【完結】ニタモノドウシ   作:ラジラルク

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いよいよ物語の大山にあたる北沢一家の回。
事前に予防線を張っておきますが、ここからは完全な個人の考察と推測です。
もしかしたら公式で北沢一家の真相が今後語られるかもしれませんが、多分この物語のようなことはないと思われます(切実な願い
それを踏まえた上で、ここから残り3話(各話5部予定)も楽しんで読んでいただければ幸いです。
R-15は保険。そんないやらしい描写はないです。

と言いつつ第一部は北沢志保一回も出てこないので初投稿です。


EpisodeⅥ:俺と私の北沢一家の闇

「そういえば冬馬くん、もうすぐ志保ちゃんの誕生日だよ」

 

 それは年を跨いで間もない、寒い日のことだった。俺の部屋で二月のライブに向けた簡単な打ち合わせをしていたのだがいつの間に話が大きく脱線し、気が付けばもう収拾がつかないほど話が逸れてしまっていた頃、何の脈絡もなく翔太が唐突にそう口にした。俺のベッドの上を陣取ってゴロゴロと転がる翔太はスマートフォンを片手に、おもちゃを見つけた子供のような笑顔で俺を見つめている。

 

「なんで翔太が北沢の誕生日を知ってんだよ」

 

 二人の間に何もないことを知っていながらも、咄嗟に出た俺の言葉は不貞腐れたような声をしていた。翔太は「だってホームページに載ってたんだもん」とあっさりと種明かしをし、俺は「ふーん」とわざと興味なさげな返事をする。その場で翔太に気付かれないようにテーブルの下にスマートフォンを隠しながら調べてみると、確かに一月十八日が北沢の誕生日としてプロフィールに載っているのが確認できた。

 

「クリスマスプレゼントはどうだったんだ? 喜んでくれたのか?」

 

 チラリとテーブルの下を覗き込む北斗にそう問われ、俺は慌ててスマートフォンを伏せて画面を隠す。

 

「なんかよく分からなかったけど喜んでくれたみたいだ」

「そうか、悩んだ甲斐があったな」

「まぁな。北斗のアドバイスのおかげだ。ありがとな」

「ねぇねぇ、志保ちゃんにプレゼントあげた話は僕聴いてないんだけど」

「いいんだよ、翔太は聴かなくて」

 

 翔太はいじけたような態度で俺たちに背を向けたが、すぐに反転すると今度は悪戯っぽく好奇心に満ち溢れた眼差しを俺に向け始めた。相変わらず表情がコロコロと変わるヤツだなと、そんなことをボンヤリと考えながらテーブルの上に置いていた麦茶が入ったコップに手を伸ばす。

 

「ところで、冬馬くんと志保ちゃんはいつから付き合ってるの?」

「ばっ!?」

 

 翔太の口から飛び出した疑問が矢になって物凄いスピードで麦茶を追い越し、喉の奥にグサッと突き刺さった。突き刺さった矢に遅れるように口元に到達した少量の麦茶は、すぐさま俺の口から全て溢れ出てしまった。

 ゲホッゲホと咳き込む俺を見て翔太はこうなることを予測していたと言わんばかりにゲラゲラと笑っており、北斗は呆れたような顔を向けながらもティッシュの箱を手繰り寄せて俺に差し出してくれていた。北斗から受け取ったテイッシュを何枚か重ねて、口元を拭う。テーブルの上では口から溢れた麦茶が浅い水溜りを作っていた。

 ––––俺たちは付き合うとか付き合わないとか、そういう関係じゃなねぇんだよ。

 ティッシュを水溜まりに被せながら、自分に言い聞かせるようにそう何度も胸の内で繰り返す。北沢は俺にとって少し特殊な存在の人間だ。考え方も不器用なところも、偶然か必然か俺と似た要素を多くもつ北沢を見ているとまるで自分自身を見つめ直しているような気になって、一緒にいるだけで不思議なほどに頑張る気力が湧いてくる。そうやって切磋琢磨し合っていければ、いつか俺たちはこの大空を飛ぶ翼を得られるような、確証はないけれどそんなことを思わせてくれる存在だったのだ。

 その絶妙な距離感と関係性が俺は好きだった。だから俺はこの関係を安易な彼氏彼女なんて世の中にごまんと溢れている在り来たりな関係に成り下げたくなかったのだと思う。北沢があの日俺に言ってくれたように俺にとっても北沢は特別な存在で、俺たちはちっぽけで脆く崩れやすい恋愛関係なんかじゃなく、もっともっと特別で高貴な関係なのだと。それは恋人関係より遥かに価値のある宝石のようなモノで、その関係性を俺は大切にしていこうと、北沢と会う度に強くそう思うようになっていた。

 そう考える自分のことを傲慢だと分かっていながらも、きっと北沢も俺と同じ風なことを考えていると思っていた。似た者同士だからこそ、北沢の考えもなんとなく分かるのだ。そして北沢が俺に対して向けている眼が、田中さんが俺に向けてくれた眼とは異質なことにも、とうの昔から気付いていた。

 そのことを二人にも伝えたかったが、この複雑な関係に最適な言葉は俺の語彙力じゃ見つけきれなかった。だから困ったように髪をかき上げ、安易な言葉で済ませようとする。

 

「……ったく、バカ言うなよ。俺が北沢と付き合うわけねぇだろ」

「え?」

 

 二人は常識を覆されたような眼で、唖然としたまま俺を見つめていた。

 

 

 

Episode Ⅵ : 俺と私の北沢一家の闇

 

 

 

「冬馬くんって志保ちゃんのこと好きなんじゃなかったの?」

 

 まるで「そうじゃないよね」と確認するような言い草だった。疑い深い眼差しを向ける翔太の顔にはいつもの俺を小馬鹿にしたりからかうような色が全く見えない。純粋に追い真実を求めているような翔太の真っ直ぐな眼差しを避けるように、俺は思わず目を伏せた。

 ふと思い浮かぶ、ライブ後に北沢と二人で電車で帰った日の別れ際の場面。俺はあの時、車内に残った北沢に何かを言いかけた。それは物凄い勢いで心の奥底から湧き上がってきた言葉で、その正体が何だったのか、どうして喉の奥から顔を覗かせただけで姿を見せなかったのか、何も分からないままあっという間に俺の中で弾けて消え去ってしまった。

 

「……んなわけねぇって。ただの友達だ」

 

 友達、というフレーズが俺たちの関係を表すのに適切な言葉だとは思わなかったが、とりあえず今はその言葉を当て嵌めることにした。だけど翔太も“友達”というフレーズがピッタリと当て嵌まるとは思えなかったようで、俺の閉ざした心の内を必死に開けようとする探求の眼差しは曇らない。

 

「もし志保ちゃんから告白されたらどうするの?」

「北沢が俺に告白なんかするわけねぇだろ」

「だからもしもの話だって」

「そのもしもが、極端にあり得なさすぎんだよ」

「あり得なくてもいいから。どうするの?」

「訳分からねぇよ。何でお前そんなに北沢の話に喰い付いてんだ」

「僕、志保ちゃんのこと気になってるんだよね。だから冬馬くんが好きじゃないなら狙っちゃおうかなって」

「なっ!? マジで言ってんの!?」

「嘘だよ」

 

 いつの間にか立ち上がって身を乗り出していた俺にしてやったりといった表情でケラケラと翔太が笑う。なにこんなことで熱くなってたんだよと、冷静に自分に言い聞かせながら俺は腰を下ろすも、内心ホッと胸を撫で下している俺にも、その本心を見透かしているように笑う翔太の眼差しにも気が付いていた。

 ––––あの日、俺は北沢に何を伝えようとしたのだろう。

 伝えれることができずに咄嗟に飲み込んだ言葉の正体が、実は北沢への好意の言葉だったのではないかと思う。仮にそうだったとして、北沢に恋愛感情は持っていないはずなのにどうしてその言葉が喉元まで出かかったのか。翔太と北沢が二人でいることをよく思わなかったことも、田中さんが俺が北沢のことが好きだと勘違いしていると分かっていながらも否定の言葉が出なかったことも、考えれば考えるほど謎が謎を呼んでくるようで、最近は北沢のことを考えると堂々巡りになるばかり。年末から抱えている北沢への気持ちの正体は年が明けた今でも一向に判明しないままだった。

 出口がまるで見えないトンネルを走るのに疲れ、小さく溜息を吐く。肩の力を抜いた時、ふとテーブルの上に綺麗に積まれた名刺の山が目に入った。

 

「……そういや、こんなにスカウト来てんだな」

 

 手にとって上から順々に積み重ねられた名刺に目を通していく。有名どころから聴いたこともない無名の事務所まで、数多くのプロダクションのプロデューサーや社長達が、半ば強引に押し付けるように残していった色とりどりの名刺達。しかしどれもイマイチ心惹かれず、こうして無造作に積まれていくだけで俺たち自らが連絡をすることは一度たりともなかった。

 

「どこも変わらないね。お金や待遇の話ばかりだ」

 

 俺たちが心惹かれなかった理由を、北斗が言語化してくれた。

 確かにな、と思う。どこもかしこも俺たちの興味を引こうと、口に出すのは金銭面の話ばかり。ウンザリするほど同じ話ばかりを俺たちは聴かされていた。そんなモノを俺たちは全く求めていないというのに。

 代わり映えしない名刺をトランプのように捲っていると、ふと一枚の白い名刺に書かれた名前が俺の何かに引っ掛かって捲る指を止めた。ここ最近神出鬼没で俺たちの前に顔を出す、季節外れのポロシャツを着た男の姿が思わず脳裏に浮かぶ。

 

「315プロだけはそういう話をして来なかったかな」

 

 パソコンの画面を見ながら、独り言のように北斗が呟いた。俺の目に止まった名刺が何だったのかを当てるような言い方だった。

 

「でもパッションだろ? 嫌だぜ、あんな訳の分からないおっさん」

「ははは、確かにあの事務所に入ったら苦労するだろうな」

 

 笑いながらそう言うも、北斗は満更でもない笑みを浮かべている。

 

(苦労……、か)

 

 北斗の言葉には何も返さず、俺は物思いに耽るようにこの一年を振り返る。961プロを抜けてインディーズで活動を始め、俺たち想像を絶する苦労を強いられた。たった一度のライブを開催するためだけで汗水流して必死にお金をかき集め、スタッフや会場を抑えるために夜遅くまで奔走したり、新曲を出そうとすれば作詞家や作曲家からとんでもない額の代金を請求され目を点にしたり––––。

 それらは961プロにいた頃の俺たちは全く知る由もなかった苦労で、それと同時に俺たちが今まで何不自由なく活動できていたことがどれほど恵まれたことだったのかを、ひしひしと痛感させられた経験でもあった。

 チラリと背後に目を向ける。翔太は俺をからかって満足したのか、ベッドにうつ伏せになって動かないままだ。耳を澄まして翔太の寝息を確認してから、一度だけ頭の中で言葉を整理して口を開く。

 

「……俺たち、961プロにいた頃は恵まれてたんだよな」

「どうしたんだ、急に」

 

 視界の隅で北斗がパソコンの画面から俺に視線を向けるのが分かった。俺は俯いたまま、頭の中で整理された言葉を順々に口にしていく。

 

「黒井のおっさんのやり方は今でも納得できねぇし許せねぇ。だけど、形はどうであれ俺たちは大事にされてたんだよな、って思うようになって」

「……そうだな。黒井社長のおかげで今の俺たちがあるといっても過言ではないと俺は思うよ」

「あぁ、それは間違いねぇ。あの人がジュピターを作らなければ俺たちは出会うこともなかったんだろうし」

 

 色々なことがあって、結局俺たちは喧嘩別れのような形であの人の元を去ってしまった。

 そのことに悔いはないし、961プロにいた頃に未練があるわけでもない。だけどこうして昔は知らなかった苦労を経験した今だからこそ分かる気がした。黒井のおっさんは本気で俺たちをトップアイドルに育て上げようとし、間違った形であれ情熱を持って接してくれていたことを。

 業界最大手の事務所の社長として多忙のはずなのに毎回のようにレッスンをチェックしにきてはあの人なりの言葉で叱咤激励し、スケジュールの合間を縫って社長直々に現場まで出向いて俺たちの活動を誰よりも近くで確認したり、時には遅い時間の送迎までをもしてくれた。あの時は当たり前だと思っていたそんな日常が、どれだけ有り難くて恵まれていたことだったか。黒井のおっさんの元を離れた今ならそれが身に沁みるように分かるのだ。

 

「……悔しいけど、黒井のおっさんのおかげなんだよなぁ」

 

 インディーズ活動をすることになっても、誰一人として黒井のおっさんが俺たちに与えた“ジュピター”というユニット名を変更しようと提案しなかった。きっとそれぞれが胸の内であの人が与えてくれたユニット名を大事にしていて、少なからず感謝の気持ちがあったからだと思う。

 俺たちがこの業界に足を踏み入れるキッカケをくれたのも、そしてインディーズで細々と活動している今でも沢山のファンに支えてもらえていることも。元を辿れば全て黒井のおっさんが俺たちを見つけてだして輝かせてくれたからなのだ。765プロへの執拗な嫌がらせは許せないし擁護できない、でもそれと同じくらい俺たちジュピターの起源に黒井のおっさんがいるのは紛れもない事実なのだと思う。

 

「だけど」

 

 北斗はパソコンを閉じて、テーブルの上に戻していた名刺の山を押し込むようにケースの中に詰め込んだ。

 

「俺たちは前に進まないといけない、だろ?」

「……あぁ、そうだな」

「来月のライブで冬馬の初作詞の新曲出すんだから。頼んだよリーダー」

 

 冗談交じりの口調でそう言うと俺の肩を優しく叩き、ゆっくりと立ち上がった。俺は「任せとけ」と北斗の背中に向けて返し、すぐさま胸の内を覗かれないように俯く。

 

 961プロを抜けてインディーズで活動し始めて、果たして俺たちは本当に前に進めているのだろうか。

 今のままインディーズで活動を続けたところで、本当に目指す場所に辿り着けることはできるのか。

 

 日に日に募っていく迷いたちを隠しているつもりだが、きっと北斗も翔太も薄々俺が抱えている不安に気付いているのだろうなと、そんな予感がしていた。

 

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