結局おさまりが良い話にできなかった
竈門炭治郎は目の前の光景が信じられなかった。
玄関の戸口に力なく寄りかかる妹の禰豆子。強烈な血の匂い。血まみれになり息絶えている家族。
そして何かが突き抜けていったかのような大穴が空いた我が家。
あまりのことに息すら忘れ、炭治郎はわずかな間その場に立ち尽くした。
けれど、すぐに違和感に気づいた。
家族が襲われたのは間違いない。けれど、襲われたにしては皆の亡骸が綺麗に並びすぎている。
それに、禰豆子だけが戸口によりかかっているのもおかしい。しかも禰豆子だけ布団がかけられている。
そこで、炭治郎は禰豆子だけはまだ息があることに気が付いた。
「ッ! 禰豆子! 禰豆子大丈夫か! しっかりしろ、禰豆子!」
そっと首元に手を当てれば、寒さに凍えた指先にほんのりとしたぬくもりが伝わってくる。
けれど、今にも消えてしまいそうな温もりだった。急いで医者に見せなければ助けられないかもしれない。
そう思って禰豆子を抱き上げようとした炭治郎の鼻に、ふと嗅ぎなれない匂い漂ってきた。
嗅いだことのない匂いだ。獣のものでもなければ、麓の町の人間のものでもない。だが人の匂いであることに違いはない。
「だ、誰かいるのか!?」
反射的に禰豆子をかばうように抱きしめながら、声を張り上げる。
『おっと、バレちまった。家主のお帰りか?』
匂いも嗅ぎなれなければ、話す言葉も聞きなれない。さらには見たこともないような格好の男が家の裏手からゆっくりと姿を現した。
炭治郎より頭二つほど大きく、初めて見る銀色の髪に蒼い瞳。
そしてなにより白銀の雪景色の中に垂らされた一滴の血。そんな印象を受ける赤い外套が炭治郎の目を引いた。
「お、お前がやったのか!?」
明らかな不審者の出現に禰豆子を抱く腕の力が強まる。事実、目の前の男からは微かに、しかし間違いなく血の匂いが漂っていた。
『おいおい坊や、そんなに睨むなって。これでも一応、そのお嬢ちゃんの命の恩人なんだがな、俺達は』
やや困ったように眉尻を下げ、腕を組みながら男は炭治郎に何事かを語りかけてきた。
けれど、炭治郎には異国の言葉が分からない。ただ少なくとも、嘘をついていないことは匂いで分かった。
だがそれがなんだというのか。嘘をついていないから、目の前の男を信用できるのか。血の匂いのする異国の男を。
答えは否だ。むしろ、炭治郎としては会話もせず一目散に町へ駆け出したかった。
それをしないのは、目の前の男の底知れなさを本能的に感じ取っていたからなのかもしれない。
自分一人なら何とかなるかもしれない。けれど、得体のしれない男を相手に禰豆子を背負って町まで逃げ続けるなど、果たしてできるだろうか。
(どうする……どうしたら……こんなところでもたもたしてる場合じゃないのに!)
炭治郎の焦りは募るばかりだが、かと言ってどうしたら良いかもわからない。
『おい、どうするんだバージル。ありゃこっちの言葉通じてねェぞ』
不意に、目の前の男が炭治郎以外の誰かに話しかけた。
そこでようやく炭治郎は目の前の男以外にももう一人、誰かがいることに気が付いた。
(血の匂いで気が付かなかった……! いや、それだけじゃない……)
家の奥からもう一人。黒に近い蒼色の外套を身にまとい、銀髪を逆立てた男が姿を現す。
どこか軽い雰囲気を漂わせる赤い男とは対照的に、抜身の刀という表現がぴったりと合いそうな雰囲気を醸し出す蒼い男が口を開く。
『当然だろう。ここはおそらく日本の、それも山奥だ。英語が通じるとは思えんな』
『おいおい……俺は日本語喋れないって言っただろ』
『ふん……良い機会だ。少しは勉強をするといい。お前は昔から勉強を怠けていたからな』
『別に日本語を聞くのと読むのは出来んだよ。喋れないだけだ』
『情けないな。そんな半端な学習に意味などないだろう』
『うるせェ。普段使いしない言語を喋れるようになるほど暇じゃなかったんだよ』
炭治郎を他所に言い争う二人の男は色も雰囲気もまるで対照的ではあったが、二人から流れてくる匂いはほとんど同じものだった。
(匂いが似ている……! だから最初気づかなかったんだ。ほとんど変わらないから、赤い男のものだと思ってしまった)
自分の失態の原因が分かり、けれど炭治郎の表情はより苦々しいものへと変わった。
原因が分かったところで現状が打開できるわけではないし、むしろ悪化していると言って良かった。
しかしそれはここで足踏みをしていい理由にはならない。腕の中の禰豆子の温もりは少しずつ、けれど確実に失われて行っている。
焦った炭治郎は、たまらず目の前の二人に向かって声を張り上げた。
「お、お前たちは何者なんだ! 俺の家族をこんな目に合わせたのは……お前たちなのか!?」
炭治郎の言葉に、銀髪の二人組は会話を止めて揃ってこちらを向いた。
突き刺すような二つの視線に思わず身をすくめそうになるのを必死でこらえながら、炭治郎も負けじと睨み返す。
「何を勘違いしているのかは知らんが」
口を開いたのは蒼い外套の男だ。驚くことに、男の口からは流暢な日本語が飛び出してきている。
「その娘とお前の家族を殺したのは俺達ではない。俺達は……そうだな。道に迷ったのでこの家で夜露をしのがせてもらっていただけだ。その時にはその娘以外はもう手遅れだった」
「な……じゃあ、なんで禰豆子を放っておいたんだ!? せめて医者を呼ぶとかくらい……」
炭治郎の言葉を蒼い男が遮る。
「言っただろう。道に迷った、と。視界の利かない夜の山の中、無策でその娘を運べというのか?」
真実を話しているわけではないが、かといって嘘を吐いている匂いはしなかった。
ともかく、どうやら目の前の男たちは自分の家族を手にかけた仇敵というわけではないらしい。
であれば、禰豆子を助ける手伝いをしてくれるかもしれない。
そう思って炭治郎が口を開きかけた時、腕の中の禰豆子が動いた。
「あ”……ぁ”ぁ”あ”」
「禰豆子? 禰豆子大丈夫か!?」
まるで獣の様な声を漏らしながら、禰豆子がもぞもぞと炭治郎の腕から逃れようとするようにうごめく。
襲われた時の恐ろしさがまだ残っていて、自分のことが分かっていないのかもしれない。
「禰豆子、大丈夫だ! 俺だよ、兄ちゃん……」
言い切る前に、炭治郎は衝撃を感じた。禰豆子がどんどんと遠ざかっていく。
その原因が禰豆子の人らしからぬ怪力が自分を突き飛ばしたのだ、ということを理解する前に炭治郎は地面にに叩きつけられる。
「うわっ!?」
視界が揺れる。体を地面のあちこちにぶつけてとても痛い。何が起きたのかが全く分からない。
ただ、禰豆子が腕の中にいないことだけが分かった。
「ね、ねず……」
痛みをこらえながら立ち上がると、こちらに飛び掛かってくる禰豆子の姿が見えた。
だがその目に記憶にある優しい光は見えない。代わりに見えたのは、可愛らしい顔に似つかない獣の様な鋭い牙。
禰豆子が、自分に向かって大きく口を開けて迫ってきている。さながら獲物を前にした肉食獣のように。
炭治郎は腰に下げていた斧の柄を引っ掴んで禰豆子の口へ押し付けた。とっさの反応だった。
(人食い鬼が出るぞ)
麓にいた三郎爺さんの言葉が脳裏によみがえる。
(鬼だ! 禰豆子が人食い鬼になった!)
重傷を負っていたはずの少女から、人ではないナニか……昨晩出会った悪鬼にも似た匂いが漂ってきたことにダンテとバージルは気づいた。
直後、少女――家主らしき少年からは『ネズコ』と呼ばれていた――が少年を突き飛ばす。
突き飛ばされた少年は軽く数メートルは後方に吹き飛ばされていた。とても普通の少女が繰り出せる膂力ではない。
それを見て、バージルが即座に閻魔刀の鯉口を切る。けれど、ダンテはそれを制した。
「バージル、待て」
「何故だ? あの娘は既に人ではないぞ」
バージルの言葉は最もだった。現にネズコと呼ばれた少女は、家族であるはずの少年へと牙をむき出しにして押し倒し今にも彼を食らわんとしている。
少年はそんな現実を受け入れられないのか、必死に何か言葉を叫んでいた。だが、それも長くはもつまい。
もはや人ではないネズコは時を置かずどんどんとその力を増しているようだった。
爪は伸び、牙も伸び、体躯は少女のソレから少しずつ大きくなっていく。
このままいけば、間違いなく少年は力負けしてネズコに喰われてしまうことだろう。
それでも、ダンテはネズコを斬るべきだとは思えなかった。
根拠はない。けれど、なんとなく様子を見るだけの価値があると思っていた。
必死にネズコへ声をかける少年の姿を信じてみたくなったのかもしれない。ずっと昔にテメングニルで、それから数年後にマレット島で、そしてつい数ヶ月前に故郷で兄と戦うことしか出来なかった自分とは違って、あの少年ならあるいはネズコの魂に声を届かせることが出来るかもしれない。
勝ちの目は限りなく小さい。それでも賭けてみようとダンテは思った。それだけの価値があると、根拠もなくそう思った。
それに万が一ダメだったら、その時はネズコが少年の首に牙を立てるより早く彼女を斬ればいい。それを為すだけの自信も力も、今のダンテ達には十分すぎるほどある。
そうしてわずかに時間が過ぎた。
果たして、その賭けはダンテの勝ちだった。
後ほんの数センチでネヅコの牙が少年の喉に突き立てられる。それくらいの距離まで互いの顔が近づいた時だった。
少年の必死の呼びかけが届いたのか、突然ネズコがその動きを止めてポロポロと涙をこぼし始めたのだ。
明らかに先ほどまでの獣じみた状態とは違う。涙をこぼすその瞳には、人間らしい輝きが戻っていた。
そんな光景を目の当たりにしたダンテは思わずニヤリと笑みを浮かべることを抑えられなかった。
死ぬかもしれない程の大怪我を負わされ、家族を目の前で殺され、挙句人ではないナニカに変貌させられた。その上唯一残った兄を兄と認識することもできず喰らおうとまでした。
それだけの状況にまで追い込まれてなお、彼女は心を喪うことなく人間性を取り戻した。
涙は、誰かを想う心を持った人間にこそ許されたかけがえのない宝物だ。そしてネズコは、まだそれを捨ててはいないのだ。
そしてネズコにその心を取り戻させたのは、他でもないネズコの兄である少年の魂の叫びに他ならない。兄が妹を、妹が兄を家族として愛していたからこその奇跡だった。
そんな悪魔やバケモノが持つことのできない、人間だけが持つ『強さ』が勝利を収めたこんな痛快な場面を目の前で見せられて、どうして喜びと感動で笑わずにいられるというのだろうか。
「……家族の愛、か」
バージルがぼそりと呟きを口にする。
それはダンテとバージルが幼いころに魔帝ムンドゥスに奪われたものだった。
ダンテはその後様々な人に出会い、形は違えど愛や信頼を寄せられたから道を違うことはなかった。
だがバージルにはそれがなかった。結果として、一度はただ力を求めるだけの悪魔へと変貌することになってしまったのだ。
そしてそのバージルの息子ネロはそれを知り、失うまいと足掻いたからこそ父と叔父を殴り飛ばすことすら可能にした。
これが人間が持つ強さなのか。バージルはそう言いたげな表情でただ静かに少年と少女を見つめていた。
だが、そんな兄弟めがけて鈍い刃の輝きを閃かせる無粋な者が一人雪山をこちら目がけて駆けてくる。
こみ上げる笑いが一気に引っ込んだのを感じ、ため息一つ吐きながらダンテは体にほんの少し力を籠めた。
視線を空中から飛び掛からんとしてきた乱入者へとむけ、軽く地面を蹴る。
そうして
『何ッ!?』
驚きの表情を見せる乱入者を掴んだダンテは、そのまま相手が来た方向へと投げ飛ばす。
だが相手もそれなりの手練れなのか、空中で体を回転させ見事に着地をした。
『……邪魔をするなら、斬る』
最大限の警戒心をあらわにこちらを睨んでくる乱入者に対し、けれどダンテは不敵な笑みを浮かべながら虚空から魔剣を呼び出した。
目の前の現象に驚いたのか、刀を携えた乱入者の目が見開かれる。
だがそれだけだ。相手もそこそこ修羅場を潜っているようで、即座に戦闘態勢を整える。
それに合わせてダンテは腰を落として剣を構えた。
「招待状は持ってきたのか? ねェなら大人しく引き返しな」
英語が通じるとは思っていない。だが、悪魔にするようにニヒルな笑みを浮かべながら言葉を発したダンテを見て表情を険しくした乱入者を見る限り、挑発の意図は通じたのだろう。
だがそれだけだ。見る限り相手の年の頃はネロと同じくらいだろうが、先程の身のこなしと言い挑発に乗るほど素人と言うわけでもないらしい。険しい表情のまま、こちらの様子を伺うのみだ。
これでは埒が明かない。であるならば、さっさとこちらから仕掛けてお帰り願おう。
「来ねェならこっちから行くぜ!」
そう言って、ダンテは乱入してきた日本の剣士への斬りかかった。
次回更新も未定です。
PS5欲しいしDMC5SEも欲しい