もうちょっとムビマスのようなイキリ沢志保を出していきたいなと葛藤しているので初投稿です。
「志保、どうだったか? 手応え、ありそうか」
運転席でハンドルを握るプロデューサーとバックミラー越しに目が逢った時、まるでタイミングを見計らっていたかのようにプロデューサーはそう尋ねてきた。バックミラーに映るプロデューサーは私を確認するとすぐに視線をフロントガラスの先へと戻し、私の言葉を待ち続けるように黙り込む。表情や態度ではなく、言葉で表せと、そんなことを私に言っているかのようだった。
手応えなんて、一々訊かなくても雰囲気で分からないのかな。プロデューサーの言葉に少しだけ苛立ちを覚えた私は、大げさな溜息を吐いて移り変わっていく外の景色に視線を向ける。
週末だけあって幾多のブランド店が並ぶ通りは若くてオシャレな人混みで溢れかえっていた。強めに巻いた髪を揺らしながら高いヒールを履きならす女性は歩いているだけなのに惚れ惚れするような雰囲気があって、すらっと伸びた綺麗な足を魅せるかのように短いスカートを履いた女性は、壁に背を預けながらスマートフォンを弄っているだけで、まるで雑誌の表紙を飾るモデルのような優雅さを醸し出している。
そんな中、ふと窓ガラスに半透明に映る自分の顔が目についた。通りを歩く人たちとは対照的な、窓ガラスに反射しているのはふてくされて拗ねるような顔。大人とは程遠い子供の顔だ。
「……いえ、まったく」
平静を装っているつもりなのに、私の口から出た言葉は何処か子供染みて聞こえてしまうのはどうしてだろう。視界に入るキラキラした若い女性たちとは程遠い、窓ガラスに反射する自分を見る度に自己嫌悪になって、無意識にまた溜息が口からこぼれた。
「そっか。まぁ、初めてだからな。また次頑張れば良いさ」
プロデューサーは私に反省点や改善点を求めるわけでもなく、中身の薄っぺらい励ましの言葉をかけただけだった。ふてくされている態度の私を見て気遣っているのだろうか。プロデューサーまでもが私を子供扱いしているような気がして、心が重苦しくなり苛立ちが湧きかえる。
だけどきっとプロデューサーだけでなく、世間一般から見ても私はまだまだ子供なのだろう。中学生の私はプロデューサーのように車の運転もできないし、莉緒さんたちのようにお酒も飲めない。メイクだって覚えたてでぎこちなく、きっと窓の外の若者たちのようなオシャレをしても必死に背伸びをする子供にしか見えないはずだ。それでも、
––––早く大人になりたい。
できないことが多い子供より、できることが遥かに多い大人に早くなりたい。アイドルとしても一人の人間としても、早く一人前になって誰に助けられることなく自立したい。
その一心で、窓の外の大人たちを羨望の眼差しで見つめていた。
Episode Ⅲ : 俺と私のライアー・ルージュ
やっと暑さが和らいだかと思いきや、途端に朝晩の気温がガクッと下がり始めた十月の末。私は初めて演劇のオーディションに挑戦した。十月上旬にオーディションへの参加が決まったこともあり、割と早い段階で台本も届いて、それなりの時間を要して準備をしてきたつもりだった。以前から舞台で何者かを演じる仕事に興味を抱いてのもあって、初めてのオーディションではあるが絶対に役を射止めてやると、気合も準備も十分なはずだったが、結果は落選。
自分でも全くと言って良いほど手応えがなかったせいか、その報せを聞いても「やっぱりな」と思うだけで、自分でも不思議なほど悔しいという気持ちは湧いてこなかった。落選理由は直接教えてもらったりしたわけではなかったが、誰に聞かずとも薄々自分で勘付いてはいた。台本だってもうセリフを覚えるほど読み返したし、オーディションを受ける役の劇中でのポジションも完璧に把握していた。初めてのオーディションだからって緊張していたわけでもない。だけどそんなことよりもっともっと大事な要素が私の演技の中では欠落していたのだと思う。私は演じる役の気持ちを、おそらく微塵も理解できていなかったのだ。
「……演劇ってのはな、簡単な話、役者の人生経験がモノを言うんだと俺は思うんだよ」
オーディションを受けた日、プロデューサーの運転する車で劇場へ戻る道中にプロデューサーは唐突にそう口にした。プロデューサーは二十代後半と、この業界ではまだまだ若い部類に入る(らしい)プロデューサーではあったが、劇場に来るまでは違う事務所で一からアイドルを手掛けていたこともあり、年齢の割に経験値は豊富な人だと聞いていた。だからそれなりにこの業界に身を置き続けてきた人間として、私のようなアイドルの卵を何人も見てきたのだと思う。
そんな長年の経験で培われたプロデューサーの持論を否定するわけではない。もちろん、年齢を言い訳にするわけでもない。だけどその言い分を認めてしまうと、平凡な十四年間の人生経験しか持たない私に演劇は無理だということになってしまうのではないかと、そんな気がしていた。
だからなのか、プロデューサーの言い分は理解できていたはずなのに、私は思わず開き直ったような口ぶりで言い返してしまった。
「それは分かっています。だけど、十四歳で経験できることって限られてるじゃないですが」
「まぁまぁ、それは分かってるよ。仕方のないことだ」
まるで私の口撃を予測していたように「そう怒るなよ」、なんて言いながらプロデューサーは軽くあしらう。視線もずっとフロントガラスの先に向いているだけで、ちっとも私の方を見向きもしていない。私が内心では理解していることを分かっているからなのかもしれないが、それでも妙に子供扱いされている気がして、静かに揺れる車の座席がすごく居心地悪く感じられた。
「俺が言いたいことはな、今しかできないことを今のうちに経験しとけよってことだよ」
「……それ、どういう意味ですか?」
私がそう問いかけると、車は緩やかにスピードを落として静止した。車の外から馴染みのあるメロディが聞こえてきて、私とプロデューサーを乗せた車の前を大勢の人たちが横切っていく。
「何気のない日常、誰もが経験するようなこと、そんな些細なことでも全てが貴重な人生経験になるんだよ。人生に無駄なことなんて何一つないんだからな」
聞き覚えのある話だ。確か小説家などの物書きの人たちにとっては人生経験ほど価値のあるモノはないとまで言われているそうで、想像で紡がれた作品は実体験を基に作られた作品には絶対勝てないのだと、そんなことを以前百合子さんが話していた気がする。
だとすると、十四年の拙い人生経験しか持たない私の演技はどれだけ薄っぺらいものだったのだろうか。どれだけ台本を暗記し役の立ち位置を理解していたとしても、それは周りを取り繕う張りぼてなだけで、結局私自身が乏しい経験しか持ち合わせていないのであれば、何者かを完璧に演じることは土台無理な話ではなかったのだろうか。
悔しいけどプロデューサーの言う通りだと思った。私のように狭い世界しか知らない子供が持つ人生経験なんて、大人からすればたかが知れてるのだから。
信号機から流れるメロディのリズムが変わり、通行人たちが足早に車の前を横切っていくようになった。その光景を眺めながら、私はやっぱり早く大人になりたいなと思う。私も早くあの人たちのように大人になれたら、もっと広い世界を知ってもっと多くの見聞を手に入れれるのに、と。
「だからさ」
メロディが完全に止まって、最後の一人が駆け込むように慌てて横断歩道を渡っていく姿を見送った時だった。プロデューサーは初めて私の方を振り返った。信号が変わるまでのほんの一瞬の時間だったが、プロデューサーの瞳は私を真っ直ぐに射抜いていた。それはまるで、私の心の内までも見透かしているような眼差しだった。
「……早く大人になりたいなんて背伸びしないで、今の時間を大事にしろよ。嫌でもいつかは大人になれるんだから」
そう言い終えて、プロデューサーはアクセルを踏んだ。私たちを乗せた車は、煌びやかな大人たちが賑わう通りから離れるように、再びゆっくりと走り出した。
★☆★☆★☆★☆
「でも珍しいよね、冬馬くんが女の子家に連れ込むって」
「お前さぁ、俺の話聴いてたか?」
「うん、ちゃんと聞いてたよ。体調悪くて、それを口実に家に呼んだんでしょ?」
「だからちげーって言ってんだろ!」
俺の必死の弁解もまるで聴いてもらえず、翔太は北斗が買ってきた八つ橋を囓りながら楽しそうに笑っている。その様子から何度弁解したところで翔太は俺の話をさらさら信じる気がないのだと悟り、無駄な労力を使った抵抗を止めることにした。
北沢が俺の部屋にやってきた一週間後、すっかり体調も回復した俺の元へ東京に帰ってきていた翔太と北斗が各々の行き先でのお土産を片手に遊びに来てくれたのだが、持ってきたお土産を冷蔵庫に入れようとした際、二人は冷蔵庫に入れたままになっていた北沢の差し入れの余りを見つけてしまった。冷蔵庫の中には明らかに普段俺が買わないようなモノがある––––、誰かの出入りがあったことを察した妙に勘が鋭い二人の問いに対し、俺も何も考えずに馬鹿正直に話してしまったのが命取りとなってしまった。
その結果がこの惨状である。女が俺の部屋にやってきた、たったそれだけのことで翔太はベッドの上を飛び跳ねながら興奮し、北斗は奇声を発しながら笑い転げていた。女絡みの話になると途端に偏差値が下がって究極に面倒臭くなる二人を見て、話してしまったことをひどく後悔したが後の祭りである。すぐさまうんざりするような尋問が幕を開けた。
「冬馬が全く女っ気がないから、そっちの趣味なんだとばかり思ってたよ」
「んなわけねぇだろ。てか、北斗はなんでそんな嬉しそうな顔してんだ」
「そりゃあ男好きより女好きの方が健全だからに決まってるからだろ?」
「ねぇねぇ、それより相手はどこの子? 学校の同級生とか?」
「絶対言わねぇから」
「どうせ、39 Projectの田中さんでしょ。僕、二人が仲良さげに服選んでるの見ちゃったんだよね」
「なっ……」
「なるほど、確かにこの前親しげに話してたからな。なんだ、そういうことだったのか」
「田中さん良い人そうだよねー! 見るからに真面目そうだし、奥手な冬馬くんとお似合いだと思うよ!」
「おい、勝手に決めんじゃねーよ! そもそも田中さんとは一切連絡先交換してねぇし」
「田中さん“とは”って、なら誰と連絡先交換したんだ?」
「そ、それは……」
「あー!! 僕分かったかも!! あの子だ、前Twitterで晒されてた!!」
「な、なっ、なっ……!」
「……北沢志保ちゃん、か。おいおい、彼女は確かまだ中学生だろ?」
「冬馬くん、年下が好きだったんだ。意外だなぁ」
「ち、違うって言ってんだろ! お前らが期待してるような関係じゃねぇから!」
「それならどんな関係なのさ」
「そ、それは……」
翔太の質問に、言葉を詰まらせた。
俺と北沢の関係を表すのに適しているのはどんな言葉なのだろう。同業者、トップアイドルを目指すライバル……、友達(多分これは違う)、いくつかそれっぽい言葉たちが頭に思い浮かんできたが、どれもイマイチピンとこなかった。関係性がイマイチ掴めない俺たちだが、一つだけハッキリしているのは、互いに恋愛感情を抱いていないという点だけだった。
俺自身も北沢を異性として意識しているわけではないし、恐らく北沢も俺に好意を持っているわけではないと思う。北沢のプライベートは詳しくは知らないけど、彼女の瞳はいつも果てしなく遠い場所にある夢だけを捉えていて、恋愛のような一時の浮ついた感情には全く目もくれていないように映っていた。俺を喫茶店に呼び出しのも北沢が相談をしたかっただけで、家に看病に来てくれたのもきっと同業者として俺の身を案じてていただけ。北沢がそれ以上の関係を求めているとは到底思えなかった。
「……自分でも分からねぇ。でもマジで彼女とかではねぇから」
「ふーん」
納得したのかしてないのか、翔太はつまらなさそうな返事をしてベッドの上で横になった。ようやく地獄のような尋問も終わったようで、これ以上二人は北沢を詮索するような質問はしてこなかった。
諦めた様子で退屈そうにする二人を見て安堵のため息を尽きつつ、二人には気付かれないようにと北沢の姿を思い浮かべる。家族を楽にさせてあげたいと話した北沢は一言で表せば“大人”で、目の前の俺のベッドでゴロゴロと転がりまわっている落ち着きのない翔太ととても同じ世代だとは思えないほどだった。
どこか達観したかのように歳不相応に大人びていて子供の面影を全く感じさせない、夢だけを一心不乱に追い求めている清々しいまでの彼女の姿が俺は好きだった。でもその“好き”は決して北沢に向けてではなく、同じ夢を追う人間として切磋琢磨し合えるような、そんな北沢との関係性が俺は好きだったのだと思う。それは北沢自身にも言えることで、彼女が憧れているのはアイドルとしての天ヶ瀬冬馬であり、俺自身に興味や関心があるのではないと。
そう言い聞かせて、俺はまぶたに浮かぶ北沢の姿を静かに消したのだった。