【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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以前爆死したジュリアの期間限定SSR(小さなオーケストラ)を取り返すべく、課金する覚悟ができたので初投稿です。




 

 

 久しぶりに見た北沢の顔は、少しだけ迷っているように見えた。綺麗な色をした瞳は彼女の中で揺れ動く何かを反映するかのようにボヤけていて、普段の凛々しいまでの真っ直ぐな眼差しは影を潜めている。執着心を感じるほどに夢に真っ直ぐな北沢らしくないなと思いつつ、厨房の小窓から彼女の顔色を伺うように盗み見していた。

––––ピピピッ。

 背後で苛立ちを募らせるように、しつこく鳴り続けるタイマーの音で我に返る。ボンヤリと北沢を眺めることに夢中に鳴っていた俺は、やっちまったと内心焦りながら慌ててコンロの火を消した。湯気が立ち込める中、箸で一本だけパスタを捕まえて味見してみる。思っていた以上に麺の感触はしっかりとしていてギリ大丈夫だと安堵の溜息を吐くと、パスタを既に仕上げておいたクリームソースが乗ったフライパンに注ぎ込んだ。ここから先はもう何度もやってきた反復作業だ。

 

 体調もすっかり良くなり、看病をしてくれたお礼に是非飯でもご馳走させてほしいと、そうLINEを送ると北沢は遠慮しがちではあったが俺の誘いを承諾してくれた。ただ、以前Twitterにアップされた一件もあっただけに、迂闊に人目の付く店に二人で入るとまた面倒ごとを巻き起こしかねない。かと言って家に呼ぶのも気が引けた(北斗曰く、一人暮らしの部屋に彼女でもない女を連れ込むのは下心を持つ人間がすることらしい)ため、どうしようかと悩みに悩んだ結果、俺が普段バイトしている飲食店で落ち合うこととなった。この店は夫婦で営んでいる個人経営の店で、ランチタイムとディナータイムの合間は店を閉めている。その時間帯であれば、人目を気にせずランチをすることも可能だし普段から常連や店長の知り合いが来たら営業時間外でも提供していたりと、個人経営なだけあって何かと都合よく融通が効く店でもあった。今回も店長は俺の事情を聞くと、

 

「別に問題ないけど、彼女との食事に夢中になっても火と戸締りだけは気をつけろよ」

「かっ、彼女じゃねぇって!」

「そうかそうか、はっはっはっは!」

 

 そう言って嫌な顔一つせず承諾してくれた。

 話半分でからかいながら、今日もランチの営業が終わると店長は「賄い(冬馬二人分)、給料天引き」とホワイトボードにしっかりと書き記し、そそくさと帰って行ってしまった。暫く一人の時間が続き、その後北沢が半信半疑の表情を浮かべながらやってきた。

 粉チーズをパスタの上に降って、パセリを添える。これで完成だ。いつもより少しだけ気合いを入れて作った二人分のカルボナーラを持って、俺は北沢の待つ狭いフロアへと向かった。

 

「わりぃ、待たせたな」

「あ、いえ、全然大丈夫です。それよりお代、やっぱり払わせてください」

 

 スマートフォンを眺めて待っていた北沢の視線がチラリとレジ横のホワイトボードへと移る。その視線の動きが意味するが、すぐに理解できた。

 

「気にすんなよ、この前のお礼なんだから」

「それでも申し訳ないです。幾らでしたか?」

「だから大丈夫だって、ここ従業員は割引で食えるから」

 

 まぁ、嘘だけど。

 

「ならその割り引かれた値段を払わせてください。さすがに作ってもらって代金まで払ってもらうのは申し訳ないです」

「いいってば。北沢も高校生なんだから手持ちすくねーだろ?」

「…………私、まだ中学生だって言いましたよね? もしかしてわざと言ってませんか?」

「さっ、早く食べようぜ。冷めちまったら美味しくねぇから」

「……もうっ」

 

 俺の冗談に北沢は呆れたような顔つきで口角を上げて苦笑いをする。ようやく折れたのか、それ以上は何も言わなかった。

 いただきます、と口にして礼儀正しく胸の前で手を合わせた後、今にも折れそうな白いか細い手で上品にフォークを駆使し、パスタを巻き込んでいく。フォークに絡みついたパスタが赤色の唇の奥に入り込むと、北沢は見張るようにして目を見開いた。料理人として、この一瞬が一番嬉しい瞬間だ。

 

「……こんな美味しいカルボナーラ初めて食べました。これ本当に天ヶ瀬さんが作ったんですか?」

「当たり前だ。そもそも、今この店に俺ら以外誰もいねーだろ」

「確かに。驚きました、天ヶ瀬さんって料理得意だったんですね」

 

 ランチタイムを終えて俺たちだけになった狭い店内に、淡々とした抑揚のない北沢の声が響く。普段のような落ち着いたトーンの声ではあったが、声とは裏腹にその表情は心底仰天しているような顔つきだった。基本的に無表情でバリエーションが乏しい北沢の表情の中で、この驚愕の顔はわりとレアなんじゃないかと思う。

 

「料理は好きだぜ。家でもよく自炊してるし」

「そうなんですか? 少し意外でした、あんまり料理のイメージはなかったので」

「それ、よく言われるな。それより北沢も結構料理とかすんだろ? この前のお粥もだいぶ手慣れてた感じがしたけど」

「料理って言っても母の手伝いくらいですよ。あのお粥は弟が寝込んだ時にいつも作ってるモノだったんです」

「そっか、料理するのは好きなのか?」

「はい、どちらかと言われれば。あまり本格的な料理は作れませんけど」

「へぇ……。あ、そういや今度、カレーをルーから作ろうと思ってんだけど良かったら……」

 

 そう言いかけた時、古びた木製の窓の外から大きなクラクションの音が鳴り響いた。まるで今から口に出そうとしていた言葉を慌てて遮るような、そんなクラクションの音によって俺は反射的に口を閉ざす。話が盛り上がってつい変なセリフを口走りそうになっていた俺に冷水を浴びせるように、北斗の言葉が記憶の片隅から湧き出てきた。

––––世間一般的に、一人暮らしの部屋に彼女でもない女を連れ込むのは下心を持つ人間がすることだぞ。

 北沢は彼女でも何でもない。友達とも言えるかどうかすら曖昧であやふやな関係だ。それなのに俺は一体何を意識して、期待しているのだろう。何か得体の知れない、大きな勘違いをしているような気がした。

 変に思われたくない、その一心で俺は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んで、心の中で踏み潰した。俺の心境を知る由もない北沢は、目の前でパスタを絡ませたフォークを持つ手を止めたまま、不思議そうに俺を見つめて未だに次の言葉を待っている。

 

「わりぃ、なんでもねぇ。それより最近調子はどうだ?」

 

 強引に話をすり替えた。突然話の矛先を向けられ、俺を見つめる綺麗な瞳には若干戸惑いの色が浮かぶ。その刹那、北沢の表情からは曇りが垣間見えた気がした。

 北沢は突発的に投げつけられた質問には答えなかった。俺から視線を逸らすと、一呼吸つくようにフォークに巻かれたままのパスタを口の中へ運び、無言のまま食している。沈黙漂う店内には、まるでハムスターが回し車を走るかのように厨房の換気扇が回る音だけが広がっていた。

––––あれ、もしかして聞いちゃいけない質問だったのか。

 そんな心配を抱き始めた時、パスタを食べ終えて水を口に含んだ北沢が、ようやく重そうな口を開いた。

 

「調子って、それはアイドル活動のことですよね」

「え? ま、まぁそんなつもりだったけど」

 

 確認をするかのように俺にそう尋ねた後、北沢の表情が再び曇る。陰りを含んだその表情は、俺がつい数分前に厨房の小窓から眺めていた一人の時の北沢の顔だった。必死に言葉を探そうとする彼女の瞳はやはり揺れていて、迷いを隠す胸の内を表しているようだった。

 

「……最近、ソロ曲を貰いました。今度の定例ライブでソロで立たせてデビューさせてくれるそうです」

「え?」

 

 北沢の重い口から飛び出してきたのは、どんな話が出てくるのかと身構えてた俺の予想を良い意味で裏切る朗報だった。

 それは全然良いことなんじゃねぇの。39 Projectが始動して間もないのに、もうソロ曲をもらってデビューステージを用意してくれて、アイドルとしては絶好調じゃないか。

 それなのに、北沢の顔は全く嬉しそうな色を含んでいない。それどころかどうしてこんな不安げな顔をしているのだろうか。

 

「……おめでとう、良かったじゃねぇか」

 

 アイドルとしての一歩を踏み出そうとする北沢に、祝福の言葉を掛けるのがベストだと思っていた。が、北沢は歯切れの悪い口調で「ありがとうございます」と言っただけで、その顔に浮かぶ不安色は一向に拭われる気配がない。

 しばしの沈黙。言葉を待ったが北沢は俯き加減で視線を合わそうとしてくれなかった。嬉しいはずの報告を嬉しくなさそうな顔で話す矛盾した光景に、俺はとうとう我慢できずに疑問を呈した。

 

「どうしたんだよ、さっきから浮かない顔して」

「いや、その……」

「嬉しくないのか? アイドルとしてやっと一歩踏み出せるんだぞ?」

「う、嬉しくないわけではないですけど……」

 

 次の瞬間、俺はそのセリフを言わせてしまったことを激しく後悔することとなった。

 

「…………私にはとてもじゃないけど歌いこなせる気がしなくて」

 

 絞り出されたような声は微かに震えていた。微力な秋風にでも吹かれたらすぐにでもかき消せれてしまいそうな、そんな弱々しい声だった。

 誰かに頼ることを嫌い、団結することを馴れ合いだと吐き捨て、一人でも夢を叶えれる強さが欲しいと話していた北沢が、負けず嫌いでプライドが高い人間だということには薄々勘付いていた。そんな人間が他人に弱音を吐くことを許せるのだろうか。それは北沢自身が自分を取り繕ってきた鎧を自ら脱ぎ捨てる行為に等しいのではないのだろうか。夢を叶えること以外眼中にないような北沢の姿が過去の自分と重ねって見えた俺にとって、それは聞くまでもない愚問だった。

 ひたむきの夢を追う勢いが消え失せた北沢の瞳を見て俺は察した。俺は多分、北沢自身が一番口に出したくなかったであろう言葉を言わせてしまったのだと。

 

「……何かあったのか?」

 

 プライドの高い北沢が弱音を吐くくらいなのだから、余程何か上手くいっていないことがあるのだろう。彼女が被っていた強がりの仮面を剥がしてしまったことへの罪償いのつもりなのか、頭で考えるよりも先に口から言葉が出た。

 北沢の迷いを含んだ眼差しをキャッチャーミットでしっかりと受け止めて、彼女目掛けてボール返す。今度は北沢が俺を見上げているのだと高慢な勘違いをするのではなくて、同じ夢を追うライバルとしてフラットな目線で相談に乗れればという想いを込めて。

 そして、

 

「先日、舞台のオーディションを受けたんですよね」

 

 北沢はゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 プロデューサーから貰った私の記念すべき初ソロ曲は、“ライアー・ルージュ”という名の、素直になれない自分の恋心を隠して本心をルージュで隠す……という心境を謳った片思いがテーマの楽曲で、偶然にも、私が先日落選の印を押された舞台の役とマッチするかのような歌詞だった。

 この曲を私は歌いこなせるのだろうか。初めてデモを聴いた時に浮かんだのは期待よりも不安だった。歌うことも誰かを演じることも、結局はその真髄を理解しなければ人の心に届くことのない、中身のない上部だけのパフォーマンスになってしまうことを私は知っていた。そして、それはプロとして恥ずべきパフォーマンスだということも。

 一目聴いた時点で嫌な予感はしていたが、案の定レコーディングは難航を極めた。音程を外しているわけでもないし、曲調もバッチリ掴んでいる手応えがある、だけど舞台のオーディションの時と同様に私は未経験がゆえに肝心の『片思いをする感覚』がまるで理解できていなかったのだ。

 

「デビュー曲だからって、変に気負いすぎんなよ。ありのままの志保で歌えばいいだけだから」

 

 何度録っても気持ちが抜けたような曲にしかならず、悪戦苦闘する私にプロデューサーはそんな無責任な声がけしかしてくなかった。ありのままでと言われてもこれがありのままで歌った結果だし、何より先月の定例ライブ第一弾でステージに立った同期らを見ていると、気負いするなという方が無理な話だと思う。39 Project始動後、初めて劇場で行われた定例ライブでは私と同世代の三人がそれぞれデビュー曲を貰い、ソロでステージに立った。春日未来の“未来飛行”、伊吹翼の“恋のレッスン初級編”、そして最上静香の“Precious Grain”––––。どれもつい先日アイドルになったばかりだとは思えないほどのクオリティだった。

 デビュー第一弾が大成功で終わった以上、必然的に後続するデビュー組に期待がかかる。今回第二弾として初ステージを踏む私と琴葉さん、麗花さんの三人の間には誰も口にこそしなかったが、気を抜けばすぐにでも押し潰されてしまいそうなほどに重苦しいプレッシャーが蔓延していた。

 私としてステージに立つからには誰にも負けたくない。同時期にデビューする琴葉さんと麗花さんにはもちろん、先にデビューした三人にも。そう思っているのにレコーディングは全くと言っていいほど上手く進まず、定例ライブが近づくにつれ私は焦りを覚えていた。

 

「……片思い、か」

 

 天ヶ瀬さんは少しだけ角度をつけるように深く椅子に腰を下ろして、私の舞台のオーディションを落ちた話からライアー・ルージュがやってきたところまでの一連の話を聴いていた。話が終わると真っ黒なエプロンのポケットに手を突っ込んだまま、私の悩みの根源を独り言のようにボヤく。真剣な表情を浮かべる天ヶ瀬さんもまた、その正体分からずに掴み所を探しているような感じがした。

 

「北沢は今まで誰かを好きになったこととか、恋愛をしたことってねぇの」

「ありません」

「即答過ぎんだろ……」

 

 即座に否定され、「ま、北沢らしいな」なんて言葉と共に困ったように目の前で溜息をつかれた。その態度が私を子供扱いしているような気がして、思わずムッとした私は可愛気もなく聞き返してしまう。

 

「そういう天ヶ瀬さんはあるんですか。誰かを好きなったり付き合ったりしたことが」

「……あのなぁ、俺高校生だぜ? さすがに高校生にでもなれば少なからず恋愛経験くらいあるだろ」

「へ?」

「なんだよ、その意外そうな顔は」

 

 今度は天ヶ瀬さんの伸びた前髪の奥に潜む目が、不機嫌そうに細くなった。当たり前だろと言わんばかりの回答に、私は呆気にとられたままだ。

 

「付き合ったことあるんですか?」

「あるってば、そんな多くはねぇけど」

 

 意外だった。天ヶ瀬さんも私と同じように、恋愛事を億劫に感じているのだとばかり思っていたからだ。

 天ヶ瀬さんはどんな人を好きになって、どんな人と付き合っていたのだろう。そんなイメージも付かないような疑問がふと浮かび上がってきた。

 天ヶ瀬さんはアイドルだけに顔も良いし、無愛想に見えて優しいところもあるし、勝手なイメージではあるがいつもクラスの輪の中心にいるような人間に思えた。きっと男女問わず友達が多くて、いつも大勢の人たちが天ヶ瀬さんの周りを囲んでいて、人付き合いが乏しい私とは正反対のようなスクールカースト上位に入る人間なのだろう。

 そんなクラスの人気者が好きになるのは私のような人間ではなく、きっと自身と同じようなスクールカースト上位層の人なんじゃないかと思う。熱血なところもあるみたいだし例えるなら千早さんのような何かにストイックに頑張っている女の子とか、天ヶ瀬さんのように男女問わず友達が多くて一緒にいるだけで楽しくなれそうな恵美さんみたいな明るい今時の女の子とか––––、いや、もしかしたら意外に真面目な学級委員のような優等生が好きなのかもしれない。そう思った瞬間、真っ先に思い浮かんだのは琴葉さんだった。そして何故か今まで連想してきた中で、天ヶ瀬さんの隣にいて一番違和感がなかったのは琴葉さんのような気がしていた。

 肺より更に深い奥底から糸で急激に引っ張られるように、胸がキュッと締め付けられるような感覚が走った。それは、私が今までに経験したことのないような未知の感覚だった。もちろん、その感情が何を意味しているのか、この時の私が知るはずもなく。

 

「天ヶ瀬さんって、どういう人が好みなんですか」

「はぁ? なんだよ急に」

「なんだか誰かとお付き合いしている姿が想像できなくて」

 

 私の知らない天ヶ瀬さんの過去の恋人へ、思いを馳せる。きっとかつて好意を寄せられた人は私の知らないような天ヶ瀬さんの一面を沢山知っているのだと思う。そう考えると途端に名前も姿も知らないかつての恋人が異様に羨ましくなって、深淵でグツグツと静かに音を立てて浮かび上がってきた黒い炎が、肺の底から私の胸を引っ張り続けていた糸に引火し始めていく。

 そしてその炎が胸まで届いた時、私は自分でも信じられないようなとんでもない発言をしてしまった。

 

「……きっと天ヶ瀬さんが付き合う女の子って、琴葉さんのような人なんでしょうね」

 

 

 




更新が途絶えたら爆死したと思ってください。
それじゃ、俺iTunesカード買ってくるから……
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