現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。 作:五月時雨
警告はしましたよ。
本作最後で最大のシリアス、ここから長々と本格的に始まります。前から大分やってたけど、そんなの前振り。今回からが本当の本番。
ゲームの方は、相変わらずまったりだけどね!
ゆっくりと扉を開いた先は、巨大な球体の部屋に半分水が溜まった造りになっていた。
「とりあえず、息はできるか……」
これは嬉しい誤算だと、息を整えて集中力を高める。
「ぷはっ……さぁ……こい!」
サリーの目が真剣な色に染まり、それに応えるように一点に収束した光が形を成す。
現れたのは、真っ白な巨大魚だ。
巨大魚はその巨体で突進攻撃を仕掛けた。しかしサリーはその動きを完全に見切り、体を捻りすれすれで回避すると、すれ違いざまに赤く輝く短剣で鱗と肉を僅かに斬り裂く。
「【スラッシュ】!【斬り雨】!」
赤く輝く下の毒々しい色をした短剣は、【状態異常攻撃】が入っている証左。更に【スラッシュ】で斬り裂いた場所に【斬り雨】を正確に当ててより深く、大きく抉り取る。混合魔法なだけあり、そのダメージは非常に大きい。
巨大魚のHPをガクンと削り取る。更に微々たるものだが、毒による継続ダメージに侵されてゆっくりと、だが着実にHPが減っていく巨大魚。
巨大魚は切り返して、再び突進を仕掛ける。
サリーはそれを同じようにあしらい相手の体を抉る。
「【マッドショット】!【斬り雨】!」
赤いダメージエフェクトが水中に輝き、鱗を貫いて肉を抉る。【火魔法】を混合した魔法は、水中のため威力が減衰する。だからサリーは、水との混合系統でダメージを与えていたのだが、一番良いのは【斬り雨】らしかった。
僅か二回の交錯で、巨大魚のHPは八割を切る。それは【魔法混合】による魔法の威力が段違いだからに他ならない。
ここでサリーは集中力を高めて、巨大魚の行動に注視する。
普通のプレイヤーなら先ほどと同じように見えるであろう突進は、サリーには全く違って見えた。それはほんの僅か、だが確かに、今の方が遅い。
巨大魚は途中で突進を止めると、尾びれで薙ぎ払うように範囲攻撃を繰り出す。
しかし、それもサリーには届かない。
サリーは行動パターンの切り替わるタイミングを、敵のHPバーの減りから予測していたから。
巨大魚の体長から範囲攻撃を正確に見切り、一歩分下がることで目の前を尾びれが通過していき、それを見逃すほどサリーは甘くない。
「【ダブルスラッシュ】【ウィンドカッター】」
MP消費は大きいが、【斬り雨】よりもなお出の早い魔法は、【ダブルスラッシュ】と同じ場所を正確に斬り裂き、より深くダメージを蓄積していく。
それと同時。【状態異常攻撃】によって麻痺毒が入り、巨大魚の動きが緩慢になった。
「【赫土の灼弾】!」
動きの鈍った巨大魚の口内に、直接マグマの弾丸を叩き込む。内側から焼け爛れれば水中による威力減衰など関係ないという予想が的中した。
巨大魚の残りHPは、今ので五割を切った。
行動パターンの変わり時である。
巨大魚の体の左右に白い魔法陣が浮かび上がり、そこから泡が溢れ出る。
「【風炎刃】!」
サリーが泡に魔法を当てると、泡は激しい勢いで爆発した。あの泡には絶対に触れないと確信し、巨大魚から逃げつつ魔法で爆破して逃げ道を作っていく。
巨大魚の行動パターンがこれまでと違い、サリーが通った道を追ってくる追尾式になったことに、逃げ回る最中に気付いたサリー。
―――それなら、と。
サリーは逃げていた体を反転させる。
「【
【風魔法】によって激流と変化した水が、全てを跳ね返す壁となって泡の爆発を無効化し、巨大魚の視界を塞ぐと共に、サリーは一瞬だけ開いた空間に体をねじ込みすり抜ける。
「【パワーアタック】!」
赤いエフェクトが、巨大魚の背に赤い一本の線となって残る。
頭から尾びれまで深く斬り裂かれた巨大魚のHPは二割吹き飛び、そのまま体を回転させて尾びれを数回斬る。
サリーの後を追って振り返ったその瞬間。
体の速度についていけなかった泡の弾幕が薄くなったのを、サリーは見逃さない。
「【斬り雨】!」
上からの強襲に、巨大魚は対応できず、サリーの狙いすまされた正確な攻撃は、未だ残る背の長い傷跡をもう一度抉り、遂に残りHPが一割を切って赤く染まった。
それと同時。巨大魚の左右から魔法陣が消え、部屋が水で満たされる。
上下左右の壁に爆発する泡を発生させる魔法陣が現れた。しかし、危険はそれだけに留まらず。
巨大魚がその大きな口をガバッと開けると、そこには泡の魔法陣よりも強い輝きを放つ魔法陣があった。
直後、さっきまでサリーのいた位置に向かって真っ直ぐに高速の水のビームが放たれる。
周囲には逃げ場のない泡の弾幕。正面にはビーム。あれを躱すのは、運も絡むだろうと焦るサリーは、だからこそ落ち着けと、自らに言い聞かせる。
焦る心を落ち着かせ、集中する。
まるで時が止まったように。
泡も、ビームも、巨大魚の動きも。
何もかもが緩慢になっていくのを、サリーは感じていた。
安全圏はほぼなく、危険な場所はハッキリと手に取るようにわかる。
「【
それは一瞬の発光で、敵の視界を奪うだけの魔法。【闇魔法】によって【光魔法】の効果が高められた混合魔法。
その瞬間、巨大魚は一瞬だけサリーの位置を見失った。その瞬間を逃さず、これから来るビームを予測。
泡の弾幕が次にどこへ広がるか。逃げ道は、活路は、勝機は。全てを予測し、先回りする。
過去の経験から照らし合わせ、生き残りの……いや、勝率の高い道を先手先手で作り続ける。
それはもはや予測ではない。
チートにも似た圧倒的なプレイヤースキル。
経験則と言う名の、未来予知。
「【疾風斬り】!」
サリーの体は泡のカーテンをすり抜けて巨大魚を抉る。
そして、遂に。
巨大魚のHPバーは空になった。
◇◆◇◆◇◆
部屋の中に溜まっていた水が、全てどこかに抜けていき、中央に大きな宝箱が現れる。
しかしサリーは喜ぶより先に、地面に仰向けに寝転がった。
「あー……やっぱ本気で集中すると疲れる……」
レベルアップとスキル取得の通知が鳴り響くが、そんなものの確認は後だとサリーは寝転んで起き上がらない。
「あのモードは疲れるんだよ……あーキッツい。けど、【光輝】が思いの外役に立ったなぁ」
あの弾幕とビームは手に余ったが、一瞬でも余裕ができたのが、サリーに考えるだけの時間を生み出した。
しばらく寝転がっていたサリーは、テンションを元に戻して宝箱の方へと向かう。
「いざ、オープン!」
両手で勢いよく宝箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは、海のような鮮やかな青を基調として、端には泡を思わせる白があしらわれたマフラー。
膝下まである長い水色のコートとそれに合わせた上下の衣服。
そして光の届かない深海のように暗い青のダガーが二本。柄頭に真珠色の小さな宝玉が付いている。
そして、それらをしまうことができる鞘と水色のベルト。
「魔法使いなんだけど……杖無し?」
とは思ったものの、サリーは全ての装備の能力を確認していく。
―――
『水面のマフラー』
【AGI+10】【MP+20】【破壊不可】
スキル【蜃気楼】
『大海のコート』
【AGI+30】【DEX+20】【破壊不可】
スキル【大海】
『大海の魔導衣』
【AGI+15】【MP+15】
【魔法再使用時間短縮中】【破壊不可】
『深海の
【STR+10】【INT+15】【消費MP-15%】
【破壊不可】
『水底の魔杖剣』
【STR+10】【INT+15】【MP回復速度+15%】
【破壊不可】
―――
「短剣であり、杖でもある、か……スキルの取り方も影響したっぽい? ふふふ……私好みの装備だなぁ。これなら純粋な前衛ってカモフラージュもできそう。ハクヨウみたいなスキルスロットは無いんだね」
装備枠を弄って全て装備し、喜びからくるりとターン。ベルトは装備としてはショートパンツの一部なようで、新たに装備品のスロットを使うことは無かった。
ハクヨウやメイプルとはまた違った、ステータスの伸びが大きいユニークシリーズを身に着けて、サリーは洞窟を後にした。
スキルの確認は明日三人でやろうと考えながら。それ程に、今回は疲労していたのだ。
◆◇◆◇◆◇
4月α日
ログイン時間を縮めて一日目。楓がユニークシリーズを揃えた。っていうか楓、私とハクヨウを区別していたらしい。変なの……とは言えないか。私だって、最初はハクヨウに『なる』なんて思ってたんだから。それにしても、ばぁさぁかぁはやっぱり怖いのかな?私は従順で可愛いと思うんだけど……
4月b日
今朝は目が覚めても、痺れが無かった。やっぱり、ログイン時間を減らしたからかな?
でも、油断はできない。
【
どうやらあの触手は、大抵のものを呑み込めるらしい。メイプルが釣った魚を触手が食べちゃったら、メイプルが涙目になってた。ごめんね。
4月e日
寝起きやログアウトの時以外にも、突発的な痺れが増えた。ログイン時間を減らしただけでは、効果は無いみたい。でも、痺れ自体は弱くなってる。これなら、大丈夫かな?
ゲームの方では、触手の威力が低いことがわかった。また、モノを呑み込むのは私のMPを消費していて、大きいものほど呑み込むのに沢山MPを使う。けど、あれは呑み込むっていうより、内側に取り込んで圧殺する感じだった。破壊力は低いけど、時間をかけて圧殺すれば、使えるかな?
4月f日
駄目だった……。
魚くらいなら良いけど、迷い込んだ狼モンスターを取り込んだら、半分も削る前に私のMPが尽きた……破壊力を求めたほうが良い。けど【INT】を上げたくはないから、【鱗刃旋渦】を纏わせてみた。すっごく難しいけど、攻撃力は底上げというか、近くの岩を砂レベルに粉砕しちゃった。強すぎかな?
4月h日
痺れが戻った。いや、散発的な弱いのはよくあったけど、今回は今までで一番痛かった。リハビリより、痛かった。というか気絶した。
ゲームの方が順調だっただけに、ショックが大きい。何となく、黒子も大きくなって、形も歪さを増した気がする。
4月i日
痛い。痛いよ……あんなの、耐えられっこない
4月j日
眠れなかった。
痛みで目が覚めて、朝までいつ来るか分からない痛みに怯えて、それから一睡もできなかった。
ゲームの中は楽しい。辞めたくない。あの中だけが、全てを忘れて楽しめるんだから。でも、痛いのはやだ。もうやだ。あれはやだ。
もうすぐ定期検査がある。その時相談しよう。
4月k日
やだ。もうやだ。痛いのやだ。
あんなの、もうやだよ……。
眠るのが怖い。ログアウトが怖い。
あと何回、あの痛みを耐えればいいの?あと何回、あの想像を絶する痛みを味わうの?
痛みが、怖い。
怖い…怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……
助けて クロム
4月l日
やっと、定期検査をした。先生に相談して、なるべく早く精密検査をしてもらえることになったけど、それでも二週間後。
丁度、第一回イベントの前日になった。
けど、それまでリハビリ禁止された……明日リハビリだったのに。美紗ねぇに抱きつけない。
メイプルもユニークシリーズを手に入れたし、サリーも明日か明後日にはスキルレベルが上がってダンジョンに挑めそう。これなら、三人一緒に楽しめそう。
触手に【鱗刃旋渦】を纏わせるのにも慣れてきた。凄い集中力が必要だけど破壊力は申し分ない。
そう言えば、最近は最前線にもあまり行ってないから、レベルが上がってない。戦闘もあまりやってないし、勘を鈍らせたくない。近い内に、最前線に行こう。クロム、誘えば来てくれるかな?
4月n日
夜、眠れなかった。
サリーがスキルレベルを上げきって、40分も潜ってた。本当に凄いけど、ダンジョンに挑む前に私は時間切れでログアウトした。
……もう、やだよ。辞めたくない。痛いのはやだ。もう無理。夜も凄い痛くて、今日のログアウト後にも痛かった。なんで?なんでこんなに痛みを感じなきゃいけないの?
ここ最近、あまり眠れてない。
寝ても起きても、痛みが怖い。眠るのが怖くて、眠りも浅い。夜中に目が覚める。
ログアウトが怖い。また痛いんじゃないかって。ログインしたくない。でもゲームは辞めたくない。どうすれば良いの……。
黒子も、もう流石にわかる。あれは悪いものだ。何かなんて考えたくない。
やだ。やだよ。もうやだ。
もうやだよ、痛いのやだ……やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだ、もう……やだ、よ。
………死んだ方が、何倍もマシだよ
九曜ちゃんの日記、所々ボカし入れてるんですが、筆者たる九曜ちゃんは痛みの恐怖と戦いながら日記を書いてます。
まぁ、うん………泣いてるよね。ポロポロと溢れる涙が、日記の文字を滲ませる。
前書きに書いた通り、この『九曜ちゃん異変編』が拙作最後で最大のシリアスです。
ハッキリいいます。めちゃんこ長いです。
ゲームがまったりしてるからギャップが酷い上、自分でも構想を練ってみて変な声出ました。
これ以上九曜ちゃん苦しめたくない。早く助けたい、でもゲームと時間軸の兼ね合いで進まない。このジレンマどうすれば良いの?
でもね、私はまったり9割、シリアス1割を破るつもりなんてありません。コレは本当に。
ただ、
とどのつまり、『まったり9割』は1割のドシリアスが終わってから本格的に始まる訳で。
実は今の所、シリアスとまったりは【4:6】くらいなんですよねぇ……。
その内に【8:2】になって、九曜ちゃん異変編が終わったら、永遠に【0:10】になります。
だから今はシリアスが重いです。我慢してください。まったりになったら、全力で九曜ちゃんを可愛がるし平和なゲームしかしない。現実のシリアスは消滅させるから!
明日はPS特化。28日に次話。
そして30日に気紛れssの第1弾を投稿します!