に取りついていた戦車たちが落伍していき、最終局面はマークⅣがFT-17をとおせんぼしたシーンだ。
「最終的な大洗の残存車両は、囮でフラッグのヘッツァーの他は三両。FTの動きを止めたマークⅣと、Ⅳ号とポルシェティーガー。大洗はFTが撃破されるまでにかなりの両数を撃破されている。でも……」
「そうだ、鈴。一見すると勝負の行方は最後まで分からなかったことになる。だがしかし――」
「みほの手の中で踊らされていたと見るべきでしょうね」
ケイさんが深刻そうな声で言った。結果的に大洗が勝ったとはいえ、一見すると二つのチームの戦力差はそこまでないように感じられる人もいるかもしれない。事実、フラッグ車のFT17を撃破するまでに、大洗は四両もトレードオフにしている。格下と言ってもいいBCに対して、最後までどちらが勝つかは分からない。そんな試合だった――と見る人も多いだろう。
しかし、しかしだ。そのように見る見方が間違っているということは、真剣に盤面に向き合うサンダース大付属の中枢の表情から察することができるのではないだろうか。彼女らがこの局面に何を見出しているかと言えば、もし今回のBCの立場で大洗と当たったとして、自分たちはどのように動くかということだろう。それだけ、大洗の力に対して経緯と畏怖を持っているし、この試合で優勢なのはどちらなのかがはっきりしているということだろう。
私にも何となくそれは分かるのだが、如何せん戦略の知識がないのでイマイチ具体的にどこがと言われると説明できない。こういう時は、論理的に説明してくれる人に指南を仰ぐに限る。
「ねえケイさん、大洗の戦車がどうしてあんなに行く先々で待ち構えていられるのかがわからなくって。大洗の町ならホーム戦だからということでわかるけれど、ボカージュはアウェーでしょ?」
私の素人疑問に、ケイさんは「いいところを見てるわね」と褒めてくれ、そして解説してくれた。
「BCは木立で作られた道通りに進んでいた、というか進まざるを得なかったのだけれど、これは接近戦では敵以外の目標に対して無駄弾を撃たされたら危ないということがあるの。なぜなら、敵車両以外の構造物に砲塔を向けている時間、敵に攻撃ができないということになる。攻撃できないということは、牽制すらできず、逃げるしか方法は無くなることを意味するわ」
ケイさんの言葉を引き継ぐように、アリサさんが続ける。
「ですから、進路や退路を確保するために、木立や石積みの段差などには砲撃すべきではないでしょう。ということは、自然と木立の間を進まざるを得なくなってくる」
「かといって木立や石積みを履帯で強引に突破するのも駄目だ。もしそこでつっかえて動けなくなってしまったら、一貫の終わりというわけだ」
「ナオミ殿の言う通り、BCは木立で作られた道通りに動かなくてはいけない。大洗にとってこれほどやりやすいことはないだろうな」
ナオミさんが持っているのと同じ、試合の経過を示した資料を見ながら、姫がつぶやく。ケイさんもそれにつられてナオミさんの資料に横から目を通し、そして何かに気づいたように盤面のおもちゃの戦車を、大洗が反転攻勢をかけた場面まで戻す。
「これがこうなって」
もう一度大洗の主力戦車がBCの中隊長格の二両と相打ちで沈んでいく様子が再現されるが、それと同時に向かう方向が限定されていく。
「そしてこうなって」
次々剥がされていくBCのFT-17の護衛。そして、大洗のフラッグ車であるヘッツァーを仕留めるまであと一歩というところで――
「それでもってこれ。やっぱり全部計算づくよ」
「うわぁ、これはすごい……」
ケイさんがあきれたように言うのに対して、私はただ感嘆の声を上げることしかできない。こうやって改めて戦車を動かしてみると、一見して白旗覚悟の捨て身でFT17の護衛を剥がしたように見えて、実際にはそれだけではなく、BCのフラッグの息の音を止めるべく、進路を限定して死地へと追いやったのだ。
アリサさんも口元に手を当てて戦慄しながらも、努めて冷静に分析をする。
「……大洗の中では比較的火力のある三号突撃砲はARL-44と、ポルシェティーガーはソミュアS35とそれぞれ相打ち覚悟で進路をふさぐ。三式中戦車は相手を隘路へ誘導する役目を持っていました。そして、フラッグ車のFT-17をあえて残したんですね」
「旗戦では旗車を討ち果たしさえすれば勝てるからと、旗車を常に狙うのが常道だと思われがちだが、実態はそうではない。旗車を討ったという結果よりもむしろ、旗車を討つまでにどういう準備をしたかという過程のほうを、我々は注視すべきだろう」
姫の言葉を、相変わらずあきれているケイさんが受け継ぐ。
「リンカーンは木を切るならまず斧を研いで切る準備をするべきと言ったわ。試合に勝つために検討して準備した結果、真っ先にフラッグ車を狙ったほうがいいのならそうするべき。でも大概の場面ではそうじゃない。FT-17はあんまり強くない戦車だけど、その事実にばかり注目してフラッグ車を狙ってしまったら、違った結果になっていたかもしれないわね」
「ARL-44はもちろん、大洗女子の戦車にとってはソミュアS35の47mm砲も脅威になるだろうな。そんな中で、フラッグ車を撃破することばかりに固執すると、あの生垣のように視界が狭いところではうっかり相手に食われかねない」
さらにナオミさんが続けるが、その言に私は思い当たる節があった。なんだろうとしばし考えると、その答えはすぐに浮かんできた。
「あ、大学選抜戦!」
「That's right! あの場面でパーシング二両を損耗なしで撃破されたのは、後々のことを考えると痛恨だったわね」
大学選抜戦での一場面、追い込まれていた大洗は遊園地跡に籠城してゲリラ戦を仕掛ける作戦を取る。その最中、隊長車であるⅣ号を使って迷路に誘い込み、木立を利用して相手の優位に立ったり、アンツィオ高校のC.V.33を物見に利用したりしてパーシング二両、チャーフィー一両をそれぞれ損耗なしで撃破した。木立で戦闘を行った大洗の車両はⅣ号とヘッツァーの二両だけで、まさしくBC戦と同じように、相手を思い通りに誘導するのに木立を利用し、見事にキルゾーンへおびき出すことで、有利に戦闘を行っている。
ケイさんの言う通り大学選抜戦での最終局面は、西住姉妹のコンビネーションもさることながら、最終的には残存両数の多さがモノを言った形になった。大洗のⅣ号――あのⅣ号はバケモノだと私も姫も思っているが、その話はまた――を倒せないまでも、あの三両が何らかの形で残っていたのなら、その後の展開は違ったものになっていたかもしれない。
「……こんなところでしょうか」
アリサさんがふぅ、とため息をつきながら、周囲を見渡す。誰しもが神妙な面持ちでうんうんと頷いている。
「将棋で言えば投了しているところだな。まさしく『是非に及ばず』と言ったところか」
「あっちに動けばこっちがダメ、こっちに動けばあっちがダメ。八方ふさがりね」
「BCはよくもまあここまで保たせたと賞賛すべきだろうな」
ナオミさんの言う通り、BCはよくやったのだ。あと一歩というところまで大洗を追い詰めたという事実は称賛されてしかるべきだろう。ただ、大洗の真骨頂は引いた時だ。プラウダ戦での教会跡からの反撃、黒森峰戦での市街地戦、グロリアーナ・プラウダとの親善試合でのゴルフ場で逆包囲される際の引き際、大学選抜戦での遊園地跡での遊撃戦。
引いた時の強さこそが、大洗の強さたる所以である。いや、西住みほからすると、実は引いてはいないのかもしれない。事実、引いたあとは確実に相手を打ち破れるように陣形や態勢を整えて攻撃に出ている。
いったん戦線を後退させると戦術的にも精神的にもリスクが高い。敵は絶え間なく追撃を行ってくるからだ。ただ、一流の指揮官は引き際を見極める、と姫が以前言っていた。勢いのあるときに勝てる指揮官などごまんといるが、指揮官としての能力が試されるのは撤退戦を強いられた時。分が悪いと判断すれば瞬時に的確な判断できる。そういう指揮官が優れた指揮官なのだと。
議論は出尽くした。何も言わなくなったその場の沈黙を破ったのはやはり、サンダースの隊長殿だった。
「……大洗は弱くないわ。むしろ強い」
という、至極当然な結論に達した。その場の誰もが、ケイさんのその言葉に深く頷いている。
ここにそろっているのはいずれも隊長、副隊長クラスの実績を持った人物たちだ。その人たちがあんな真似ができる指揮官はそうはいないと言っている。恐ろしいことだった。
姫が言っていた。孫氏は勝ちやすいときによく戦う者こそがよい戦人(いくさびと)と説いたと。では、大洗はなんだ? 西住みほはなんだ? 大洗の戦いは常に窮地に追い込まれ、起死回生の一手を打ち続けてきた。その真贋がいつまで続くのかはわからないが、孫氏の言うような戦人ではもはやなく、何か別の、たとえば戦車道の鬼か何か――
考えれば考えるだに、恐ろしい人だと私は思った。
そこに―――
「あ、みなさん! 見てくれてたんですか?」
きょろきょろとあたりを見渡していた”恐ろしい人”が、手を振りながら笑顔で近づいてくる。
「あなたやっぱりクレイジーよ」
「……盗聴でもしなきゃ勝てないかもなあ」
「リスペクトはするが、恐ろしい相手だよ」
「つくづく、稀代の軍師よな、みほたんは」
「ふえ!?」
いきなり四者四様の賛辞をぶつけられては、さしもの西住みほもたじたじと言ったところだろうか。
サンダースの面々に囲まれて恐縮しだすその人を見ると、恐怖していた私の心は萎んでいったが、同時に彼女のことが全く分からなくなった。
―――西住みほとは、なんだ?