【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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真青眼の究極竜は3回攻撃が可能!(3日連続投稿するとは言ってない)
昨晩、ニコ動で「野獣先輩周防桃子説」という地獄のような動画を見てしまって、さすがの自分でも結構堪えたので初投稿です。もう許せるぞ、オイ!




 

『すみません、昨日のチケットの件なんですけど、キャンセルしてもらえませんか』

 

 挨拶もそこそこに、北沢は開口一番にそう告げた。

 電話越しに冷や水を浴びせられたのは、今度のライブで着る衣装も決まり(過去の使い回しだが)、念のために一度チェックをしておこうと、俺は沢山のモノの下敷きになった衣装の発掘作業に一人精を出していた時だった。昨晩の電話での北沢とのやり取りを思い出しつつ、二週間後に控えたライブに心踊らせ、やっとこさクローゼットの奥深くから衣装を掘り起こした俺の努力を否定するかのような北沢の言葉を耳に挟み、俺はまるで地平線の先まで永遠と続く砂漠のど真ん中に独り放り出されたかのごとく、発掘された衣装を片手に呆然としていた。

 

「まじで?」

 

 思わず俺の口が溢した言葉は、少しだけ未練がましく聞こえた。すぐさまマズイと思った。これじゃあまるで俺が北沢がライブに来るのを物凄く楽しみにしていたようではないか。咄嗟に溢れ出た本音を隠すように、慌ててフォローの言葉を探す。

 

『はい。実は成り行きで別口からチケットが手に入ってしまって。さすがに二枚貰っても余らせてしまうので』

「え?」

『え?』

 

 何かが噛み合っていないような、お互いが素っ頓狂な声を出して暫くの沈黙。

 別口でチケットが手に入った?

 北沢の言葉の意味が汲み取れず、俺は衣装を無造作に積まれた衣服の山の頂点に放ると、肩と耳に挟んでいたスマートフォンを右手に持ち直した。少しだけ熱を持ったスマートフォンからは淡々とした北沢の声が聴こえてくる。

 

『恵美さんが招待チケットを三枚手に入れたようで、私もそのうちの一枚を貰って一緒に行くことになったんですよね』

「……めぐみさん?」

『あれ、知り合いじゃなかったんですか? 所恵美さん、昨日も私たちと一緒にいましたけど』

「あー、所のことか。アイツ、確かそんな名前だったな」

 

 そういやアイツに昨日、ビラあげたんだっけ。招待チケット、ということは、多分所に手配したのは北斗だろう。俺も北沢に招待チケットを手配することをまだ二人には伝えていなかったから、知らない間に偶然重なってしまったらしい。でも結果が同じで過程が変わっただけだから、俺としては特に大きな問題はなかった。むしろ北沢のことを考えると、一人で来るより事務所の友達と来た方がライブ敷居も下がるのかもしれない。一人で来ても楽しいかもしれないが、やはりライブは仲の良い友達と一緒に参加した方が何倍も盛り上がって楽しめるに決まっている。コミュ力フルバーストの所と、どちらかと言えば独りでいるイメージの強い北沢の組み合わせは全く予想できないけど。

 どちらにせよ、面倒な手間が省けて良かった。北沢が来れなくなったしまったのではないかと一瞬危惧したが、事情を知って「それなら良かった」と安堵の溜息をつく。すぐさま北沢から「良かったって、何がですか?」と突っ込まれ、俺はまた本音が知らぬ間に漏れていたことに気が付き、慌てて口に手をかざした。

 

「それより、三枚ってことはもう一人来るんだろ?」

『あ、はい。私と恵美さんと、あと琴葉さんで行くことになっています』

「琴葉って、田中さんのことか」

『……そう、ですね』

 

 北沢の声が、一瞬だけ曇った。

 クローゼットを閉めて、ベランダに出る。暑いほどに室内の暖房を効かせていたせいか、外の肌寒い冷気が妙に心地よく感じられた。朝からずっと空を覆っていた灰色の雲たちは夜になった今もなお居座り続けていて、昨日のような綺麗な月は姿を見せずに隠れている。時折僅かに覗くその雲たちの隙間からは、漆黒のカーテンに貼り付けられた星たちが、俺たちに自身の存在価値を訴えかけるように必死な光を放っていた。

 

『あの、琴葉さんのことなんですけど』

 

 重そうな口調で、そう話を切り出した。

 そんな電話越しの北沢の姿がふと脳裏に浮かんだ。俺の頭に浮かんだ北沢の虚像は、くっきりとした二重まぶたの上の綺麗に整えられた眉がハの字になっていて、いつもの冷静沈着な表情に微かな綻びが生じた顔だ。

 北沢志保という人間はあまり感情を表に出すようなことをしない、表情のバリエーションが乏しい人間である。そのイメージが強い所為か、驚いたり笑ったり困ったり、そんなふとした時に見せる頬の筋肉が緩んだ彼女の表情は、普段の北沢志保の顔よりもぐっと幼い顔つきに見えるのだ。でもきっとこれが彼女の素の顔なのだと思う。多くの物を背負って、誰の力も借りずに夢を叶えれる大人になりたいと願っても、北沢はまだ中学二年生。なんならイタズラ好きで子供っぽい翔太と同じ年なのだから。北沢と接する度に、俺はそんな彼女の強がりの仮面の裏に潜む等身大の素顔を見る機会が多くなっていた。

 

「田中さんがどうした」

『……その、なんだか少し勘違いをしているみたいで』

「勘違い?」

『はい。えっと、正確には琴葉さんではなくて恵美さんが……』

 

 妙に歯切れの悪い口調に聞こえる。珍しいなと思った。いつも要点だけを端的に掻い摘んで、割とズバズバと物事を言うタイプだと思っていた北沢が、今ばかりは慎重に言葉を選んでいるような気がしたのだ。

 

『何て言うべきか……、その、天ヶ瀬さんに対してなんですけど––––』

『あーっ! お姉ちゃんまた電話してる! ズルイズルいっ、僕も冬馬くんとお話ししたいっ!』

 

 たじたじするような北沢の声は、その背後から聴こえてきた小さな子供のような叫び声に遮られた。ガチャリと、スマートフォンが何かの上に置かれる音が聞こえると、遠くから「りっくんはもう寝なきゃいけない時間でしょ」と、人前では絶対に聞かせないような優しい北沢の声が聞こえてくる。暫くしてスリッパが床を擦る足音が近づいてきて、昨日も聴いた引き戸が鈍い音を立てながらレールの上を走る音が耳に届いた。

 

『すみません、弟が起きちゃったみたいで……』

「あぁ、この前公園で会った弟か」

『そうです。あれ以来、「ずっと天ヶ瀬さんに会いたい会いたい」って、聞かないんですよ』

 

 困ったように北沢は言った。なんだか恥ずかしくなった俺は、人差し指で頬をポリポリと掻いて、「そっか」と返した。

 そう言えば俺の変装を最初に見破ったのも北沢の弟だったっけ。初めて北沢と出会ったあの日のことを思い出し、少しだけ懐かしい気持ちになる。あれはまだ空には大きな入道雲が流れていた、暑い日のことだった。

 

「りっくん、だったよな。またいつか時間が合えば会いに行ってやるよ」

『え? いいですよ、わざわざ来てもらうなんて、さすがに申し訳ないです』

「気にすんなよ。俺も久しぶりにサッカーしてぇし」

『……ありがとうございます。天ヶ瀬さんのこと、好きみたいなので。りっくん、喜ぶと思います』

 

 北沢が発した“好き”というワードに、ドキリと大きな音を立てて鼓動が脈を打った。冬空の下を吹く風に晒されて、ひんやりとした頬が熱を帯びていく。北沢本人ではなく、ただ彼女の弟が俺のことを好きだと言っていることには気が付いていたけれど、何を期待していたのか、俺の顔が赤くなっていくのを感じた。

 電話越しだから北沢に今の赤くなった顔を見られる心配はないのに、それでも恥ずかしくて俺は慌てて違う話題を探した。

 

「そ、そういえばさ」

 

 苦し紛れに思いついた話題を振ったが、

 

「田中さんが、どうしたって」

『あぁ、それならやっぱりいいです。忘れてください』

「お、おう……」

 

あっさりと片付けられてしまった。

 その時の北沢の口調が若干駆け足になっているような気がしたが、俺は特に問い詰めるわけでもなく、そのまま逃げるように適当な言い訳をくっつけて電話を切った。

 電話を切って一人になると、少しの間だけ月の見えない空をぼーっと眺めながら熱を持った頭を冷やして、部屋に戻った。部屋はクローゼットの発掘作業の際に掘り返されたモノたちが散乱してままになっており、玄関へ続くドアを封鎖するように埋め尽くしている。面倒だけど片付けて寝るかと、そう思ってクローゼットを再び開けた時、散乱したモノたちの中からオレンジ色の箱が目に飛び込んできた。有名ブランドのロゴがプリントされたオレンジの箱を見てひどく懐かしい気持ちになった俺は、綺麗なままになっている箱の蓋をそっと開いた。

 

「……懐かしいな、これ」

 

 箱の中から顔を覗かせたのは、一度も使われなかったサッカーのスパイクだった。

 アイドルになる前、サッカー部で毎日のようにボールを追っかけていた時になけなしのお小遣いを叩いて買ったスパイクで、当時履いていたスパイクを履き潰したら次に履こうと決めていたモノだった。だけどその“次”が来ることはなく、お気に入りの赤色のカラーリングがされたナイキのスパイクは、アイドルになりサッカー部を辞めてしまったせいで結局一度も使われることのないまま、タグも外されずにこうしてクローゼットの中で眠っていることさえも忘れ去られてしまっていた。

 新品のサッカースパイク特有の、独特な匂いが鼻にツンとくる。その匂いが俺をノスタルジックな感傷に浸らせ、サッカーに情熱を注いでいたあの日常が今よりとても遠く離れた追憶の彼方にあることに気付かされた。サッカー部を辞めてアイドルになることを選んだ日から今日まで、たった一年半くらいの時間しか経っていない。だけど、その短期間の中で俺の世界は目紛しく変わっていって、いつの間にか俺は後戻りできない場所にまでやってきてしまったのだと痛感させられる。

 今俺たちが過ごしている日常は偶然なんかじゃなくて、紛れもなく過去の俺たちが選びとってきた選択の先にある必然だ。サッカーを辞めてアイドルになる道を選んだのも、961プロを抜けてインディーズで活動することを選んだのも、全て俺たちが選んできた道である。そんな幾多の選択の先に訪れた、果てのない暗闇を彷徨い続け、不確かな毎日を重ね続ける今の俺たちは、これからどのような選択を強いられて、何処に向かっていくのだろうか。そんな不安が、ふと頭をよぎった。頑張っているはずなのに夢は遠退いていくばかり、誰一人としてそんな弱音は吐かなかったが、きっとこの感覚を北斗と翔太も感じているはずだ。現実問題、俺たちジュピターは961プロを抜けてから今日まで、表舞台から遠ざかっていく一方なのだから。

 答えを探すように、俺は窓の外に視線を移す。だけど俺たちジュピターの行き先を照らすような月明かりは、雲に覆われて一寸の光さえも見せてくれなかった。

 

「……ここから先は、俺たちが掴み取っていくしかねぇんだろうな」

 

 分かりきっていた答えを、言葉に出してみる。

 例え先が見えなくて不安だったとしても、いつの日か今のような不確かな今日も未来への希望を描く鍵になると祈って、歩き続けるしかない。無理なことなのかもしれないけど、やるしかないのだと、そう言い聞かせて、俺は月の見えない夜空をカーテンで遮った。

 

 

 

 そんな真っ暗で先の見えない不安な夜を何度もなんども飛び越えて、俺たちはライブ当日を迎えた。

 

 

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