悪鬼も哭き出す   作:笹の船

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あけましておめでとうございます(大遅刻

鱗滝とバージルが炭治郎に合流した後の展開が不自然だとの指摘を受け、指摘通りだと感じたために2/2_12時 終盤の展開を大幅に変更しました。
多分これで幾分か自然になったはずです。
指摘してくださった方、ありがとうございます。


圧倒的な力の差

 炭治郎が血の匂いがする、とお堂に続く階段を駆け上がるのを横目で見ながらバージルはその場に立ち尽くしていた。

 どうやらただの人間にしては鼻が利くようだが、バージルはもっと鼻が利く。血の匂いの濃さから言って、もう手遅れだろう。

 しかし、バージルが炭治郎を追いかけなかったのは手遅れなのが理由ではない。

 犠牲者の血よりももっと鼻を突く不快な匂いが辺りに漂い始めたからだ。

 

「雑魚が……徒党を組めば俺に勝てると思ったのか?」

 

 その匂いは炭治郎の家族を手にかけた鬼のソレに少しだけ似た悪臭だった。数にして三人ほどだろうが、匂いだけでも分かるくらいあの鬼とは格が違った。勿論、バージルを囲んでいる奴らの方が格下だ。

 バージルに気づかれたからか、藪の中から人影がそれまで息をひそめていた藪から三つ出て来た。どいつも目の前にいるバージルを旨そうな獲物としか捕らえていないのが一目でわかるほど下種な笑みを浮かべている。

 

「ぐへへへ……男っていうのはあんまり気が乗らねえけどよお」

「お前を殺して首を持って帰ればあのお方からもっと血を頂けるんだ」

「ソシタラ……オレタチモ……ジュウニキヅキ……!」

 

 どうやら自分を殺せばあの日取り逃がした鬼から褒美がもらえるようだ。どんな褒美かは知らないが、彼我の実力差も見抜けないとは全くもって話しにならない。

 だが、鬼とやらを斬り殺したことはない。義勇の話では鬼は回復力が普通の人間のソレとは一線を画すほどで、陽の光か特殊な金属で鍛えた日輪刀なるもので首を斬る以外に殺す手立てはないとのことだった。

 果たして閻魔刀で斬れるだろうか。と一瞬だけ考えたバージルだったが、すぐにかぶりを振った。

 閻魔刀は人と魔を分かつ魔剣だ。そうでなくても、この刀は魔界最強と謳われた悪魔スパーダが自分に遺した魔剣である。

 そしてその魔界でも随一の魔剣を操るのは、最強と謳われた父を超えた力を手にした自分に他ならない。神を超える力を持ったバージルが閻魔刀を振るえば、血を媒介にしただけの何の魔力も使っていない人間によって生み出された改造人間を斬れないことなど有り得るだろうか。当然、答えは否だ。

 何であれ、ここで血が流れることには変わりないだろう。そして戦いにもならない。それだけはバージルと鬼達の共通認識だった。

 

「俺達の為に……」

「その首――」

「ヨコセエエエ!!」

 

 先に仕掛けてきたのは鬼達の方だった。対するバージルはと言えば、チラリと後ろを見ていた。

 鬼達や炭治郎とは別にもう一人人間がいる気配がしたからだ。だが、まさに今バージルが襲われようというのにその人間は動こうとしない。

 とはいえ、こんな塵芥共など自分にかすり傷一つ付けることは叶わない。その絶対の自信がバージルにはあった。

 鬼達の爪が、牙がバージルの目の前に迫る。普通の人間であれば襲われていることを認識するので精一杯であろう速度のソレは、しかしバージルにとっては児戯にもならない程に遅い。

 直後、バージルが立っていたところに土煙が立つほどの衝撃と轟音が発生した。

 ほんの寸前まで自分が立っていた場所を横目で流し見ながら、バージルはコートの下に着たインナーの襟元を軽くつまんで首を軽く振る。足運び(トリックドッジ)した際にインナーが少し首にこすれた気がして、なんとなく気になったのだ。

 別に我慢をすればいいし、こすれて傷になることもない。半人半魔の体はそんな程度で傷が付くほどヤワではない。とはいえ、ちょっと気が散った(集中ゲージが減少した)のでとりあえず直そうと思った。

 バージルがそんなどうでもいいことに気を取られている間に土煙が晴れてくる。

 

「ぎっ!? て、てめえ、誰を殴ってる!」

「お前こそどこに噛みついてやがる!」

「ジャマ……スルナ……!」

 

 果たしてそこには哀れにも同士討ちになってしまったらしい鬼達がいた。群れてはいたが、動きそれ自体は下級悪魔と大差ない。

 会話する程度の知能はあれど、結局は自分だけが得をしたいというヒトとは名ばかりのケダモノでしかないのだ。ただ愚直に襲い掛かってくる辺り、妹を守る為に策を講じた炭治郎よりも愚かで弱いと言っていいだろう。

 実に下らない。力を強さを求めるのであれば相応の大義か理由がなければ強さは手に入らない。かつて力に取りつかれたバージルでさえ、誰に何を教わるでもなくスパーダや悪魔に関連した文献や土地を調べ、実戦を繰り返しその技を磨いてきた。

 ひとえにそれは家族を引き裂いた悪魔共、そして元凶たる魔帝への復讐であり、何者にも自分のモノを奪わせはしないという決意であり、弟ダンテに勝つという目的があったからだ。より強い力をねじ伏せるために何が必要なのか、何を得ればいいのか。若き悪魔バージルでさえそれは常に考えていた。

 しかし目の前の奴らはどうだ。ただ他者から与えられるものをアテにし、技らしいものは何もない。やっていることはスラムのギャングよろしくまっすぐ殴り掛かってくるだけ。厳しい自然を生き抜く肉食獣ですらもっとまともな動きをするというものだ。

 実に不愉快だ。こんな()()が己は強いのだと、力を持っているのだと勘違いしているなど。そして、そんな愚か者共が世にのさばっているなど。

 バージルの意識が研ぎ澄まされていく。目の前のクズ共が言い争う雑音は既にバージルの耳には入っていない。ただ目の前のデクの意識がこちらに向いていないこと、お堂の傍にいたもう一人の気配が炭治郎の方へ向かったことはハッキリと認識できる。

 閻魔刀の鯉口を切り、無造作に閻魔刀を抜刀する。その音でようやく鬼達がこちらへと視線を向けた。だが気づくのが遅すぎる。

 鬼達がバージルに気づいた瞬間には、バージルは右足を軸に上半身のバネを使って円を描くように閻魔刀を左に薙いでいた。

 けれど、閻魔刀の切っ先は鬼達の首にはわずかに届いていない。にもかかわらず、バージルはそれを気にするでもなくゆっくりと閻魔刀の切っ先を鞘へと納めていた。

 当然、そんなあからさまな隙を見逃すほど鬼達も馬鹿ではない。たった今まで怒りに染まっていたはずのその顔は、もう愉悦と蔑みによる笑みで一杯になっていた。

 

「ハッ! 馬鹿め!」

「当たってないんだよ!」

「ザンネンダッタナ!」

 

 今度こそ仕留める、仕留められる。その確信と共に鬼達が地を蹴りバージルに肉薄した。バージルはまだ納刀の動作中だ。居合をするにしても、鞘滑りで刀身を加速させるには僅かに足りないかと言えるくらいの納刀具合。

 獲った、どの鬼もそう思った。――バージルの言葉を聞くまでは。

 

「もう斬ったぞ」

『ッ!!?』

 

 チン、と閻魔刀の(はばき)*1と鞘がぶつかった流麗な音が辺りに響き渡る。

 その瞬間、まるで空間が切り裂かれたかのように閃き(時空裂閃)鬼達の首と体が真っ二つに分かれた。

 

「ガッ!?」

「ギッ!?」

「ゴバッ!?」

 

 一体何が起きたのか。それを理解する前に、鬼達の首と体はバージルを通り越して地面に叩きつけられた。

 鬼達の思考を満たすのは動揺、それから怒り。鬼である自分達が、日輪刀でもない刀を持った異国の男に負けるわけがない。なのにどうしてこんなことに。

 首と体が離れたところで、相手は日輪刀じゃない。だからすぐにでも体と首を繋げて、あの生意気な男を八つ裂きにしてやる。

 それが今の鬼達の頭の中を満たしている思考だった。だが、すぐに鬼達は思い知る。

 

「なっ!? か、からだが!?」

「く、崩れる……!?」

「キエル……イヤダ……!」

 

 何故だ、日輪刀でもないのにどうして。

 

「日輪刀とやらがどれ程のものかは知らないが」

 

 首を斬られ、体が炭のようにボロボロになって消えていく鬼を横目に髪を撫でつけながらバージルは口を開く。

 

「俺の閻魔刀に斬れぬものなど在りはしない」

 

 もし万が一そんなものが存在するとしたのなら、それはきっとダンテの持つ魔剣位だろう。

 断末魔を上げる鬼を尻目に、バージルは炭治郎が向かったお堂へ続く階段へと向かった。

 お堂の辺りから漂ってくる悪臭は先ほどよりやや弱まっているが、消えたわけではない。かといって炭治郎達の気配もまだ健在だ。

 どうやら、まともに戦う術もないのにちゃんと生き残れているらしい。中々どうしてしぶといではないか。

 そんなことを考えながらお堂へ続く階段に足を掛けた時、背後から殺気を感じた。

 

「やめておけ。老いぼれ風情がそんな殺気を剥き出しにして俺に斬りかかったところで、死体が一つ増えるだけだ」

「貴様……日輪刀も持たず鬼を殺していたな? ……何者だ?」

 

 視界の隅に刀身が青く染まった刀が見える。どうやら自分は刀を突きつけられているらしく、そして突き付けてきた老人は先ほどの鬼よりもはるかに強い。だが自分の相手にはならない。

 そう判断したから、バージルは何の気負いもない自然な動きで後ろを振り返った。後ろから声を掛けられたから振り向く。本当にそれくらいの雰囲気の動きだった。

 だが、相手の老人にとってはそうではなかったようだ。とっさに後ろに跳び、バージルから距離をとって刀を構えた。

 天狗の面をかぶった白髪の老人だ。その構えからは一切の隙を感じられない。あの冨岡義勇という青年にも勝るとも劣らない程、技を練り上げられていることが見て取れた。

 

「成程、貴様が鱗滝左近次だな?」

 

 バージルの問いかけに鱗滝は答えない。しかし、向こうもこちらのことは認識しているはずだ。義勇が手紙を書くと言っていたのだから。

 

「冨岡義勇から手紙が届いていると思うが?」

「……確かに、義勇から貴様のことは伝え聞いている。銀の髪に、大太刀を携えた異国の男が鬼殺の剣士になりたいという少年についているとな」

「ならばここで俺達が戦う理由はないだろう」

 

 バージルが小さく肩をすくめるが、鱗滝からの殺気は一向に収まらない。

 

「貴様からはおぞましい匂いがする。多くの人間の血を吸った匂いだ」

「ほう?」

 

 確かにバージルはユリゼンだった時にレッドグレイヴ市に住む大勢の人間から血を奪い、その血でできたクリフォトの実を食べ強大な力を得た。

 そういう意味では自分も先程斬り捨てた鬼と同じなのかもしれない。それが分かるとは、この老いぼれかなり鼻が利くようだ。

 

「それで、裏があると踏んだわけか。俺が鬼か何かだとでも思っているのか?」

「そうでなければその血生臭さ、説明がつかん……!」

 

 どうやら鬼はいてもこの地に悪魔はいないのかもしれない。鱗滝の言葉にそんな場違いな感想をバージルは抱いた。

 そもそも、悪魔は人間界にはあまり出てこれない。出て来れるとしても、魔界との境界があいまいなフォルトゥナ*2やマレット島*3にある虫や人形を依り代とすることでようやく現世に現れることができる。

 街一つ、都市一つ規模で悪魔が出て来れるのはそれこそテメンニグル*4、地獄門*5、クリフォト*6といった大規模な魔界に縁のある何かを人間界に召喚、運用でもしないと不可能だ。

 もしこの地でそんなことが起きているなら鬼殺どころではないだろう。となれば、もしかしたらこの地でバージルが満足できる戦いの相手はやはりダンテしかいないのかもしれない。

 

「一つだけ言っておくことがある」

 

 バージルの言葉に鱗滝はさらに身構えた。

 

「俺を鬼などという低俗なカス共と同じにするな」

 

 元々義勇の話を聞いた時からうっすらと感じてはいたが、やはり直に鬼を斬り捨ててからバージルのその思いはより強くなった。

 戦う力も術もない炭治郎にすら格が劣る奴らと同格に扱われるのは虫唾が走る。

 だが、鱗滝にはどうやらその意図は伝わらなかったらしい。体が硬くならない程度に肩を怒らせ、声を絞り出してきた。

 

「貴様……自分が鬼を超えた存在とでもいうつもりか?」

「鬼など相手にならん。あんな低俗な奴ら、俺の足元にも及ばないな」

 

 あんなのに比べれば炭治郎と禰豆子の方が伸びしろを感じる分余程マシだ。という言葉は言わなかった。

 そういう心の声が出て来たのは、きっとVであった頃に思い出した大切なもののおかげだろう。だが、それでも今ここにいるのはバージルだ。

 息子(ネロ)相手にすら『魔界化が進んだら勝負の妨げになる』という建前を言わないとネロの言うことを聞けなかったのに、赤の他人である炭治郎兄弟に対してそんな言葉を言うことが果たしてプライドの塊のバージルにできるだろうか。間違いなく無理である。

 しかし、この状況でそのめんどくささは仇になった。

 口にしなかった言葉は伝わらない。他者とコミュニケーションする上では当たり前のことだ。当然、炭治郎達に対するバージルの評価は鱗滝に伝わっていない。

 つまり、鱗滝からすればバージルは『自分は鬼をはるかに超えた生き物だ、人間など相手にならない』と豪語する相手に見えているという状態だった。

 鬼すら歯牙にかけぬほどの力を持った存在が、おぞましいほどの血の匂いを漂わせている。これで相手を警戒するなという方が無理な話だった。

 

「やはり貴様はここで止めねばならない……!」

 

 鱗滝からの殺気が一層膨れ上がった。だが、バージルにとっては炭治郎を鍛えるのであろう目の前の男を斬るわけにはいかない。

 面倒なことになった、と小さくため息をつきながらバージルも鱗滝へと視線を向ける。

 戦う気はないとはいえ、殺気を向けられれば自然とバージルの意識は研ぎ澄まされていく。

 研ぎ澄まされた意識の中、鱗滝の動きがより鮮明にバージルの目に映るようになった。呼吸、面の奥に隠されたであろう視線、手足のわずかな動き。

 そうして鱗滝の動きに集中していると、鱗滝が地面を蹴ろうと足に力を入れたのが分かった。

 来る。そう認識した時には人のソレにしては大きく、そして独特な呼吸の音がバージルの鼓膜を震わせた。

 

―全集中・水の呼吸―

 

 次の瞬間には鱗滝が刺突を繰り出してきていた。その速さは先ほどの鬼などまるで相手にならない程のスピードだ。

 

 漆ノ型 雫波紋突き

 

 炭治郎達と出会ったあの日、義勇が繰り出したものと遜色ないキレと速度のある刺突技だった。

 だが、焦るほどではない。

 バージルはその場から動くことなく鱗滝の繰り出す刺突を見極め、自分にあたる直前で相手の刀身に閻魔刀の柄をぶつける。

 

「ッ!!」

 

 凄まじい突進の勢いの乗った刺突のエネルギーがたったそれだけで明後日の方向へと流された。とっさに技を繋げる余裕がないほどの絶対的な隙が鱗滝に生まれる。

 だが、そんな隙を前にしてバージルが行ったのは一歩ずつ階段を後ろ向きで登ることだけだった。

 バージルにしてみれば鱗滝を傷つけることなく炭治郎達と合流するための判断だったのだが、鱗滝からすれば意味合いは全くの逆だった。

 

(これ以上、若者を犠牲にさせるわけにはいかん!)

 

―全集中・水の呼吸―

 拾ノ型 生生流転

 

 行かせてはいけない場所、この場で仕留めなければならない巨悪。であれば、繰り出すべきは最強の技!

 肺に入るだけのありったけの空気を体に取り込み、鱗滝は水の呼吸で最大の威力を持つ技を繰り出した。

 鱗滝が全身を使って刀を右に薙ぐ。さらにその勢いを使ってさらに斬撃を重ねていく。それらを防ぎ、捌き、かわしながらバージルは確かに見た。

 鱗滝の振るう刀に添うようにその(あぎと)でこちらを食いちぎらんとする龍の姿がそこにはあるのを。

 それは鱗滝が斬撃を重ねるほどに力強くハッキリとしたイメージとしてバージルの目に映り、それに比例して技の威力も二次曲線的に上がっていく。

 

「ほう……」

 

 これは中々どうして練り上げられた技ではないか。これほどの技であれば、先ほどの鬼共など数を揃えたとしても敵にはならないだろう。

 ただの人間が、悪魔との混血でもない老いぼれがこれほどの力と技を備えている。防御に使う閻魔刀を通じて伝わってくるその威力は、鬼に勝るとも劣らない……いや、もしかしたらそれ以上の膂力だ。

 この男に炭治郎を任せれば、あの小僧もこれほどまでの力が得られるというのだろうか。

 やはり斬るわけにはいかない。だが、少々興が乗ってきてしまった。これほどの技を練り上げた人間、果たしてどれほど自分に付いてこれる? 

 今なお威力が上がり続ける鱗滝の斬撃も、決して無敵というわけではない。バージルにとってはダンテの剣舞(ダンスマカブル)の方が余程激しく感じるくらいだ。

 しかし、その威力は目を見張るものがある。ここはひとつ、こちらもそれなりの技をぶつけてみようではないか。

 そう心に決め、バージルは地面を蹴って宙に舞う(トリックアップ)。動作としてはそれだけだが、その速度は常軌を逸していた。あの神速の刺突を繰り出してきた鱗滝でさえ一瞬バージルの姿を見失うほどの速度だ。

 それでも鱗滝は生生流転を止めることなく、すぐにバージルが宙に逃げたことに気が付きそのまま斬撃と共に突進してくる。

 だがバージルもその時には閻魔刀の柄に手をかけていた。

 

「ッ!?」

 

 鱗滝がこちらの動きに気が付いた。だがもう遅い。閻魔刀を抜刀し、鞘滑りの加速と自由落下による威力を上乗せした一振りが鱗滝の生生流転とぶつかり合う。

 だが、拮抗したのは一瞬だった。当然、勝ったのはバージルの技だ。

 流れ星が堕ちるがごとく勢いで地面に叩きつけられる鱗滝と、その轟音に驚く短刀を持った炭治郎の姿を眼下に見ながらバージルはそのまま着地する。

 

「ふむ、悪くない技だった。キレも威力も人間にしては良いものだな」

 

 閻魔刀を納刀しながら品定めをするかのように膝を付き、肩で息をする鱗滝を見下ろすバージルの顔にはほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。

 手加減をしたとはいえ、初めにバージルがそうしたようにこの老人は自らの技を使ってバージルの切っ先をそらすことでダメージを最小限に抑えていた。地面に叩きつけられた際に轟音がするほどあった勢いも、うまく受け身をとって負傷を最小限に抑えている。見事な対応と言えた。

 未だ状況を飲み込めず、呆然とする炭治郎にバージルは何事もなかったかのように言い放つ。

 

「炭治郎、アレが今日からお前に戦う術を教える鱗滝左近次だ」

「え”!? あっ、だ、大丈夫ですか!?」

 

 状況が呑み込めず、しかし恐ろしい勢いで地面に叩きつけられた鱗滝を心配した炭治郎は思わずそちらへと駆け出した。

 

「何をしている!!」

 

 だが、鱗滝の一喝に驚き炭治郎は足を止めた。

 

「え……?」

「お前は、まだ生きている鬼を放置して背を向けるのか!」

 

 鱗滝の言葉に炭治郎はハッとして後ろへ振り返る。バージルもそれに合わせて炭治郎の視線の先を見れば、そこには斧によって木に縫い合わされた首から腕の生えた鬼の姿がある。

 髪が絡まっている様子を見るに、炭治郎によって斧で首を斬り落とされたものの日輪刀による斬首ではなかった為死なずに反撃しようとしたんだろう。しかし炭治郎が斧を投げ捨てた結果あのような無様な姿になったのだと、バージルは推察した。正直どうでもよかったが。

 どうやら鬼の方は気を失っているようだ。炭治郎が上手くやったようには見えないが、まあ運がよかったのだろう。

 それはともかく、なおも鱗滝から自分に向けられる殺気に対してバージルは大きくため息をついた。炭治郎は既に気に縫い留められた鬼に意識を持っていかれている。

 やるなら今しかないだろう。ここで鱗滝からの誤解を解いておかなければ、今後の自分の動きにも悪影響が出かねない。

 バージルは幻影剣を二本射出する。一本を鱗滝の足元に、もう一本を木の生い茂った茂みの奥の方へ無造作に。

 次の瞬間にはバージルは鱗滝の目の前へと瞬間移動(エアトリック)をしていた。

 

「ッ!?」

「黙ってこっちに来い」

 

 驚き息を呑む鱗滝にそれだけ告げて、鱗滝の胸元を掴み今度は茂みの奥へと射出した幻影剣をマーカーに再度瞬間移動(エアトリック)

 マーカーにした幻影剣のもとにたどり着くと同時に、バージルは鱗滝をつかんでいた手を放す。

 さしもの鱗滝も突然の出来事に対応できず、その場に尻もちをついた。

 

「ここならあの小僧に俺達の声は聞こえまい」

「貴様ッ……!」

 

 尻もちをついた状態であったというのに、機敏な動きで鱗滝はバージルから距離を取る。

 そんな鱗滝に対し、バージルはまたも無造作に閻魔刀を地面に鞘ごと突き刺した。

 一体何のつもりか、と鱗滝が身構える。そんな彼を前にバージルは閻魔刀から距離を取って、腕を組みながら手ごろなところにあった木に寄りかかった。

 

「……何のつもりだ」

「さっきも言っただろう。俺達が戦う理由はない、と」

「そんな言葉が信用できるものか! 貴様は、あの子に何をするつもりだ!」

 

 なおも濃い殺気を飛ばし続ける鱗滝にバージルはやれやれと首を振った。仕方があるまい、言ったところで信じてもらえるかは怪しいが自分の目的を語るしかないだろう。

 

「俺は炭治郎と禰豆子が何を為すのか。それを確かめるためにあの二人についてきた」

「……言っている意味が分からんな」

 

 だろうな、とバージルは肩をすくめながら鱗滝に問いかけた。

 

「お前は鬼と人間、どちらが強いと思う?」

 

 バージルの質問に鱗滝の殺気がわずかに薄れる。だが、構えはまだ解いていない。

 

「……人間だ」

 

 それでも、鱗滝の口から語られたのは迷いなき言葉だった。それに対し、バージルは小さく頷く。

 

「そうだ。さっき俺が斬り捨てたあのような低俗な獣に比べれば、お前たち人間の方が恐らく強い」

「…………」

 

 バージルの言葉を飲み込めないのか、天狗の面の奥にある鱗滝の視線がわずかに揺らいだ。

 

「だが、それでも戦いとなればお前たち人間の方が確実に弱いだろう。特に1対1の戦いとなればな。だがお前たち人間は鬼に持っていないものがある」

「……それがあるから、貴様は人間の方が鬼より強いというのか」

 

 鱗滝の言葉に、バージルはゆっくりと目を閉じた。何故なら、その問いの答えはバージルですら知らないからだ。

 目を閉じて、ここまでにあった出来事を思い返す。テメンニグルでの喧嘩、マレット島での対決、クリフォトでの決戦。そして炭治郎と禰豆子。

 果たして、本当にあの二人の子供について行けば答えを知ることができるのか。誰かを想う気持ち。大切なものを失うまいと足搔くための原動力。(家族)はそれを愛と呼んだ。

 だが、自分に愛は分からない。それでも、そこに己がもっと強くなる為の答えがあるのなら。

 バージルはゆっくりと目を開け、鱗滝をまっすぐと見据える。

 

「分からん。だからあの二人についてきた。本当に、鬼にはないソレを持ったお前たち人間の方が強いのかどうか。それを知るために」

「…………その話を、わしに信じろというのか」

 

 相変わらず警戒を緩めない鱗滝を、けれどバージルは鼻で笑う。

 

「別に信じろとは言わん。信じられないのならもう一戦ここでやるだけだ。……最も、その場合老いぼれが一人無駄死にするだけだがな」

「…………分かった。全てを信じるわけにはいかないが、刃は収めよう」

 

 そういって、鱗滝は殺気を霧散させ刀を収めた。流石に彼我の実力差もわきまえず刺し違えようとしてくるほど馬鹿ではないらしい。

 

「だが、少しでもおかしなことをしようとすればその時は……」

「好きにすれば良い」

 

 鱗滝の言葉にそう返しながら、バージルは地面に突き刺していた閻魔刀を回収する。ふと東の方を見れば、空は白みがかってきていた。どうやら夜明けが近いようだ。

 炭治郎は大丈夫だろうか。弱いが、なかなかにしぶとい小僧だから死にはしていないだろうか。

 そんなことを考えながら、バージルは来た道を戻り始めた。鱗滝が後ろからついてくる。特に寝首をかこうといった意識はないのが気配で伝わってきた。

 全く面倒だった。そんなことを考えながらお堂の前までバージルが戻ってきたとき、ちょうど気に縫い留められていた鬼が日光に当てられボロボロになって消えていくのを炭治郎が目の当たりにしているところだった。

 どうやらこの小僧は最後まで鬼にトドメをさせなかったらしい。この様子では鬼を相手に戦えるようになるまでどれ程かかることやら。

 鱗滝に頬をひっぱたかれ、鬼になった妹を連れるということについて説教される炭治郎を横目にバージルは空を見上げた。

 これからの旅は今までと違ったものになるだろう。ただ戦う力を求めた過去の旅とは違う。今度の旅は、人間の強さを知る旅だ。

 これを知ることが出来れば、ダンテにも勝ち越せるだろうか。名実ともに弟より全てにおいて優れている兄となれるだろうか。

 

もっと力を……!(I Need More Power)

 

 炭治郎にも、鱗滝にも聞こえないだろう小さな声でバージルは呟いた。

 家族を失ったあの日から今に至るまで、変わることのない魂の叫び。本当の強さ……人間の持つ強さの欠片を知った今でも魂は変わらずそう叫んでいる。

 それがバージルという()()なのだ。死ぬまでこれが変わることはないだろう。

 それでも、今バージルはこれからの旅路に僅かな期待を寄せていた。この旅で、きっと自分はもっと強くなれる。そんな期待を。

 見ていろダンテ、次に会う時お前は素直に負けを認めたくなるだろう。

 そんなことを考えて、バージルは唇の端をわずかに吊り上げながら、話が終わってお堂を出発した鱗滝と炭治郎の後を追い始めた。

 

*1
鯉口を切ると見える刀身と鍔の間に見える金具部分

*2
DMC4の舞台となった街。ネロとその恋人キリエの故郷

*3
初代DMCの舞台となった無人島。ダンテとバージルの母を殺し、バージルをネロ・アンジェロに改造した張本人である魔帝ムンドゥスが拠点にしていた

*4
DMC3でバージルが魔界に向かう為の手段として呼び出した古代遺跡。長きにわたる兄弟戦争の始まりの地でもある。

*5
フォルトゥナに存在した魔界と人間界を繋ぐ石板。最終的にダンテによって全て破壊されている

*6
力を求めたユリゼンが禁断の果実を手に入れるためにレッドグレイヴ市に出現させた魔界の大樹。最終的にダンテ&バージルによって根元から切除された




年明けくらいから急激にお気に入りとか評価が爆増しまして、正直びっくりしております。
年末まではニート生活してたんですが、年明けてからは新しい仕事が始まっていて体力的に執筆する余裕がありませんでした。
感想もちらほらいただいており、返信は出来てませんが読んではいます。
ありがとうございます。

更新はまああらすじに書いてある通り不定期亀更新がデフォだと思っていただければとは思いますが、思ったより反響があるらしいのでまあ頑張って更新はしていきたいと思いますので、今年もどうぞよろしくお願いします

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