現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。 作:五月時雨
願わくば、それが互いの重荷を外せる、良い友人関係とならんことを。
(いつもより気取ってますが、願いは一つ。ミィとハクヨウちゃんに仲良くなってほしいだけ)
ハクヨウはこれまで、スキルに頼った戦い方をしてきた。
それは、その方が効率的であること。
状態異常を確実にかけられること。
そして、それで十分すぎる成果を得られてきたことに起因する。
ハクヨウの速すぎる移動速度は何者にも捉えられず、高すぎる攻撃力は一撃で敵を倒すことができた。
多少数が多いだけならば、【手裏剣術】で動きを止め、一度の苦無で止められなかった数体程度なら、スキルでどうにでもなった。
しかし。
スキルを使わないハクヨウのダメージ量は、それほど高くないのである。
正確にはハクヨウが武器の扱いに慣れていないため、きちんとダメージを与えられないのだ。
【鬼神の牙刀】を振っても、最後まで振り切れず、苦無で確実に狙い撃つには、今回は数が多すぎた。
それでも、かなりのものだろうとは思う。
【大立ち回り】によってダメージ量が上がっているのも、勝機の一つだ。
それでも、尚。
今の状況は不利であった。
【手裏剣術】では対応しきれずに押し切られることが確実で。
スキルの僅かな硬直を狙われる可能性もあり。
一撃で倒せるほど武器の扱いが得意でもない。
けれど。
ハクヨウには、今ならば使えるかもしれない、切り札があった。
「ふぅ……」
息を吐き、色褪せた世界でオークを見る。
そこにはやはり、白と黒の世界しかなくて。
けど。だからこそ。
唯一、オークの首に見える赤い線は、とてもとても、鮮やかだった。
「【跳躍】」
女性プレイヤーのMPがゆっくりと回復しているのを横目に、まだ戦線復帰にはかかるだろうと判断。地を蹴り、オークに高速で接近する。
その速度は、オークにとってはもはや亜音速。
ハクヨウにとっては、小走り程度。十倍に加速された思考の中で、自分以外はものすごく遅い。止まって見える。
自分もまた、かなり遅くなっているけれど。
それでも、他のみんなよりは早く動ける。
だから―――
「その首、貰い受け、るっ」
ゆっくりと、正確に。
しっかりと、確実に。
オークの首に見える、死の因果を強引に引き寄せるその線に、刃を添わせた。
◇◆◇◆◇◆
オークたちの首が飛んだ。
それを理解したのは、数秒の後に周辺から粒子が立ち上ってからだった。
流石に、もうだめだと思った。
一度は白い女の子の協力もあってオークの群れを吹き飛ばしたけど。
それでも、私のMPが切れ、女の子も敵を止める手段が無くなったのか立ち尽くす。
MP回復ポーションを使っても遅々として戻らず、左右もオークに囲まれた。
女の子には感謝してる。
私一人では、もっと早くやられていたから。
けれど、もう仕方ない。
この物量には勝てない。
だから、貴女だけでも逃げてほしい。
そう思ってた。
なのに。
「なに、それ……」
一瞬、女の子の体がブレたと思ったら、次の瞬間には変わらずその場に立っていた。
ただ視界の端の変化は劇的で。
この時だけ世界がスローモーションに見えた。
私達を取り囲んだオークたちの首が宙を舞い、その中央に静かに佇む白い女の子。
通常、倒したらすぐに粒子に変わるのに、首が飛んだオークは、少し時間を置いてから粒子に変じた。
訳がわからない。
理解できない。
この強さは何なんだ。
何をどうしたら、一瞬で全方位にいた何十ものモンスターを斬り倒せる。
次元が違う。
私より年下に見える小柄な女の子。
声の感じから、男の子って感じではなかったけど、フードのせいで顔は見えない。
でも、私なんかよりも圧倒的に強い実力者。
強いスキルを手に入れて、揚々と最前線に飛び込んだ鼻っ柱を思いっきりへし折られた気分。
その後も何度も姿がブレ、次の瞬間には、遠くにいたオークの首が飛ぶ。
何だその速度は。人間が出していい速度じゃないだろうが。
まともに操れる速度じゃないだろうが。
もはや視認なんてできない。
動き出しが見えたと思ったら、次の瞬間にはもう終わってる。
人智を超えた速度。
人間の認識限界なんてとうの昔に過ぎ去り、聞こえるのは地を蹴った音と、もう一つ別の破裂音。
それで分かる。彼女は、音速を飛び越えるほどにAGIのステータスが高いのだと。
ゲームだからこそ、その身一つでソニックブームを発生させるまでになったのだと。
わずか五分。
私と共闘したのは、その内一分未満。ほとんど彼女一人で蹂躙し、私なんかよりもたくさんのオークを倒した女の子。
コロニーからは大分離れたけど、それでも100近かったオークたちを、殆ど一人で殲滅せしめたその実力。
あまりの実力に、これが最前線かと。
これが、本当のトッププレイヤーなのかと憧憬する。魔法使いに憧れてこのビルドにしたけれど、彼女のような圧倒的な戦闘力が眩しかった。
正直に言って、嫉妬した。
だけど。助けてもらったのは、事実だから。
刀を鞘に収め、小さく息を吐いてその場にへたり込むその背中に、ちゃんと感謝を伝えたかった。
「今回は助かった。礼を言う」
は、恥ずかしくて、素で話せないけど……っ!
◆◇◆◇◆◇
なんとか、上手く行った。そう、安堵のため息を吐く。
今までは戦闘中に使うことができなかった【首狩り】も、【瞬光】発動中であれば敵がゆっくりになるため、自らの剣をしっかりと添わせることができたハクヨウは、体感五十分もの長い時間をかけて、しっかりと一体一体に【首狩り】をして即死を与えた。
最初は確実に倒すための手段だったが、時間が立つに連れて段々と趣旨が変わり、【首狩り】の練習をし始めたハクヨウは、【瞬光】状態であれば【首狩り】を確実に扱えるほどにまで精度を高めることができた。
そんなハクヨウに、後ろから声がかかった。
「今回は助かった。礼を言う」
……誰だろう、この人。
ハクヨウは、本気でそう思った。
何せ、最初の『うにゃぁぁぁぁあああ』やら『なになになに!?』の印象が強いのだ。しかも涙目で。目をぐるぐるさせて。
こんな凛々しい感じの人は知らない。
こんなカリスマ溢れる大人の女性は知らない。
赤い髪に赤い装備、赤いマントを靡かせるその姿は、王者の貫禄すらある。
誰だこの人。
パニック涙目の女性はどこ行った。と、ハクヨウは真面目に首を傾げた。
「あの……?えっ、と?」
「む?なんだ?生憎と礼をしたいが、今は持ち合わせがなくてな……」
ホント、誰だろうこの人。そんな思いが頭の中をぐーるぐる。
絞り出した返答は。
「え、と。それ、疲れません、か?」
その一言だけだった。
「なっ……なんの事だ?」
「その、私、も。似たようなことする、ので。分かりま、す。さっきみたい、に。普通で、お願いしま、す」
キリッとした雰囲気は、それはそれで格好良いのだが、学校で気丈に振る舞っているハクヨウには分かるのだ。それが、いかに疲れることなのか。
いや。
昔は意識したことなどなかった。
それが普通だったから。ずっと昔から、行ってきたことだから。
誰にも心配させまいと。
自分は、大丈夫だと。
取り繕って、抑え込んで。
自分の気持ちに蓋をして。
けれど。
「気づいた、から。それが、疲れるってこと。
素直に、こうやって。
普段通りがとっても、気楽ってこと。だから」
それ、やめて、ください。
小さく。けれど、ハッキリと。
カリスマ性を発揮していた女性にそう伝える。
自分は、やっぱり本当の願いに蓋なんてできなかったから。
本当の願いを隠しているのに、
本当の自分がこんなに弱くて。
不安でいっぱいで。
ぽつぽつと話すのも、本当は恥ずかしいからだ。慣れない人と話すのが。
願いはある。思いもある。
だけど、それを現実で言えなかったのは、たくさんたくさん取り繕ったけれど、気付いてしまったら隠せない。
だけど。それでも。
それを全部、知ってしまったから。
この人だって、きっとそう。
思いは違う。
考えてることも、きっと違う。
だけど。
「恥ずかしく、ても。
弱くて、も。
自信が、無くても。
取り、繕って。
格好つけ、て。
演技で、疲れる、より。
『本当の自分』で、いる方が。
ずっとずっと……楽しい、よ?」
「―――っ」
◇◆◇◆◇◆
「行っ、ちゃった……」
お互い自己紹介すらできず、用事を思い出したと急いでログアウトした女性の姿を思い出して、少し悲しくなる。
「名前くらい、聞いとけば、よかった……」
自分と似ているようで、似ていない彼女。
ゲームでは取り繕うのを辞めた自分と、ゲームで取り繕う彼女。
「そもそ、も。私が言うの、が、お門違い、だったよ、ね……」
人に演技をやめろと言った自分が、親友に取り繕うのを辞められないのだ。ならば、彼女にそれを願う資格など、自分に有りはしないだろう。
けれど、やはり怖いのだから仕方ない。
本当の自分はこんなだから。
本当の願いを、ゲームに託す臆病者だから。
願いの叶う
その願いを現実で誰かに言ってしまうことが。
その人に、悲しい思いをさせてしまうから。
なのに。
隠し通していたいのに。
この世界に、その願いを持ち込んだなんて、愚かとしか言いようがない。
「『本当の自分』でいる方が、ずっとずっと楽しい……」
自分で言って、自分に嘲笑してしまう。
こんな私に、それを言う資格など、有りはしないというのに。
言い出せない。言うつもりもない。
もし。
理沙と楓がこの世界に来たら。
私はどうなるだろう。
この世界を本当に楽しむ私は、二人にどう映るのだろう。
二人とも優しいから。
だから、想像ができてしまう。
『本当の私』なんて、そんなもの――。
それを考えるだけで、手足が震えてくる。
愚かしくも、『足が震える』ことにすら歓喜している自分に気付き、嫌気がする。
「まるで……」
そう。まるで。
―――本当に、
「ようハクヨウ。しばらくぶりだな」
その明るい声が、私を掬い上げた。
「クロ、ム……?あれ、私……ここ、街?」
気付いたら、最前線にいたはずが、噴水広場に戻ってきていた。
どれだけの間、呆然としていたのかをありありと自覚させられ、恥ずかしくなる。
「ふらふら歩いてるのが見えたから声かけたんだが……どうかしたか?」
「なん、でもない」
これは、私の問題だから。
本当の願いを親友に知られるのが怖くて、親友の悲しい顔が見たくなくて、隠し通したいってだけのエゴだから。
気付いてしまったら自らの愚かさに、自己嫌悪しているだけだから。
だから、今は放って置いてほしかった。
なのに。
「何でもないって風には見えないんだよなぁ……はぁ。ちょっと来い」
「え……?は、なしてっ。クロムっ」
「離さん。黙って付いてこい」
手首を掴まれ、逃げ出すこともできずに連れて行かれる。
これじゃ、子どもを誘拐する大人の図だ。クロムに悪い噂が立ってしまう。
だけど、私の
けど、この先に何があるかは知ってる。
時々、クロムと一緒に行った喫茶店。
そこに行く道を一直線に進んでいるから。
程なくして、喫茶店についた。
中に入れば、場所が隠れているだけありプレイヤーの姿はなく、コーヒーの香りが店内に立ち込めている、はず。
それすら今は感じ取るだけの余裕もなく、ただただ、クロムに捕まったがままにいつもの席についた。
「……なん、で」
「あ?なにが?」
「なんで。何でも、ない……言った」
「言われたな。けど、んな泣きそうな顔されてちゃ、曲がりなりにもパーティー組んでんだから放っておけないだろ」
フードを被ってるから、身長差的にも顔は見えないはずなのに。
「クロムに、は。関係ない」
「だろうな。気にはなるが、問い詰めるつもりもない」
「なら……っ!」
「が。明日一緒に探索する奴が辛気臭い顔してると、こっちまで気が滅入る。問い詰めるつもりはないが、話したいことがあれば聞くぜ」
話なんて無いと言っているのに、私の内面に踏み込んだとでも言うのだろうか、この男は。
私の現実のことを知らないクロム。だからこそ、私も私を隠さずにいることができた。気遣う必要もなく、向こうも私を普通に見てくれた。
それが、すっごく嬉しかった。
だけど。
「……なら、尚の事放っておいて」
「おい……なんでそうなる?」
もう、私の目はこの人を映さない。
理沙と楓にゲームをしているとバレて、あの女の人に言ったことで、自覚してしまったから。
自分の気持ちを、隠すなんてできないと。
もし二人がNWOを始めれば、必ずバレてしまう。私の願いに。思いに。
二人には、私がリハビリに通うのが惰性だと言っている。完全に筋肉が硬直し、絶対に動かなくなるということを避けるためだけに通っているのだと、そう
けれど。
「自覚して、嫌悪して、叶わないと知っていても。それでも望んだ願いを
……ただ、それだけだから」
隠して繕って覆い被せて、気丈な自分を作り上げて。それが自分なんだと言えるくらい、素の自分と同じくらいもうそれは
でもこの世界に来たことで、本当の私というものを、自覚してしまった。
この世界なら、私は
「その事に絶望なんてしてないし、とっくの昔に受け入れてる」
だからこうして、嘘をつく。
手を伸ばしただけじゃ、絶対に届かない。
それは、お医者さんにも
夢を見て、思い描いて。
それでも知られたくないとひた隠した。
隠すそれを知られることに恐怖した。
諦めず足掻いたって、届かないことはある。
努力は無駄にならないと言うけれど。
私の願いは。思いは届かない。
それを持ち込んで、夢に浸って。
楽しくて楽しくて。
悲しくて悲しくて。
叶わない現実で。
叶う理想と……
……普通の皆に、嫉妬した。
願いを知られるのが怖いくせに、夢を捨てきれずこんな場所に持ち込んだ。
愚かしい自分に吐き気がする。
知られた時、自分から人の同情を買おうとしてるのだから。
今更気付いた己の馬鹿さ加減にイライラする。
何でもできる
それでも抜け出せない天国みたいな夢なんだ。
「だから、貴方にも知られたくない。
この願いだけは。この夢だけは。
誰にも相談、したくないんだよ。
お願いだから。……放っておいて」
そして本当の私を
きっと痛ましいような……悲しい
―――大丈夫。
明日には、ちゃんと
いつだって、願いは変わらなかった。
けれど、この世界に来て、気付いてしまった。
自分がこの世界に持ち込んだ願いの愚かさに。
届かないと諦めた夢を見て、夢を抱いて溺死したくなる。
けれど、ゲームという夢は必ず覚め、彼女に現実を突きつける。
その繰り返しは、気付かぬ内に彼女に気付かせてしまった。
気丈に振る舞う
どっちも望月九曜。だけど、親友にはハクヨウが、クロムには九曜が知られたくない板挟み。
自覚してしまったら、隠すなんてできない。どっちが良いかなんて選べない。
なぜなら九曜を否定してしまったら、これまでの過去も、親友と過ごしてきた全ても否定する。
ハクヨウを否定したら、この心からの楽しいと思う感情も、クロムとの探険も否定する。
名は体を表すと言うけれど、
彼女はその典型だ。
七曜から外れた2つが『日食・月食』にまつわるように、一度は
されど、それは
夢から覚めて、現実を直視する。
初めの頃に抱え、気付かなかった矛盾。
気付いた、本当の自分。
気付いた、仮面をつけた現実。
それが演技だと、認めたくなかった。
届かない願いの夢を見るのは。全てが叶う夢を見るのは、天国みたいだった。
打ち明けるか、隠し通すか。
その答えは、まだ出ない。
(4/30にPS特化。5/2に次話を投稿しますよ)