現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。   作:五月時雨

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 速度特化は、どうしてもストーリーが進まない。というのも、色んなキャラクターに出会わせたいけど、皆未来のトッププレイヤーだから、出会い方もテンプレになりつつあって、バリエーションを考えるのが大変。
 まぁ、それも楽しんでますがね。
 今日は、この人!

 


九曜の現実

 

 両手で手摺りを握り、全体重を腕で支える。

 

「ぅ……くっ」

 

 半ば宙ぶらりんとしか言えない脚を地につけ、少しだけ体重を乗せれば、まだ神経の繋がっている膝上に多大な負荷がかかった。

 長年、何度も味わってきた激痛は、けれど慣れることなどありはしない。

 それでも、前へ。

 九割方の体重は腕で支えているので、まだできる。まだ、やれるから。

 

「ん、ぅあ―――っ」

 

 何とか動かせる腿を持ち上げて、もう一歩。

 少しでも、前へ。

 手摺りの終わり口。

 僅か五メートルが呆れるほど遠い。

 向こうなら軽くジャンプすれば、(まばた)きの間に辿り着く距離なのに。

 私の身体は、こんなにも重い。

 

「は、ぁ……っ!」

 

 少しずつ、前へ。

 これがどれだけ苦痛でも。

 これがどれだけ辛くても。

 これがどれだけ無意味でも。

 

 歩けない体を必死に動かして、()()を止めたくないから。

 

 だから。

 

 

 

 

「はい。お疲れ様、九曜ちゃん」

「はぁ……はぁ……っ。は、い。美紗さん」

 

 

 二十分もの時間を要して、その距離を何とか渡りきった所で、声がかかった。

 昔から続けてきた事だから、ちょっとやそっとではこの人も動じないし、手助け無用だと理解してるから。

 

「いつも通りストレッチと、マッサージをしましょうか」

「ふぅ……んっ。うん。お願、い」

 

 この人には、気丈に振る舞う必要もない。

 初めて会ったその日から、こうして私にずっと付いてくれる美紗さんは、私にとって姉のような存在だし、プライベートでは美紗さんも私を妹のように扱う。

 ……リハビリ(仕事)の時は結構なスパルタだけど。

 

「リハビリの経過、聞きたいですか?」

「別に、いい。どうせ、変化なし、でしょ?」

「まぁそうなんですけど……それにしても、何時もサッパリしてますね」

「そ、う?……でも、無意味なこと、聞く方が、無意味」

「はぁ……」

 

 十年。

 本当はやる必要のないリハビリを十年やり続けて、回復の兆しは終ぞ見えなかった。だから、無意味で無価値で、無為な時間。

 筋肉が完全に固まるのを防ぐためと言い続け、前任のトレーナーさんの言葉を聞かずに過酷なリハビリを強いてきた。

 やっぱり心の片隅で歩きたいと願っているから、なんだろうと思う。

 その想いを、二代目私専属な美紗さんは分かってくれた。

 それだけで連れ添ってくれるのは。無茶のないギリギリのラインをやらせてくれるのは、感謝してもしきれない。

 敬語でおっとりした美紗さん(お姉さん)は、過酷なリハビリで心の拠り所だ。

 ……まぁ、心の拠り所(美紗さん)がスパルタなリハビリを組んでるんだけど。

 

 やり慣れたストレッチやマッサージを受けつつも思い出してしまうのは、やはりNWOのこと。

 やり慣れすぎて順番も何もかも覚えてるから。

 さっきは必死で、だからこそ今余裕が生まれているから、より深く考えてしまう。

 

 

 ―――私は、どうすべきなのか。

 

 私の願いを知り、無謀だと分かった上で。

 無茶で無意味で無価値で無駄だと知った上で。

 私の『歩み』をサポートしてくれる美紗さんは、私の事で一々悲しまない。悲しみを見せないだけなのかもしれないけど。

 願いを知った上で支えてくれるこの人は、最初のリハビリの日からずっと。

 プライベートでもずっと、私と普通に接してきたから。他の誰とも違い、余計な気遣いなんて一切なく極普通に……時に容赦なく接してくれた美紗さんには、仮面なんて必要ない。

 この人には、仮面を付ける理由が無いから。

 

 けれど。

 他の人は、違うと思う。

 私の叶わない願いを知れば、優しい二人なら言葉に詰まるだろう。

 正直な二人は、『悲しい表情(かお)を隠せない』だろう。

 願いを知れば、きっと支えてくれるけれど。

 『今までの普通』すら壊した、別の気持ちを抱かせてしまうから。

 だから、仮面が必要なのに。

 何とか、少しでも仮面を隠し通すために、詰問された時もいくつか情報を伏せた。容赦のない質問に、何とか方向性を逸らして。

 それが、無駄な足掻きでしか無いとは分かっているけれど、やらずにはいられなかった。

 本当に度し難い。

 こうなれば、もうNWOを辞めてしまった方が良いのだろう。所詮ゲームだ。人生と違って、辞めるのは容易。二人は私と遊ぶと信じて疑ってないけれど、あの時私は、()()()()()()()()()()()

 

 だから……

 

「九曜ちゃん。最近、何かありましたか?」

「―――え?何、が?」

 

 その声に意識を引き上げられれば、もうストレッチもマッサージも終わりかけだった。

 

「少し前から九曜ちゃん、元気が無いように見えましたから」

「そ、う……?」

「はい」

「即、答……」

「正確には、元気が無いというより、何かに悩んでいる様に見えます」

 

 隠せてないのは百も承知。

 美紗さんの勘の鋭さは妖怪並みだと思う。

 ついでに。

 

「ここ一ヶ月ほど九曜ちゃんが元気で、遂に彼氏ができたかぁ!と思っていたのですが、今は悩んでいますし……違いましたか?」

 

 あ、これプライベートの目だ……。

 確かにストレッチとかも全部終わって、今は休憩中だから、プライベートでも良いとは思う。

 けどそれにしてもこの人の勘違いっぷりもまた、相変わらずだ。勘の鋭さが斜め上に磨かれてるから、やっぱり的外れな事を聞いてきた。

 

「そう言う、の、興味、無いし」

「残念です……九曜ちゃんは可愛いですし、学校でも放っておかれないのでは?」

「私、こんなだ、よ」

「それでもです」

 

 気丈に振る舞う私に、可愛げがあるとは思えない。人と同じを取り繕った障害者。それが私だ。楓や理沙を除いて、積極的に関わろうとする人は絶無と言っていい。

 

「いない、よ」

「では、悩んでいたのは?」

「私が悩んでいたの、は……確定?」

「確定です」

「む、ぅ……」

 

 元気だったのは、NWOを始めて、向こうが楽しかったのでこっちも頑張ろうと思った。

 気落ちしていたのは、向こうに願いを持ち込んだ私が愚か過ぎて、自己嫌悪してた……最近の悩み、NWOに集約されてる……。

 ………まぁ、美紗さんなら話しても良いかな。言い触らす人でも無いし、あれで私の気持ちは的確に汲んでくれるし。

 

「最近、ちょっとした出来事、が、あって」

「何があったんですか?」

「偶然、VRゲームが、手に入った、の」

「珍しいですね。九曜ちゃんはゲームに興味なさそうでしたし。それで、どんなゲームを?」

「『New World Online』」

「はぇ……?」

「どうした、の?」

 

 ゲームの名前を告げると、美紗さんが何故か動かなくなった。なんで?

 

「えぇと、本当にNWOですか?」

「そう、だよ?それ、がどうか、した?」

「いえ……その、私も少し、やっていますので」

「そ、なんだ……」

 

 美紗さんがゲームって言うのも、絶望的にミスマッチな気がするけれど。

 でも、美紗さんもやっているのなら、話しやすいな。

 

「元気に動き回る九曜ちゃんですか……失礼ながら、想像もできませんね」

「うん……私、も。でも、色んな景色を見た、り。モンスターと、戦ったり。とっても、楽しい」

「ふふっ……そうですか。そう言えば九曜ちゃんが元気だったのも、NWOの発売時期と被りますね」

「応募した懸賞が、当たって」

「羨ましいです。私は前日の夜から店頭に並びました」

「美紗さん、そんなにゲーム好き、だっけ?」

「いいえ。VRゲームは、NWOが初めてです。けど、前評判から景色だけでも楽しめる世界だと聞いていたので、思い切って」

「相変わら、ず、思い切り、良いね」

 

 思い切って、で前夜から並ぶとは中々にできることじゃないと思うけど。

 

「ですが、それが何故、悩んでいる事に繋がるのですか?」

「……友達が、三陣から一緒にやりたい、って」

「あぁ……そういう……」

 

 これだけで伝わってくれるから、美紗さんは有り難い。私が、美紗さんを除くどんな人にも、気丈な仮面を付けていると知ってるから。私自身、美紗さんと話す時と、気丈に振る舞う時、つい最近まで差を感じなかったのに。

 美紗さんは、知ってて、誰にも言わないでいてくれた。

 

「友達に、気を遣わせたくないんですね」

「……うん」

 

 望月九曜(わたし)を知る二人に、願いのまま駆け回る私を見て、私の想いに触れて。

 それが現実では叶わないと知ってるが故に、私に悲しみの……いや、憐れみの感情を持ってほしくない。傷ついてほしくない。

 

「向こうで、やっとハクヨウ(わたし)になれた、のに。それ、が、二人を傷付けるのは……やだ」

「悲しませたくないから、気丈に振る舞っていたのに、それが裏目に出てしまいましたね……って、仮面のこと、自覚してたのですか?」

「最近に、なって、だけど、ね。NWOで色々、あって。気付かされ、た」

 

 クロムには、悪いことをしちゃった。

 自己嫌悪によるイライラを八つ当たり気味にぶつけてしまうなんて、遅くなった反抗期かと。

 

「向こうで、目一杯楽しむ……代わりに、こっちを頑張、る。そう思ってた、けど……どうすれば、良いかな?」

「九曜ちゃんが最近、今まで以上に熱心に取り組んでいたのは、そういう理由ですか」

「うん……理沙がゲーム好きで、いつか始めるの、分かってた、のに。走りたいって想い、だけで始めた、から」

「……そうですか」

 

 あぁ。本当にありがたい。美紗さんは、微塵も私に悲しみも、慈しみも、同情も向けない。

 ただただ、朗らかな笑みで撫でてくる。美紗さん以外に、私の頭を撫でる人がたくさん増えた。この人のが一番気持ちいいのだけど。

 

 と思ったら、私の頭から手を離し、さっさと立ち上がってしまった。あれ?

 

「さて。では休憩終わりです。もう一セット、いきますよ」

「えっ……相談、は?」

 

 ここまで話したのに、相談に乗ってくれないとか鬼畜がすぎる……。

 ひどい。これなら話さない方が良かった。

 

「ふふっ、確かに九曜ちゃんは妹みたいに可愛いですが、生憎とカウンセラーの資格は持っていないのです」

「ただ、聞いてくれるだけで、良いのに」

「一応まだ、仕事中ですから」

「なら今度、一緒にご飯、行こ?」

「良いですよ?ただ、NWOでの話に限定です。九曜ちゃんがどんなプレイをしているのか、気になります」

「む、ぅ……それじゃ、意味ない」

 

 相談できるのは。全部打ち明けられるのは、この人だけなのに。

 なのに、美紗さんに拒否されたら、どうしようもないじゃないか。

 

「答えることのできない質問を聞くのは、無意味ですから」

「うっ……」

 

 『さっき、自分で言いましたよね?』と言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

 無意味なことを聞くことこそが無意味ならば、美紗さんに取って無意味な質問を受けることに意味などない。

 

 この人はこういう人だから。

 優しいのに、突き放す。

 優しいから、とことん追い詰める。

 優しいが故に、救い上げない。

 

 けれど。

 

「まぁそれでは可哀そうなので、ヒントをあげましょう」

 

 蜘蛛の糸くらいなら、垂らしてくれる。

 

「九曜ちゃんは、()()()()()ですか?」

「どう、したい……?」

「どうすれば良いか分からなくなったのなら、自分がどうしたいのか、心のままに従うのも、一つの答えだと思いますよ」

 

 それ以上は言わず、手摺り近くに放置してた車椅子を取りに行く美紗さん。

 

 

 その速さは、いつもより気持ちゆっくりで。

 

 

 私が、自分で答えを出すことを促すように。

 

 

「思った、ままに……」

 

 考えたこともない……という訳ではない。

 考えた上で、すぐに却下した、私の答え。

 

 ハリボテの九曜(気丈なわたし)か。

 今ここにいる、小さく弱い九曜(ただのハクヨウ)か。

 

 前者が疲れてしまうことは、気付かされた。

 後者でいる方が楽しいと、一人の女の子を諭してしまった。

 だから、現実でもそうしたくて。

 本当の私でいながら、誰にも心配をかけないほどに、強くなりたくて。

 強くなる方法が分からなくて。

 

 どうしたいかなんて、答えは出てる。

 誰も悲しませたくないっていうのは、欲張りなのかと思っていても。

 それでも、私の事で誰かに悲しくなってほしく無いから、すぐに却下した。

 

 

 その想いを、答えだと言うのなら。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、美紗さん」

 

 

 

 

 

 

 

 まずは、()()()()()()を、彼女に投げかけることから始めよう。

 

 

 

 

 

 

「美紗さんのプレイヤーネーム、教えて?」

 

 

 

 

 教えてもらった名前は、いつの日か。

 私の願いを受け止めてくれた優しい彼女に相応しい、《聖女》の二つ名と共に広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミザリーと名乗っています。

 向こうで会ったら、よろしくお願いしますね」




 

 どうすべきかじゃない!
 お前がどうしたいかだ!
 はいはいテンプレテンプレ

 という回でした。
 あっ、ごめんなさい殴らないで!数行で作中の雰囲気ぶち壊したの謝るから殴らないで!?

 ミザリーはアニメでエ○いだの何だの言われてるけど、性格はおっとり系のお姉さんって感じがして、それなりに好きなキャラ。
 ハクヨウちゃんと絡ませれば、多分今までに出てきたキャラの中で一番の包容力を発揮すると思いました。まぁ、おっとり系って度が過ぎれば苛立つし嫌われやすいけど、その辺拙作は上手くコントロールしたいです。

 ミザリーの現実は、九曜のリハビリ二代目トレーナーこと、美紗さんです。年は25。
 神官っぽい装備はコスプレみたいで少し恥ずかしいとのこと。
 一代目の人は、九曜ちゃんが度の過ぎたリハビリをやり続けたことに音を上げてしまいました。寧ろ5、6年続けたのは凄いと思う。
 で、作中時間から四年前に美紗さんが初めて受け持ったのが九曜ちゃん。丁度、九曜ちゃんは小学校を卒業した頃。
 美紗さんは九曜ちゃんの意思を尊重して、九曜ちゃんが無理をしないで満足できるギリギリのリハビリを毎回組んでいます。

 リハビリの関係ない所では、姉妹と言える仲。
 ご飯も食べに行くし、一緒に遊びに行くし、お泊りするし、九曜ちゃんも姉のように慕ってます。九曜ちゃんが妹属性なのはこの人のお陰(せい)

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