ハリーポッターと忘却のハルピュイア   作:カネナリ

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彼は音もなく扉を閉めた

彼は不機嫌なようで眉を寄せてしかめっ面になっている

彼の記憶の中には優しい母の姿しかない

汚濁にまみれた姿で彼の輝かしい記憶を汚さないでほしい

 

彼は廊下の先を見た

曲がり角からひょっこりと彼女が顔を覗かしている

不安げで恐る恐る見てくるその姿はまるで初めて家にやって来た猫のようだ

 

そんな彼女の姿を見た彼は表情を和らげ彼女の元に歩いていき大広間に行こうと誘った

いつものように彼女と手を繋いで歩いていく

この行動も慣れてきたものだ

 

「本当に良いのでしょうか。マクゴナガル先生を一人にして」

 

彼女がマクゴナガル教授の心配をしている

つい先程拒絶されたのにめげないものだ

 

「いいや、あんな様態で一人にするのは良くないことだ」

 

あのようなものを夢に見るほどの深いトラウマは独りにすればするほど深刻化していく

より明瞭に、より複雑になっていく

その治療は困難を極めるだろう

 

「な、なら尚更一緒に居てあげませんと」

 

彼女の言う通りだ

トラウマというものは人と人が寄り添い合うことで消えていくものだ

だがその人というものが問題だ

 

「それは僕らではない」

 

彼とマクゴナガル教授の関係は教師と生徒だ

特別な間柄などではない

 

「僕らはたくさんいる生徒の中の一人でしかない」

 

彼はマクゴナガル教授が左手の薬指に指輪を嵌めていることを知っている

 

「僕らが寄り添ったところで意味はない」

 

夫という親しい人物が存在するのにトラウマを克服できていない

なれば一介の生徒でしかない彼にトラウマを癒すなど不可能だ

 

「…レンくん…もしかして、怒ってますか?」

 

彼は歩みを止めた

突然の問い掛けに彼は体を硬直させた

それはどうしようもない程分かりやすい反応であった

 

「…そうかもね」

 

彼は歩みを再開した

彼は人への悪感情というものを彼女に言われて初めて自覚した

彼が抱いた感情は怒り以外にもあったが彼女にわざわざ伝えるようなものではない

 

彼はその感情を二度と出てこないよう心の奥底に仕舞い込んだ

彼は無意識に歩みを速くした

 

彼と彼女は黙って静かな廊下を歩いていく

二つの足音が響く

もう一度角を曲がると階段につながる扉が見えた

しかし彼はそれを通りすぎてしまった

 

「あの、階段ありましたよ?」

 

彼女が彼の手を引いて立ち止まらせた

彼は振り向こうともしない

 

「いや、もう少し先さ」

 

彼はそう言いまた歩みを再開した

そこから少し歩いて一つの扉の前で立ち止まった

そこは彼女にも見覚えのある場所であった

 

「ここって…」

 

「医務室だよ」

 

彼は無遠慮に扉を開け彼女の手を離して中に入っていってしまった

仕事をしている女医さんを捕まえてマクゴナガル教授のことを話している

 

「ああそうですか、またなって仕舞いましたか。最近は無かったのですがねぇ。報告してくれてありがとうございます。後は私が対処しますので心配しないでください」

 

彼は女医に礼をして医務室から退出した

これで彼女も安心して明日に臨めるだろう

いらぬ心配は抱えない方が良い

 

「これで良いんだ。これで…」

 

発見者としての責務は全うした

もはやこれ以上あれと関わることはないだろう

彼はその事に一抹の罪悪感が芽生えたが気にせず大広間に向かった

 

彼女はなにも言わずに彼の後に着いていった

彼は彼女が生暖かい目で見ていることを自覚しながらも振り向くことはしなかった

彼も相応に照れ屋であるのだから

 

大広間に着いた

既に食べ終わったのか大抵の生徒は談笑している

夕食のメニューはプディング料理にデザートの糖蜜パイだ

 

彼と彼女は席に着き無言で食べ始めた

彼は拗ねているんだか拗ねてないんだかよく分からない雰囲気を醸し出している

彼女はそんな彼を知ってか知らずかニコニコしながら食べている

 

彼にいつもの調子はない

彼女に心中を言い当てられたのがそんなに恥ずかしいのだろうか

うじうじしている様は年相応だが

 

妙に味のしないプディングで腹を満たした彼は彼女が食べ終わるまで待つことにした

隣の彼女はプディングを美味しそうに食べている

彼はなんとも幸せそうにしている彼女のことが恨めしくなったので指で肩をツンツンとつついた

 

彼女は口をモゴモゴしながら彼に顔を向けてにこーと笑いかけた

そんなもの屁でもないと言わんばかりの態度は彼を更にいらっとさせた

 

彼女は自分の皿に取り分けたプディングをナイフとフォークを使って行儀よく食べている

その流麗なる所作から育ちのよさが垣間見えるのは言うまでもない

 

ちなみに彼は所作など知ったことかとフォークをぶっ刺してそのままパクついた

召し使いか居ないからといって外聞は気にした方が良いのでは

 

そんな彼は彼女を見ていると何かに負けた気がしたので明日からちゃんと行儀よく食べることにした

 

彼が糖蜜パイをちょこちょこ摘まんでいると彼女が食べ終わった

 

「お待たせしました。それでは寮に戻りましょうか」

 

彼はちょっとムスっとした顔で了承した

しぶしぶといった動きで席をはずした

そんな彼に笑いかけた彼女は彼の手をとった

 

「ほら、行きましょうレンくん」

 

その姿は今朝の焼き増しのようであった

楽しそうに引っ張る彼女と不服そうな彼

立場が逆転しているのはご愛嬌だ

 

元気よく大広間から出たのは良いが彼女はまだ道を覚えきれていない

そこまで複雑ではないが今日は色々とあった

忘れてしまうのも無理はない

 

先導者は敢えなく交代した

間違えることは仕方のないことなので彼は彼女に薄ら笑いを向けることしかできない

 

「ち、違うんです。道はもう覚えているんです。でもちょっとうろ覚えでして、その、うぅ、レンくんのいじわるぅ」

 

彼女を見て溜飲を下げている彼はクズ野郎だ

 

そんな一幕はさておき彼らは塔に入り寮へと続く扉の前で立ち止まった

 

「………」

 

ドアノッカーの鷹は黙してびくともしない

いつもの問い掛けはどうしたのだろうか

彼がドアノブをガチャガチャしていると彼女が彼の肩から顔をひょっこりと覗かせた

 

「問おう、ある屋敷の一室において一人の女性が殺された。女は左手に生きる屍の水薬の空き瓶を握り、ベッドの上で冷たくなっていた。窓もドアも鍵がかかっており、魔法が使われた形跡もなかった。さて、この女の死因は自殺か、それとも他殺か?」

 

鷹が流暢に喋りだした

その時間差は問題を考えていたのだろうか

そこまで吟味しなくて良いんじゃないかな

しかも前回の問いかけと随分と毛色が違っている

 

これは何百回と問答を繰り広げる生徒達を飽きさせないという鷹による粋な計らいのようだ

通算二回目の彼と彼女にしても意味はないというのに

 

生きる屍の水薬は強力な睡眠薬だ

少量だけでも深い眠りにつかせるそれは大量に摂取すると昏睡状態に陥らせやがて死に至る

その女性は空き瓶を握っているが殺した人が握らせた可能性もある

これだけでは自殺か他殺か判断できない

 

窓やドアは鍵がかかっていて魔法が使われた形跡はないとある

だが魔法を使わずに鍵を開ける方法なんて幾らでもある

閉める方法も言わずもなが

これでは自殺か他殺か判断できない

 

そもそも情報が少なすぎる

これだけで答えろとかドアノッカーは鬼畜のようだ

 

彼が分からずに唸っている疑問符を浮かべていた彼女が確認するように尋ねてきた

 

「あれ?"女性が殺された"なら他殺ですよね?」

 

「正解だ、入って良いぞ」

 

斯くして彼を悩ませた問題は解かれた

閉ざされた道は穏やかに開かれる

その先にはきっと輝かしい未来が待っているだろう

 

「なんだか変ですね。問題の中に答えが入っているなんて」

 

彼女は彼に笑いかけながらそう言った

人はそれをなぞなぞと呼ぶ

序盤に答えを出しておいてそれを後の情報で悟らせないという手法は良くあるものだ

 

しかし彼にそんなものを知る機会なんてない

彼はドアノッカーを恨んだ

恨むのならなぞなぞの本どころか哲学書すらない屋敷の書庫を恨むべきだ

 

「…リラちゃん」

 

「はい、何ですかレンくん」

 

うふふと彼に笑いかけている彼女の名を呼んだ

彼は今のやり取りカップルみたいだと思いながら心情を吐露した

 

「僕、こういうの苦手かも」

 

彼にはなぞなぞを出されると何時間も悩み続けるという自信がある

目先の情報に飛び付いて視野を狭くしてしまう彼は根本的に向いていないであろう

頭が固いとも言う

 

「なら、私が頑張らないといけませんね!」

 

彼女は気合いをいれている

どうやらなぞなぞ系は彼女が答えてくれるらしい

それは彼と一緒に行動する前提で言っているのだろうか

彼はそうだと嬉しいなと思いながら彼女に礼を述べた

 

彼は談話室に入った

振り子時計の短針は8を指し示している

談笑している生徒の中にはパジャマ姿の人も居る

 

「それじゃあ、僕はシャワーを浴びてくるよ。また後でね」

 

「はい、また後で」

 

彼は自室に入った

ベッドの上には朝と変わらずにフィッグスが寛いでいる

彼はフィッグスを一撫でしベッドにトランクを置いて魔法を解いた

ローブを脱いでハンガーにかけてクローゼットに仕舞った

 

クローゼットの中にはハンガー以外に上下のパジャマがあった

紺を基準として縦に赤いラインが走っている

胸辺りにレイブンクローのシンボルがあつらえている

 

ホグワーツからの支給品のようだ

これを着て寝ろということか

だが残念なことに彼はパジャマぐらい持ち合わせている

これを着る機会は巡ってこなさそうだ

結構ダサいし

 

彼はトランクから寝服一式を取り出しシャワールームへ向かった

 




プディングってデザートのプリンだけじゃないんだって
イギリスでは主食の一つなんだって
そもそも私はプディングとプリンは別物と思っていたぞ

各寮のパジャマは画像検索すると出てきます
まあ、うん、あんまり着たくはないかな

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