ナツキ・スバルは異世界へと転移し、『死に戻り』の力を得た。そして幾度となく繰り返されるループの中、スバルは青髪の少女レムと共に白鯨に飲み込まれ死亡する。
全身から失われた熱が戻る。
深淵から光が差し込み、死んだ体がジワジワと元の感覚を取り戻していく…これは何度やっても慣れそうにない。
「――おい、兄ちゃん。リンガ買わねぇかい?」
「よし、セーブポイントは変わってねぇよな…」
カウンターの前に立つ厳ついリンガ売りにスバルは「死に戻り」の時間が更新されていない事を確認するように頷く。
ちらり、と横を見れば青髪の少女が佇んでおり、彼は安心したように息を吐き、同時にあの“事件”…今のナツキ・スバルを形作った出来事がなかった事に…正確には、それが起きるより前の時間軸に戻ってきてしまった事実に少しばかり胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
ここから、始めましょう。一から……いいえ、ゼロから!
スバルは静かに拳を握りしめる。
大丈夫だ。彼女が忘れようと自分だけは覚えている。
もう諦めない。元より凡人以下の俺が一度目で成功出来るなんて思っちゃいない。何度だって、この運命に抗ってやる!
「すまねぇおっちゃん。今、金がッ」
「―――スバルくん!!!!」
前回の失敗を糧に、クルシュさんと協力して白鯨を討伐する算段を模索するスバル。そんな彼の腕を豊満な胸の内に抱きよせ、青髪の少女―レムは唐突に走り出した。
「―――えっ?」
雑踏を走り抜け斜面を下り正門の眼前にした所でレムは足を止める。
鬼族の全速力に付き合わされたスバルは息も辛そうに尻餅をつく。こんな事はなかった筈だ。いや、俺が引っ張らなければレムがそうしていたのか……俗にいう強制イベントって奴なのか?
前回と全く同じ、いやレムがスバルをこの場に連れてきた時点で多少のズレは生まれたものの、彼の今後の人生に大きな影響を及ぼした出来事と同じ展開が始まる予感に彼はごくりと唾を飲む。
「あ、あの……レムさん。どうしたんですか、一体?」
「ごめんなさい!レムは頭の中が一杯一杯で説明もなしにこんな事を!」
「いや、そんな頭を下げることじゃ……」
スバルは腰に手を当てて立ち上がる。何が彼女を導いたのかは分からないが、レムに限っていきなり殺すような事はないだろうとスバルは落ち着きをもって話を促す。
「それにしたってどうしたこんな所まで」
「スバルくん……わたし勘違いしてました。」
――何か可笑しい。レムの背後に暗い何かを幻視したスバルの瞳は疲れているのだろうか。
「スバルくんは何回も何回も何回も何回も何回も!頑張っていたというのにレムは知らないで、口先だけでスバルくんを追い詰めてしまいました!」
「おい、まさか――それって」
レムが死に戻り前の記憶を保持している。
スバルが驚きとレムの止まらぬマシンガントークに口を閉ざす中、彼女は唇を震わせながら抑えられない想いを舌に乗せ――。
「私と一緒に、逃げてください。どこまでも!」
運命に対する
「…………はっ?」
告げられた言葉の意味が分からない。掠れた吐息を漏らす余裕もなく、その言葉の“意味”をこれ以上ないほど理解しているスバルは乾いた笑みを溢す。そんな俺を見てレムは慈しむように胸板に体を密着させ、
「スバルくんは寒いのが苦手でしたよね、でしたら竜車を借りて西に向かいましょう。カララギなんてどうでしょうか…平和で、ほのぼのとしていて以前からスバルくんも興味を持っていた国ですよ。南の帝国は入れないのでそれは我慢して欲しいです。」
「なんっ……でだよ。何でお前が、そんな事を、」
「資金の問題はありません。このお金はスバルくんの為にとロズワール様から頂いた物ですから。あ、ルグニカ王国を離れるので竜車は買い取った方がいいですね。食料に新しい身分証明書も用意しないと行けません。それに新しい働き口も。」
メイドとしては勿論、力仕事も任せてください!
クルシュ陣営と同盟を反故するわけですから、明確な順路・彼方での生活基盤は決めておいた方が後々楽になります。ルグニカ王国には当分戻れませんし、姉様と会えなくなるのは悲しいですが、手紙を残しましょう。ローズワール様の屋敷を離れれば魔女教から逃げることも出来る筈です。
「ヤメテ…クレ……」
楽しそうに話すレムにスバルは頭を抱え踞る。
彼女は、そんな俺を後ろからゆっくりと抱きしめ…
「もう、頑張らなくていいんです……スバルくんは頑張り過ぎたんです」
「……何でだよ。お前がそんな事を望む、なんて……」
彼女の
…レムにとってナツキ・スバルは英雄である。英雄で在らねばならない。
だから彼女は良くも悪くもスバルの絶望を肯定などしない。する訳がない。それなのに―――、
「嘘だったんです」
「…………」
「スバルくんは英雄じゃ
それでも、足掻いて、死んで、心をボロボロに削りながらここまできた。これからもずっとスバルくんは頑張れるのでしょう。
「……でも、結局はダメだったんです。エミリア様も姉様もローズワール様もベアトリス様も最後には消えてなくなって私に残ったのはスバルくんだけでした。」
……それでも、逃げてくれませんか?
大粒の涙を堪えた瞳には暗い未来を写しだし、絶望のまま……最後には想い人にすら嫌われて死んでゆく英雄の末路があった。
それを生み出し愛し憧れ
最後まで見続けた彼女の心はそこで折れてしまった。
だから、もう背中は押さない。貴方が絶望の前に進むというなら私はいくらでも貴方を引き留め、足を引っ張ろう。
レムという存在が、
どこまでもナツキ・スバルを愛してやまない故に
続かない