現実の分まで仮想世界を走り回りたいと思います。 作:五月時雨
少し前に支援絵を頂いたのですが、挿絵として載せるやり方に四苦八苦しててまだ載せれてません。紹介するタイミングを逸したので、その内にあらすじの所に載せておきます。
遅ればせながらサク&いずみーる様、本当にありがとうございました。
「それじゃあ望月ちゃん、用意はいいかい?」
「は、いっ」
無菌室の中央に座する“それ”を見つめながら、九曜は緊張した面持ちで返事をした。
そんな九曜の様子に苦笑して、板見が続ける。
「硬くならなくて良い。昨日も動作テストをしただろう?」
「そうです、けど」
成人男性でもすっぽりと入れてしまう程の大きさがあるタマゴ型の機械に九曜が触れると、無駄にSFチックに前面が持ち上がる。中はゆったりと腰掛けられるようになっており、内側の壁面は不規則に明滅している。内部デザインも、物凄くSFチック。
「それでは九曜ちゃん、お手伝いしますね」
「んっ」
九曜の車椅子を押していた美紗が、九曜を抱き上げてタマゴ型の中に入れると、体の位置を調整した。もちろん九曜もされるがままではなく、長時間寝てても苦にならないよう体勢を整えていたりする。
「よし、いい感じだね」
「昨日、散々やらされた、から」
「はははっ。でも、ぶっつけ本番よりはマシだろう?」
「………ん」
医療用フルダイブ型VRハード完成形試作第四号機。
それが、板見の研究に協力すると決めた九曜に
「元々は洛さん用と思っていたヤツだから、望月ちゃんには少し大きいけど、大きい分には問題ないね」
「は、い」
「それにしてもこの造形。完全に貴方の趣味ですよね?」
SF映画でありそうな造形と、無駄にロマン溢れる開き方をした試作機をコンコンと軽く叩きながら、美紗がポツリと呟く。それに板見は、“さっ”と目を逸らして知らんぷり。隠せてない。
「んんっ!そんな事より、時間もないことだし最終確認といこう」
「図星ですか」
「ん。
「君まで言うのか……」
ガックリと項垂れる板見。味方はいない。
「はぁ……説明に移ろうか」
諦めた板見は、恥ずかしさにほんのりと頬を赤らめながらも説明を始めた。
「昨日も説明したが、改めて。望月ちゃんが乗るそれは、医療用フルダイブ型VRハードの試作四号機。製造目的については、望月ちゃんも分かっているから省かせてもらおう。一号機は梨花、二号機は烈さんが使っていて、三号機は俺だな」
「因みに、私も正式に協力することになったので、近いうちに五号機を貸してもらえることになりましたよ、九曜ちゃん」
「……貸して?」
先も述べたように九曜に対して四号機は、
「君は正式な俺の被検者であり、
「私は彼に無理言って捩じ込んだに等しいので、流石に貰うつもりはありません。なので、私の方から断りました」
なお、これを製造するのに数億円かかっていたりする。もちろん、この完成形に行くまでの試作機と、他の試作機も込みでの総開発費なのだが、九曜の乗る四号機単体で見ても、高級外車が二、三台ポンと買えてしまう値段だったりするのだ。
「―――」
それを聞いて、九曜さんぷるぷる。え、ちょ、そんな凄いもの簡単に貰っちゃって良いの?やだ、九曜さんこれ使うのが怖いよ……。
「ま、それの開発責任者も俺だし、今回のプロジェクトが成功して完成品の製造も決まれば、何倍にもなって返ってくるからね。気にしなくていいさ」
目をグルグルさせてあわあわする九曜に苦笑して、板見からフォローが入るが、気にしないなんて無理だとやっぱりぷるぷる。
「……一応言っておくが、君に提供するのはこの試作機だぞ?もちろんスペックは想定している完成品と
「い、や……その、十分すぎ、ます」
というかその値段聞いたら、今すぐ返品したくなりましたと、九曜の目からハイライトさんが即行で退社。
“そうか”と頷いて視線を手元の書類に移した板見に、ジト目攻撃。
こうか は ないようだ
「今日の所はこの無菌室に運び込ませてもらったが、望月ちゃんが退院後、一週間程度で君の家に届かせる。設置と仕様に関しては、その時に正式な形で渡そう」
九曜は今日まで、入院中の身の上である。
「
全ての手続きを数日で終わらせた板見の手腕には感服するばかりで、九曜としても頭の下がる思いである。というかこういうの、普通は相当な時間がかかるのでは……。
「そういう事は、気にしなくていいんだよ?」
ニッコリと微笑んでいるはずなのにどこか凄みを感じさせる板見に、九曜は思わずといった体で頷いた。
「今日NWOで行われる、第一回イベント。これは三時間動きっぱなし、ログアウト不可の“お誂え向け”なイベントだ。是非ともこの機会にVR世界を走り回って、新鮮かつ貴重なデータをたくさん取らせてくれ」
無菌室の外では、その三時間を医療従事者が観察する。その人に向けた言い分でもある板見の発言に、よく回る口だと半眼な九曜。
「隣の部屋からですが、私と板見くんもログインします。目的はVR空間内での九曜ちゃんの監視。
何か異常があれば、即座に九曜ちゃんを強制ログアウトさせます」
無菌室の外にも直接、あるいはスピーカーを通して聞こえるよう大きな声で話した美紗は、一歩九曜に近づいて、小声で呟いた。
「ま、全部建前なんですけどね?」
パチリとウィンクする美紗。ログインと同時に身体との信号を全てシャットアウトするので、仮想世界で異常が現れる事はない。ましてや、今は薬の投与で症状を抑えている。尤も、それで三時間の連続ログインが可能かは机上のものでしかない。今回のログイン試験はその確認も含めている。担当医は苦い顔で許可していた。これには美紗さんもにっこり。
「今回はNWOのプロデューサーである新世氏にも協力を仰ぎ、望月ちゃんのアカウントはログインと同時に、イベントエリアへと転送される。だから君は、イベント開始と同時にログインしてくれ」
「分かり、ましたっ」
「またこの試作機は動作中、君の健康状態を常にスキャンし続ける。血圧の低下や狭窄の悪化、心拍の異常上昇等が見込まれた際は、まずは君の頭の中にアラームが鳴る。それでもログインし続けると、場合によっては、強制ログアウトされるから、注意してほしい」
……ここでの話だが、九曜は全て事前に聞いている。その上で、三時間程度のログインでは今の安定した症状と薬の効果により、ほとんど問題ない事は板見から言われていた。きちんと確認する必要性があるとも言われたが。
それでもなお、こうして繰り返すのは、九曜に対してではなく、無菌室の外にいる医師看護師に対する説明を目的としているからだ。要約すれば、十文字で収まる。
そう、つまり。
安全対策は万全です。
その為だけに言葉を重ね、面倒な手順を今一度説明しているのだった。
仮想世界内では板見と美紗が監視し、医療用ハード内では常に健康状態がスキャンされ、更には常に医療従事者の目がある。しかも九曜の健康状態に異常が起きた際は強制ログアウト機能もある。最大限の警戒をしながら事に当っています、というパフォーマンスである。
「一応、新世氏よりイベントの具体的内容に関する音声データを受け取っている。四号機の中にロードしてあるから、ログインまでに聞いておくといい」
「音声、データ……?」
「イベント開始直前に、運営からイベントの説明があるらしい。その説明さ。君はその時はまだ、ログインしていないからね」
「ん。分かりまし、た」
イベント開始まで三十分を切っており、イベントエリアに直接ログインするのは九曜のアカウントだけだ。そのため、板見と美紗の二人は、先にログインする必要がある。
「説明は以上だが、質問はあるかな?」
ふるふると首を横に振った九曜に板見は一つ頷くと、イベント開始の時間も迫っているので、ログインのために美紗と共に部屋を出ていく。
そんな後ろ姿を見送る九曜だったが、直後、『あっ』と思い出したように小さく呟いて、二人を呼び止めた。
「どうかしましたか?」
「質問じゃ、ない、けど……言い忘れ、あった」
詳しい機能なんかは、前日の内にある程度把握し、自分が入っているモノの操作についても問題ない。むしろ家庭用VRハードよりも高性能な分、操作感が良すぎて気持ち悪いくらいだ。普通の筐体を使っている人には悪いが、何となくズルをしている気分になる。
しかしズルによる僅かな罪悪感があるものの、それ以上にまたNWOに戻れるという歓喜が強い。
「ありがとう、ございまし、たっ」
だから、すんなりとお礼の言葉が出た。自分の為に何ができないかと足掻いてくれた美紗も、打算があるものの惜しまずに協力してくれた板見も。
二人が居なければ、九曜は今もベッドの上でただ運命を待つばかりだった。
「ははっ。こちらこそ、研究協力にお礼を言いたいくらいなんだ。お礼の必要はないさ」
「板見くんと同じ意見は癪ですが、九曜ちゃんが元気になってくれることが、私は何より嬉しいんです。だから気にしないでください。ね?」
「で、も……」
気にしないでと言われても無理だし、せめて言葉で伝えたかったのだからどうしようもない。
そう目を伏せる九曜だったが。
「もしこれだけ言っても気にするんだったら
イベントで大暴れして、俺を楽しませてくれ」
「っ!」
ニヤリと笑う板見が、九曜を挑発する。
その
かつてハクヨウとして出会った頃の、気の良いお兄さん然とした彼でもなく。
最強プレイヤー ペインとしての、挑戦者を待ち受ける不敵な笑み。
「――ふふっ」
最強、最強か……と、九曜は小さく反芻した。少し前までは、そんなものに興味はなかった。
ただ仮想世界を走り回れれば、それで良くて。
たくさんの出会いと楽しい日々が続けば、それで満足だった。
「いつから、だろ……」
あるいは、この1週間がそうさせたのか。
二人との約束が、そうさせたのか。
「負けない、よっ」
今の自分には、譲れない約束があるから。
今一度心の中で思い返した九曜の双眸の奥に、爛々と燃える強い意思を感じ取った
「………いいね。
「私と、理沙、楓で上位を独占、する。
………貴方は、邪魔だよ」
間違いなくゲーム内最高レベルの実力者二人。
最速プレイヤーと名高いハクヨウと、最強プレイヤーと名を馳せるペイン。並々ならぬプレッシャーを放つ板見に、九曜は今までとは桁違いに高まったモチベーションで応えた。
「………どぉせ私は置いてけぼりですよ〜だ」
互いにライバル認定した二人の後ろで、寂しそうな美紗の声が木霊したことを、誰も気付かなかった。
◇◆◇◆◇◆
仄暗い球体の中で不規則に明滅する無数で色とりどりの光を眺めながら、九曜はゆっくりとその時を待っていた。
明滅する光の内、三割が九曜の健康状態スキャニング用、三割がVRハードとして役割がある。
イベント開始まで十分を切った現在。蓋の閉じた試作四号機の中は近未来的な機械のコックピットの様であり、板見の趣味というか、遊び心を忘れない性格に感嘆する。何せ明滅する光の残りの四割が、『内装に面白みが足りないな』とか言って板見が付けた、全く役割のないモノだから。
「そ、だ。そろそろ、聴こ」
時間も迫っている事だし、と。九曜は板見がインストールしておいたらしい音声データを聞くために、ポチポチと機械を軽く操作する。
一応、イベント概要は既にかなりの情報が告知されており、プレイヤー同士のバトルロイヤルで、ポイント制なのも分かっている。兎に角たくさんの他プレイヤーを倒し、自らが倒されなければ上位に行ける至極分かりやすいルール。
だから聞く必要はあまり感じないのだが、良い暇つぶしになるだろうと聴こうとした九曜だったが、一向に動かない。
操作を間違えた?いや、ボタンを二つ三つ選択するだけのお手軽操作である。間違えるはずも無い。どうしようかと首をひねる九曜だった。
その瞬間、パッと内部を光が包み込む。
薄暗い空間に目が慣れていた九曜には眩しすぎて思わず目を細めてしまったが、ちゃんと動いたことに安堵したのも束の間。九曜の正面に新世の姿が映し出された。
九曜から見て正面。機内の蓋の内側部分は、実は全体がスクリーンになっていた。
「っ!?」
『ふむ。時間通りですね。……あぁ、九曜さん。ちゃんと居てくれて何よりです』
「ふ、ぇ……?」
『ふふっ……板見さんは貴女に音声データと言ったそうですが、実はリアルタイムのオンライン通話だったりします。これからイベントの説明が
実はイベント開始五分前になると、自動で繋がるようになっていたらしい。ジト目で板見が寝ている隣の部屋の方向を見ると、新世にくすくすと小さく笑われる。
場所は何かの中のようで、新世の後ろは真っ黒だった。
『九曜さんを驚かせたかったそうですよ。……さて、九曜さんは現場には居られませんが、そのままじっとしていてください』
「何がある、んです、か?」
『ふふふ……すぐに分かります』
それだけ言って、新世との通信が途切れ再び薄暗い空間に戻る。
「っ!こ、れ……」
のも一瞬のこと。すぐに再び明るくなり、見覚えのある景色が映し出された。
沢山の人々の喧騒が聞こえてくる。
青空と優しく照らす陽光が暖かさすら感じさせ、近くからは噴水の音も聞こえた。
たくさんの人が武装して、武器を携えてワクワクとした気持ちで佇んでいる。
「第、一層……」
それは紛れもなく、第一層の噴水広場。イベント開始時に、多くのプレイヤーが集まる場所。
『驚いていただけて何よりです』
「っ!?」
響いてくる新世の声にまたもびっくりし、九曜は次々にくる急展開について行けない。
『あぁ、もう音声だけですので悪しからず。音声データではつまらないでしょうし、せめて映像という形で、皆さんと一緒に説明しようと思ったので』
「……ん。わかりまし、た」
取り敢えず、状況は飲み込めた。というか、時間もないので飲み込む他なかった。
『ありがとうございます。説明が終わると同時に、九曜さんのアカウントも自動でログインされますので、そのまま楽な姿勢で聞いていてくださいね』
「は、いっ」
『……まぁ、その。わ、笑わないでいただけると助かります』
「?……分かりまし、た……?」
視界は一方向から動かせないが、それでも十分だった。たった一週間しかログインしていなかったのに、久しぶりに感じる雰囲気が、やっぱりNWOが大好きなのだと再確認させてくれる。
『がおーっ!』
「っ!?」
そう思っていると、声が響いた。
近くに見えるプレイヤーが軒並み上を見上げていたので、九曜もスクリーンの上の方に目を向けると、そこにはデフォルメされた赤い小龍。
『それでは、[New World Online]第一回イベントを始めるよ!』
「………」
アニメらしさを感じさせる口調と声音。しかし、妙に聞き覚えがあるような……というか、つい今さっき話したような……
「
声音が少し違うようにも思うが、それはイメージが違いすぎるからなのと、彼女自身が意識しているのだろう。あの真面目然とした彼女が、こんなアニメ口調の可愛らしいキャラクターに声を当てていた。その事に愕然としている九曜だったが、説明は勝手に進んでいく。
『制限時間は三時間。参加者は、イベント専用マップに転送されるよ!あ、ボクはこのゲームのマスコットの‘どらぞう’!以後よろしくドラぁ!』
「ぷっ……あははっ」
前に話した時も、キャリアウーマンらしい雰囲気をかもし出していた新世。その彼女が、このどらぞうというキャラクターに声を当てている。
そのギャップが面白すぎて、思わず吹き出してしまう九曜。『笑わないで』とはこういう事かと納得し心の中で謝るが、笑いは抑えられない。どことなく、どらぞうの声音にやけっぱち感を感じるのは気のせいだろうか。
『それじゃあカウントを始めるよー!』
カウントが始まる直前、九曜は
「クロムっ!」
思わず声を上げるが、こちらには気付かない。それも当然で、ハクヨウというアバターはその場にはいないからだ。あくまでも、プレイヤーと同じ視点で映像を見ているだけ。その事に少しだけ残念に思いながら、九曜は今一度、クロムを見つめる。
『3……2……1……ゼローっ!』
「今から、そっちに行く、ね。クロムっ」
楓と理沙との約束を、忘れたわけじゃない。むしろ、今一番のモチベーションの理由だ。
しかし、それと同じくらい、クロムにも会いたくなった九曜は、優しく微笑んだ。
そして。
『みんなー、頑張ってー!がおーっ!』
どらぞうのその言葉を最後に、九曜の意識は仮想世界に沈んでいった。
今回は解説パートが多めだったので、少しでもフランクになるよう頑張りました。
出来てるかは知らん。
タマゴ型のVRハード……某絶剣が使っていたメディキュボイドに類する物。全身すっぽり入るタイプで、それ単体で簡易ながら様々な検査も行える優れもの。板見の趣味全開な近未来的デザインをしている。
SAOのユウキは臨床試験被験者。
九曜は医療用VRハードの開発被験者。九曜達のデータを基に完成品が作られ、その後に病院での臨床試験が正式に始まる。
九曜ちゃん、板見には感謝してるけど、それとこれとは別!と言わんばかりに楓と理沙との約束のために『ぶっ○』宣言。
ペインとハクヨウが睨み合ってたら、美紗さんは置いてけぼりを喰らいましたとさ。
新世さん……敏腕キャリアウーマンっぽい雰囲気でありながら、『どらぞう』の中の人も兼任。プレイヤー観察で楽しむ運営たちのトップなので、この人も何かと面白い人。どうせ運営を出すのなら、意外性も追求してみた。
ドラグが義肢技師だったり、カスミがポンコツになったりと、私はギャップ萌えでも狙ってるのだろうか……自覚は無いんだけどさ。