痛いのは嫌ですか? 出来る限り耐えてくださいね   作:度し難し卿

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 痛いのが嫌だから防御へ振ったのですか……メイプルは可愛いですね




そんなもんじゃ、憧れは止められない

 蛍光灯で照らされた廊下はしんと静まり返っていた。人どころか生き物の気配もない。土壁のような肌色の壁は、生物の体内を進んでいるような不気味さがあった。巨大な機械の駆動音が壁を伝って響いてくる。その重く流動的な音が更に不気味さを増していた。

 

 作戦は順調そのものだった。入り口からここまで罠や監視カメラのひとつもなく、妨害されることもなかった。4人で構成された小隊は1人も欠けることなく、しかし警戒を解くこともなく慎重に進んでいた。

 

 新しい扉を発見した。先頭の1人が合図を送り、左右と後ろを警戒していた3人が動いた。訓練通りに素早い手つきで扉に爆発物を仕掛けて、扉を破壊したと同時に中に雪崩れ込んだ。

 

「クリア!」

 

 中には誰もいなかった。アサルトライフルの銃口を下ろして、部屋の様子を見た隊の1人の顔が、ゴーグルとマスクの下で歪んだ。

 

「くそっ……またかよ……」

 

 暗く見えづらくなっていたが、入った部屋は子供部屋だった。クッションやぬいぐるみが爆発で散乱していることを除けば、十数名の子供が遊べるほどの綺麗な部屋だ。

 

「抑えろ、まだ任務中だ」

 

 隊長らしい男が、部下の肩を掴んだ。震えているのは部下なのかそれとも自分の手なのか。おそらく両方だろう。この場にいる4人全員が同じ思いだった。

 

 部屋を後にした小隊は、来た道を戻ることなく先へ進んだ。瞬時に意識を切り替えて、身体の震えを止めた。銃口をブレさせることなく、一歩一歩と先へ進んでいった。

 

 そしてついに、小隊は目的の場所へたどり着いた。廊下の最奥の大扉。周囲の景色とアンバランスな金属の扉だ。表面には取手も窪みも何もなくただの金属の壁のようにも見えるが、上下に分けるようにして入っている線がそれを扉と主張していた。

 

 銃を握る手に力が入った。ここからが本番だ。訓練通りに爆発物を仕掛け、扉が破壊されたと同時に中へスタングレネードを投げ込む。相手は1人だが、油断してはいけない。

 

 

『おや、お客様ですか……招待はしていなかったのですが』

 

 

 合図を送ろうとした瞬間、何もなかった扉に男が映し出された。

 

「総員、警戒!」

 

 隊長が指示を出すより早く、男の声がした瞬間に隊員たちは身構えていた。攻撃に対応できるように神経を研ぎ澄ませる。しかし映像の男はまるで緊張感もなく、逆にこちらを落ち着かせるような優しい声で語りかけてきた。

 

『そんなに固くしないで……緊張しすぎるとお腹が痛くなりますよ』

 

「ふざけるなこの人でなしがッ!」

 

 先ほど子供部屋を見て顔を歪ませていた隊員が、男に向かって怒号を発した。

 

「落ち着け、警戒を解くんじゃない」

 

 今にも撃ちそうな部下を鎮め、そして自身も深く呼吸をして心を落ち着ける。

 

「我が国から貴方に逮捕状が出ている。大人しく投降すれば危害は加えないが、銃殺許可も降りている。逆らえば即座に攻撃させてもらう」

 

『おやおや、それは困りましたね……できることなら、あなたたちと話し合いで解決したい』

 

「どの口が言いやがる…」

 

 隊員の1人が微かにそう零した。

 

『信用されてないようですね……悲しいことです。では、少しでも信用して頂くために、お部屋へ招待しましょう』

 

 そう言うと映像が消えた。一瞬の沈黙を挟んで、目の前の扉が上下に開いていく。

 

「ッ! 警戒しろ! 何が来ても不思議じゃないぞ!」

 

 4つの銃口が一斉に前に向けられた。ゆっくりと開いていく扉の奥からは、薄紫色の光が漏れ出していた。

 

 完全に開ききって中の様子が露わになった。

 

 広い部屋の両端にいくつも並んでいる液体の入ったカプセル。そのカプセルを包むようにして、上下には見たこともない機械が取り付けられていた。

 

 そのど真ん中で、歓迎するように手を広げている男の顔は仮面に隠されて見えない。紫色の光が縦一文字に伸びている。それが周囲の液体に反射して、部屋を淡く照らしていた。

 

『ようこそおいでくださいました……こうしてお話しする機会を頂けて光栄です』

 

 いま自分は、何と向き合っているんだ。相対した瞬間に全員が思った。自分たちはこれまで、数々の犯罪者を捕まえてきた。その中には数々の死線をくぐり抜けてきた一流の元軍人もいた。

 

 しかし目の前の男は全く違う。人間じゃない。人間の皮をかぶった別の生き物だ。ここでその皮が破れて、中から化け物が出てきた方が納得できるかもしれない。

 

『………どうしたのですか? どうぞこちらへ』

 

 明らかな罠だ。中に入れば扉は閉まり、閉じ込められるだろう。

 

「他に抜け道はあるか……」

 

 隊の1人がノートパソコンほどの機械を操作している。部屋の隅々までスキャンしているのだ。

 

「確認中です…………………抜け道などは確認できません。この扉だけです」

 

「あの男は………本物か?」

 

 気が触れたととられるかもしれない問いも、この状況においては全員の代弁だった。

 

 部屋をスキャンした映像の中心に立つ男からは、通常の人間としての熱反応が確認された。武装も何もしていない。黒く分厚いコートに身を包んだ、ただの人間だと表示された。

 

 それを聞いた隊長は意を決して、足を踏み入れた。隊員たちがそれに続く。

 

『お茶も出せずに申し訳ありません。ちょうどバタついていたところですので』

 

 紳士的な話し方をしているが、目の前の男は犯罪者だ。自分たちに会話をする許可は与えられていない。決まった台詞を言って、拘束して、牢屋まで連れて行く。これだけだ。

 

「今から拘束させてもらう。大人しくしてろ」

 

『あまりそれを使うのはお勧めしないのですが……』

 

 手錠を取り出して近寄っても、全く逃げる素振りはない。ただ呑気に突っ立っているだけだ。

 

 後ろ手に手錠で拘束した。それでも暴れたり抵抗する様子はない。凶悪犯罪者である筈なのだが、観念したのだろうか。

 

「よし、目標を確保。ただちに帰投する」

 

「了解」

「了解」

「了解」

 

 

 扉が閉まった。

 

 

「しまった!! サーマル!」

 

 すぐにサーマルゴーグルを付ける。周囲に敵はいない。トラップが発動した様子もない。男も逃げ出すどころか、さっきの場所から全く動いていない。

 

「クソっ、閉じ込められました!」

 

「扉のシステムにアクセスして解錠を試せ。残りは周囲を警戒しろ」

 

「了解」

 

 不測の事態だろうと、決して動揺しない。閉じ込められたとしても慌てずにひとつひとつ確認していけば必ず突破口はある。

 

『あなた方は久々のお客様なので、もっとお喋りしたかったのですが……』

 

「静かにしていろ」

 

『もうお時間のよ、ようです……』

 

 明らかに男の言動がおかしくなっている。なんだと向くと、一瞬目の錯覚かと思った。さっきまでちょうどいいサイズだったコートがはちきれんばかりに膨れ上がっている。

 

 違う、膨れているのは男の方だ。

 

「妙な動きをするな!!」

 

 すぐに男から離れて叫んだ。

 

『実に…じつ、に……たのし…い………お時間で…したよ……』

 

 風船のようではなく、ボコン、と音を立てて肉が膨らんでいく。手錠をかけていた手首が、ぶちぶちと音をたてて引きちぎれた。

 

「総員、射撃用意!!」

 

 もう駄目だ、殺すしかない。指示を聞いて待ってましたと隊員たちが銃を向けた。

 

 もう面影が残っているのは仮面だけだ。服は千切れ、肉の塊にしか見えない。

 

『では……また…………』

 

「撃てぇぇぇぇ!!!!」

 

 暗い部屋の中をマズルフラッシュが照らし続けた。反応しなくなった肉の塊に向けて、小隊は持っている弾丸が無くなる勢いで撃ち続けた。

 

 

 

 

 

 数時間後、連絡のなくなった()()()の元に救援が着いた。

 

 森の奥深くにある地下への入り口。その周辺に待機していたであろう部隊は全員が眠るようにして死んでいた。交戦のあとは無し。

 

 地下基地の最奥の部屋は、扉が溶け落ちていた。

 

 中はひどい有様で、元々何かがあったことはわかるのだが、その全てが原型を留めていない。残された一部からして機械があったと思われるが、どこの部品かもわからない。

 

 それらとは別に色んなものが凝り固められたようなものが4つ転がっていたが、その詳細も不明である。

 

 

 捕獲作戦は失敗と判断され、作戦は隠蔽された。

 

 

 

 

 

 

 日本のどこか。

 

 登校中の学生たちはその数だけ会話を繰り広げていた。朝食は何を食べた?昨日のドラマ見た?眠いなーなどなど。

 

「ねぇ(かえで)〜、楓ってゲームする?」

 

「えっ、ゲーム? うーん…そんなにかな」

 

 楓と呼ばれた少女が首を横に振る。

 

「実はさ、今度新しいゲームが出るんだけど……それ一緒にやろ!」

 

 手を顔の前で合わせる友達の頼みを断ることはできなかった。

 

「理沙と一緒に!? いいよいいよ! なんてゲーム?」

 

「ありがとー! その名前が…Newわっ!」

 

 前を向いていなかった理沙が前から来た人にぶつかった。衝撃で後ろに、頭から倒れて行く。

 

「おっと! 危ないところでした……大丈夫ですか?」

 

 間一髪で前に出していた手を誰かに掴まれた。地面に激突する寸前で転倒は止まり、理沙は閉じていた目を恐る恐る開いた。

 

 目の前には空が広がっていた。視線を下にずらせば、今し方助けてくれた人の顔が見えた。大人しそうで紳士的な雰囲気を持った男性だ。

 

「あ……ありがとうございます…」

 

 慌てて立ち上がり、頭を下げた。知らない人の前で醜態を晒したことに、顔が熱くなるのを感じた。

 

「お礼は結構です。こちらがぶつかってしまったのが悪いのですから……お怪我はありませんでしたか?」

 

 それでも、その男性は理沙のことを心配していた。顔を上げた理沙はもう大丈夫だと言って頭をもう一度下げると、呆然とする楓の手を握って逃げ出すように走り出した。

 

「最近の子は元気ですね。元気なのは良いことです……」

 

 走り去っていった少女たちとは逆の方へ、男は歩き出した。

 

 一方、連れて行かれた楓はいまの出来事を「運命の出会いだ」と目を輝かせていた。まるで少女漫画の出会いのシーンだと。理沙も否定するが、満更でもなさそうだ。

 

 

 

 

 ポケットの携帯が鳴った。着信画面には『祈手』と表示されている。通話ボタンを押し、電話に出た。

 

「もしもし…………ええ……………………そうですか、大変喜ばしいことです……………なんですかそれは………………ほう、実に興味深いですね。わかりました、準備をお願いします」

 

 

 電話を切る頃には、男は街の中まで来ていた。

 

「さて、八百屋はどこでしょうか………おや?」

 

 辺りを見回していた男の目が止まったのは、八百屋ではなく電化製品を取り扱う店だった。店頭に並べられたテレビにはニュースが映されていた。

 

『繰り返します。先日、某国が国際指名手配犯の写真を公開しました。この男は幼児から高齢者まで様々な人を誘拐し、非人道的な実験を行い続けた凶悪犯です。これまでに確認されているだけで被害者の数は……』

 

 この顔にピンときたらすぐ110番を。公開された顔写真を見て、男は顔を歪めた。

 

「ああ……あなたはいつも私のために美味しいお茶を淹れてくれましたね………あなたの犠牲を無駄にしない為にも、探求を続けましょう」

 

 視線を少しずらした先ではゲームソフトのプロモーションビデオが再生されていた。

 

 

 NewWorld Online………

 

 

 どのような冒険ができるのでしょうか……

 

 

 とても楽しみです………





 おやおやおや……羊喰らいでふわふわになってしまうなんて……まったくメイプルは可愛いですね………
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