【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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翼が歌うアイルはあの翼でさえ歌えこなせてない感があるけどそれがまた魅力なのだと気が付いてしまったので初投稿です。




「……ありがとな。お粥、美味かったぜ」

「いえ、これくらは全然」

「本当に誰も頼れるやつ居なかったからさ、北沢がきてくれたお陰で死なずにすんだわ」

「大袈裟すぎです。そんな簡単に死にませんから」

 

 丸一日ぶりに胃袋に食事を入れた後、シンクを綺麗にし終えて部屋に戻ってきた北沢と少しだけ話をした。高校生だと思っていた北沢は十四歳の中学二年生で、俺の家より五駅ほど離れた街に住んでいるらしい。普段から親が仕事で忙しいようで、親の手が回らない時は保育園に迎えや夕飯の支度など、北沢が歳の離れた弟の世話を頻繁にしているのだと語ってくれた。

 

「私、早く一人前のアイドルになって家族を楽にさせてあげたいんです」

 

 何気ないの会話の脈絡からそう口にした時の北沢の表情は真剣そのものだった。端正に整った顔立ちの中に違和感を感じさせる、彼女の獲物を射竦めるライオンのような強い眼差し。この時になって俺は初めて喫茶店で話をした時に感じた、彼女の強烈なまでの上昇志向と何かに執着するような確固たる意志の正体が分かった気がした。

 北沢の家庭環境のことは分からない。両親の稼ぎがそこまで多くないのか、それとも何か別の事情があるのか、そこまでは北沢も話さなかったし踏み込んだ話は本人の口から出てこない限り訊いてはいけない気がしていた。分かるのは、十四歳の中学二年生が一人で背負うにはあまりにも酷なモノということだけだった。

 

「……すげぇな」

 

 北沢の身の上の話を聴いて、言葉が出てこなかった。

 勿論北沢も少なからずアイドルへの憧れや興味があって、家族を楽にさせたいだけでアイドルをやっているわけではないはずだ。だけど彼女の中ではそういった憧れや興味より、家族を助けたいという気持ちの方が圧倒的に多くを占めていて、「夢を叶えたい」なんて半端な思いではなく、「夢を叶えなければいけない」といった強い気持ちで夢を追い続けているのだと思う。

 胸の中で何かがうごめく。尊敬や憧れではない。961プロを抜けた時にも感じた、自分を恥じる羞恥心だ。

 

「全然凄くないです。私なんかより自分たちで活動してる天ヶ瀬さんの方が何倍も凄いと思いますけど」

「……俺なんて、全然凄くねぇよ」

 

 あまりに多くのモノを背負いながらも夢を追う北沢とは、まるで対照的に思い上がっていた自分。

 俺は他の人たちが見ている空よりも遥かに高い空を見上げていて、北沢はそんな高い空の上にいる俺を見上げているものだと思っていた。天ヶ瀬さんのようになりたいんです、と話した北沢は俺を眩しいまでにキラキラした眼差しで見上げている気がして、その視線が心地よかった。だから俺はいくらでも上から偉そうに話した。帰り際に、喫茶店から出て行く北沢の背中に「頑張れ」と声をかけたのも、「俺のとこまで登ってこいよ」の意味合いだったのかもしれない。

 

「俺さ、北沢が言うほど凄い人間じゃねぇんだ」

 

 北沢の羨望を利用して自己顕示欲を満たしていた罪悪感からか、それも込み上げてくる羞恥心から逃げたかったからなのか、俺はとうとうそんな言葉を溢してしまった。時計の進む音だけが響く部屋の中で北沢は言葉を探すわけでもなく、無表情に近い顔で真っ直ぐに俺を見つめて次の言葉を待っていた。俺が何者でもないと知ったら北沢はどんな顔をするのだろうか。その現実を直視したくなかった俺は、ベッドの上に仰向けになり、真っ白な天井に向かって胸の内を語り続ける。

 

「いつも誰かにすげぇって言って欲しいんだよな。誰かに認めて欲しくて、俺が選んだ道が正しいって背中を押して欲しくて」

 

 口にした瞬間、羞恥心と罪悪感が少しだけ胸の中から抜け落ちて気持ちが楽になった気がした。だけど今まで誰にも話したことのなかった弱い自分を言葉にして認めてしまったことで、一瞬の敗北感のような気持ちも芽生えてくる。弱い自分を誰に晒すことも、自分で認めることも、俺は執拗に嫌がっていたのだろう。北沢は相槌を打つわけでもなく、部屋にはひたすらに時計の秒針の音だけが響いている。

 

「北沢が俺みたいになりたいって言ってくれた時も、すげー嬉しかったんだ。だけど、それ以上に大したことがないって思われるのが嫌で怖かった」

 

 自分の口ではないように次から次へと弱音か出てきた。体調が良くない時はネガティヴになりがちだと聴いたことがあったが、その信憑性のない話もあながち間違いではないのかもしれないと思うほどだった。

 

「だから期待を裏切りたくねぇって思って最近頑張りすぎて、体調崩しちまったみたいなんだ。これじゃ元も子もねぇよな」

「そうだったんですね」

 

 そう言った北沢の髪は半分ほど開けていた窓からやってきた風に吹かれて乱れていたが、頬に張り付かせたままで俺を見つめていた。

 窓の外はあっという間に暗くなっていて、東京の籠もった匂いと昼夜問わず行き交う大勢の人たちの騒音が、風に乗って俺の部屋まで届いてくる。どれくらいの間、俺たちは同じ空気を分け合いながら見つめ合っていたのだろうか。沈黙の時間を測るように刻み続けていた秒針の音が一瞬だけ鈍い音を立てて、二十時に到達したのを報せた時だった。北沢が無表情で俺を見つめたまま、口を開いた。

 

「分かりますよ」

 

 分かるとはどう意味なのだろうか。身体を壊すほど追い込んでしまう焦りを分かるのか、自分が何者でもないかもしれないという胸の内に隠していた不安を汲み取っていたのか、どちらかなのか分からなかったが、どちらでもあるような気もする。

 暫く考えて、深追いするのを止めた。その代わりに、少し自虐風な言葉を口にして笑った。今更だが、これ以上かっこ悪い姿を見られたくないと、この期に及んでちっぽけなプライドが現れたのかもしれない。

 

「北沢も気を付けろよ。俺みたいに無茶して倒れねぇように」

「分かりました。気をつけます」

 

 真面目に答えていたが、北沢は目元はかすかにふくれていた。そして、

 

「もし私が同じように倒れた時は、今度は天ヶ瀬さんが看病してくださいね」

 

そう言葉を付け足した。その時の北沢の親しみのこもったその笑みは、俺が初めて見る彼女の表情だった。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 アイドルとして一人前になって家族に楽をさせてあげたい。

 私はアイドルを志した理由を天ヶ瀬さんに打ち明けた。片親のことだとか、アイドルとして有名になれば居なくなった父親が帰ってくるかもしれないだとか、込み入った事情は話さなかったが、私が自ら身の上話をしたのはこれが初めてだと思う。絶対に知られたくないほどの秘密ではなかったが、なるべくなら知られたくない話のはずだった。そのことで変に気を遣われたり同情の眼を向けられるのが嫌だったのだ。夢は叶えたいけどそれは自分の実力で掴み取りたい。勝負の世界で成功するかどうかに、家庭環境やバックグラウンドは関係ないのだから色眼鏡で見られるのを凄く嫌がってた。

 それなのに私が自ら天ヶ瀬さんに話したのは、おそらく偶然ながらも彼の秘密を知ってしまった負い目からだ。私は天ヶ瀬さんの家庭事情を知っているのに天ヶ瀬さんは私の家庭事情を知らない、それがひどく不公平な気がしていた申し訳なくなった。おこがましいのかもしれないが、私の中で特別な憧れの存在だった天ヶ瀬さんとは少しでも対等な関係でいたい、そんな気持ちが憧れの中に紛れていたのだ。

 天ヶ瀬さんが肩を縮めて弱音を吐いたのは、私が身の上話を終えた頃だった。

 

「俺さ、北沢が言うほど凄い人間じゃねぇんだ」

 

 目を逸らすようにベッドの上に寝転がり、天井を見つめる天ヶ瀬さんはそう打ち明けた。それから息を吐き出すようにぽつりぽつりと言葉を溢した。誰かに凄いと認められたい、誰かに自分の生き方が間違っていないと背中を押して欲しいと思っていたこと、そして私があの日喫茶店で天ヶ瀬さんに伝えた言葉が嬉しかった反面、その期待を裏切るの恐怖も抱え込んでいたことも、天ヶ瀬さんは真っ暗な闇の中で手探りしながら言葉を探すように話してくれた。

 

「だから期待を裏切りたくねぇって思って最近頑張りすぎて、体調崩しちまったみたいなんだ。これじゃ元も子もねぇよな」

 

 自分を卑下するように笑いながら口にした天ヶ瀬が寝返りを打って、視線が交錯した。開けられた窓から生温い風が吹く中、私はその瞳を見返すようにジッと見つめていた。

 不思議な感覚がした。私から見たら神様に選ばれたような煌めきを持つ彼が、そんなことを考えていたなんて夢にも思っていなかったのだ。天ヶ瀬さんは私より遥かに遠い空の上を飛んでいて、きっとそこから見下ろす景色は私が見てるのとは全然違っていて、その場所に辿り着いた彼にしか分からない悩みがあるのだと、そうとばかり決め付けていた。

 でも私が勝手に神格化し過ぎていただけで、実際はそうなのかもしれない。選ばれた人間だとばかり思っていた天ヶ瀬さんだって、こうして風邪で倒れこむこともあるし、無茶し過ぎてしまうことだってある。961プロにいた時は傲慢で自分を過信し過ぎていたとも言っていたっけ。それは私たち“一般人”にだって日常的に起こり得る話で、決して特別な存在である天ヶ瀬さんだけの話ではないのだから。

 その事に気が付くと遠い存在に思っていた天ヶ瀬さんが、途端に身近な存在に感じた。

 天ヶ瀬さんも私と同じような事で悩み、同じような不安に怯えて、それでもどうにか夢を叶えようと必死に頑張っている。確かにアイドル業界では天ヶ瀬さんは特別な存在ではないのかもしれない。だけど多くの共通点を持つ天ヶ瀬さんは、やはり私の中で特別な存在のように思えて仕方がなかった。

 

「分かりますよ」

 

 天ヶ瀬さんの気持ちも、悩みも。だからそんなに自分を卑下しないでください。困難な道だと分かっていながらも自分の力を証明してトップを目指そうとするひたむきな強さを持つ貴方は、私にとって特別な存在なんですから。

 そんな想いが伝わればと思いつつも私は胸の内を隠すように、目を細めてボンヤリと私を見つめる天ヶ瀬さんの眼差しを見つめ返した。

 

 

 その後、時計の針がいつの間にか二十時を過ぎていた事に気が付き、私は名残惜しい気持ちを抱えつつも自宅に帰る事にした。帰る間際に「いつか今回のお礼をさせてくれ」と申し出た天ヶ瀬さんと連絡が取りやすいようにとLINEのアカウントを交換し合っていた時だった。ふと何かを思い出したように、天ヶ瀬さんに疑問を投げかけられた。

 

「そういえば今日の電話、なんか用事があったんじゃねぇの?」

「あっ……」

 

 この時になって初めて私が天ヶ瀬さんに電話をした当初の目的を思い出した。琴葉さんとの関係が気になるあまり勢いで電話をかけてしまったことを思い出し、頬が熱を帯びていくのが分かる。今更なんて言えば良いのだろう、思わず二歩ぐらい横に引いてしまった。

 

「あ、いや、それは別に……。大した用事じゃなかったんで大丈夫です」

「ふーん、分かった」

 

 天ヶ瀬さんは特に言及するわけでもなく、あまり興味がなさそうな口ぶりでそう返しただけだった。私は自分のスマートフォンに天ヶ瀬さんのLINEが追加されたのを確認すると、律儀にマンションの下まで見送ると言ってくれた天ヶ瀬さんの提案を断って部屋を出た。夢心地のようなふわふわした感覚のまま、薄暗いエレベーターに入って地上へ下りる。不思議なことにあれほどまでに気になって仕方がなかったはずの琴葉さんとの関係が、マンションから出てきた今は全く気にならなかった。

 マンションを出て歩道に出ると、秋特有のノスタルジックな生暖かい風が吹いた。頬に当たる横風が心地いい。街を照らす街灯を見上げると、真っ暗な夜空の中に浮かぶ半分に欠けた月が目に入った。

––––天ヶ瀬さんは、この月をどんな風に見ているのだろう。

 天ヶ瀬さんの瞳に映る月の姿は分からない。だけどきっと私と同じようなことを考えながら、同じような場所から見上げているのだと思う。

 そのことが妙に嬉しくて、私は軽快な足取りで駅までの道を歩いたのだった。

 




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