【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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月が美しい夜はsilent voiceなので初投稿です。




 俺と田中さん以外の四人の姿が見えない。

 その異変にいち早く気が付いたのは田中さんだった。

 

「あの、天ヶ瀬さん」

 

 店の入り口近くの目立つ場所に大々的に置かれていたレア物のスニーカーを見つけ、それに暫く気をとられてしまっていた俺は、田中さんに声を掛けられるまで目の前の貴重なスニーカーに没頭していた。このショッピングセンターに向かう道中でも見せた、困ったような表情で俺を見上げる田中さんの顔から何かあったのだと直感的に察した俺は、少しだけ踵を浮かせて手に持っていたスニーカーを棚に戻す。精一杯腕を伸ばして、なんとかスニーカーが空になっていた棚に戻るのを見届けた田中さんは、口籠もった様子でゆっくりと口を開いた。

 

「みんな、いつのまに居なくなっちゃったみたいなんだけど……」

「はぁ? なんだそれ」

 

 路地裏に迷い込んだ猫のような目でそう言われ、俺も慌てて周囲を見渡してみる。確かに店内には退屈そうにレジの前でぼーっと立つ男の店員と、大袈裟な声を上げてスニーカーを見比べている中学生くらいの年代の男女のグループがいるくらいで、四人の姿は見当たらなかった。田中さんもまた、店内の入り組んだ場所に一人でいたせいで気が付いた時には皆の姿が跡形もなく消えてしまっていたらしい。無言のまま俺たちは顔を見合わせると、スニーカーショップを後にしてショッピングセンターのフロアに出る。だが周囲の様々な店から出入りする人たちを一人一人チェックするように確認してみても、疎らな数の人たちの中に四人と思われる姿は一人も見つからなかった。

 

「アイツらどこ行っちまったんだよ……」

「わ、私、恵美に電話してどこにいるのか確認してみますねっ!」

 

 あたふたした様子で田中さんは小さい鞄からスマートフォンを取り出すと、俺から距離をとって通路の端に向かった。だけど耳に当てたシンプルなカバーを付けたスマートフォンは所には繋がらないようで、田中さんは俺の顔色を伺うようにチラチラと視線を動かすだけで、肝心の口の方は閉じたままになっていた。

 どうして俺と田中さんだけを残して、四人は居なくなってしまったのか。田中さんの繋がらない電話を待つ間に、俺もライブ後で少しだけ疲れを残したままの頭をフル回転させて思考を張り巡らせてみる。

 そもそも俺たち六人はこのスニーカーショップを同時に訪れていたのだから、小さな子供でもない俺たちがこんな小さな店内で偶然はぐれてしまう可能性はあり得ないに等しい。そうなると誰かが意図的に俺たちだけを残して立ち去ったという線が有力なのかもしれないが、一体誰が、そして何のために、そんな込み入ったことをする必要があるのかと疑問に思う。

 そこで行き詰まった俺は、このスニーカーショップを訪れる前までの行動も遡ることにした。喫茶店で休憩していた時、その前のショッピングセンターに向かうまでの道中、そして変な新興事務所の社長が来た後に楽屋にやってきた三人……。

 ––––あっ。

 今までの一連の流れの中を振り返った時にとある共通点が浮かんできて、俺の真っ暗な頭の中を照らす明るい電球がパッと付いたような感覚がした。

 今振り返ってみると、所の提案で会場を出てこのショッピングセンターに来るまで、自然と隣にいるペアが同じだったのだ。北斗の横にはもともと親しかった所が、翔太の横には同級生の北沢が、そして俺の隣にはそれほどの交友関係や共通点がなかったはずの田中さんが連れ添うようにいて、そのペアはまるであらかじめクジで決められていたように自然な流れで出来上がっており、初めから最後まで一度も変わることがなかった。所と北斗はただの友達関係だ、二人の間に何かがあるとは思えない。そうなると……、

 

(……そうか、それが狙いだったのか)

 

 ようやく事態の全貌が見えてきた気がした。所はハナから翔太と北沢をくっ付けようとしていたのだ。それが目的で俺たちを誘い、俺と田中さんを置いていったように隙を見計らって翔太と北沢を二人にさせようと魂胆だったのだろう。

 二人の仲に思い当たる節はあった。この前のビラ配りの時が初対面で、知り合って間もないはずなのにいつの間にか二人とも苗字ではなく下の名前で呼び合っていたし、何より二人は学校は違えど同級生だ。年の離れた俺と違って、自然と共通の話題や弾む話も多かったのかもしれない。きっと所のやつも北沢本人から相談を受けていたのか、それとも所謂“女の勘”ってやつが働いていたのか、キッカケは分からないが俺と同じように二人の様子を見て何かを察していて、その為に一連の出来事を仕組んでいたのだと思う。

 いつも俺を揶揄っている時の翔太の得意げな笑顔が脳裏に浮かんできて、チクリと胸に針のような突起物が突き刺さる。空調が効いた店内が異様に熱く感じられて、何枚も着込んだ衣服の奥の背中から嫌な汗が湧き出てきた。

 

「……俺なんてまだ、天ヶ瀬“さん”呼びなのに」

 

 嫌な胸騒ぎがしていた。翔太と北沢の妙に近い距離感をよく思わない俺が胸の中で、子供のような嫉妬心に突き動かされるがままに暴れ回っているのだ。それに加え、大事なモノがいとも簡単に手からすり抜けて落ちていくような喪失感が見え隠れしていて、暴れ回る俺をひどく不安にさせている。

 所のことだから、頃合いを見計らってとっくに翔太と北沢を二人きりにさせているはずだ。二人きりになった翔太と北沢は今、何処で何をしているのだろうか。どんな顔をしてどんな話をしているのだろう。想像を膨らまし、俺の頭に思い浮かんでくるのは北沢が表情筋を緩めて笑った顔だった。その滅多に見せない年相応の北沢の顔が思い浮かんでくるたびに、胸の中から何かが軋む音が聞こえてくるような気がした。

 

「天ヶ瀬さん! ちょうど今恵美からLINEがきて……」

 

 田中さんの声が北沢の残像を消し去っていく。スマートフォンを握って戻ってきた田中さんは、一度だけ画面を確認すると動揺した様子で、俺の首のあたりに視線を向けながら言葉を掻い摘むように言った。

 

「あの、なんか恵美たちはもう帰ってしまったみたいで……。その、悪気があるとかじゃなくて、なんていうか……」

 

 ––––あぁ、やっぱり。

 言いにくそうに口を動かしながら、言葉を無理やり紡ぐ田中さんの様子を見て予想が確信に変わった。俺たちはまんまと嵌められたのだ。翔太と北沢をくっつけようとする所の策略によって。

 俺が想像していた、そしてなるべくなら『勘違い』であってほしいと密かに願っていた予想に、歯切れの悪い田中の言葉が“大正解”と大きな赤丸を付けているようだった。嬉しくもない正解の印を押された俺の胸が更に激しく左右に揺れ動いている。必死に表情には出さないようにはしていたが、俺の心臓は凄まじい音を立てていた。

 

(……俺は北沢の“特別な存在”ではなかったのか)

 

 北沢は俺に羨望の眼差しを向けてくれている。過去の俺にそっくりな北沢はきっと誰よりも“アイドル天ヶ瀬冬馬”の本質の部分を見つめていて、そして俺もまた、自分自身の過去の面影が重なる北沢のことを普通のファンや同業者ではない特別な存在だと思っていた。

 だけど、それは俺の自惚れだったのかもしれない。

 北沢の“特別な存在”が俺一人だったなんて、どうして勝手に決めつけていたのだろう。自分ばかりが特別だと都合よく思い込んで、どうして翔太や北斗も彼女の中で“特別な存在”になりえる可能性があったことに気が付かなかったのか。

 961プロの裏工作を知った時と同じ、自分を恥じる気持ちが湧き出てきた。モヤモヤと黒い霧が立ち込める胸の奥底から、黒井のおっさんが顔を出す。人を小馬鹿にして、見下すような、あの嫌な目つきで俺を見つめているようだった。

 

「駒の分際で何を浮かれているのだ」

 

 自分の存在を特別だと過信し自惚れて、虚像を現実だと信じ込んでいた傲慢な自分を見て嘲笑うように、黒井のおっさんは俺に現実を突きつけてくる。俺が手のひらでずっと温めていた、あの大空を飛べる感触を絵空事だと一蹴し、握り潰すかのように。

 俺は何も言い返せなかった。悔しいが、まさにその通りだと痛感していたのだから。

 

「あの……、本当に振り回してばかりですみませんでした。天ヶ瀬さんも疲れてるでしょうし、私たちも帰りましょうか」

「あぁ、そうだな」

 

 田中さんに力ない返事をして、俺はどっと疲れが増した重い足取りでショッピングセンターを後にした。

 

 

 

★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 空が暗くなる度に、木々のイルミネーションの灯りが眩しさを強めていく度に、私の身体を切り裂く寒さが厳しさを増していく。私の前を通り過ぎる人たちの人種もすっかり変わってしまって、今は若い中高生と思われる姿は殆ど見受けられず、私の前を通るのは派手な色の髪をした大学生のような若者やコートの下に真っ黒なスーツを着込んだ大人たちばかり。

 凍えるように肩を震わせながらふと顔を上げると、駅前広場の中心にある時計はもうすぐ九時を回ろうとしていた。こんな遅い時間に街を出歩くことなんて一度もなかった私は、普段は見る機会のない夜の景色を前にして、心細い不安な気持ちが胸いっぱいに募っていくのが分かった。

 

「……私、こんな時間まで何やってるんだろう」

 

 寒さに負けてカチカチと音を鳴らす歯の奥から、今の自分を問う言葉が白い息と共に溢れる。

 翔太くんは私に、運が良ければこの駅で天ヶ瀬さんと会えると言ってくれた。そして、私のことをどう思っているのか聞いてみるべきだとも。

 どこまで本気か分からないが、私と天ヶ瀬さんをくっ付けようと考えていた翔太くんのその言葉を鵜呑みに信じて、私はこうして凍えるような寒さの中で来る確証もない天ヶ瀬さんを待ち続けている。天ヶ瀬さんが必ずこの駅前広場を通って構内に向かうとは限らないし、仮にそうだとしてもこれだけ多くの人が行き交う人混みの中から天ヶ瀬さんを見つけ出すことなんて、砂漠の中から一本の針を探すのと同等なほど非効率的なことだということも理解していた。

 それでも私は天ヶ瀬さんを待ち続けていた。自分でも途方もない阿呆なことをしていると自覚しながらも、あの神様が印を与えた彼の姿を周囲の人混みの中から見つけ出そうと、私は必死に目を凝らしている。翔太くんが言っていたような私自身のことは直接訊くことができるかは分からない。だけど、仮に訊けなかったとしても未だに言えてない今日のライブの感想だけは、今日のうちに直接彼に伝えなければいけない気がしていたのだ。

 

「うぅ、寒い……」

 

 一段と寒い風が吹いて、とっくに感覚が麻痺した手足を震わせる。翔太くんが帰ってから随分と時間が経ってしまった。もしかしたら天ヶ瀬さんも私に気付かずに通り抜けて、もうとっくに帰ってしまっているかもしれない。そんな不安が頭を過ぎる。今私がしている行為がとても無意味なことに思えてきて、なんだか哀しくなってきた。

 ––––それでも、天ヶ瀬さんはまだ来てない。

 あの特別な彼の姿を、私が見落とすはずがない。どれだけ多くの人の中に埋もれていたとしても、私は天ヶ瀬さんをすぐに見つけ出せる。そんな根拠のない自信があって、私はただひたすらに天ヶ瀬さんが人混みの中から姿を現す瞬間を待ち続けていた。

 ……だけど、さすがに遅くなりすぎると母に心配をかけてしまう。だからあと三十分だけ、それでも来なかったら私も帰ろう。自分でそうルールを定めて、改めて駅前広場の中心にポツンと佇む時計を見上げた時、薄っすらと時計の後ろで夜空に瞬く星の姿が目に入って、私は咄嗟に夜空を仰いだ。

 

「……今日の月、すごく綺麗」

 

 思わず寒さも忘れて、見惚れるように息を飲む。

 天ヶ瀬さんを待つ私の上空では、いつもの何倍も大きい金色の満月が力強くて優しい光を放ちながら私を見下ろしていた。




二人が別々の勘違いしてると、頭こんがらがってきてすっげー面倒臭いゾ……
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