悪鬼も哭き出す   作:笹の船

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なんか思った以上にお気に入りとか伸びたみたいなんで早めの更新。
評価、お気に入り登録ありがとうございますmm

追記:禰豆子の名前おもっくそ間違えてました。時間が取れ次第早急に修正します。
5/24 19半追記:禰豆子の名前を修正しました。


無力で欲張りな弱者

「ま、待ってくれ!」

 

 炭治郎は思わず叫んでいた。

 目の前にはこちらを射抜くような鋭い目線を投げかける刀を携えた青年がいる。

 明らかに普通ではない出で立ちだが、禰豆子と一緒に家にいた赤い外套の男の攻撃から自分達を守ってくれた。

 その時、炭治郎は彼から漂うどこか悲しく、それでいて決意に満ちた感情の匂いがしたことに気づいた。

 だから、刀まで持って自分達の家以外何もないこんな雪山まで来たこの青年は自分達を助けに来てくれたのだと、炭治郎は信じたくなった。

 

「なんだ」

 

 やや冷たさのある声を発しながら、青年が炭治郎を見下ろす。

 その視線は、自分を見てから隣にいる禰豆子へと向けられた。自然と禰豆子を抱きしめる力が強まる。

 青年の背後では、あの赤い外套の男が面白いものを見るかのようにニヤニヤと笑いながら身の丈ほどもある大剣を肩に担いでいた。少なくとも、今は自分達に襲い掛かるつもりはないらしい。

 故に、炭治郎は目の前の青年に一縷の望みをかけてそれを口にした。

 

「い、妹が鬼になったんだ! もし助ける方法があるなら、教えてくれないか!」

 

 炭治郎の言葉に、しかし青年の表情はまるで変わらない。まるで仮面でも被っているかのようだった。

 そんな青年の様子に炭治郎が不気味さを覚えた時、腕の中の禰豆子が急に暴れ出した。まるで何かに怯え、逃げ出そうとするかのように

 

「う”う”ぅ”ぅ”……! あ”あ”あ”ぁ”!!」

「なっ!? ね、禰豆子……!!」

 

 必死に禰豆子を押さえようとする炭治郎の耳に、青年の冷たい声が届く。

 

「それが、妹か」

 

 青年の言葉に、炭治郎は一瞬ひるんでしまった。ちらりと暴れる禰豆子の顔を見る。確かに今の禰豆子にはあの心優しかった頃の面影はほとんどない。

 ケダモノの様な目に牙、町娘のソレとは思えないような怪力。今だって抑えることすらかなり辛い。

 果たしてこれは、本当に自分の知っている禰豆子なんだろうか。

 そんな迷いを炭治郎が抱えた瞬間、青年がこちらに向かって地面を蹴飛ばしたのが見えた。とっさに禰豆子を守る様にうずくまる。

 だが、次の瞬間には腕の中から禰豆子の温もりは消えていた。慌てて身を起こし、辺りを見回す。

 禰豆子の姿はすぐに見つかった。自分から少し離れた、赤い外套と蒼い外套の男からも離れた場所に立つ青年に両手を掴まれていた。

 禰豆子を取り戻さなければ。そう思い、炭治郎が立ち上がろうとしたその時。

 

「動くな」

 

 青年からの静止の言葉。それはつまり、禰豆子の生殺与奪権が青年の手の内にあることを意味していた。

 その意味理解した炭治郎は、氷漬けにでもされたかのようにその場で動けなくなってしまう。

 そんな炭治郎に、青年は残酷な宣言を下した。

 

「俺の仕事は、鬼を斬ることだ。勿論、お前の妹の首も刎ねる」

 

 青年の言葉を受けて、炭治郎の脳裏に自分の家の惨状がよぎった。血にまみれ、無残な姿になった家族たち……

 これ以上、家族を殺されたくない。このままでは禰豆子が殺されてしまう。どうにかしなければ。

 

「待ってくれ! 禰豆子は誰も殺してない! 俺の家にはもう一つ、そこにいる人達以外の嗅いだことのない匂いがした! 皆を殺し……たのは多分ソイツだ! 禰豆子は違うんだ!」

 

 禰豆子は断じて、家族を殺す様な妹じゃない。禰豆子が鬼だったなんてこともない。少なくとも、昨日家を出た時は全くそんなことはなかった。

 禰豆子は罪を犯してなどいない。無実なら、例え鬼だとしても殺さなくたっていいじゃあないか。

 

「どうして今そうなったのかはわからないけど……でも!!」

 

 炭治郎の必死の弁明に、青年はやはり表情一つ変えずに言葉を返してきた。

 

「簡単な話だ。傷口に、鬼の血を浴びたから鬼になった。……人食い鬼は、そうやって増える」

「禰豆子は、人を喰ったりしない!」

 

 炭治郎は青年に食ってかかった。確かに一時は危なかったかもしれない。でも、青年が来る前確かに禰豆子は自分のことをちゃんと認識していた。あの涙の感触は、まだ頬に残っている。

 

「よくもまあ……先程己が喰われそうになっておいて」

 

 青年の呆れた声に、炭治郎の声に熱がこもっていく。

 

「違う! 俺のことはちゃんとわかっているはずだ! 俺が誰も傷つけさせない。きっと禰豆子を人間に戻す! 絶対に直します!」

 

 だから。だから禰豆子を、俺の家族を――

 

「治らない。鬼になったら、人間に戻ることはない」

「探す! 必ず方法を見つけるから! 殺さないでくれ!」

 

 お願いだから、これ以上――

 

「家族を殺したやつも見つけ出すから! 俺が全部ちゃんとするから!」

 

 青年の刀が持ちあげられる。

 

「だから! だから!!」

 

 刀の切っ先は、捕らえられた禰豆子の首元だ。

 

「やめてくれえええええ!!」

 

 もうこれ以上、俺から奪うのは――

 

 

 

 

 バージルはネズコの兄が必死に刀を持った青年に命乞いをしている様を黙って聞いていた。

 力無きものは何も守れない。かつての自分がそうであったように。

 だがあの少年はたった一人の家族のためにない物ねだりとも言えるワガママを必死に青年へと説いていた。

 その姿に、己が二つに分かたれていた頃の――『V』と名乗っていた頃の記憶がよみがえる。

 

『僕が守らなきゃ』

『絶対置いていったりなんかしない……!』

『助けてよ……』

 

 悪魔と戦う力もない、でも目の前の母親を見捨てたくない、自分も死にたくない、助けてほしい。

 見るに堪えない、無様な願い事ばかり恥ずかしげもなく声に出していったあの幼い少年。

 自分は出来なかったし、また許されなかった。それでも本当は声に出して言いたかった。

 ――守ってくれ、助けてくれ。殺さないでくれ。

 ダンテはあの日母に守られた。レッドグレイヴでユリゼンとして一度退けた時は、父の形見魔剣スパーダに守られていた。

 まるで、ダンテばかりが両親に愛され守られているような気がした。それが無性に腹立たしかった。

 どうして父は自分達を置いて家を出て行った。何故母はあの時自分を助けに来てくれなかった。

 同じ顔、同じ力、同じような魔剣。同じように生まれたはずなのに、どうしてダンテと自分でこんなにも差が生まれるのか。

 だから力に逃げた。力さえあれば、こんな思いをしなくて済むと思ったから。

 人は弱い。一人では何もできない。より強大な力を前にした時、一人だけでは恐怖に怯えることしか出来ない。

 そう。ちょうど今、己が命乞いが何一つ通らず妹を殺されそうになってうずくまるように土下座をするネズコの兄のように。

 そんな少年の態度が逆鱗に触れたのか、これまで態度を全く変えなかった刀を持った青年が怒鳴りだした。

 

「生殺与奪の権を、他人に握らせるな! 惨めったらしくうずくまるのは止めろ! そんなことが通用するなら、お前の家族は殺されていない!」 

 

 全く持ってその通りだとバージルは思った。青年の言葉は何一つ間違っていない。この場において、何よりも真理を語っていた。

 

「奪うか奪われるかの時に! 主導権を握れない弱者が! 妹を治す!? 仇を見つける!? 笑止千万!! 弱者には、何の権利も選択肢もない! ことごとく力でねじ伏せられるのみ!」

 

 青年の言葉に、バージルは内心で深く同意していた。

 今までがそうだった。母を殺され、帰る家を失ったあの日からずっと。そうされたし、そうしてきた。力こそが全ての世界で生き抜いてきた。

 

「妹を治す方法は、鬼なら知っているかもしれない。だが! 鬼どもが、お前の意思や願いを尊重してくれると思うなよ! 当然、俺もお前を尊重しない! それが現実だ!」

 

 けれどネズコの兄は、青年の言葉に呆然としているだけだった。無理もない話ではある。文明が進むにつれ、人間は弱肉強食の理から離れていった。

 力無きものが力あるものに理不尽にねじ伏せられることなどないだろうし、そもそもそんな機会に遭遇することもないだろう。

 そんな平和という名のぬるま湯につかり切った子供に、いきなりそんな心構えを説かれたところですぐに理解できるはずもない。

 

「何故さっきお前は妹に覆いかぶさった!? あんなことで守ったつもりか!? 何故斧を振らなかった!? 何故俺に背中を見せた!? そのしくじりで、妹を取られている! お前事、妹を串刺しにしても良かったんだぞ!」

 

 だが、青年が言うようにネズコと彼女の兄が置かれている状況というのはそういう奪うか奪われるかの世界だ。

 そんな世界で己の目的を達したいというのなら、何よりもまず力が必要だ。己の邪魔をする敵を滅するだけの力が。

 しかし、ネズコの兄にそんな力はない。あるならあんな無様にうずくまることはしない。

 ならば、試してみよう。あの小僧に力を渇望する『心』があるのか。

 バージルはそう決意すると少年の足元へ幻影剣を射出し、それをマーカーとして彼我の距離を一瞬で詰め(エアトリック)た。

 突然現れたバージルに、少年は惨めにも涙を流しながら驚きの表情で見上げてくる。

 そんな少年を見下ろしながら、バージルは閻魔刀を抜刀し少年の前に突き立てた。

 

「あの男の言うとおりだ。……お前はどうする小僧? ただ黙って、妹が殺されるのをここで眺めるか?」

「え……」

「力無きものは何も守れない。自分の身でさえもな。そして、今のお前は弱者だ。見ろ、あの男はお前の答えをいつまでも待つつもりはないらしい」

 

 バージルがそう言って刀を持った青年を指させば、青年が今まさに刀の切っ先をネズコの肩に突き刺したところだった。

 ネズコが痛みに悲鳴を上げる。

 

「や、やめろおおおおおおおおおおおお!!」

 

 少年が叫び、とっさに足元にあった石を青年に投げつける。と同時に走り出し、バージルが突き刺した閻魔刀を引っ掴んだ。

 

「ッ!?」

 

 だが、閻魔刀は日本刀にしては大きすぎる刀だ。当然、大きさに見合うだけの重量はある。そんなものを戦う術も知らぬ小柄な少年が振るうことはおろか、まともに持って走ることすら出来るはずがない。

 それでも少年は歯を食いしばって、走り出す時に拾った石を木の陰から青年に投げつけつつ走る。だが、そんな子供だましが青年に通じるはずもなく軽く横に一歩足運びをするだけで避けられてしまった。

 

「うわあああああああああああああああ!!」

 

 雄たけびながら閻魔刀を地面に引きずるようにして少年が青年に向けて駆けていく。

 誰がどう見ても感情に任せた策も何もない突進。到底、青年に通じるようなモノではない。

 だが、ただの突進ではなかった。意識をしたのか、たまたまだったのか。少年は青年の間合いのギリギリ外で足を止め、思い切り閻魔刀を上に振り上げた。

 地面に引きずるようにして持っていた閻魔刀の切っ先は、当然土とその上に積もったパウダースノーを巻き上げる。

 

「こんな目くらまし……」

 

 青年は肩をすくませ、刀を振り上げた。雪と土で出来た煙幕から飛び出してきたのは、拳を握りしめた少年だ。

 

「愚か!」 

 

 青年は容赦なく刀の柄尻を少年の背中へと突き立てた。刃ではない故大怪我には至らないだろうが、青年の力をもってすれば意識を刈り取るくらいは容易かろう。

 そして少年は青年の目の前に倒れ伏した。それと時を同じしくして雪と土による煙幕が晴れる。

 だが、そこに閻魔刀はなかった。青年が怪訝そうな表情をする。と、その直後青年の頭上から閻魔刀が降ってきた。

 間一髪、青年は閻魔刀をかわす。その表情は驚きに満ちていた。

 後方で眺めていたバージルから見れば、実に単純なことだった。少年が閻魔刀で即席の煙幕を作り上げた瞬間、少年は閻魔刀を手放しそのまま青年の背後にある大木へ投げつけた。

 だが少年の力などたかが知れている。投げつけた閻魔刀は、辛うじて木に突き刺さった程度でしかなかった。そして、時間が経つことで重い閻魔刀は自重で落下し、その真下にいる青年へと降ってくるというからくりだった。

 戦う力がない、その術も知らない弱者の精一杯のあがき。だが、この土壇場でとっさに思い付くものとしては余興程度にはなるものだろうとバージルはほんのすこしだけ感心した。

 そんなバージルの眼前では、ネズコが青年を蹴り飛ばし少年へと手を伸ばしているところだった。青年は少年が食われると焦りの表情を浮かべるが、ネズコが取った行動はその真逆だった。

 ネズコは少年をかばうように、両手を広げて青年を威嚇していた。人を超える膂力や生命力、その代償として理性を失うであろう『鬼』になってなお家族を想い守ろうとするその強さ。

 かつてユリゼンとしてクリフォトの頂上で三度対峙した時ダンテが口にした言葉を思い出す。

 

『失うから強いんじゃねェ……失うまいと抗うから強いのさ。自分から何もかも捨てたお前に……力なんかあるわけねェんだよ!』

 

 ネズコが青年に飛び掛かる。膂力と辺りにある木を使った立体的な攻撃だ。

 だが、鬼狩りを生業とする青年にその程度の攻撃は通用しなかった。ことごとくを避けられ、しかし青年もネズコの強さに気づいたのだろうか。刀を収め、ネズコの首筋に手刀を叩きこみ彼女の意識を刈り取った。

 それを見届けながら、バージルは閻魔刀を引き抜き鞘に収める。すると、鋭い視線を感じた。当然その送り主は先の青年だ。

 

「さて、お前達はいったい何者なのか……聞かせてもらおうか」

 

 言い逃れはさせるものか。そんな有無を言わさぬ雰囲気をまとう青年を前に、バージルはダンテへと目配せをする。

 ダンテは小さく肩をすくめるだけだった。どうやら説明を自分に丸投げするつもりらしい。

 愚弟の使い物にならなさに呆れながら、しかしバージルとしても情報が欲しいというのはあった。今の自分達が置かれた状況を把握する為にも情報交換をすることは有用だろうと判断し、バージルは青年に向き直り口を開く。

 

「人に名を聞く時は、自分から名乗るのがこの国の礼儀だと聞いたが?」

 

 余りにもあんまりなバージルの対応に、青年の表情がわずかに引きつったことをここに記しておく。

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