第12話です。
次回で無限列車編は終わりです。
それではどうぞ!
明悟とカナエが出会って半月が経ち、互いに動くのに苦労しなくなり、リハビリの期間に入った。
鬼殺隊には所謂専門の主治医がいる医療機関がない。
それゆえ藤の家の女将が知り合いの腕のいい医者を連れてくるがカナエはその医者に負けず劣らずの医療の心得があり、明悟もそれに助けられていたが・・・
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
明悟はカナエが施すえげつない柔軟に死ぬほど苦しめられていた。そして後悔していた。
「大丈夫ですよ。ガチガチのをグニャってやるだけですからそしたらホワワにビュビュって動けるようになります」
「君、絶対説明下手だろ!?痛いわ!」
「それじゃ、続きを」
「止めてくれ!!」
明悟の静止を振り切ってまだやるカナエ。
そして暫くするとグニャグニャになった明悟が出来上がる。カナエにも同じ事をやろうと明悟はカナエを見るが、抜群の柔軟性で明悟が何か出来る余地は無かった。
そして昼食の時間が近づいてくる。
2人とも体を回復させようとするが今日は違った。
カナエが昼食を作りたいと女将に言ったのだ。
何でも日頃から食べさせてもらってるから女将さんに出来る限りゆっくりして欲しくてカナエは代わりに昼食を作る。
明悟も本当は作りたかったが、カナエに施されてヘロヘロだった為に動けなかった。
明悟が回復すると同時にカナエと女将が昼食を持ってくる。
美味しそうな肉と卵のうどんだった。
明悟も大好きな御飯がやって来て座り、食べる姿勢になる。
「いただきます」
「どうぞ」
笑顔でうどんのつゆを一口飲む明悟。
飲んだ瞬間、真顔になるが笑顔に戻して食べていく。
カナエはその真顔に引っ掛かるも麺が延びる前に食べていく。
10分位して食べ終わると、明悟は楊枝で歯に微妙に詰まってしまった肉の繊維やらなんやらを除いていく。
「美味しかったよ」
「そうですか?」
カナエがジト目で明悟を見つめる。
「どうしたの?」
「嘘ですよね。食べてる時に真顔になったじゃないですか、私はそういうの余り好きではないです。本当の事を言ってください」
「言っていいの?」
「勿論!」
明悟の疑問にカナエは笑顔で答える。
そして遠慮が一切なくなった明悟を知ってカナエは後悔する。
「じゃ、言わせて貰うけど、味が濃い。あとエグミがあるよ。鰹節搾ったね?」
明悟は捲し立てるようにカナエのうどんの問題点を指摘しまくる。
別にカナエは料理下手ではない。寧ろ上手い。
ただ、明悟はあちこちの店に行っては食べてを繰り返すほどの食好き。かなりの量の味を知ってる為にカナエのうどんは味が濃すぎたのである。
しかもカナエは鰹節を搾ったのだが、これは間違い。
搾ったことで鰹節から出るエグミのせいでつゆが不味くなったのだ。
勿論、料理のプロでもないカナエにここまで言っても仕方がないのだが、そこは食い物関係には一切の容赦がない明悟。延々とくどくどネチネチ言いまくる。
しかも時よりウンチクまで言って大変、人の怒りを買う言い方である。
カナエも我慢の限界が来たのか、空になったどんぶりを明悟に向かって投げる。
明悟は突然の事に避けられずに当たってしまう。
頭を抑えてのたうち回る明悟。
「そこまで言う必要ないじゃないですか!」
「だからって物投げるな!この料理下手!!」
明悟の容赦のない悪口にカナエの額に血管が浮かぶ。
「言いましたね!?だったら私よりもさぞかし美味しいの作れるんでしょうね!?」
「上等だよ!」
明悟はそう言うと台所に行き、うどんを作って持ってくる。透き通るような美しいつゆが特徴のシンプルなうどんだ。
カナエは一口飲んで食べていく。
「美味しいでしょ?」
「薄いです」
「は?」
「明悟さんも下手ですね」
カナエの笑顔の一言に今度は明悟の額に血管が浮かぶ。
「君の味覚が狂ってるだけだよ」
別にカナエの味覚は狂っていない。これは呼吸のせいである。代謝を早めて体の機能を爆発的に上げる呼吸しかもそれを日常的に使う常駐を使うと当然、栄養やらカロリーやらが早くなくなるので栄養価の高い濃いものが好きになる。明悟は確かに下手な料理人よりは上手いが呼吸が全く使えないので呼吸が使える人の舌の変化が分からなかったのである。
笑顔でにらみ会う2人。
これが2人の最初の喧嘩である。
因みにこの下らなさすぎる喧嘩は女将がまた新しいうどんを作ってきて2人ともそれが自分のよりも遥かに美味しかったので喧嘩してるのがバカらしくなり止めた。
藤の家の女将の一本勝ちである。
・・・・・胡蝶カナエ■死■■■■■■■■■■■
●●●
明悟はカナエと向き合う。
突然、誰?と言われたカナエは何の事か分からずに困惑する。
「何を言ってるんですか?私はカナエ・・・」
「カナエちゃんの料理は味がもっと濃い。嫌に俺好みで嬉しかったけど、あの意外に頑固なカナエちゃんが絶対にやるわけがない。それに任務がないのに起こしたのもあり得ない。カナエちゃんは任務がないと絶対に人を起こさない。まして用事がないなら尚更」
明悟の言葉にカナエは顔を曇らせていく。
それを見て明悟は確信した。
このカナエもこの世界も偽りの世界なのだと・・・これは下弦の壱の魘夢の血鬼術。
対象を眠らせてその物が一番見たい夢を見させ、対象の夢の外側にある無意識の領域にある精神の核を破壊し廃人にさせて精神が壊れた人間を食べると言うえげつない血鬼術である。
そしてその精神の核を破壊するのは魘夢ではなく、魘夢がいい夢を見させると言って傀儡としてる人間がこれを行う。
しかし、明悟の夢にその人間が入ってくる事はない。
これはアギトの力で魘夢の血鬼術に対抗してる為である。明悟だけでなく、轆轤と零余子も夢に誰も入ってこれない。更に言えばアギトの力で微妙に相殺されてる為か夢を見てる本人の理想に世界が作られてる。
本来の魘夢の血鬼術ならばもっとリアルにもっと現実的に出来るがアギトにはそれが非常に効きにくかった。
故に明悟はカナエがいるこの世界が夢だと気付いたのだ。
カナエは目に涙を溜める。
「どうしたの?・・・私は本物だよ。信じてよ」
明悟も目に涙を溜める。
「信じてる。信じてるさ、けど違う。決定的だったのは桜の名前だ」
「え?」
「男の子だったら英二、女の子だったら桜が良いって言ったのは俺だ。けど君はこう言った、男の子だったら真司、女の子なら春。互いに言い争ったけど何も決まらなくて、君の身内に会う時に決めようってなって・・・そして君は死んだ。今でもわかってる君の頑固さは鬼殺隊一、それが人の名前とか大事な事なら更に頑固になる。だから桜って名前は少なくとも簡単には決まってない。婚約の時から言ってるって言ったよね?子供が出来た事の可能性もあるけど婚約時前から子供の事は話してた。婚約時に話したのは子供の名前・・・だからあり得ないんだ。カナエちゃんがつけたがってた子供の名前があっさり俺の理想になるなんてあり得ないんだ」
明悟の言葉にカナエは膝をついて泣き始める。
そんなカナエを明悟は抱き締める。
「私は死んだの?」
「あぁ」
明悟の背中に手を回してすがり付くカナエ。
「やだ!やだ!やだ!明悟さんから消えたくない!消えたら永遠に死んじゃう!」
「消えないよ。絶対に消えない。だって俺が本気で恋して本気で愛した自分の・・・妻だ。消えるもんか・・・忘れるもんか!」
明悟は泣きながらカナエを抱き締める。
絶対に離さないように絶対に忘れないように抱き締める。
そして明悟の言葉と行動にカナエは泣きながらも笑顔になる。
「妻か・・・誰かのお嫁さんになるなんて夢でもあり得ないと思った」
「そんなの決まってないよ。人の未来や運命は決まってないから・・・瞬間瞬間を必死に生きてこそ人だ」
「絶対に忘れない?」
「あぁ・・・ここでもう一度誓う。君の分まで絶対に生きる。必死に生きる。だから、待ってて」
「あの世でも歳を取るかも知れないよ。そしたらおばあちゃんになってるかも・・・」
「そんなの関係ないよ。君は幾つになっても君だ」
「・・・私といて幸せだった?」
「あぁ、喧嘩もしたし、嫌いになったりしたけど幸せだった。君といてこの世で一番幸せになった。君を死なせたから、無責任だし最低かも知れないけど、君といて幸せになれた」
「良かった・・・」
明悟はカナエから離れる。
そしてベルトを出す。
初めて見る物にカナエは驚く。
「君に教えてなかった俺の秘密さ」
優しい明悟の顔を見てカナエは微笑む。
「明悟さん、頑張って」
「あぁ・・・変身!」
ベルトが光輝き、胸のモノリスからどんどんアギトの姿になってくる明悟。
体が黒と金になり、光も強くなり、顔以外の変身が終わる。
カナエは明悟に飛びつき、明悟の唇にキスをする。
突然の事に茫然となる明悟。
カナエが唇を離すと、明悟の顔がアギトになる。
「明悟さん、お誕生日おめでとう!」
カナエが涙を流しながら笑顔を向ける。
ベルトの光が明悟の夢の世界を包み込み、カナエも消える。
明悟の表情は分からない。
泣いてるのか、笑ってるのか、一切の感情がアギトの顔に隠れて分からなくなってる。
これが明悟だ。
悲しみも苦しみも怒りも愛情も何もかも全てをアギトの顔に隠して戦うのが明悟だ。
これが“アギト“だ。
「ありがとう、カナエ」
穏やかな声で感謝する明悟。
結局、この世界が明悟の理想なのかそれとも血鬼術で作られた世界なのか分からないし、カナエが本当にカナエだったのかも分からない。
けど明悟にとって最後の自分の誕生日を祝ってくれたカナエは本人だった。
●●●
明悟はアギトの姿で目を覚ますと、手には縄がついてあり、その先には眠っている子供がいた。
明悟はその縄を外して、子供の頭を撫でて周りを見ると杏寿郎が少女の首を眠ったまま絞めていた。
「杏寿郎君!?」
明悟が杏寿郎の元で首を絞められてる女の子を何とかしようとしたら、炭治郎が叫びながら起き上がってくる。明悟はそっちの方を見ると禰豆子も起きていた。
炭治郎が自分の腕に巻かれてた縄を見た後、持っていた切符を見て匂いを嗅ぐ。
「禰豆子頼む、縄を燃やしてくれ!」
禰豆子が血鬼術の爆血で杏寿郎や寝てる善逸や伊之助、轆轤や零余子の縄まで燃やす。
すると轆轤と零余子が目を覚ます。
轆轤は頭を抑えながら立ち上がる。
「血鬼術か・・・なめた真似を」
「お父さん・・・お母さん・・・何処?」
轆轤は辺りをすぐに状況を認識するが零余子は涙を流しながらまだ状況が掴めていなかった。
「大丈夫?」
「気分が悪い」
「自分の理想過ぎたか?」
「あぁ・・・零余子、確りしろ鬼だ」
轆轤の言葉を聞いた零余子は動かずに頭を抑えて縮こまる。轆轤はその状態に別の意味で頭を抑える。
「彼女・・・大丈夫?」
「まぁ、勝手について来てるだけだ。どうでもいい」
明悟と轆轤がそう簡単な話をしてると突然、人間が小刀や錐を持って炭治郎、禰豆子、明悟、轆轤に向かって襲ってくる。
「何するんだ!?」
「危ないだろ!」
「邪魔しないでよ、あんた達が来たせいで夢を見させて貰えないじゃない!」
その一言で明悟達は自分の意思で鬼に使われてると理解して瞬時に気絶させた。
「明悟さん、大丈夫ですか?」
「炭治郎君、俺は大丈夫。君は?」
「大丈夫です!」
「よし、急いで大本を・・・」
明悟はアギトの超能力によって両端から歩いてくる2つの存在に気が付く。轆轤も気が付き、炭治郎も匂いによって気がついた。
そして両端の扉が開かれる。
出てきたのは下弦の参の病葉と下弦の陸の釜鵺だった。
ただし、2人とも理性なんて物を感じさせなかった。
「十二鬼月が2人も!?」
「クソ、人手が足りないな」
明悟はやって来た2人を見てどうすれば良いかを考える。
すると轆轤が釜鵺の前に立ち、ベルトを出現させる。
「なっ!?」
「まさかとは思ってたけど」
轆轤のベルトに驚く炭治郎と明悟。
「変・・・身!」
轆轤はアギトに変身する。
その光によって病葉と釜鵺は少し火傷する。
それに激怒したのか、言葉を言うことなく襲い掛かってくるが、明悟は病葉を轆轤は釜鵺を掴み、抑える。
「炭治郎君、ここは何とかするから大本の所に!」
「はい!」
炭治郎は車両の屋根に上がり、元凶の大本を探し始める。
「禰豆子ちゃんは頑張って3人を起こして」
大きく頷く禰豆子。
明悟は反対側で釜鵺を抑えてる轆轤を見る。
「君、名前は!?」
轆轤も釜鵺を抑えながら明悟を見る。
「・・・轆轤だ!芦原轆轤!」
「轆轤、そいつを屋根の上に移動させろ!もしも他の乗客に怪我を負わせたらお前を倒す!」
「・・・良いだろう」
明悟と轆轤は屋根の上に何とか2人を持ってくるが、殴り蹴られ弾き跳ばされて互いに車両の屋根の上の真ん中に来る。
立ち上がり、背中合わせになる2人。
「そっちは任せて良いか?」
「良いよ、その代わり乗客は守れ」
「・・・・なら今回は俺達を見逃せ」
「わかった」
互いに敵に向かって構える2人。
すると2人が変化する。
病葉は蛇を模した怪人コブラに釜鵺はコウモリを模した怪人バットになる。
2人は互いの敵に向かって戦い始める。
コブラは口に生えてる牙から毒を出して明悟に襲い掛かってくるが、明悟はその攻撃を見事に防いで腹を殴る。
バットは飛び掛かって轆轤を攻撃してくるが轆轤は上手く対処して腹を殴り、バットの足を掴んで放り投げる。
体勢を立て直したバットは口から超音波を出す。
その攻撃に頭を抑える轆轤。
攻撃しようにも轆轤には遠距離の武器がない。
明悟は自分の敵のコブラに集中する。
コブラは素手だと分が悪い事に気付き、距離を取って牙を噴出してくる。
明悟がそれを避けると当たった所が溶けている。
また牙を噴出してくるコブラ。
明悟はストームフォームになり、ハルバードで牙を全て吹き飛ばす。
轆轤はバットの超音波に苦しめられながらも明悟の戦いを見てた。まだアギトになって日が浅い轆轤は明悟の戦いを見てアギトその物に慣れようとしていた。
そして明悟がストームフォームに変わったのを見て、自分も変わろうと左のスイッチを押す。
すると明悟とは違った変化をした。
左半身は緑になり、肩は色が変わっただけで変化せず、籠手が一回り大きくなり、流れる水のような流線形になる。
轆轤は瞬時にこのフォームの特性を理解して、ベルトから武器を出す。
ハルバードではなく、弓だった。
弦は付いてなく、弧が刃になっていて和弓のような大きさはなく、まるで曲がった双頭刃である。
バットはまた超音波で攻撃してくるが、轆轤は弓を左手に持ち、右手で矢を引く体勢になる。
すると水の弦と矢が現れて発射される。
水の矢はバットの羽を貫き、列車の屋根の上に落とす。
これが轆轤だけの新しい姿、水の力を司るアギト“アクアフォーム“である。
轆轤は落ちたバットに向かって弓・・・“アクアアロー“を振るう。
斬激を喰らうバットは吹き飛び立ち上がろうとするがよろける。
轆轤はすかさずにアローを構えて弓を引き絞る。
水の矢が精製されて矢の周りが光を纏う。
明悟もハルバードを振り回して、両刃に風と光を纏わせる。
轆轤はバットに思いっきり矢を放ち、明悟はハルバードを持ってすれ違い様にコブラを斬る。
バットとコブラは灰になり、死んだ。
理性が無くなり、それでもなお襲ってきた2人に明悟は非常に困惑した。
「理性すらも無くさせるなんて・・・」
「趣味が悪い」
轆轤が悪趣味さに苛立つ。
2人ともグランドフォームに戻り、大本を叩こうと炭治郎が向かった先頭車両に向かう。
すると炭治郎が先頭車両から走ってくる。
「明悟さん、鬼は列車と同化してます!乗客を全員殺す気です!」
明悟と轆轤は屋根を叩き壊して列車の中に入ると壁から生えた触手が乗客を食べようとしていて明悟と轆轤は手足に光を纏わせて消していく。
「鬼の首の場所がわかるか!?」
「いや、列車に溶け込みすぎてわからん!お前の方がこの力に詳しい筈だろ!?こういった時はどうしてた!?」
「体力が続く限り倒してたよ!列車自体が鬼に変化して鬼の気配なら無数にあちこちからしてるよ!」
「案外不便な力だな」
「まぁね」
不便ではあるが、役に立たない力ではない。これはアギトの超能力が強すぎるのだ。
そのお陰で家の中とか山の中でも的確に鬼を見つける事が出来る。しかし、このような鬼の中に入った状態になると強すぎる超能力が全体から等しく鬼の気配を入れようとしてしまい、弱点や本体が分からなくなるのだ。
肉の触手が乗客を殺そうと躍起になるが明悟も轆轤も乗客には指1本触れさせなかった。
そんな風に三両分の乗客を守ってると、日輪刀で触手を斬りまくっている杏寿郎がやってくる。
「津上!」
「杏寿郎君!」
「緊急時だ。手短に話す。この八両の列車の後ろの三両は任せろ。黄色い少年と竈門妹が二両を守る!」
「俺達は残りの三両で炭治郎君と伊之助君が鬼の首を探すでいいかい!?」
「勿論だ、必ず弱点はある、こっちも探すぞ。気合いを入れろ!」
「ああ!」
杏寿郎は手短に明悟と連携を取ると、後ろの車両に向かって行く。
明悟とかやの外だった轆轤はそのまま触手の相手をしていた。
因みに杏寿郎は轆轤の変身を見てないため、2人になったアギトは明悟の新技かなんかだと思い、終わったら後で教えてもらおうと内心考えていた。
●●●
善逸と禰豆子も触手から乗客を守っている。
そして、3人目のアギトである零余子は席の上で体を縮めていた。
元来臆病であり、十二鬼月になれたのも単純に弱い人間や勝てそうと思った人間だけを食べていた零余子にとって無惨もそうだが、自分よりも強い相手を見ると確実にビビるのだ。
もっと言えば零余子は明悟や轆轤のようにベルトを出せない。変身出来ないのだ。理屈は轆轤にも零余子にも分からないが、超人的な力が使えなければただの勘の良い人間でしかない。
体を縮めながら、自身の運の悪さを零余子は呪っていた。
(なんでこんな事に・・・十二鬼月が2人で理性が無いなんて絶対に普通じゃない!こんな所で死にたくない)
どうやって生き残ろうかそればっかり零余子は考えていた。生きるためなら何でもする。零余子はそう言う意味では無惨そっくりであるが、そもそも生きる為に必死になるのは生きてるなら当たり前だ。
問題なのはそれで人を捲き込むなと言う事だ。
生きるなら生きれば良い、ただそれは人を殺す免罪符ではない。無惨はここら辺の“良心“が欠片もなく、手遅れである。そして零余子も手遅れ気味ではあるが無惨に比べて力がないし、恐怖で体が動かなくなる事が多々なので目立ってない。
そして今も生きる為に動かなくなれば触手が襲ってこないと思って体を縮めて事なきを得ようとしたが、そんな甘い事はない。
触手が零余子を食べようと上から襲ってくる。
零余子はそれに気づき逃げようとするも時は遅く、そして恐怖で体が動かなくなってる。
食われる直前になって零余子が思い出したのは、鬼になる前の事。
熱が出て両親が夜遅くに山に山菜を取りに行き、帰りが遅くて心配になり、村の知り合いに隠れて探しに行ったら、両親が無惨に食われていて、逃げようとするも恐怖と熱で動けなくなり、必死に生きようとしがみついてすがり付いて鬼になった。
零余子はその事を思い出しながら、両親を山に行かせたのは自分と言う事実。恨むべき相手である無惨にすがって鬼になったと言う罪。
零余子は走馬灯のように2つの事を思い出していた。
(嫌な人生だったな・・・)
迫り来る触手に零余子は涙を一粒流す。
「雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃」
しかし、落雷のような速さで触手は善逸によって斬られる。今の今まで今作で活躍の場が中々恵まれなかった善逸の為に解説するが、善逸は超人的な聴覚によって例え寝てても状況を認識する。そして普段は恐怖心でダメダメな善逸も寝て聴覚以外の全ての状況を把握してる状態になれば炭治郎や伊之助にも負けない隊士になる。
「何で助けるの?私は鬼だったのに・・・」
零余子が助けた善逸に尋ねる。
鬼殺隊は確かに人を助けるのが仕事だが、轆轤や零余子みたいなケースは当たり前だが初めてである。まだ人を食べた事がない禰豆子とは違って轆轤も零余子も十二鬼月に入る程に人を食べてる。
いくら人に戻っても人を食べた罪は絶対に一生消えない。寧ろ、人に戻ったからこれからは守ってねなんて虫が良すぎる。
だから守られる理由が無いのに守った善逸の行動が零余子には理解できなかった。
「女性の涙が落ちる音がした」
非常に臭い台詞である。
寝ててもそう言う事が言える善逸の元来の女性好きには最早尊敬出来るとしか云いようがない。
しかし、触手はまだ襲ってくる。
他の乗客も零余子と一緒に食べる気だ。
善逸だけでなく、禰豆子も爪と脚力を使って零余子を守る。
自分よりも小さく勇気のある禰豆子にも零余子は何故そうやったのか分からなく、首を傾げて禰豆子を見る。
禰豆子はそれに気づくと零余子の頭を優しく撫でて戦闘に戻る。
零余子は泣かずに黙って助けてくれた2人の戦闘を見ていた。
●●●
明悟と轆轤は触手を斬りまくって乗客を守っていると突然、先頭車両の方から凄まじい断末魔が聴こえてくる。咄嗟に耳を庇う2人。
そして車両が突然のたうち回るように動きまくる。
明悟はフレイムフォームに変わり、直接拳で壁を殴りまくり、衝撃をどうにかしようとする。
轆轤は明悟がフレイムフォームになったのを見てアクアフォームになった時と同じようにまた右側のスイッチを押す。
すると右半身がオレンジ色に変わる。
形はそのままに2回りほど隆起した右肩、そして籠手も2回りほど大きくなり、岩を彷彿させるような籠手になる。
もう1つの轆轤だけの姿、土の力を司るアギト“サクスムフォーム“である。
轆轤もグランドフォームよりも遥かに強くなった力で壁やそこらを殴りまくる。
1つの車両だけでなく、あちこちのたうち回ってる車両の中を進んで、同じように呼吸を使いまくって衝撃をどうにかしようとしてた杏寿郎と3人で何とか抑えた。
死者は1人も出さずに怪我人だけで抑える事が出来たのは運が良かったとしか云いようがない。
もしも杏寿郎がいなかったら、明悟がいなかったら、轆轤がいなかったら・・・そう考えると恐ろしい事になりそうだったが何とか被害を抑える事が出来た。
グランドフォームに2人とも戻る。
明悟は列車から降りて、炭治郎達を探す。
轆轤は斬られてどうにかしようともがいてた下弦の壱の魘夢を見つける。
「俺はまだ全力を出してない。折角生き残って下弦の参と陸を手下として使って良いと言われたのに・・・クソクソクソクソ!!」
「生きようとするのは愚かじゃなかったのか?」
「下弦の弐!」
「元だ。俺も聞きたいことがある。20年前、蕪前岳で起こった2人の女を殺し、残酷に死体を弄んだのはお前か?」
魘夢は轆轤の言ってることが全く理解できなかった。
「知らない・・・俺はそんなの知らない」
「なら、用はない」
轆轤はそう言って立ち去ろうとする。
「良かったな・・・もしもやったのがお前なら俺は首を斬ったり、日の光にさらしたりなんて“生易しい“事はしなかったぞ」
轆轤から溢れでる圧倒的な迄の怒気に魘夢は恐怖で何も言えなくなる。
そして魘夢は恐怖を味わいながら死んだ。
轆轤は戻ってくると逃げる為に零余子を探す。
すると意外にも炭治郎達を含めて早く見つかった。
炭治郎は腹に怪我をしたのか杏寿郎から呼吸での止血方法を教えられていて、伊之助は珍しくも人助けをしていた。そして善逸は禰豆子に膝枕されていて幸せそうに寝てた、禰豆子も時折頭を撫でてる。
ただ、零余子はまるで隠れてるように善逸と禰豆子の2人をじっと見てた。
これには明悟も轆轤も何故か分からなかったが、生きてるから良いと思った。
「今回は見逃してくれるんだろ?」
「約束したからね。結果的に死者は出てないし、但し次に会った時は強制的に本部には来てもらうよ」
明悟の言葉に轆轤は笑う。
「俺達をそこで殺すつもりか?」
自虐しながら尋ねる轆轤。
明悟は轆轤に優しい笑みを見せる。
「いや、無惨を倒すのを手伝って欲しい」
轆轤は明悟の言葉に唖然とする。
元とは言え下弦の弐でしかも交戦した事がある轆轤に明悟は何故そう言えるのか轆轤には分からない。
「十二鬼月だった俺達と協力するってお前はイカれてんな」
「そうかもね。けど無惨を倒す為だ。それ以降の事はどうするべきかまだ俺には答えがないけど」
「安心しろ、俺は無惨を倒したら死ぬ」
「・・・・・」
「俺みたいな悪党はさっさと死んだ方が世のためだが無惨を倒せないで死んだら、殺された家族に申し訳ない。俺は生き続けたらいけない」
「人の人生を狂わし続けた自覚があるなら死ぬな。100人を殺したなら1000人救え、それでも罪は消えない。けど家族に申し訳ないって気持ちがあるなら、人を救い続けろ」
明悟の言葉に轆轤は黙って明悟の目を見る。
1000人を救っても殺した罪は一生消えない。
だが、それで死んでも意味はない。
人を殺した罪は自害した程度で赦される物ではない。
望ましいのは遺族の目の前で公開処刑だが、どこにいるのか不明な轆轤の被害者を全員集めるのは不可能だ。
鬼殺隊士の中にも必ずいるが彼らの目の前だけで死んでも意味はない。
殺された人間が多すぎる。
だから、生きないといけない。
後ろ指は指され、怨みから暴行されるだろう。
それでも生きないといけない。
罪を償うとは自分で勝手に死ぬ事ではなく、生き続けてやる事だ。
もう轆轤の命は轆轤だけの物ではない。
明悟はそう感じながら、轆轤と話していた。
「俺の命を決めるのは俺だ」
「人を殺して無かったらね。けどお前にもうその権利はない」
明悟と轆轤は黙って互いを見る。
無関心でもなく、相手に怒ってるわけでもない。
そして、轆轤は零余子を連れてその場を去ろうとした瞬間、上空から何かが落ちてくる。
それは炭治郎や杏寿郎の近くに落ちた。
凄まじい衝撃音に炭治郎や杏寿郎だけでなく明悟や轆轤、ひいては禰豆子や零余子もそこを見る。
・・・善逸も起きた。
土煙が晴れて現れたのた十二鬼月 上弦の参 猗窩座だった。
そして次の瞬間、炭治郎の頭を潰そうと殴りに行く。
「炎の呼吸 弐の型 昇り炎天」
その拳を下から斬るが猗窩座は一旦離れて斬られた腕をすぐに再生する。
ただ、すかさず明悟と轆轤が飛び出して光を拳に纏わせて殴る。
猗窩座は両手を交差して防ぐが、太陽の光と同質の光の為、かなりの火傷を負い吹き飛ばされるが、一瞬でその火傷も回復される。
「成る程、お前らがアギトか・・・そして斬ったのは柱だな?」
「だったら、どうする?」
明悟が猗窩座に対して構える。
轆轤も生きる為に構えて、杏寿郎も日輪刀を構える。
「何故、手負いの者から狙うのか理解できない」
「話の邪魔になると思ったんだ。俺とお前たちの」
「何の話をするつもりかな?」
猗窩座の言葉に明悟は尋ねる。
「どうだ、柱?お前も鬼にならないか?」
「ならない」
「お前はかなり強い。至高の領域に近づいてる」
「俺は炎柱 煉獄杏寿郎だ」
「俺は猗窩座だ。杏寿郎、何故近づいてるのに至高の領域に近づいてるのにたどり着いていないと思う?それは人間だから、老いて死ぬからだ。鬼になれば百年でも二百年でも鍛練できる。もっと強くなれる」
「その強さだけが全てじゃない」
明悟が2人の間に割って入る。
猗窩座も杏寿郎も明悟の方を見る。
「老いて死ぬのは悲しいし辛い。けどそれで強くなれない分けじゃない。瞬間瞬間を必死に生きようとするのが人間でそんな人間だからこそ、最低な時もあれば最高の時もある。全ては波のように不安定たからこそ生きることに価値がある。だから人間は生きてるだけで強い」
「お前、名前は?」
「光柱 津上明悟」
「明悟、弱者では生き残れない。生きる価値がないんだ」
「生きる価値を決めるのはお前じゃない。もしもお前がそんな自己満足の為に人の未来を奪うなら、俺が止める。誰も人の未来を奪うことは出来ない」
「強ければ、それが赦されるんだ明悟」
「なら、ここで倒す」
構える明悟。
杏寿郎笑いながらその姿を見て日輪刀を構える。
「素晴らしいぞ津上!それでこそ鬼殺隊の柱だ!猗窩座、俺も鬼にはならない。俺は人間として未来を奪うお前達、鬼を倒す」
「術式展開 破壊殺・羅針」
猗窩座が血鬼術を使い戦闘体制になる。
「アギトには殺せと命令されてる。そして鬼にならないならば生かしておく理由が無い」
轆轤も猗窩座の言葉を聞いて構える。
「轆轤」
「アギトは殺すらしいからな。1人じゃ勝てない奴なのは分かってる。手伝うぞ」
「その声は下弦の弐」
「だから、元だって」
杏寿郎はどうするべきか迷う。
明悟は杏寿郎の肩に手を置く。
「今だけは信用しよう」
「津上・・・そうだな!それ以上の話は今するべきではないな!」
3人が猗窩座に対して睨む。
「何故、そこまで他人の為に生きようとするのか分からない」
「約束しからね。死んだ・・・妻に頑張ってって言われて頑張らない旦那はいないよ。だから頑張る。天国にいる彼女に届くまで」
「なら、その頑張りが無駄だと言う事を教えてやる」
3人と猗窩座は互いに間合いを積めて攻撃し合う。
どんな結末になるか闘ってる者達も見てる者達も分からなかった。
解説
仮面ライダーアギト アクアフォーム
水の力を司るアギト。
専用武器は弓型の武器のアクアアローで水の矢を放てる。また弓の弧は刃になっていてそれで攻撃も出来る。イメージしにくかったらカリスアローみたいな物だと思って下さい。
仮面ライダーアギト サクスムフォーム
土の力を司るアギト。
サクスムとはラテン語で岩でございますが土のラテン語読みが思ったよりも語呂が悪くてこうなりました。
登場してませんが、専用武器はサクスムアックスで両手斧です。大きさはウィザードのアックスカリバーぐらいです(柄は別に刃になっていません)
えー、轆轤アギトの解説を載せましたが、他にも色々とまぁ言って言いかなと思ってる事はありますが、まぁ楽しめたら楽しんで下さい。
魘夢を斬るまでが手こずりました。
特に下弦の参と陸も出したけど、見事なまでの噛ませ犬w・・・コブラとバットになったのはノリと勢いです。仮面ライダーThe Firstを久しぶりに見て、怪人カッケェ!コブラとバットカッケェ!と思ったのが理由なんですが、許してください。
元も子もないことを言えば轆轤のフォームチェンジの為だけに出ましたが変身できるアギトが2人も起きていたら、すぐに死ぬだろと思ったのが最大の要因ですが・・・
猗窩座の登場。
十二鬼月で一番好きなキャラなので漸く出すことが出来て嬉しいです。過去のあの展開も辛いですけど好きなので徹底して書きたいです。
そしてやっと善逸と禰豆子の戦闘シーンを書けました。長かった。本当に長かった。いや炭治郎や伊之助もまともな戦闘シーンなんてないですけど、善逸や禰豆子に関してはそれ以上にないと言う状態でした。
漸く出せましたが、一瞬で終わったのが辛い。
てか善逸の戦闘シーン難しい!
雷の呼吸の速さは戦闘シーンの短さに直結してる状況なので何とかしたいです。無限城でのあの戦いは書きたい!
杏寿郎さん、ごめんよ明悟が大量に台詞を取っちゃって、けど次回はそんなに取るつもりは無いから安心してね(絶対に安心出来ないパターン)
えー、明悟とカナエとの関係で婚約までの流れを部分部分に書きまして気付かれた方もいると思いますが、この2人は所謂できちゃった婚です(全力土下座)
これ以上は本編で書きますのでこれからもよろしくお願いします。
批判感想質問はお気軽に送ってください。
・・・・今回は怒号も飛んで来そうと思いますが、それも気軽に送ってくれて構いませんので!