【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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周防桃子の十年後を想像すると眠れなかったので初投稿です。
第1作の卯月の話から作品を読んでくださってる秋道さんから志保と冬馬の素敵なイラスト頂きました!ありがサンキュー×ミリオン!
小説トップに載せといたから、みんな見とけよ見とけよ〜


EpisodeⅤ:俺と私のクリスマス

 すっかり日が暮れてライトアップされた並木道は、日中の暖かさが嘘だったかのように気温が下がっていて、身体の芯にまで突き刺さるような風が時折吹き抜けていく。その度に俺は肩を竦めて寒さに備えるけど、すれ違う人たちは皆凍えるようなこの寒さの中でも険しい顔をせず、それどころか陽気で楽しげな表情を浮かべているようにさえ見えた。

 行き交う大勢の人たちの声や足音と、遠くの国道沿いを走る窮屈そうな車たちのエンジン音。その喧騒の中、大きな商業ビルに埋め込まれた液晶ビジョンの中から、若い女性の声が風に乗って届いてきた。

『再来週はいよいよクリスマスを迎えますが、東京は初雪の予報となっており数年ぶりのホワイトクリスマスになりそうです』

 見上げた液晶ビジョンの中の、“新田美波”とテロップが表示された清楚可憐な女性がそう言った。その口調はまるで子供のように心踊っていて、新田の隣にいた中年の男性アナウンサーは思わず口元を緩めて、微笑ましい眼差しで見つめている。そうか、もうそんな時期なのか。あっという間に今年も終わってしまうな、なんて物思いに耽ながら黒いコートの襟に首元を隠した。

 早いもので、俺たちが961プロを抜けてからもう一年の月日が経過しようとしていた。この一年間を適当に振り返り、俺は大きな白い息を宙に向かって吐く。果たして俺たちは961プロを抜けてから、少しでも前に進めているのだろうか、と。

 必死にバイトして金を貯めて、会場からスタッフの確保も全部自分たちでやって、それは間違いなく961プロにいた頃には経験したことのないような苦労で、新鮮でやり甲斐のある時間だった。だけどその一方、俺たちはインディーズで活動をし始めたこの一年、間違いなく表舞台から遠ざかったままで燻り続けている。その時間が長くなればなるほど、俺は自分たちの将来に不安を抱くようになり始めていた。

 今でも確かに、手の平には俺の真上の広大な大空を飛べる感覚が残っている。だけど今の俺が大空を飛べるイメージはまるで湧いてこない。それでもなお、「飛べる」と思っている今の自分が961プロにいた頃の傲慢な自分と重なって見えて、胸が苦しくなるのだ。

 

「……天ヶ瀬さん?」

 

 思考を断ち切るかのように名前を呼ばれた。隣では上目遣いで俺の顔を覗き込むように見る田中さんがいた。

 

「ライブ後で疲れてるのにごめんなさい。恵美が無理言っちゃったみたいで」

「まぁ、気にすんなよ。俺たちも予定あったわけじゃねぇし」

 

 そうは言ったものの、気遣っているのか遠慮しているのか、田中さんは申し訳なさそうな様子を崩さなかった。その視線から目を背けて、俺たちの少し先を歩く北斗に視線を向ける。北斗の隣では妙に近い距離感を保ちながら浮かれるような声で笑う所がいた。

 俺たちと北斗たちの丁度中間あたりの位置で、翔太と並んで歩く北沢の後ろ姿が視界に入った。チラリと見える翔太の顔はライブ後の疲れをみじんを感じさせず、いつものような愛想の良い表情だ。その横顔を見る度に、俺の胸には小さな針で刺されるような感覚が走る。あまりいい気持ちのする感覚ではなかった。

 

「……つまんねぇ」

 

 白い息と一緒に溢れ出た言葉。だけど白い息のように、言葉はすぐに消えなかった。

 

「え?」

「あ、いや、なんでもねぇ。はははは」

 

 隣で細い眉をハの字にして今にも泣き出しそうな顔をする田中さんに、俺は慌てて笑って見せる。その声は痛々しいほどに強張っていた。

 

 

 

Episode Ⅴ : 俺と私のクリスマス

 

 

 

「ねぇねぇ、あまとうは再来週何すんの?」

 

 所からそんな質問を投げつけられたのは、揃ってショッピングモールの一角に店を構えた喫茶店で一休みしている時だった。二人用のテーブルを三つくっ付けて、北斗の向かい側に座って暖を取るように所が握っている紙コップにはクリスマスツリーのイラストがプリントされている。そのイラストから所が口にした“再来週”の意味を汲み取って、俺は言葉を詰まらせた。

 

「冬馬くんは彼女いない歴イコール年齢なんだから、そんなこと訊いちゃダメだよ」

「えっ、マジで!? そうなの!?」

 

 余計な言葉を添えて助け舟を出してくれた翔太は、何故か所ではなく北沢の方を向いていた。心底驚嘆したように目をパチクリさせる所から目線を逸らすと、次はこちらも驚いたように目を大きく見開く幼い顔つきの北沢が視界に止まった。俺を見つめる北沢の目はどちらかといえば俺の発言を疑うような、そんな目つきだった。

 

「ふんっ、彼女くらいいたことあるってぇの」

「……冬馬、それは確か幼稚園の頃の話だろ」

「なっ……っ! 幼稚園でも小学生でも、居たことに代わりはねぇだろ!」

 

 完全に幼い子供をからかうような顔でニヤニヤする北斗の態度に、思わず語尾が強まる。だけどその発言は更に周りの失笑を買うだけだった。

 

「あはは、ウケるんだけど! あまとうって意外と面白いところあるよね、子供っぽいってか」

「まぁ、冬馬は見た目によらずピュアだからな。それがいいところなんだけど」

「良かったね冬馬くん、皆から褒められてるよ」

「う、うるせーよっ!」

 

 何も発言こそしなかったものの、北沢は呆れ返った眼で俺を哀れむように見つめており、田中さんは必死に口元に手を当てているが肩は小刻みに震えていて、笑いを抑えているのは明白だった。

 俺の必死の抗議も虚しく、四方八方からひと息にまくしたてられた後に「天ヶ瀬冬馬は“ほぼ”彼女いない歴=年齢」という悲しいレッテルを貼られて片付けられることとなってしまった。その後、所がさり気なく北斗に同じ話題を振っていたが、北斗はいつものように相変わらず曖昧な返事でボヤかしていた。

 

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 日曜日の夕方なのもあってか、ショッピングモールの中はそれほど混雑はしていなかった。すれ違う他のお客さんも子連れの家族はめっきり減って、明日の朝から始まる一瞬間を思い浮かべて憂鬱そうな顔をする若い人たちばかり。喫茶店を出た後、私たちはそんな同世代に近い人たちの間を縫うようにして洋服を見たりアクセサリー屋に立ち寄ったり、殆ど恵美さんに先導されるような形で暇を潰すかのようにダラダラとした足取りでショッピングモールを回っていく。ジュピターの三人もしっかりと変装をしていただけあって、一度もプライベートの時間を邪魔されるようなこともなく、私たちはウィンドウショッピングを楽しんだ。

 その間、私は何度も盗み見るように天ヶ瀬さんの横顔を眺めていた。本当は天ヶ瀬さんの隣で「ライブお疲れ様でした、すごく良かったです」、なんて感想を伝えたかったのだけど、どうにも大人数になると普段のように話しかけることができなくて、私は悶々とした気持ちを抱えるだけで遠目に天ヶ瀬さんの綺麗な横顔を見つめることしかできなかったのだ。天ヶ瀬さんはあまりこういう集団で遊ぶのは好きではなかったのか、終始興味無さげにいつもの無愛想な顔をしていたが、それでも時折恵美さんや琴葉さんに話しかけられた時は彼なりに愛想よく振舞っているようにも見えた。

 結局ロクに天ヶ瀬さんと話をすることすらままならず、一時間が経過した頃だった。ふらりと立ち寄ったスニーカーの店で、唐突に恵美さんが琴葉さんと天ヶ瀬さんを除く私たち三人をこっそりと手招きして呼び寄せた。恵美さんの招集に気が付いていない二人を店に残し、恵美さんはエスカレーターを降りて、私たちを半ば強引に入り口付近にまで引っ張っていく。エスカレーターで降りていく途中、最後まで天ヶ瀬さんの顔を私は盗み見していたが、天ヶ瀬さんは手に取った新品のスニーカーに夢中で私たちが下のフロアに降りていっていることには気が付かなかった。

 

「二人とも今日は付き合ってくれてありがと! それじゃ、ここで解散!」

 

 自動ドアの前で足を止めた恵美さんの、パシャりと両手を合わせる乾いた音がフロアに響く。北斗さんも翔太くんも、呆気にとられた様子で恵美さんを見つめていた。

 

「解散って、冬馬と琴葉ちゃんは?」

「いいの、今回はそれが目的だったんだから」

 

 急なブレーキを踏んだ車のように、私の胸が大きな音を立てて動いた。してやったりといった顔でニコニコする恵美さんを見て嫌な汗が背中を流れる。やっぱり恵美さんの目的は天ヶ瀬さんと琴葉さんをくっ付けることだったのだ。

 

「えっ、それどういう……」

 

 翔太くんが何かに気が付いたように、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 そして咄嗟に北斗さんと顔を合わせ、チラリと私の顔を伺うように見る。何故か翔太くんの顔には私のことを危惧するような、そんな表情が浮かんでいた。

 

「にゃはは、今日はあまとうと琴葉を二人にするのが目的だったってこと!」

「そう……いうことだったのか」

 

 北斗さんの歯切れの悪い言葉で、翔太くんとの間の空気が少し変わった気がした。けれども恵美さんはその空気の変化に気が付いていない。

 

「そそそ、それじゃ私たちは退散するとしよっ! 志保と翔太はJR? それともバス?」

「私はJRですけど……」

 

 恵美さんの勢いに押されるがままそう答えると、隣で翔太くんも「僕も」と同意するように頷く。それなら良かったと、もう一度恵美さんは手の平をパチンと合わせて、着込んだコートの上からでも分かる細い腕を自然と北斗さんの腕に絡ませた。

 

「アタシと北斗はバスだから! それじゃ、またねぇ〜!」

「お、おい! 恵美ちゃん、ちょっと待てよ……」

 

 珍しく動揺する北斗さんを引っ張っていくように、恵美さんは私たちに手を振りながらバス乗り場の方へと行ってしまった。最後に一度だけ振り返った時に、恵美さんは私にこっそりとウインクを飛ばす。その視線は、「志保も頑張れ」と言っているようだった。

 恵美さんは大きな勘違いをしていた。天ヶ瀬さんが琴葉さんを狙っていることも、私が翔太くん目当てで今日のライブに来ていることも、きっと全てを誤って解釈してしまっている。必死に呼び止めようとしたけれど、強く紐で締め付けられるように息苦しい私の肺から、北斗さんを連れて去っていく恵美さんを呼びとめる声は出てこなかった。

 

「……なんか、まずい展開になっちゃったね」

 

 なす術なく後ろ姿を見送ることしかできなかった私に、翔太くんがボソッと独り言のように呟く。私を見る翔太くんの顔は非常に険しくて、今まで私たちに見せてきた笑顔や、それこそステージで振りまいていた愛想の良い顔と同一人物とは思えないほどに、冷たい石のような表情をしていた。

 

「ま、僕たちも帰ろっか」

「え? で、でも……」

 

 このまま私たちが帰ってしまえば、それこそ恵美さんの思惑通り天ヶ瀬さんと琴葉さんが二人っきりになってしまうのではないか––––、そんな可愛くもない不安が咄嗟に出てしまって、慌てて溢れた本心を隠すように口元に手を当てた。翔太くんはいつもの愛想の良い顔に戻って「大丈夫だよ」と優しく私に声をかけると、そのまま自動ドアに向かって行き真っ暗になった外へと足を進める。自動ドアの先からやってくる冷たい空気に身震いしながら、私は翔太くんの後に続いた。

 

「冬馬くんのことでしょ? 心配しなくても大丈夫だよ」

 

 あまりにストレートに胸の内を突かれ、ドキリとした。翔太くんの口ぶりはまるで全てを知っているかのような口調だった。私が天ヶ瀬さんに想いを寄せていることも、そして今恵美さんが引き起こした勘違いの先の結果にも。私は莉緒さん以外の誰にも口外していないはずなのに、どうして出会って間もない翔太くんが隠していた私の気持ちを知っているのか––––。その答えを求めるように、私は新品でまだ足に馴染んでいないブーツを必死に動かして、慌てて翔太くんの隣に並ぶ。背丈が私と変わらないほどの翔太くんはイルミネーションがチカチカと光る並木道の先を、ボンヤリと眺めていた。

 

「どうして、大丈夫だって思うの?」

 

 私の気持ちをどうして知っているのかも気がかりだったが、今はそれよりも琴葉さんの問題の方が気になっていた。翔太くんは一瞬だけ私の方を向いたが、すぐに視線を再び前に戻す。

 

「どうしてって、冬馬くんは多分志保ちゃんのことが好きだからだよ」

「なっ!?」

 

 またしても凄まじい直球が飛んできて、私はその場で足を止めた。暫く一人で歩いた後、私が立ち止まっていることに気が付いた翔太くんは「あれ、どうしたの?」と首を傾げながら戻ってきた。

 ––––天ヶ瀬さんが私のことを好き?

 翔太くんの言葉が凄まじいスピードで身体中を駆け巡って、一瞬で体内の血が呼応するかのように熱を帯びていく。グツグツと煮える血はあっという間に沸点を越え、ブーツの奥に隠れた指先から耳たぶの端まで、全身に熱を行き渡らせてしまった。

 ––––天ヶ瀬さんが私のことを好き。

 舞い上がってしまいそうになる程嬉しい反面、冷や水を浴びせるかのようにそんなはずがないと言い聞かせる冷静な私もいた。あれだけ魅力的な天ヶ瀬さんが、わざわざ私のような子供を選ぶはずがないと、いつもの冷静な思考の私が沸騰した血に水を掛けているのだ。

 二人の私の間に立って客観的に考えると、確かにそんな気がしてきた。今日のライブ会場にだって私より魅力的で可愛らしい女の子が数え切れないほどいて、天ヶ瀬さんに対して熱心に黄色い歓声を送る姿を見てきた。アイドルとファンの恋愛は非現実的だとしても、きっと天ヶ瀬さんの周囲にはそんな風な彼に見合うような女の子たちが溢れていて、そこには私のような子供が付け入る隙はないのだと思う。それこそ、誰がどう見ても私なんかよりずっと大人で歳も近い琴葉さんのような女性がお似合いではないか。

 

「ま、冬馬くん本人が言ったわけじゃないから分からないけどね」

 

 夢から連れ戻すかのように、翔太くんがニコッと笑う。ほら見てみなさい、束の間の期待を見るも無残に打ち砕かれた私に、胸の内で捻くれた私がほくそ笑んでいるのが分かった。

 

「適当なこと言ってからかわないで」

 

 持ち上げられて落とされた私がムキになって、苛立ちを翔太くんにぶつける。だけど翔太くんは嫌な顔せず、笑顔のまま両手を後頭部の辺りで組んでゆっくりと歩き出した。

 

「適当なことじゃないよ。少なくとも僕と北斗くんは冬馬くんと志保ちゃんをくっ付けるために今日来たんだから」

「え?」

「恵美さんも、僕たちと同じことを考えてると思ってたんだけどね……」

 

 立ち止まったままの私に、翔太くんは振り返って苦笑いを浮かべた。彼の後ろには商業施設と隣接した大きな駅がそびえ立っていて、その前の駅前広場ではまばゆいまでのイルミネーションが夜空を照らす星のように強い光を放っている。

 光の中心で私を振り返る翔太くんの元へ歩こうと足を動かした瞬間、彼の右手がすっと伸びて私の動きを制止した。眩しすぎる光が作り出した影に覆われて、翔太くんの顔は見えない。だけどこれ以上近づくなと、そんなことを告げているような気がして私は無意識に踏み出そうとした足を止めた。

 

「冬馬くん、あんまり自分のことを人に話さないから」

「……そうなの?」

「そう。だけど僕たちは分かるよ、冬馬くん単純だし。何より志保ちゃんに会って、北斗くんとも話してたけど二人とも似た者同士だなって思ったから」

「わ、私と天ヶ瀬さんが?」

「うん。ソックリだよ。だからこそ、ちょっと大変かもだけどね」

「そんな……っ」

「志保ちゃんの話をしてた時、冬馬くん凄く嬉しそうな顔してたから。気になるなら、本人に直接聞いてみたら? 『私のこと、どう思ってるんですか』って」

 

 そう言って、私を止めていた手を左右に振った。万国共通の、サヨナラの合図だ。

 

「冬馬くんも電車で帰るはずだから、きっとこの駅に来るはずだよ。運が良ければ会えるかもね! それじゃ!」

 

 私に反撃の隙を与えず、翔太くんは踵を返した。その背中を追うこともできず、私は大勢の人たちが行き交う駅前広場で一人、小さくて華奢な背中を呆然と眺め続けながらその場に立ち尽くしていた。

 ––––私のことを、天ヶ瀬さんが話していた?

 翔太くんが言った言葉の答えを求めるように、慌てて人混みの中に先ほどまで隣にいた姿を探す。だけど既に翔太くんの後ろ姿は跡形もなく人混みに飲み込まれてしまっていた。

 

 

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