現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。 作:五月時雨
この回収にも手間取ったから、執筆に時間かかりました。
布石とか今回のお話の解説は後書きにて。
お気に入り1000人突破ありがとうございます!
この
それはステータス、探索、クエスト、装備、スキルに至るまで。それら全てがまったく同じになるプレイヤーは、恐らくいないだろう。
同じになるならば、それは狙ったとしか言えない。そして攻撃スキルもまた、ある程度の自由度を持っている。
そうでなければ木を蹴ったまま空中姿勢からスキルを発動することも、『剣を地面に突き刺す』ことをトリガーとした【捷疾鬼】の召喚を、
つまるところ、この世界における攻撃スキルのシステムアシストとは、『発動に必要な最低限の動作』に対してのみ行われている。
極論、【スラッシュ】の発動中にボールをリフティングする。
などと言う荒唐無稽な動作だって、できなくはないのである。勿論、そんな事をすれば視点が定まらないし、隙だって大きくなる。
思いついても、誰もやろうとなど思わない。
しかし、『ただ走るだけ』なら?
近づくために、攻撃を当てるために、誰もが行っているだけの動きなら?
(できると、思ってた……っ)
連撃系のスキルでは、間に合わずに押し流される。しかし、単発スキルでは手数が足りない。
ならばどうするか。
その答えは単純明快で、されどハクヨウにしかできないこと。
十を超える残像でクロムをおちょくっていたハクヨウにとって、『実体ある三体』を一瞬作り出す程度、造作も無かった。
ここで【居合い斬り】を選ばなかったのは、直進方向に僅かにシステムアシストが働き、横方向の分身を作り出す動きが抑制されてしまうから。
【居合い】は上半身のみ。更に言えば両腕に強くシステムアシストが働くが、足はほぼ自由に動かせる。その事を利用した瞬間分身による【居合い】の瞬間4連撃は、迫る触手の高波を楽々と斬り裂いた。
「うっそぉ……っ!?」
「これは……っ!」
『スキル【貪狼】を取得しました』
「……んっ」
確認している暇はなく、触手もまた途切れることなく襲いかかってくる。だからこそ、この一瞬の猶予を逃すわけにはいかない。
「援護、お願、いっ」
それだけ叫び、ハクヨウは水上へと飛び出した。周りは視界を埋め尽くすほどの水の触手。
しかし伸長に限界があるため、その大半はハクヨウに届くことはない。迫ってくるのは、彼女にほど近い触手だけだ。
もっとも――
「それすら、数えるの億劫だけど、ね……」
優に百を超える触手の攻撃は縦横無尽。
全方向から絶え間なく襲いかかるそれは、如何にハクヨウのAGIが驚異的であろうと、一人で捌き切ることは不可能。
一人、ならば。
「【忍法・幻実世界】っ」
スキル名を叫び、ハクヨウは躊躇いなく、迷いなく。
【鬼神の牙刀】を自らの胸に突き立てた。
―――瞬間
「ふ、増えたぁ!?」
ハクヨウの左右に二人、全く同じ姿をしたハクヨウが現れる。
それが、この場で使えそうな、ハクヨウの最後の切り札【幻実世界】。
自分にしか効果がないこれを、自傷ダメージが発生しないのをいい事に
幻の自分を作り出し、撹乱する。
「ダメですハクヨウちゃん!」
しかし、ミザリーはこれを悪手と叫ぶ。これが対プレイヤー。あるいは一対一ならば有効になる。しかし、フィヨルド全域を支配する竜にとって、それは
かえって攻めやすくなってしまう。
その証拠に、先行して前に出た一人のハクヨウは、水の壁の前に敢え無く叩き潰され。
―――何事も無かったように、壁を突破した。
「ふふ……っ」
最後尾を走るハクヨウが、不敵に笑った。
これが、【幻実世界】の一つ目の特徴。
生み出された分身は、
時間経過以外では解除不可能な、絶対に消えることのない幻影。
ならば、と。
竜は触手を操り、後ろを走る二人のハクヨウ目掛けて全方位から攻め立てる。
その数は百を超え、ミザリーとミィの対処可能な数を楽に超える。
【挑発】によって二人は狙われず、ハクヨウだけが集中砲火を浴びている現状、剣一本では対処しきれない高波に、二人は祈るしかできない。
「ハクヨウちゃん!」
「ハクヨウ!!」
しかし、祈りも虚しく。
本物もいたであろう二人のハクヨウは、巨大な飛沫を上げて界面に叩き潰され。
―――瞬間。
「【疾風斬り】!」
「さぁ……誰が
誰が、
これが、二つ目の【幻実世界】の特徴。
ハクヨウ本人と二体の分身の
今回のように敵の攻撃に対する緊急回避や、先行して近づけさせた分身と入れ替わり攻撃するなど、応用の幅は計り知れない。
しかも強制的に解除されるまでの時間は、他の【忍法】と比べ最も長い三十分。
先に攻撃した分身は、その時点では
だからこそ、竜は分身の接近を許してしまった。それが、最大の牙だとも知らずに。
「
それが、【幻実世界】」
竜の咆哮は、しかし強引に恐怖を振り払うような必死さすら感じられる。その咆哮に応え、全ての触手が背後から迫り、白波が立ち、渦潮がハクヨウと竜の周りに無数に形成され、竜巻が襲いかかる。
フィヨルド全域が竜に支配され、ハクヨウただ一人を殲滅するためだけに荒れ狂う。
しかし、その嵐は。
「【爆炎】【噴火】【豪炎】【炎帝】!!」
更に後ろから吹き散らされ、蒸発し、ただの一つとしてハクヨウを害することはできなかった。
「その巨体は、遠く離れていても狙いやすいですね。【ホーリージャベリン】【聖罰】【ホーリーレイ】!」
「【韋駄天】【九十九】!」
岸辺から竜まで。ミィが貫通させた触手の壁をミザリーの槍と光線が貫き、竜を真上から十字の巨剣が串刺しにする。
ハクヨウは流石に荒れ狂う海には【文曲】でも立っていられず、【韋駄天】で空に上がり苦無を三本抜いた。
残り、三割。
「……【三重・
三本を重複させることで九重と同等の状態異常をいれ、かつ威力もある【三重】は、ハクヨウの戦い方で最も使い勝手がいい。
だからこそこの瞬間、最も効果の高い状態異常を叩き込めるスキルを選択した。
苦無が刺さった場所から、噴水のように赤いエフェクトが吹き出す。
その勢いは留まることを知らず。じわじわと竜のHPが減っていく。
その瞬間を見逃さず、更に八本の苦無を抜いたハクヨウは、追撃を仕掛けた。
「【五重・炎蛇】!」
なぜ、威力重視の【一重】でなく、まだ重複できない八本なのに【五重】なのか。それは、竜に全て当たった時、明らかになった。
「今だ、よ……ミィ!」
【手裏剣術Ⅸ】で使用可能になった【殱血】の状態異常は【出血】。そして九重以上に重くすることで、もう一つ。
九重では、一段階下げるので精一杯。【無効】に対しては効果を発揮しないなどの制約はあるが、火への耐性はさほど高くなく、ミィの攻撃でダメージも発生した。だから、これで十分だった。
素で【耐性中】を貫ける、【五重】に、元の耐性を一段階下げることができれば。
竜は全身から炎を上げ、海上でのたうち回る。
けれど、水に触れていようが関係なく、それなりに重い【火傷】の状態異常は竜を焼き、【火魔法】への抵抗力すら低下させる。
「【炎帝】―――っ!!」
ついでとばかりに【疲燕】も叩き込み、直後直撃した二つの火球。それにより三割だったHPはガクンと削れ、竜は今際の際の咆哮をあげる。
それは、さながら死に際の足掻きのようで。
されど、死んでなるものかという執念じみた怒りが籠もっていた。
「くっ……削りきれなかった!」
「あと一割……」
岸辺では、ミィが悔しがり、ミザリーが不安げに竜を注視する。
そして、ミザリーの言うとおりHPが残り一割で止まると、竜はフィヨルドの嵐を止め、ハクヨウが舞う空へと飛翔した。
「ハクヨウちゃんもこっちへ!様子が変です!」
「わか、った!」
竜は、これまで辛苦させられたハクヨウに目もくれず、大空を遊々と飛翔する。
ハクヨウの【韋駄天】が解除され、地上に降り立った時、晴天を我が物顔で飛ぶ竜は、そのサファイアのような透き通る蒼の鱗を漆黒に染めていった。
同時に、暗雲が晴天を染め、雷鳴が轟く。
その姿に、先程までの畏敬の念を抱く神々しさは既にない。
あるのは、畏怖。
禍々しい、怒れる魔竜の威容。
「来ます!」
「すっごい怒ってるんだけどぉ――っ!」
緊迫したミザリーの超え。
ミィの、恐怖を押し殺した叫び。
魔竜は今にも三人に襲いかかってくる。防ぐか躱すかしなければ、全滅は必然。
なのに。
(……あれ?)
ハクヨウには、不思議と恐怖は無かった。
何故かあれが、
(うん……大丈夫)
だから、一歩前へ。
右手で【鬼神の牙刀】を真上に掲げ、その刀身を魔竜にも勝る漆黒が染め上げていく。
敵のHPが少ない程に威力を上げる片手剣スキル【デスブリンガー】。これを、カウンター気味に叩き込み、終わらせる。
漆黒の魔竜は翼を折りたたみ、突進する。
それは音すらも置き去りにした、魔竜最速の一撃。普通のプレイヤーなら、これを防ぐ手立てはない。
けれど、ここには普段からもっと速い、白い怪物がいる。
「
それだけ小さく呟き、スキルを発動させた。
「【デスブリンガー】!」
その刃は、魔竜の眉間に『するり』と刺さり。
何の抵抗もなく、その巨体を爆散させた。
「あ……そ、か」
何で、怖く無かったのか。その答えが、ハクヨウはようやく分かった。
「【
フィヨルドを護る蒼き竜は、ハクヨウ達を倒すために魔に染まり、悪魔へとその身体を落としたのだ。文字通りの邪竜、魔竜。鬼や悪魔に対する特攻性能が、魔に染まった竜へも大きなダメージを与えることができる。それが、感覚的に分かっていたからこそ、ハクヨウは恐怖を感じなかった。
ただ、それだけの事だったのだ。
布石その1 『速度特化と素材集め』より
・【石造りの遺跡】でハクヨウがクロムをおちょくった56せんせームーブ。
これができるハクヨウちゃんなら、一瞬だけなら二、三体の実体を持った分身くらいできる。
別に燕さん斬ろうとかは考えてなかった。
布石その2 『速度特化と烈火の魔法使い』より
・オークの群れからミィを助けた時にやった【捷疾鬼】の召喚方法。
『剣を地面に刺す』のがトリガーなのに、【韋駄天】で空中を跳びながら
布石その3 『速度特化と鬼退治』より
・【捷疾の鬼殿】での『速さが足りない』とシャクシャク。
詳しくは次回だけど、【
独自解釈によるオリジナル設定。
・自傷ダメージなし。
公式設定でパーティーメンバーには、スキルで攻撃したとしても、ダメージは発生しない。
→なら自分自身に攻撃しても、ダメージが発生しないのは別におかしい事じゃない。
これに関しては、原作見落としがあるかもしれない。その場合は『スキル発動に必要な自傷行動のみダメージが発生しない』オリジナル設定として修正します。
今回は、今まで打ってきた布石を一気に回収した形になりました。めっちゃ疲れた。
そうそう今後とも作中じゃ触れないと思うので、【貪狼】の解説でもやりますかね。
―――
【貪狼】
瞬間的に速度を爆発させる事で、2〜4体に分身した見紛う歩法の
あらゆる攻撃スキルと併用可能。
取得条件
純粋なAGIで残像を一定回数以上作り出す。また、特定時間内に二撃以上の攻撃を当てること。
―――
と、これがハクヨウちゃんも見れるスキル説明欄。
素でハクヨウちゃんやれたじゃんって?
今回はかなり集中して、神経すり減らして成功した訳ですが、今後は確実かつ簡単にできるようになる訳です。
『特定時間内』については、大雑把に言えば『瞬く間』ですね。
条件の前半は、実はこれもクロムに56せんせーした時には既に満たしてました。
そして後半部分を今回満たした形ですね。そういう意味では、最初の頃から『残像』という描写を多用していたのも、布石の一つと言えます。
竜のフィヨルド全域を支配して触手攻撃するスキルですが、これも元ネタはあります。
ちなみに【文曲】【貪狼】と同じ原作。
本当にあの原作は便利な技が多くて好みです。