現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。 作:五月時雨
七夕は私の住んでる所は雨でしたが、それならそれで鵲が天の川に橋を作り、織姫と彦星がちゃんと出会えたことを祈るばかりです。
30話以上書いてるのに、今頃になって新しいオリキャラが出ます。
そう言われた時、思いの外あっさりと、事態を飲み込む事ができた。前々から嫌な予感はしていたし、考えないようにと目を逸らしてきたけれど、『最悪の状態』は常に思考の隅にこびり付き、離れなかった。
一緒に説明を受けた時、両親は泣いていた。
逆に、冷静すぎる自分が怖いとすら感じた。
何より、進行が早いらしい。両足の膝関節下部と足首、それにいくつか小さな狭窄があって、それにより血流が滞り、結果、壊死の進行速度を早めている。
―――どうしようもない。
それが、感想。
壊死が奇跡的に治ったという事例は、数少ないがちゃんとある。けれど、私の場合は話が違う。進行速度の速さから、奇跡は望めない。第一、奇跡に縋って良いことなんて無い。
十年前の事故による神経損傷。それが一番の原因らしい。たとえ壊死している周辺組織を切除したとしても、原因を絶たなければ、いつかまた、同じことになると言われた。
あの世界は、私にとって夢そのものだから。
だからせめて、と。お母さんと美紗ねぇに、せめてものお願いをした。
◆◇◆◇◆◇
「やっほー九曜!調子はどう!?」
「楓。病院じゃ静かに!」
「そう怒んないでよ理沙ぁ……理沙だって『早く早く!九曜が待ってる!』って走って――」
「わーわーわーわー!!ちょ、楓!?」
「ぷっ……ふふふっ。あはははっ」
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を見て、九曜は楽しそうに笑った。検査と観察を兼ねて入院することになった九曜は、一人でいたら思考が暗い方へ暗い方へと突き進んでしまっていた。だから、そんな思考も空気も払拭してくれた二人に感謝している。もちろん、単純に可笑しかったから。
「聞いてよ九曜。理沙ね〜」
「なな、何でもないからね九曜!?別に早く来たすぎて鞄学校に忘れたりしてないからね!?」
「忘れたんだ、ね……ふふっ」
「〜〜〜〜〜っっ!!ちゃ、ちゃんと取りに戻ったもん!」
「そのせいでむしろ、来るの遅くなったけどね」
「楓っ!!」
理沙が爆死からの赤面を決め、またわーわーぎゃーぎゃー。この後、三人揃って通りかかった看護師さんに怒られた。
「それで、具合はどうなの?いきなり倒れたって聞いて焦ったんだけど?」
「理沙、あの騒ぎの中でも寝てたもんね……で、大丈夫?何が起こったのか、聞いても良い?」
九曜はそれどころじゃなかったが、理沙は九曜が痛みに悶ていた時も“すやぁ……”だったらしい。楓は楓で九曜共々小柄なので、九曜を運ぶ筋力など無く。近くの人の力を借りるなど、なかなかに大騒動になったらしい。
九曜は『迷惑、かけちゃった、ね』と小さく苦笑いして、大丈夫だと続けた。
「大丈夫、だよ。ちょっと、足が弱くなってた、みたい」
「………それだけ?」
「ん。狭窄?っていうの、で。足の血管が詰まって、て、流れが悪い、みたい」
「今は大丈夫なの?」
「ん。今は、薬で抑えて、る。安定してる、よ」
九曜が安心させるように優しく笑いながら告げると、二人はようやく力を抜いたようだった。心配してくれたことに感謝しながら、
「……ちゃんと治るの?」
「うん。取り敢え、ず、薬で進行は止まる、し。入院中、は、NWOできない、けど。退院したら、また遊べる、よ」
悪化した原因の一端と考えられるモノをやっても良いなどという許可は当然降りず、今日も今日とて暇していたところだと嘆息。
「良かった〜っ!」
第一回イベントは、出られないかもしれない。そんな不安が過ぎる九曜だが、おくびにも出さずに気丈に笑った。
「あんまり長くなった、ら、レベル抜かれちゃうかも、ね」
「あははっ、そっか!……でも楓には抜かれないと思うよ?遅いし」
「事実だけど酷いよ理沙ぁ!」
サリーは初心者としてはかなり速い部類の【AGI】を持っているが、メイプルは安定の【AGI 0】なので、あまり遠くまで探索に行くことができない。だから、レベル上げもあまりできないのだ。
「イベントは出れそう?」
「……うん。検査入院、だし。しばらくは絶対安静、いわれた、けど。でも、大丈、夫っ」
「……そっか。なら、イベントの時は約束だよ」
「ん。三人、で、トップ独占、ねっ」
『おーっ!』と高らかに声を上げたので、また怒られた三人だった。
◇◆◇◆◇◆
楓たちがお見舞いに来てから数日。
私は今日も、安静にベッドに横たわっていた。
「は、ぁ。ひまだ、なぁ……」
「症状も落ち着いていますし、良いことですよ。九曜ちゃん」
「今が、良いこと、ね……」
「っ………すみません。失言でしたね」
確かに今は、鎮痛剤と血管の狭窄を起こさないための薬を投与しているから、壊死の進行もこれまでより落ちた。けど、それは薬で進行を抑制しているだけ。狭窄は完全に治ったわけじゃないし、壊死も緩やかながら進行中。
「保って、二ヶ月、か……」
それが、私の足のタイムリミットらしい。それ以上は、進行速度から推測して膝より上にも壊死が進行し、もはや
「膝より下、全切除、推奨……だっけ」
それが、学校で倒れた日の夕方に知らされた、私の残された道。現実で、私の足で立つことを諦めろという、最悪の宣告。
幼い頃の事故で神経損傷したことが、そもそもの原因らしい。これについては、先生もむしろ褒めていた。
曰く。
「『
なん、なのそれ。その時は、本当に頭が真っ白になった。その言い方ではまるで……まるで。
「―――それ以上は、駄目ですよ。九曜ちゃん」
「っ!………ごめん、美紗ねぇ」
そう。これ以上は、考えない方がいい。頭がおかしくなりそう。これ以上は私の十年が
そんな考えを払拭しようと、ベッドの横でりんごの皮を剥いている美紗ねぇに視線を向けた。
「ふふ……なんですか?」
「美紗ねぇ……仕事、良い、の?」
「九曜ちゃんがリハビリできない分、時間が余っていまして。同僚の中でも私が九曜ちゃん大好きなのは広まっていますし、九曜ちゃんも私といる方が安心するでしょうから、何かと融通してくれてたりします」
「それ、大丈夫じゃないん、じゃ……美紗ねぇと居るの、が安心は、合ってる、けど……」
「なら、問題ありません」
『あーん』と差し出してくるりんごにパクつき、そのままポスンと倒れ込む。
「お行儀悪いですよ」
「たまには、ね」
信頼できる人と、二人だけでいる時なら、気を抜きたい。それに、今は考えたくないことが沢山あって、少しでも気を紛らわせたい。そう思っていたら、美紗ねぇが『仕方ないですね』と笑って、続ける。
「そうそう。何も今日は、私用だけでここにいる訳じゃありませんからね?」
「どういう、事?」
「お仕事と、提案と、仲介……ですかね?」
……うん。余計に分かんなくなった。
けど、仲介って言うことは、私が知らなくて、美紗ねぇの知り合いが来るってこと?
「だれか来る、の?」
「大変遺憾ですが、知り合いの研究者です。九曜ちゃんの狭窄の原因が長時間の仮想世界へのログインであるとは立証されていませんから、その確認ですね。あとは、その人との繋がりのある方も四人」
「遺憾、なの?」
「違いますよ?
み、美紗ねぇが荒ぶってる……。ていうか口調も荒れに荒れてるし、呼び方が『彼』から最後は『あの野郎』になってる……相当嫌いなのは伝わったけど……。
そろそろベッドをバンバン叩くのをやめてほしい。揺れる揺れる……。
「……っと、失礼しました。彼はトラブルメイカーですが、立派な研究者でもありますので、トラブルメイカーですがその点だけは信頼できます。トラブルメイカーですが。」
「………その人、ホントに大丈夫、なの?」
トラブルメイカーで信頼できるのが研究者としてはちゃんとしてることのみって、普通に考えて大丈夫じゃない。そんな人と、会わなきゃいけないのだろうか。
「彼については置いておきましょう。嫌でも顔を合わせるので、できれば考えたくありません」
「そ、か」
うん。ワード出すのもNGなんですね分かりました。美紗ねぇにこの話題振るのはやめよう。ふと窓の外を眺めてたら、駐車場から五人の人が歩いてきてるけど無視しよう。人数しか一致してない。
それならば、先に美紗ねぇが言っていた3つのうちの一つ、美紗ねぇがここに仕事で来たという話を聞いたほうがいいかもしれない。
「美紗ねぇ。仕事、は?」
「え?ですから……あ、いや、そういう事ですか。ここにいる目的の方ですね?」
「ん」
「詳しくは、彼らが来てからになりますから、来てから話しましょうか」
それも、後なんだ。
「―――ですが」
あれ、まだあるんだ。
「なに?」
「今回の『仕事』ですが、重要な事が一つ」
「重要な、事?」
柔らかに微笑んだ美紗ねぇが、何を思っているのかは分からなかった。けど、その笑みは私に対する深い慈愛からくるものだと感じる。
「それは、九曜ちゃんの選択です」
「選、択?」
「えぇ。全部を知って、受け止めて、九曜ちゃんが自分で選ぶ道で、私の仕事が変わります」
「そう、なの?」
何を言っているのか、私にはさっぱりだった。
首を傾げれば、美紗ねぇも合わせて微笑んでくる。どんな選択を迫られるのか分からないけれど、美紗ねぇのことだ。きっと、私にとって悪いものじゃない。
「まぁ昔ならどうなったか分かりませんが、今の九曜ちゃんなら、選ぶ道は一つだと信じていますから」
「?……どういう――」
その答えを求める前に、扉がノックされた。
◆◇◆◇◆◇
まず入ってきたのは、どこか見覚えのある顔立ちをした、黒髪の男性だった。九曜は首を傾げ“どこかで見たような……?”と考えるものの、一向に答えが出ない。
「来ましたね、
「あぁ。連絡が来た時は驚いたよ、
そんな端的な挨拶を交わした板見と呼ばれた男性は、九曜に向き直り、改めて挨拶をした。ついでに、久しぶりに美紗の名字を聞いた気がした九曜。
「始めまして。俺は板見。板見
「望月九曜、です。美紗ねぇの妹」
「彼の妄言ですよ九曜ちゃん。彼の名前の通り、ただの
「ちょ、酷いな一緒に研究した仲だろ?友情を感じていたのは俺だけかよ……それにその覚え方は物語の主人公みたいで止めてくれ」
「知人は知人です!私が何度貴方と付き合っていると勘違いされ被害を被ったか……っ!!」
わーわーぎゃーぎゃー。
だがそんな二人の言い争いそっちのけで、九曜は覚えのある名前に呆然としていた。
「板見、知人……?
何年か前、に、『仮想現実の医学転用と患者のストレス軽減への一考察』、で、VR技術を医療に、積極的に取り込むきっかけ、を作った、人……?」
「ほう、こんな小さな子にまで知っていただけているとは、嬉しい限りだありがとう!」
「あーっ!!」
がっ!と九曜の手を握って感謝を伝える板見に、美紗が声を荒らげる。そして一瞬で板見の手を九曜と振りほどくと、そのまま胸元に抱き寄せて自分のものアピール。
「九曜ちゃんは貴方如きが触れていい子じゃありません!あっちに行きなさい!しっしっ!塩、塩撒かなきゃ……っ!九曜ちゃん、すぐ追い払いますからね!」
そのままナースコールに手を伸ばし、今にも押しそうな美紗を押さえつける九曜。
「離してください。すぐに九曜ちゃんを浄化しないと!『あれ』の『あれ』な感じの『あれ』な部分が九曜ちゃんにもくっついちゃいます!」
「俺は菌か何かか……」
「似たようなものでしょう!?」
「流石に酷すぎるだろう!?」
………なるほど、と、九曜。
「仲良い、ね」
「「良くない!」」
「よく見て九曜ちゃんこいつと私のどこが仲が良いと言うのですかこんな女誑しで顔だけ良い癖に性格最悪なマッドサイエンティストの良いところなんて顔しかありませんよ取り柄も研究得意も研究苦手は研究以外全部のダメ人間です確かに研究については天才的ですし結構気が利きますし運動神経も無駄に良いですが研究に没頭するこいつにいつもいつも振り回されて挙げ句彼女とか不本意極まりない勘違いをされ続けてこんなのと仲良いなどと間違っても言わないでくださいねっ!」
「よく考えるんだ望月ちゃんこんながさつ女と俺の何処か仲がいいと言うんだ顔は確かに良いし可愛い物好きなのも女性らしいとは思うがこんなマッドも怯えるドS看護師とか頼まれても願い下げだ取り柄はドSなのに偶に優しくて料理が上手で無駄に気が利いて困ってる人が放っておけないとかそのくらいしかない暴走女だぞ癒やし系とか言われてるがこんなの癒やし系(笑)も良いところなんだ仲が良いとか不本意極まりない勘違いはやめてくれ!」
「「はぁ……はぁ……はぁ……あ"ぁ"ん!?」」
それぞれ一息に言い切って、息を整えつつも頭突きしながらメンチを切り合う。やっぱり仲良しだ。何よりこんなに感情豊かな美紗を初めて見た九曜。純粋な怒りを他人にぶつける美紗の姿は、結構新鮮だった。
というか、二人の言っている内容がかなり詳しいことを言っていたような。それに嫌い合っているように見えて、半分くらい褒め言葉だった気がするのは気のせいだろうか。
「ふ……ふふふっ、あははっ!」
だから自然と、笑いが溢れた。
そんな九曜を見て、息も絶え絶えな二人は言い争っていた事が阿呆らしくなる。
「はぁ……これ以上は不毛ですね」
「だな……なんかアホらしくなった」
「ですね……」
「もう、終わり?」
さっきの掛け合いが面白かったから、思わず笑ってしまったのだが……もう終わりで残念。
メンチを切り合っていた二人も肩の力を抜いて、ベッドの脇の椅子に座り込んだ。
「さて。俺のことは知っているようだし、自己紹介はいらないかな?」
「非常に……ひっじょ―――っに不本意ですが、貴方はその道では有名ですからね。賢く可愛い九曜ちゃんなら知ってても不思議ではありません」
「前まで、も、VR技術の、医学転用は考えられてきたけ、ど、それを積極的に推進した人、でしょ?仮想世界で、正常な体を持つこと、は、患者のストレス軽減、や、カウンセリングに、応用できる……って。あと手術とかの、麻酔の代わりになる、て。ほかにも……」
「――他にも、あまり言いたくはないが、終末期医療患者や重篤症状の患者に対し、辛く苦しい治療を少しでも緩和するために、普段から肉体との伝達信号を全て遮断し、VR空間で痛みや苦しみを感じずに過ごしてもらう。……うん。よく知っているね」
九曜が一瞬言うのを躊躇った様子を見て、板見が続きを補完した。
「美紗ねぇ、知り合いだったん、だ」
「望月ちゃん。知り合いじゃなくて友達だ」
「顔見知りです」
「知人よりも下がってないか!?」
仮想技術と医療の目覚ましい発展のきっかけを作った板見は、その道では名の知れた有名人だったりするのだが、そんな人と友だ……知り合いの美紗に驚かされっぱなしの九曜。
「全く。こんな雑談をするために呼んだわけではありません。本題に入りましょう。それ以外貴方とはもう話しませんすぐ帰って。さあ、さあっ」
「いい加減辛辣すぎないか?」
「当然の結果です」
『ふんっ』と腕を組みそっぽをむいて、如何にも“私、あなた嫌いです!”と言いたげの美紗に、板見ががっくりと肩を落とした。
「聖さんは昔から変わらないな……仕方ない。早速だけど本題に入ろうか」
「は、い」
居住まいを正した板見が九曜に向き直り、本題に入る。
「さて。望月ちゃんは、今の俺の研究テーマを知ってるかな?」
「いい、え」
「まぁ当然だな。発表もまだだし、まだデータ取りもまともに進んでないし」
なら何故聞いた……とジト目になる九曜。後ろで美紗がメンチを切り、二人の様子に板見あわあわ。『なんかごめんなさい』と頭を下げた。
それから何とか持ち直した板見。
「俺が今行っているのは――」
まだジト目に晒されている彼だが、不意に“にやり”と口角を歪め、『望月ちゃんにとっても、きっと良い話だ』と笑う。
それから告げられた言葉が、九曜のこれからを変えていくこととなる。
板見知人
工学系大学と医学系大学の両方を卒業し、その両方に沢山の太いパイプを持つ研究者。VRの技術を医療に積極的に取り入れるきっかけを作った人で、界隈で知らない人はいない。なお、作中で九曜ちゃんが言った【
この人の事を『ちゃんと知ってる』ために、九曜ちゃんを賢くしたって裏事情もある。
黒髪長身のイケメンで、美紗さんとは数年来の付き合い。というか悪友。顔を合わせる度に言い争いをしていて、喧嘩するほど何とやらの典型例みたいな間柄を築いている。
SA○で茅場さんが医療にVRシステムを取り入れたように、この世界ではその道の第一人者……とは周囲の思い込みで、会話からわかる通り結構軽い人。この人の台詞で絶剣を思い出した人は間違いじゃない。そういう考察だから。
聖 美紗
九曜ちゃん大好き。これに尽きる。ミザリーと言ったら聖女。という安直な理由で名字決定。今回もシリアスを書こうとしたけど、この人の存在がそれを許さなかった。
大学時代に、板見さんと付き合ってるという不本意極まりない噂が立ったけど『彼も私同様に否定してますし、このままでも良いですよね』と放置した。実は板見が有名になった卒論の共同研究者だが『私は情報提供者なだけですー!』と言い張って名前は頑なに載せなかった。
明日はPS特化ですー